懐中時計とクマのぬいぐるみ
屋敷の裏山を登りだしたニャイラ、シャルノワーレ、アシェリィ、コレジール。
先頭のニャイラは全く迷うこと無く雪山を進んでいく。
「う~ん、ここらへんは何回かリサーチに来てるんだけど、これは間違いない。遺品の位置が手に取るようにわかるんだ。こっちだよ。確かシェオル・ケルベロスが配置されてるラボだね。問題はソイツだよ。4人でなんとかなるかなって感じかなぁ」
コレジールが黙ったまま前に出た。
「貴重なリッチースレイヤーを危険に晒すわけにはいかん。わしがやろう」
ニャイラはその発言に慌てた。
「だから!! そんなウサギ狩りみたいに言わないでくださいよ!! 相手は冥府の番人と異名を持つんですよ!?」
その指摘にノワレは同意した。
「全くですわ!! あんな化物、1人ではとても敵う相手ではありませんわ!! 無茶なマネはおやめになって!!」
ただ1人、彼の実力を知るアシェリィはそれに賭けてみた。
「師匠……コレジールさんが言うなら任せてみようよ」
残りの2人は不安感を否めなかったが、実力のあるアシェリィが言うのだから間違いないだろうと踏んだ。
「シーッ!! その岩場の脇はもうシェオル・ケルベロスの視界だよ。近づいたらすぐにターゲットになるから気をつけて!!」
洞穴を加工した入り口に3mはあろうかという犬型のモンスターが居座っている。
頭が3つあり、高級そうなフサフサの毛並みに真っ赤な眼光をたたえていた。
「グルルルルル…………」
直視するだけでもプレッシャーを感じる。クレイントスの格を示すような存在だ。
その時、コレジールが突如、ふらりと前に出て倒れ込んだ。
「何やってるのさ!! ケルベロスには死んだふりなんて効かないよ!!」
「私のこの弓で!!」
だが、シェオル・ケルベロスの頭部がいきなり爆散した。
そのまま2つ、3つとスイカを割るように吹っ飛んだ。
「こっ……これは……」
「コレジールさんがやったんですの!?」
「た、多分……」
思わず女子3人は黙り込んでしまった。
コレジールが雪を払いながら立ち上がる。
「まったく。雪の上で寝そべるのは寒くてかなわんわい」
呪文の種類を特定したニャイラは酷く驚いた。
「今のは……マナ・バースト……。対象に魔力を加えて爆散させる呪文。でもマナ・バーストは初歩の魔法なはず……。あんな威力が出るわけないですよ!!」
老人は指を振った。
「ヘビー級の呪文より使い慣れた呪文のほうが有利になることもある。というかわしはあまり強力なのは好きではない。小回りの効く戦法が性に合ってるしのぉ。まぁ小賢しいというか、セコいというか。そうやって生き延びてきたからの」
それにしてもケルベロスをふっとばすには相当の修練が必要だ。
彼が今までマナ・バーストを何回使ったかは想像もできなかった。
ちなみに斬宴のモルポソを一発で粉々にしたのもこの魔術だった。
「ま、もちろん弱点もあるんじゃが……。それは弟子との秘密にしとくかの。ほら。ボサッとしてないでラボに入るぞい」
肝心のリッチースレイヤーがこないと、とばかりにコレジールは手招きした。
ラボの中は真っ暗で何がどこにあるのかわからなかった。
すぐにニャイラが照明のマジックアイテム、インスタント・ソレーユを使って部屋を照らした。
彼女は全く迷う様子もなく、机の引き出しを開けた。
「これだよ……間違いない」
そこには銅色の古びた懐中時計が入っていた。
「これが遺品かの? あまり特別な感じはしないが……。ただの懐中時計と変わらん」
リッチースレイヤーは時計のフタを開いた。
針は中途半端な時間をさして止まっている。
「ボクにしかわからないのかな……。まぁホントに直感で判断してるから他の人にはわからないみたいだね。よ~し、じゃあぶっ壊すよ!!」
ニャイラは袖をまくって机の上に時計を置いた。
そして握った拳を思いっきり叩きつけた。
「ダンッ!!」
あまりの思い切りの良さに他の面々はビックリした。
「なんともまぁ豪快な……」
コレジールは迷いのない一撃に少し戸惑った。
「ニ、ニャイラさんって意外と武闘派なんですね……」
ノワレだけは額に手を当てた。
「先輩は見た目に似合わずこういうとこは大胆ですの……」
肝心の本人はむくれた。
「むー。いいじゃんかよ~。なにか悪いのかい?」
彼女の叩き潰した時計から小さなパーツが転げ落ちる。本体はぐしゃぐしゃのぺちゃんこだ。
「やった……」
「やりましたの?」
「あんま手応えないね……」
ニャイラもノワレもアシェリィの一言に同意した。
その頃、虚都クリミナスでレセプションに参加していたクレイントスは悟った。
異変に気づいて屍母のロザレイリヤは彼に声をかけた。
「どうしましたクレイントス」
悦殺は少し沈黙して答えた。
