トリオの精鋭アタックチーム
学院の合同葬を終えて、ファイセルはどん底の気分だった。
「亡くなったのは学院生だけじゃない。アッジルさんやレッジーナ……。それに他の人達も……。彼らが何をしたっていうんだよッ!!」
思わず彼は校舎の壁を叩きつけた。当然、傷1つつかなかったが。
らしくもなく物に当たったファイセルの妻、リーリンカはフォローを入れた。
「ファイセル、辛いのはわかるが怒ったり、悲しんだりしてもあの夫婦はよく思わないと思うぞ。きっと浮かばれないさ……」
ファイセルは怒った勢いで真実を口にしてしまった。
「楽土創世のグリモアがあれば!! 僕は平穏な日々を欲するのに!!」
彼に視線が集まった。お伽噺を突然に始めたのである。不信感は拭えなかった。
だが、想像外の返事が帰ってきた。
「へへ。良い願いじゃねぇか。それでこそ俺のマブダチだぜ」
ザティスが肩に腕を絡めてくる。
「ああ。そうだな。私の夫としては満点の願いだ」
満足そうにリーリンカがうなづいた。
「まぁ!! 素敵な願いですこと!! 私もそれに同意しますわ」
普段、そんなテンションでないアイネまでもこんなかんじだ。
「さっすがわたしらのリーダー!! 期待してるからね~!!」
変だ。何かがおかしい。真っ先にファイセルはそう思った。
だんだん頭が冷えてくるにつれて彼は恐ろしくなってきた。
(待てよ……ここにいる皆は楽土創世のグリモアを小馬鹿にして信じてもいなかったはず。なのにこのウケの良さ。まさか、ナレッジ化が進んでるのか!?)
ファイセルは面々に尋ねてみた。
「ね、ねぇ。ノットラント内戦ってなんで起こったんだっけ?」
4人全員がキョトンとした顔をした。
ザティスがぶっきらぼうに言い放つ。
「お前、そりゃあライネンテとラマダンザの代理戦争だろ。ガキんちょでも知ってるぞ。そんなこと。バカか?」
それを聞いてファイセルは衝撃を受けた。
(これは……!! 真実だけ都合よく捻じ曲げられたまま、魔書に引っ張られているって事なのか!! コレジール師匠の言ってたことはきっとこれなんだ。楽土創世のグリモアは人心を掌握するのか!! このままだと本当に無意識のまま世界戦争に発展するぞ!!)
彼の血の気がスーッと引いていくと同時に誰かがファイセルに語りかけてきた。
(おい。創雲の。ちょっと顔を出せ。暇で暇でしょうがないからな)
(!!)
聞いたことのない少女の声がする。
(ああ、お前だけで来い。ナレッジだけで十分だ)
ファイセルは適当な言い訳をしてその場を離れた。
「僕は気分が悪いから……今日はもう帰るよ。またね……」
4人は心配しつつ彼を見送った。
頭の中に声が響いてくる。それに従って進むとファネリ教授の部屋の前についた。
(あれ……おかしいぞ? 確かに声は女の子のはず。ファネリ教授ってことはないよね……?)
ノックをすると中から男性の声がした。
「入りたまえ」
青年が扉を開けると中には白いが汚れたモップのような校長が居た。
「こ、校長先生!? な、なにか御用ですか?」
それは一瞬だった。校長は天使のような服とブロンド、そして赤い靴を履いた幼女に姿を変えた。
「こっ……これは?」
ファイセルはただ戸惑うことしかできなかった。
「そこにソファーがあるだろ。まぁくつろげよ」
自分よりはるか年下に見えるが、得も言われぬ威圧感を感じる。
「お前、ナレッジだろ? おおかたコレジールが吹き込んだと見える」
師匠の名前を聞いて青年は驚いた。
「なぜその名前を……」
そして首を傾げた。
「まぁお前ら創雲ファミリーだからな。幻遊のは元気か?」
幻遊とは聞き慣れないがおそらくオルバのことだろうと思った。
「ええ。相変わらず元気でやってますよ」
アルクランツは満足げにうなづいた。
「それは結構。アイツは南部から中部の環境保全を熱心にやってくれているからな」
普段、のらりくらりしてるとは思えない評価だとファイセルは思った。
「あ、あとアシェ……ナントカって言ったかな。あの娘はノットラントに乗り込んでる。仮死状態だったらしいが最近、蘇生したらしいぞ」
校長はさりげなくとんでもないことを言った。
もはや青年は口をパクパクするしかなかった。
「ときにお前、何を例のマジックアイテムに望む? カネか? オンナか?」
思わずファイセルは俯いた。
「恩人がデモンに襲われて亡くなってしまったんです。だから僕は……僕は争いや貧困、人買いなんかの無い平穏な世界を創りたい!! 平凡でもいい!! 争いのない、平和な世界を!!」
幼女はデスクの上に腰掛けて青年を見下ろした。
「うっわ~~~。青臭ぇ~。でもそう言うのはキライじゃないぜ。部分的には私らと考えは同じだ。それに、1人で突っ走って死なせるには勿体無い人材だ。どうだ? 私らと一緒に来ないか? デモンとの戦闘の報告を見るにそれなりに腕は確かなようだしな」
