屍の祝杯を貴方と
学院中の死霊使が集められた。
極秘裏に地下霊園の入り口からカラグサの遺骸を拾ってきた。
もげた首をぬいつけて青白い魔法円の上にただの死体となった彼女を置く。
そして1人の教授が言った。
「この身体はカラグサ教授の元々の身体。魂とは切っても切れない存在。ですから我々がアクセスすれば向こうから引っ張り戻すことができましょう」
明らかにアルクランツ校長はイラついていた。
「御託はいいからとっととやれ」
その場の空気が冷たくなった。強力なプレッシャーである。
それに押されながら教授陣はカラグサの魂の呼び出しを試みた。
複雑な魔法円の中心にカラグサの肉体を置いて呪文を唱え始めた。
その頃、虚都クリミナスでは身体を入れ替えた彼女が苦しんでいた。
「あ……ぐっ!! 精神が!! 魂が……引っ張られるッ!! 私の身体に引っ張られる!!」
その直後、彼女は白目を向いて倒れ込み、用意された肉体を抜けてただの死体と化した。
「……間に合いませんでしたね。今頃、カラグサの意識は元の身体に戻ったはず。あとは彼女がどういう選択をするかによりますが……」
目を開けると彼女はリジャントブイルに居た。
「あっ!! はぁっ!!」
跳ね起きるように身体を起こすと死霊使の教授陣と校長がこちらを眺めていた。
屍の教授は首を左右に振った。
「わ、私の意志じゃあありません!! 強制的に仕組まれたことなんですよ!!」
アルクランツは頷いた。
「ああ。お前のことは信用してる。そういうわけでお前に預けてある遺品を出すんだ。それを破壊して裏切り者のオーザを撃滅する」
必死にカラグサは抵抗した。
「そんな!! 裏切り者なんて!! それに、クリミナスの方々は悪人とは思えません!!」
校長は解せないといった顔だ。
「忘れてはいけないぞ。あいつらは不死者以外に対してはこれっぽちも情はない。人間に親切にしたとしてもそれは死の世界に導くためでしかない。思い出せカラグサ。お前は死して不死者という甘い誘惑に負けないと誓ったことを。どうなろうと自分が生きていると証明することを」
それを聞いた教授は血の乾いたシャツの胸ポケットから小さな花のブローチを取り出した。
「これです……。きっとオーザさんは私が遺品を出すのを渋っていると思うでしょう。今のうちに破壊すればリッチー達に意識を共有されることはないはず。学院の秘密は守られます」
彼女が言うと同時に校長はカラグサを抱きしめた。
「な……何を!? や、やめてください校長!! こんな腐った液体だらけの身体、腐臭が染み付いてしまいます!!」
幼女は瞳を閉じて教授を抱きしめた。
「お前には辛い思いばかりさせてすまないな。本当はクリミナスに行きたかったのだろ? 薄暗い地下墓地の墓守なんてウンザリだろう? お前だってまだ20そこそこの娘と変わらん。かといって、日の当たるところでは溶けてしまう。お前自身が望んだ事とは言え、正直なところ、こんなところに閉じ込めておくのは気がひけている。それでも献身的に支えてくれるお前に教授陣も生徒も感謝しているんだ」
それを聞いてカラグサは泣き始めた。
「うわあああああん。そこまでコウチョーセンセーが思っていてくれたなんて~。ちょっとでもなびきそうになった自分が恥ずかしいです~」
涙の勢いでトローンと女教授の眼球が垂れた。
「うわ~。目玉をしまえ!! しまえ!!」
そう言いながら優しく抱くと今度は腕がボトッと落ちた。
「うう……校長せんせ~い」
腐臭が移った幼女はポンポンとカラグサの背中をたたいてやった。
「フーム。これは修復の時期がきているな……」
その場がおちつくとアルクランツの前に髪飾り、ピンクのルージュ、花のブローチが並べられた。
「見ろ。これが慈骸のオーザの3つの遺品だ。これをすべて破壊するとアイツの存在はこの世から消滅する。リッチーを倒す唯一の手段だ。オーザの場合は遺品がすべてわかっているからいいが、他の連中はそうはいかない。厳しい戦いになる。オーザにも色々と教わることがあった。不死者に冥福を祈るというのは的はずれかもしれないが、一応な。黙祷」
その直後、校長は瞬時に3つの遺品をビームで焼き切った。
同時にクリミナスのオーザに反応があった。
「カラグサ……学院を取ったのですね。しかし、私はその選択を恨みませんよ……致し方のない事です……ウッ!!」
彼女はまたたく間に爆散した。骨片が飛び散り、ローブはただのボロ布になった。
ふわっと風になびいてそれは地面に落ちた。もう何者の気配もしない。
ロザレイリアは落ち着いた様子でオーザの残骸を指さした。
