かすかな殺気で奴らはやってくる
ファイセル、コフォル、ルルシィは夜の平原でキャンプをはっていた。
一番最初にアルクランツ校長から依頼された任務、それはザフィアルの地下教会の偵察だった。
場合によっては暗殺も辞さないという物騒なミッションだ。
焚き火を囲んで3人は夜空を眺めた。
「今日はカニネズミ座の涙……か。次に見られるのは300年後だな」
「あら、ガラにもなくロマンチックなのね」
ファイセルは最初の頃、2人を警戒していたが元が縁深いだけあって打ち解けるのは速かった。
今なら気になっていた事について聞ける。そう思った青年は彼らに尋ねてみた。
「コフォルさんとルルシィさん……2人は……その、やっぱりM.D.T.Fのスパイなんですか? 学院の内情が欲しくてやってきた。違いますか?」
キツネと女豹のコンビは顔を見合わせた。
「君のところの校長はとんでもないカリスマの持ち主だったよ」
とんがり帽子のコフォルは深い溜め息をついた。
「所詮、私達は駒に過ぎないのよ。M.D.T.Fが死ねと言えば喜んで死ぬわ。まぁ、そんなのまっぴらゴメンだけどね」
オトナの女性は無邪気にベロを出した。
「実のところ、スパイのつもりで来たんだがヘッドハンティングされてしまったのさ。ルルシィの言う駒扱いにはウンザリでね。M.D.T.Fの任務中の死亡率は高い。だが、その分に見合った給料もないし名ばかりの名誉がつくだけだ。それでもそれに縋る連中は多い。というか、名誉のためだけに動いていると言っても過言ではない。私もルルシィもいい加減、そんなのに辟易としていた。そこに渡りに船というわけだ。まぁ、別にカネになびいたわけではないんだが……、君らの校長を信じてみたくなった。それに、地獄教官……ナッガンも引き抜かれて学院へ来たんだよ」
彼はそう語りながらはるか上空の流星群を眺めた。
相方の女性は珍しくシリアスな顔をしている。
「でも、ヘッドハントされたということはM.D.T.Fを敵に回すことになる。彼らは精鋭の集まりよ。特に戦闘においてね。だから出来ればファイセル君を巻き込みたくはなかったんだけど、タスクフォースとやり合う事があると思う。その時は無理しないでね。私やコフォルくらいの腕前は掃いて捨てるほどいるから」
それを聞いてファイセルは震え上がった。
だが、それが恐怖からくるのか、武者震いなのかはわからなかった。
彼はアシェリィのように無茶をする性格ではなかったが、今は自分の実力を試してみたいと思っていた。
「ふむ。このまま陸路をいけば明日には例のポイントに着くだろう。下手に乗り物を使うと悟られる可能性があるからな。地道にこのまま行くとしよう」
ずっとコフォルはとんがり帽子をかぶったままだ。気にしなかったが、もしかして脱がないのだろうか。
「じゃ。私はこっちのテントで。別に雑魚寝でも構わないんだけど一応・ネ♥ 覗いちゃや~よ♥」
ルルシィは真面目なところもあるのだが、こんなお茶目な一面もあるのでファイセルはもう慣れた。
男2人の語らいは続く。
「しかし……ファイセル君。良かったのかい? 君は妻帯持ちなのだろう? 彼女を置いて出てきてしまって……」
ファイセルは苦笑いした。
「あはは。正直、僕はリーリンカが怖かったんです。いつのまにか楽土創世のグリモアに引っ張られちゃって。その割に真実を識らない。多分、僕が何を言っても納得しないでしょう。だからこそ結果はどうであれ、そのマジックアイテムを放ってはおけない。ところでコフォルさんはなぜ魔書を求めるんですか?」
中年男性は帽子の縁で気まずそうに視線を隠した。
「ファイセル君、この歳になると願う世界なんて曖昧になっていくものさ。そういう曖昧さが集まって今の世がある。つまるところ私……いや、私達は世界を変えられないんだよ。だからアルクランツ校長は教授や後進の育成に熱心なのさ。もしかしたら世界を変えてくれるかもしれないっていう希望を込めてね。この世は腐っている。私も良い方に変わってほしいと思うのだが、それを背負うに重すぎるんだ……」
ファイセルは俯(つtむ)いていたがすぐに話題をポジティブな方に変えた。
「そういえば、コフォルさんとルルシィさんのご関係は?」
元エージェントの男性は声に出してニヤリと笑った。
「フフフ。そう来たか。キミが望むような答えは無いよ。あぁ、でも彼女の右胸にはホクロがあってね……」
青年は笑みを浮かべてコフォルを指さした。
「ほら~。やっぱりそういう関係なんじゃないですか~~~」
一方、テントの中で雑談を聞きつつルルシシはクスリと笑っていた。
「ホクロなんて無いわよ。テキトーな事言って。あ~、も~。男っていつまで経っても男の子なんだから。どうしょもないわね」
彼女はくっだらない男たちの話題を聞きつつ浅い眠りについた。
翌朝、一行は準備を整えると地下教会を目指して動き始めた。
そこには小ぶりなオベリスクとその左右に下り階段があった。
アジトにされているかと思えた場所だが、思ったより堂々としていた。
最近まで人がいたのではという雰囲気を醸出している。