それに対し、ファイセルはまず仲間を誘おうと考えた。
だが、アルクランツはすぐにそれを遮った。
「おっと。仲間を連れてくるのはやめておけ。こっからは命を賭けた真剣勝負だ。わざわざ仲間を苛烈な戦いに巻き込むことはあるまい。知っての通り、楽土創世のグリモアを求める者はロクな死に方をせん。迂闊に誘って死なせるようなことがあれば後悔してもしきれんぞ。それにそれほど多くの人材を育成する余裕もない。そう言うわけでとりあえずお前を呼んだわけだ」
ファイセルは恐る恐る聞いてみた。
「そ、それで、校長先生の創りたい楽園ってなんなんですか?」
アルクランツはひらひらと手を振った。
「お前の言う世界平和などそれこそ空想でしかない。だが、それに近いものを目指す……すべてが賢者になる魔法。ウィザーズ・ヘイブン・フォーエヴァー……。それが我々、学院のナレッジの目指す目的だ。賢者とは言うが別に選民思想ではない。すべてが揃ってウィザードになれば争いはなくなるという道理だ。だからお前の願いとそう変わらんと言ったんだ」
青年は迷ってはいたが、相手がウソをついているようには思えなかった。
「それで……僕はどうすればいいんですか? さすがに1人では何も出来ないと思うんですが……」
アルクランツ校長は脚を組み直した。
「魔術局所属のM.D.T.Fにワイロを送った。今まで国軍になびく傾向があったが、これで少しは融通を効かせてくれるだろう。もっとも、いつ反対側に回ってもおかしくはないが、くれてやらんよりはマシだ。そういうわけで魔術局タスクフォースから2名のメンバーが来る。そして新たに少数精鋭の遊撃部隊を編成する。お前はそれまでに修行を積んで足手まといにならないようになれ」
そう校長が声をかけると教授陣がゾロゾロとファイセルの後ろから集まってきた。
「バレン先生!! それに、フラリアーノ先生まで!!」
前者は豪快に、後者はニッコリと笑った。
「おう。ビシバシ鍛えてやるから覚悟しろよな!!」
バレンは親指を立てた。
「幻魔に関する知識も必要ですからね。手は抜きませんよ」
隻幻のフラリアーノは物腰柔らかに喋った。
他にも教授が集まってくる。どう考えてもキツい。ファイセルは気が滅入りそうになった。
だが、死んでいった人たちの事を思うとこんなところではくじけてはいられないと思った。
修行は過酷を極めた。
何度も魔術修復炉行きになったし、何度か瀕死になりかけた。
何度か死の淵を彷徨った結果、いつの間にか彼の魔力は飛躍的に伸びていた。
それにいろんな教授と模擬戦をすることによって様々なタイプの術者に対応できるようになった。
また、彼の弱点であった相手にトドメをさせない事も克服した。
強敵相手には殺らねば殺られる。そうモルポソ戦で思い知らされたのもあるが。
「フン。思ったよりやるじゃないか。さすが創雲といったところか」
激しい修行を行っているちょうどその時、M.D.T.Fからの使いがやってきた。
彼らを見てファイセルはとても驚いた。
「こっ、コフォルさんに、ルルシィさんじゃないですか!! ほら、オウガーホテルとか、アシェリィを逃してもらったり、モルポソを運んでいった!!」
コフォルと呼ばれた男はえんじ色のとんがり帽子をいじった。
「君とは縁が深いな。しかし、今の私はコフォルではないのだよ」
ハッっとした表情で青年は気づいた。
「そうでしたね……。M.D.T.Fはコードネーム制でしたね。しかしそうすると名前での呼び合いは困難になります。とりあえず名前を統一してくれませんか?」
男女2人組は顔を合わせた。
「それなら原点に帰ろうか。君に初めて会った時のコフォルでいく」
「私はルルシィで。よろしくね」
彼らと初対面だった頃は気にもしなかったが強くなって実力がわかるようになっていた。
2人共、恐ろしく強いということが。
それは敵意の無いプレッシャーからも感じ取れるレベルだった。
「おやおや。ファイセルくん。我々は戦うわけじゃないだろ? そんなピリピリとしないでくれたまえ」
ルルシィもニッコリ笑って緊張感を解いた。
「まぁお姉さんたちを前にするとそうもなるよね~。それだけ実力がついたって事だから喜んでいいと思う」
気づくと強張っていたファイセルは力を抜いた。
「改めてよろしくお願いします。コフォルさん、ルルシィさん。足手まといにならないように頑張ります!!」
こうして少数精鋭の遊撃部隊が完成した。
ファイセルの経験不足やフォーメーションなどまだ煮詰めるべき点はあった。
だが、アルクランツが満足するレベルには仕上がっていた。
これによってROOTSの手の届かない部分に対処できるようになった。
また、独立しつつある秘密結社に対して一騎当千の学院の部隊が結成できたのは大きかった。
アルクランツは確かな実力があり、かつフットワークの軽い3人に期待した。




