蝶舞蜂刺
メリッニと名乗る悪魔は超高速で魔人になったジャバラドラバッドの元へ向かっていた。
「あちらか。生意気なことにそれなりに力はあるようだ。ピリピリと覇気を感じる」
基本的にデモンはリッチーのようにテレポートすることは出来ない。
だが、羽の有るなしに関わらず飛行できるものがほとんどだ。
上級になればなるほどそのスピードは上がっていく。
メリッニは羽はないが、宙を自在に舞うことが可能だ。
ライネンテの地下教会から飛び立って本来ならドラゴン便でも数日かかる北方砂漠諸島群まで半日でついた。
彼女が降り立ったのはここ、ジュエル・デザートのトップの実業家であるジルバラッドラの屋敷だ。
「ニンゲンの血のニオイがするな……。ナンバーワン……自分の目の上のタンコブを片っ端からつぶしていくつもりか? まあ会って聞いてみればわかるか……」
悪魔は警備兵達の死屍累々(ししるいるい)の庭を抜けて屋敷へ入った。
屋内も見るも無残な死体が転がっている。中にはカラカラのミイラのようになった者も居た。
「ヴァンパイア……か。強力だが、燃費が悪いのは考えものだな」
主の間に行くと魔人がイスにふんぞり返っていた。
「はは!! No2のアルドバナッツも殺した!! そしてこのギルバラッドラも殺した!! これで間違いなく俺はジュエル・デザートのナンバーワンだ!!!! うはははは!!!!!!!」
彼は自己に陶酔しきっているのか、しばらく目の前のデモンに気づかなかった。
「おい。お前、随分とエラそうだな。だが、所詮は魔人。悪魔には従わずにはいられまい? ええ? “ナンバーワン”よ」
だが、彼は人間の割合が高かったのか、これをはねのけた。
「何が悪魔だ。そんな格付け、俺には関係ない。なぜなら俺がナンバーワンだからな!! お前もぶっ殺して悪魔界のナンバーワンを目指してやるよ!!」
メリッニは呆れて首を左右に振った。
「さっきからナンバーワン、ナンバーワンと……ナンバーワンのバーゲンセールだな。こんな下衆、今すぐ消し去ってやりたいが、ザフィアルの命令もある。皮肉にもお前にはお前の役割があるらしいな。せいぜい滑稽に踊るが良い。ちなみに聞いておくが、お前の次の目標はなんだ? どこのナンバーワンになるつもりだ?」
ジャバラドラバッドは首を傾げた。心なしか知能が弱っている気がする。
「そーだなー。やっぱり先進国のライネンテだな!! 決めた!! 俺はライネンテ国王を殺してライネンテのナンバーワンになってやる!!」
その宣言をザフィアルも聞いていた。
「これは面白いことになってきた。教会は立て直しの最中だから王都防衛に力は割けん。というか、あえて割かないだろう。となると魔人はM.D.T.F……魔術局タスクフォースが当たることになる。まさか奥の手である連中の実力を見ることができるとはな。ノットラントに移動するのは延期だ。しばらくライネンテでショーを鑑賞しようか」
ちょうどその頃、M.D.T.Fにはジュエル・デザートの富豪虐殺の情報が入ってきていた。
キツネと女豹と評される2人組がミッションを受けていた。
もちろん今回も互いに偽名で毎回、異なる名前の1つでしかない。
「ギスターブ、目標はライネンテに接近中。ジャバラドラバッドの身辺調査から過剰にナンバーワンに拘る人物だったらしいわ。北方砂漠諸島群を落としたら次は……」
キツネ顔の男はえんじのとんがり帽子をかぶり直した。
「イステア。十中八九、狙いは王都というわけだな。確認するぞ。我々は魔人の撃退に当たる。戦闘は私1人で。君は相手の能力や戦い方のリサーチ。そして、もし私が殺された時の伝令だ。いいな、余計な感情は抱くな。自分の任務に専念するんだ」
2人は互いに阿吽の呼吸で息を合わせた。
そしてギスターブは魔人の着岸地点の砂浜に立った。
魔人が強力なのと、MDTFの高度なマジックアイテムが合わさり、彼の動きは手に取るようにわかっていた。
ギスターブは腰の銀に輝くレイピアに手をかけた。
「たしか、魔玉は吸血鬼伝説とセットだったな。こいつが役に立つかもしれん。タスクフォースをなめるなよ」
ウサギ・ヤシの葉がザワザワと揺れた。太陽が遮られ地面に大きな影が落ちる。
「来たかッ!!」
化物はドスンと着地した。
「まだ余裕はあるが、ここらへんで補給と行くか。俺はこれから王都を落としに行くんでな!! おいお前、献血してくれないか。まぁ死ぬまで吸うんだけどな!! ぐははははは!!!!!」
敵意を確認した直後、ギスターブはレイピアで魔人を刺した。
そのまま剣を抜くと鮮やかなまでの連続突きを放った。
「ぐぅ!! 痛ってぇ!! なにしやがる!!」
かなりのスピードで反撃の拳が飛んできたが、M.D.T.Fの隊員はバク転で回避した。
