私……悪魔になっちゃった
ザフィアルはジュエル・デザート……北方砂漠諸島群にも陣営が存在することを知っていた。
悪魔は欲望や悪意を好む。あまりにも強烈な欲の持ち主がいればその思念が伝わってくることもあるのだ。
「名をジャバラドラバッド=ドレッドラ。ジュエル・デザートでは3番目の富豪だ。しかし、常に何事にもおいて3番目であることに激しい嫉妬を感じている。故にその願いは世界ナンバーワンになること。清々(すがすが)しいまでの野望だな」
教主はワイングラスを傾けながら誰もいない空間に問いかけた。
「なぁジャバラドラバッド。世界一がそんなに欲しいのか? 私にはわからんな。浅はかすぎて嘲笑う気も起こらん。男のジェラシーは醜いぞ。存在が消えればお前のその嫉妬の心も消えるのだ。それに気づくのが賢明だ。それでもお前が人間でもデモンでもない存在になろうというなら止めはしまい。初戦は同じ穴の狢。我々と仇なすことはありえない存在なのだから」
ザフィアルはまるで自分が人間より高位な存在のように振る舞った。
自分の手で世界を消滅させようとしているのだから当然といえば当然なのだが。
一方、話題にのぼった男性は自室で怒りをあらわにしていた。
彼はファイセルと海龍のウロコを取引したり、アシェリィの遠足先で会ったりしている。
その時は人格的に問題のある人物ではなかったのだが、どうやらそれは表の顔だったようだ。
「クソッ!! グレバラッドのヤツ!! 今期の業績がいいからといって調子に乗りやがって!!」
ドンッっと机を拳で叩きつけた。彼の怒りはまだ収まらない。
「アンズシーに至っては俺を越える勢いだ!! 3番目でも問題外なのに4番目にでもなったらたまったもんじゃない!!」
今度はゴミ箱を蹴散らした。
「クソッ!! 俺はナンバーワンなんだ!! 俺は世界一なんだぞッ!!」
その時、執事がドアをノックしてきた。
「入れ!!」
ジャバラドラバッドは執事の前では怒りを隠すことはなかった。
「お坊ちゃま。地下の魔玉の雫が満ちました。確かに玉が完成しております」
魔玉とは身体に取り込めば唯一無二の力を得られるとされるマジックアイテムだ。
「本当か!? 早く案内しろ!!」
富豪は狂喜しながら屋敷の直下にある地下洞窟へ向かった。
「さぁ、あのツボの中に玉はありますぞ……」
野望に満ちた青年が執事とすれ違った直後だった。
突如、従者は主を背後からナイフで刺した。
「ナンバーワン。ナンバーワン。口を開けばナンバーワン。私はもううんざりです。そんなあなたが力を手に入れたとて何の面白みもありません。魔玉は私がもらいますよ」
だが、ジャバラドラバッドはニッっと笑った。
「甘いな爺よ……。お前が裏切ることは想定済み。暗部に爆弾をしかけさせてもらった。まぁその暗部も今はもう居ないがな。じい、さよならだ!!」
青年がグッと掌を握ると執事は跡形もなく吹っ飛んだ。
「はは……。一般人のザコにしかけるにしては強力すぎたか。ぐっ、早く魔玉を取り込まねば死んでしまう……」
富豪は這いずってツボのフチまでたどり着いた。
親指の爪ほどの小さな漆黒の玉が怪しく輝いている。
「こ……これが魔玉!? 小さいではないか!! 本当にこんなもので効果があるのか!?」
興奮によって彼は吐血した。
「ごはぁ……な、悩んでいるヒマはない。ええい……」
そう言いながらジャバラドラバッドは玉をツボからすくってゴクリと飲み込んだ。
すると彼は湧き上がるような強いパワーを感じた。
背中にエネルギーを集中すると禍々(まがまが)しい2つの羽が生えた。
身体の大きさもムキムキと拡大し、赤のデモンと同じくらいの体格になった。
ただ、上半身はガッチリとしているが、下半身はウサギのように細身だった。
眼光は真っ赤で、牙が生えだした。まるでヴァンパイアのようである。
それにウロコまでついていた。これでは中途半端な攻撃では通らないだろう。
「こ、これがナンバーワンの力……。疑いようのない感覚を感じるぞ!! ククク!! まずは北方砂漠諸島群のすべてを屈服させてやる!! ゆくゆくは俺がナンバーワンの楽園を作ってやるよ!! 何しろ俺はナンバーワンだからな!!」
ザフィアルは閉じていた瞳を開けた。
部分的にだが彼は波長の合う対象と自身をリンクさせる魔術を持っている。
「魔人の誕生……か。なんともまぁお粗末な存在だ。せっかく力を得たのにスケールが実に小さく、これっぽっちの格も無い。最終的に酒池肉林でも望んでいるのか? コイツは。 ただ……その実力だけは侮れんようだ。敵に回らないのは面倒が省けたと言えるだろう」