「ふむ。私の遺品が1つ、破壊されましたね。しかし、ラボにあるのは2つ。もう1つは流出の激しい場所に流してあります。それを見つけるのは至難の業。まだ当分、私が撃滅されることはないでしょう」
リッチー研究家の予想通り、彼は全く揺るがなかった。
むしろ高揚感さえ湧いてきていた。
「これは面白い。実に面白い。おそらくリッチー・スレイヤーが生まれましたね。ネズミ取りがネズミになる……か。遺品が移動できる方は対策をしておくことをオススメします。流出の激しいマーケットに流したりするのが無難ですかね。ラボに盗掘者をおびき寄せたりするのもいいでしょう。滅したくなければ遺品を移動させるのが一番。もっとも、ターゲットを定められて追跡されると厳しい面はありますが、やらないよりはマシでしょう」
リッチーの存在危機だったが、誰一人として怯えることはなかった。
彼らに恐怖心というものは無いのだ。喜怒哀楽のうち怒と哀がすっかり抜け落ちている。
現にクレイントスの遺品が破壊されても誰一人心配する者はいなかった。
それより互いの遺品について語り合い、ああだこうだ言っている。
自分が滅したくないというよりはこのピンチをどこか愉しんでいるようにも思えた。
そんな中、リーダーのロザレイリアは彼らをまとめた。
「いいではないですか。遺品の破壊など些末な事。それより私は破壊する者のほうが気になります。襲撃をかけて根絶やしにしてしまえば済むことでしょう。クレイントス。あと1つの遺品は破壊されたのですか?」
彼女はそう悦殺に問いかけた。
「いえ。まだです。しかし、ラボは近くにあるので破壊されるまであまり時間はないかと……」
屍母はクレイントスを指さした。
「貴方はROOTSに接触したという疑いがあります。それを晴らすためには態度で示しなさい。次の遺品が破壊されるタイミングでリッチー・スレイヤーの命を奪うのです。我々は実体がないので遺品を破壊できませんが、もし負ければそれに値する処遇を受けると思いなさい」
命令を受けたリッチーはペコリとお辞儀した。
「御意。次が破壊されると同時に現地へ飛んで襲撃をかけます。まぁ聖なる者がいなければ私が簡単に負ける事はないと思いますがね。フフフ……。これは実に面白い。リッチー・スレイヤー……覚醒して間もないですが、苦痛に踊ってもらいましょう。フフフ……」
その頃、ニャイラ達は番人のいないラボに入った。
「ん? ここはほんのり明るいね。ラボが生きてる証拠だ。えーっと、ここの遺品は……」
テーブルの上のクマのぬいぐるみを彼女は指さした。
「あれだね。間違いない」
それを聞いた他の3人は拍子抜けした。
「これがクレイントスの遺品!?」
「う~ん、なんかギャップが激しいなぁ」
「まぁ明らかな物よりこういった物のほうがカモフラージュしやすいからのぉ」
リッチー・スレイヤーはクマのぬいぐるみの頭と脚を握って左右に引きちぎる構えをとった。
「じゃあ、いくよ!!」
彼女が力を入れてぬいぐるみを引っ張るとそれはワタをちらしながらあっけなくちぎれた。
次の瞬間、誰かが部屋に入ってきた。それは紛れもなくリッチーだった。
シャルノワーレは彼を見た途端に憤怒した。
「クーーーーレイントスーーーーーッッ!!!!」
唸り声のような叫びを上げて飛びかかろうとした。
だが回り込んでコレジールが彼女にデコピンをかまして失神させた。
「こんの阿呆!! 不死身の相手をしてどうするんじゃ!!」
そう言うと老人はその場に倒れ込んだ。
「なにやってるのさ!!」
思わずニャイラが声を荒げた。だがそれはコレジールの呪文のスイッチだった。
彼は無言のまま唱えた。
(我が掌に聖なる煌き宿りたもう……)
するとまばゆい光の塊が薄暗いラボ全体を照らした。
「こっ、これは!! うぐっ!! ぐうう!!!! こっ、小癪なッ!!」
その光で明らかにクレイントスが怯んだ。
老人はすぐに立ち上がるとエルフの少女を担ぎ上げた。
「そら、ニャイラ、アシェリィ!! 今のうちに逃げるんじゃ!! 三十六計逃げるに如かずッ!!」
クレイントスは逃すまいと抵抗しているが、聖属性の光源魔法に当てられて動けなくなっていた。
逃げながらコレジールはボクっ娘の女性に微笑みかけた。
「どうじゃ? 地味で下級な魔術でも使いようによってはなんとかなるもんじゃよ。まぁあれくらいでは滅さないじゃろうが、それなりに苦痛は与えたんじゃないかの」
この一連の出来事でニャイラはこの老人が凄まじい実力の持ち主だと痛感させられた。
ただ、見た目は本当にただの老人なので気配を殺す気になれば奇襲をかけたりも出来るのではと思った。
こうして一行は無事に屋敷の裏山のヴァルー山でクレイントスをやり過ごした。
もちろん、このあと滅茶苦茶ノワレに怒られるハメになるのだが。