ネコのように身軽な動きで翻る。
あたったらひとたまりもないだろうが、彼は攻撃を避け続けた。
そしてそれとすれ違うように着実に刺突攻撃を浴びせていく。
「くそっ!! こんな!! コイツ、ハエみてぇに速い!! ダメだ!! 全く動きが追えねぇ!! というか見えねぇ!!」
ギスターブの戦闘スタイルは速攻回避タイプだったのでジャバラドラバッドには有利に立ち回ることが出来た。
魔人も決しては弱くはない。それこそバレン達が戦った赤のデモンと並ぶ、いや、それ以上の能力を持っていた。
にもかかわらず、とんがり帽子でキツネ顔の男は軽く相手をあしらった。
「蝶舞蜂刺ッ!!」
一流揃いのリジャスターより出来るレベルだ。
「ふむ。しぶとさはかなりタフだ。だが、スピードは止まって見える。おまけに全力を維持するには人間の血が必要と見えた。そしてこの全体的にアンバランスな体格……。魔玉が不完全かつ、魔人の身体にまだ馴染んでいないな? ならばここで仕留めるのみ!!」
ギスターブはとんがり帽子を深くかぶり直した。
目にも留まらぬ猛攻を加えるとあっけなく魔人は倒れ込んだ。
真っ赤な血液が砂浜に染み込んでドス黒くなっていく。
M.D.T.Fの男はレイピアの血を拭って鞘に収めた。
その様子をまたもやザフィアルは観察していた。
「魔術局タスクフォース……あなどっていたな。単身であの強さとは。クズ魔人とは言え弱くはなかったはずだが。連中には迂闊に手を出さぬほうがいいだろう。少数と聞いているがあれだけの精鋭揃いなら争奪戦に参戦できるのではないか? 母体である魔術局も注視する必要があるか。もっとも、連中が何を望み、誰と組むかは予想がつかんし、興味もないが……」
思い出したようにザフィアルは立ち上がった。
「おっと。このままでは魔人はステージから退場だ。こちらとしてはまだ引っ掻き回してもらわないと面白みにかける。おい。メリッニ。聞こえるか?」
すぐに少女の声で返事が帰ってきた。
「ああ、追跡して見ていた。潜伏しているので気づかれては居ないはずだ」
教主は満足げに笑った。
「そうか。ならばそいつを悪魔界に招待してやれ。延命させて玩具にする」
メリッニは酷く不満そうだ。
「だれがこんな人間臭いやつを。それにナンバーワンしか言わない悪魔のなりそこねだぞ? 誰がこんな愚図を」
ザフィアルはローブを脱いで上半身をあらわにした。
上半身は男性なのだが、下は自分で切り落としてしまったという中性の人物なのだ。
故に彼でも彼女でもない。
ザフィアルの暁の呪印が輝き出す。
「ふふふ……。苦しいのがお望みかな?」
少女の姿をした悪魔は黙ったまま命令に従った。そして魔人に語りかけた。
(お前……こんなところで滅するのは悔しくはないか? 未練ではないか? 我々、悪魔の部下になれば助けてやらんこともない。生き延びてからあれこれ考えても遅くはないだろう)
当然、ジャバラドラバッドは猛反対した。
(誰が悪魔の手下になるものか!! 俺はナンバーワン!! ナンバーワンしか認めねぇんだよ!!)
予想通りの反応にザフィアルは少し残念がった。
だが、その直後だった。魔人の態度が豹変したのである。
(いや、待った!! 部下にでも何にでもなるから、俺を助けてくれ!! 頼むよ!!)
教主もメリッニもこれがその場のでまかせであることは百も承知だった。
「コイツは骨の髄までクズだな。おおかた生き延びて悪魔のナンバーワンになるなどど思っているに違いない。だが、悪魔界を制するのは下手をすれば人間界を落とすのより難しい。余計な心配はいらんだろう。おっと。そんな信頼のおけんやつは仲間にする価値さえない。蘇生させたなら適当に捨て置け。他の勢力を少しでも削れればそれでいいのだからな」
メリッニも呆れ果てていた。
(悪魔界としてもこんなのはゴメンだ。結局、悪魔にもなれず人にもなれず、孤独に暴れ、そして死んでいくだろう。まぁそれでも爪痕を残せたのならばそれはそれで生きた証と言えるのかもしれん)
それを聞いていてザフィアルは人間臭いデモンだと思った。
(な!? な!? 部下になるから助けてくれ!!)
これが契約の言葉とみなされて、一気に魔人の傷は塞がった。
ギスターブは警戒して後ろに飛び退いた。
「くっ!! 魔人から悪魔に魂を売ったな!?」
相手と相性が悪いと悟ったジャバラドラバッドは翼を広げて緊急離脱した。
「お前!! その顔覚えたからな!! 絶対に殺してやるからな!!」
そう捨て台詞を放って悪魔となった魔人は逃げ去っていった。
「なに。次にあったときこそお前の最後だぞ」
M.D.T.Fのエースはレイピアをヒュンヒュンと振って血を払い、納剣した。