魔人とは悪魔と人間の間の子である。
そのため、完全に悪魔の序列を無視することは出来ない。
無闇矢鱈にケンカを売れば村八分は免れないのだ。
故にデモン達の顔色をうかがう必要が出てくる。ザフィアルが言うお粗末な存在とはそういうことである。
教主に従うことは出来ても、逆らうことは決して出来ない。
魔人になったところでナンバーワンにはなりえないのである。
ザフィアルはアルコールの飛んだぶどう酒を飲んだ。
「ナンバーワンか……。ジャバラドラバッド、お前は無能のナンバーワンだよ。駒にすればいくらかの戦力にはなるかもしれんが、本人が望まんだろう。いや、デモンに脅迫させるか? あんな愚鈍を配下に置くのは反吐が出るが、実際、戦力は多いに越したことはない」
ザフィアルは半裸のままチェアから立ち上がった。
「ふぅ。やるか。これは疲れてたまらん。今回はキスプが殺った連中の魂を使う。そこまで光るモノはない……いや、優れたソウルが1つ混じっていたな。そいつを使うこととしよう。おまけに人数を稼いでいるからな。立ち上がって間もない魔人を脅して屈服させる程度のデモンは練れるだろう」
ザフィアルは隣の儀式の間に移った。
そして念じるとキスプに飲み込まれた魂達が現れた。
その中でも最も輝くものを指で突くと、ある人物が現れた。
ボーイッシュなオレンジ色の髪で学院の制服を着ている。
それはラーシェの親友でソールルの恋人のメリッニだった。
「ほお。リジャントブイルの生徒か。キスプめ。当たりを引いたな。悪くない素材だ」
彼女はデモンに吸収された状態のままで居るらしい。
「クソッ!! なんでよりにもよって帰省してるときに!! こんな街中にデモンが出るっていうのよ!! 退治しなき……あ……意識が遠のく……あ、あたしとしたことがしくった!! くっそぉ!! このまま吸収されるしかないのか!! ソールル!! 助けてソールル!!」
教主はメリッニに語りかけた。
「安心しろ。お前の魂は有意義につかわせてもらう。まぁ、ただ最初は少し苦しいかもしれんが……」
そしてザフィアルは呪文を唱え始めた。
「サクリフィス・アノマ・アニマ・ソール・デ・ウビトーレ・デモス!!」
するとメリッニとキスプの吸い取った魂が還元されて新たな悪魔を形成しはじめた。
少女は水飴のようにトローンと溶けて他のソウルと混じり合った。
「あああああああ“あ”あ“あ”そーるるるるる!!!!! るるるそるる!!!!! そーそーそー!!!!!! うるるるるきょぱぁ!!」
奇声じみた絶叫を上げて彼女は悪魔として生まれ変わった。
今度、喚び出されたのは子供ほどの身長で全身がオレンジ色だ。
見た目は少女で人に近いが真っ黒な目が左右と額の3つ有る。
「ほお。これはなかなか……」
教主は乾いた拍手を送った。
「おちょくってくれるな人の子よ。お前を殺すのは造作も無いのだぞ?」
ザフィアルは肩をすくめた。
「召喚されておいてよく言う。お前くらいなら身分の違いが理解できんわけではあるまい? ふむ。それにしてもあれだけ意識が強かった割にはあの娘の影響は殆どないようだな。他にも贄を捧げたからか薄まったか……」
それを聞いていたデモンは首を左右に振った。
「いや、あながちそういうわけでもない。このメリッニという娘はソールルという女性を深く愛していた。今の私がソールルに出会ったらどう反応するだろうな。きっと一目で私であることに気づくはずだ。決まった。私はこれからメリッニと名乗ろう。そして恋人がドン底の気分に陥いるのを楽しもうじゃないか」
驚いたような目でザフィアルはメリッニを見た。
「非道なところはデモンだが、恋愛感情を理解するなど随分と人間臭いな。やはりあの魂が強く働いているということなのか……。おい。メリッニとか言ったな。お前の行先はソールルのところではない。今頃、ジュエル・デザートで猛威を奮っている魔人を配下にするよう脅迫してこい。応じる気がないなら捨ておけ。味方にしても、混乱をあおってもどちらでもかまわんからな」
だが、その命令に彼女はそっぽを向いた。
「我に命令するとはいい度胸だ。喰らってくれるわ!!」
これは極めて相性の悪いパターンだ。
「全く、手を焼かせてくれる!!」
ザフィアルはスッっと腕を突き出した。暁の呪印が紅く輝く。
同時にデモンは頭を抱えて苦しみ始めた。
「があああああ!!!!! やめろ!!!!! 頭が割れる!!!!!!」
教主は不敵に笑った。
「大人しく言うことを聞け」
すると悪魔は沈黙した。
「貴様……いつか必ず喰ってやるからな……」
そう言うとデモンのメリッニはテレポートしてフッっと消えた。