「見なさい。これが滅するということです。私達はすでに死んでいますので恐怖を感じることはないかと思いますが、それでも各々に果たしたいことがあるかと思います。滅したくなければ遺品の管理には気をつけることです。もっとも我々自身が遺品を動かすことや変更することは出来ないので誰かに頼るしか無いのですけどね」
他のリッチーは自分たちが撃滅された瞬間を見たことが無かった。
普通なら驚き、慄くところだが、彼らは至って冷静だった。
「ふむ、我々が滅すると意識や魂はどこへいくのだろうか?」
「人の死と同じく、無に還るという概念が一般的なのではないか?」
「いえ、天国、地獄という説もあるにはありますわ」
「非常に興味深い研究テーマだ。オーザに会えればそれもわかるのだろうが、肝心の彼女はもうここにはいない。確認のしようがないのだ」
「これが”死”なのか……。そういった意味では不死者は死してなお生きているとも言えるのではないか?」
飽きるほどに散々、議論は続いたが答えは出ない上に終わりも見えなかった。
そこでロザレイリアが話をまとめた。
「皆さん、そこらへんにしましょう。滅するということは私達にとっては未経験。それすら体験の蓄積として見るのが建設的ではないでしょうか。もっとも、我々はそう簡単には滅するものではないのでなかなか出来ない経験とも言えるでしょうが」
彼女がそう結論付けるとリッチー達はその話題をひとまずお預けということにした。
ここで屍母は話題を変えた。
「この前、ザフィアルとアルクランツの話をしましたが、大事な人物を忘れていました。ルーンティア教会の聖司教、フラウマァ・カルティ・ランツァ・ローレンです。言うまでもなく不死者にとって最凶最悪の敵です。我々を滅することは出来なくとも、退ける力は持っています。下級の者に関しては一撃で溶かされてしまうでしょう。彼女らと私達では非常に相性が悪い」
ロザレイリアの瞳が紅くキラリと光った。
「そこで、そろそろケモノを野に放つ時が来たと思います。この大陸の……ラマダンザの魔術障壁を我々で解除する代わりに戦力になってもらいます。この間の虚ろの砲も我々の叡智で開放したものですし。彼らは極めて下等な人種ですが、軍事国家として世界をひっかきまわす駒程度にはなるでしょう。ルーブにも踊ってもらいましょうか。そうなれば教会は嫌でも戦力を分散せざるを得ない。あわよくばアルクランツの気も引ける」
あるリッチーは不満げに答えた。
「しかし……ラマダンザの民はどうにも気に食いませぬ。連中の荒い気性に傍若無人さ。力を持ってしても賢人会からも見放される有様。やはり、そんな下等な人種などと組もうというのは納得いきませぬ」
不死者の女王は笑った。
「フフフ。バカとハサミは使いようというではないですか。それはルーブとて同じ。何も私達が直接、手を汚すことはないのです。自分の勢力だけで成そうとするなど愚の骨頂。愚かな人間たちは私達の手の上で転がされていればいいのです。そして今度こそは不死者だけの世界を構築しましょう……きっと皆さんにお気に入りいただけると思いますよ?」
ロザレイリアの思想はかなり常識はずれのように思える。
しかし、彼女の目指す楽園はルーンティア教会のフラウマァが掲げるそれと大して変わらない。
自分達に都合の良い世界に改変してしまおうという思考は聖も不死も同じだからだ。
各陣営がエゴをぶつけ合う醜い争い。
それが楽土創世のグリモアの争奪戦なのである。
それでも結局は出来レースの賢人会で願望は分配され、大差のない世界は続く。
誰か、新しい望みを抱くものが彗星のように現れでもしない限りはこの世界は変わらない。
もっとも、そんな人物が現れるほど現実は甘くはない。
それこそが長いこと続くこの世界の真実なのだから。
今までは楽土創世のグリモアはお伽噺と笑われていた。
しかし、最近は心なしかそれをまともに信じるものが出始めた。
学院も例外ではなく、都市伝説の域を脱し始めている。
アルクランツが魔書と言ったのはまさにこのことで、顕現が近くなるとそれは人の意識を引っ張っていくのである。
気づけば誰も疑うことのない世界的な争奪戦に発展する。
ここ数回、参加している校長にはそれがひしひしと伝わってきた。
屍母もそれを感じ取っていた。
「ザフィアルがノットラントで狼藉を働けば一気にお伽噺は現実になることでしょう。フフフ……楽土創世のグリモア。何年ぶりでしょう。待ち焦がれていましたよ。みなさんも魔書の再臨を祝いましょう」
リッチー達は古酒をちびちびとやりはじめた。
彼女らは物を飲み食いする必要もないし、味も大してわからない。
それでも儀式的に不死者は酒をあおった。