かつて、ルーンティアの地下教会として整備されていたのだろう。
ルルシィがしなやかな挙動で地面に手をついた。
「……人の気配はしないわ。完全に放棄されていると見える。ただ、人じゃない気配がいくつか居る。おそらく悪魔のトラップよ。置き土産といったところかしら。正直、探索はオススメしないわ。得るものよりリスクのほうが高い」
ファイセルは驚いた。地面に手をつくだけで気配を感じ取る事のできる高度な魔術だ。というか、暗殺術に近い。
コフォルは顎を指でさすった。
「ふむ。しかしボスの指令は地下教会の探索だ。蛻の殻なら殻なりになにか得るものがあるかもしれん。ファイセル君をフォローに回しながら私とルルシィでデモンを殲滅していく」
そう言いながらキツネ顔の男は白いチョークで複雑な魔法円を描いた。
「こ……これは! リフト・アップの陣!!」
ファイセルは目を見開いた。
「さすが学院生。これは地下から地上に逃げるための術式さ。ただし、下から上への一方通行だがね。もし地下教会に爆破のトラップがしかけてあったり、大ダメージを負ったららここに退避するのさ。さ、このチョークのかけらを奥歯にペッタリと仕込んで。いざという時は思いっきりそれを噛めば術式が反応する。誤作動を防ぐために本気で噛まないと発動しないから気をつけてくれたまえ」
青年は2人の飛び抜けた魔術に圧倒された。
「そんな……簡易テレポーターじゃないですか……無茶苦茶だ……」
だが2人はファイセルを見つめた。
「何言ってるんだ。君の魔術だって立派なものだろう」
「そうよ。私達と大差ないわよ。だから自信を持って。自信は力につながるわ」
褒められてファイセルは頭を掻いた。
コフォルは左右の階段を眺めた。
「う~む。しかし、どちらの階段から進入するか。罠やデモンが仕掛けてられている事もありうる。だが、せっかくのフォーメーションを崩すのも賢明ではない。さて、どっちに入る?」
コフォルは右を、ルルシィは左の階段を指した。
「意見がわかれてるじゃないですか……。しかもこちらを期待する目……。コイントスで決めましょう」
腰の小袋からファイセルは小銭を取り出すと宙に弾いた。
「よっと……。表ですね。じゃあ右側に行きましょう」
一行は地下教会へと潜入していった。
しばらく降りていくと二階の廊下に出た。
眼下には大聖堂があったが、今はネズミ一匹居なかった。
きっとあの壇上でザフィアルがスピーチをしていたのだろう。
ルルシィは身を乗り出して床を観察し始めた。
「かなりの足跡……しかもビッシリ。こんなに破滅願望を持つ人が集まるなんて空恐ろしいわね。さしずめザフィアルの魔術的なカリスマのせいかもしれないわ。もちろんそれだけでこんなに多くの生物を洗脳できるわけじゃないんだけど、需要と供給の一致とでも言えるのかしら。サイテーなヤツだけど、上手くやっていると言わざるをえない」
嫌悪感を隠さないまま彼女は顔を歪めた。
廊下を歩きながらファイセルは疑問を口にした。
「ザフィアルが悪魔を使役することは聞かされてるんですが、なぜ制御しきれるんですか? デモンに歯向かわれたらただでは済まないはず……」
キツネ顔の男性は神経質に帽子をいじった。
「M.D.T.Fの資料で見たことがある。暁の呪印……これでザフィアルは悪魔を生成、命令しているらしい。アイツは不死者とは違う意味で不死だからな。転生を繰り返して呪印の完成度を上げてるのさ」
アルクランツ校長の年齢に関する秘密は聞いていたが、ザフィアルについては初耳だった。
「え~……それってもう人間ではないのでは?」
ルルシィは指を振った。
「チッチッチ。ザフィアルは殺せば死ぬのよ。だから厳密には不死身ではないの。ちなみにあなたのとこの校長も不死身じゃないわ」
常識を越える話に青年は混乱した。
「不死であって不死身ではない? じゃあ倒せないって事はないんですね? ザフィアル本人はなんとも思ってないかもしれませんが、こっちとしては仲間や恩人をを殺されているんだ。許せない存在ですよ」
何気ない発言から思わずファイセルからかすかに殺気が漏れた。
コフォルは強烈な力で青年の頭を掴んで床に押し付けた。
一方のルルシィはしゃがんで息を殺した。
(迂闊だぞファイセル!! みたまえ。あのデモンを!!)
彼らのそばをふわふわ浮く霧状のゴーストのような悪魔が通り抜けていった。
コフォルはチラリチラリと2回アイサインを送った。
それにルルシィは2回ウインクを返した。
それは戦闘回避の合図だった。だが、コフォルはファイセルを離さなかった。
「ファイセル、この後、君はやれそうか? 付いて来る自信はあるのか? それこそ死にもの狂いで喰らいついてこないとアッサリ死ぬぞ」
床に押し付けられたままのファイセルは真剣な眼差しをコフォルにぶつけた。
それは若く、荒削りながらもエナジーを感じさせるものだった。
「いい目をしているな。私は君の覚悟を甘く見ていたようだ。いいだろう。ついてきたまえ」
そばを徘徊しているデモンをやり過ごして3人は地下教会を進んだ。




