ようこそ虚都クリミナスへ
今はもう魔術障壁で封印された大陸。
そこにはかつてラマダンザという軍事大国が猛威を奮っていた。
直撃すればすべての生命が不死者となる非人道兵器「虚ろの砲」を開発したのはこの国である。
ラマダンザの北西にはエスリースという国があったが、軍事大国はあろうことか試験運用としてこの国の首都に兵器を打ち込んだ。
そして出来上がったのが虚都「クリミナス」である。
ここには生き物は一切いない。居るのは屍や骸達のみだ。
リッチーを主体とする不死者軍団はこの虚都を根城にしていた。
リーダーは屍母のロザレイリアと呼ばれている。
他の不死者達からは尊敬の目で見られているのだ。
なぜなら今まで不死者の存在を消されずに維持できているのは彼女のおかげだからだ。
不浄なる存在にも関わらず、毎回毎回、賢人会に食い込んでいるということだ。
彼女はアルクランツとザフィアルを嘲笑った。
「おやおや。どうやら動き始めたようですね……。しかし、どちらも所詮は人の子。我々、不死なる者を撃滅できるわけがないのですよ」
彼女の居る台座の部屋には十数体のリッチーが集結していた。
「それはそうと……クレイントス、貴方、ROOTSの者たちに接触したでしょう?」
秘密結社だというのに既にROOTSの存在はバレていた。
おまけにリーダーはクレイントスの動向も把握している。恐ろしい情報収集能力だ。
「はは……参りましたね。どうしましょう。私がスパイでない事を証明するしかありませんかね?」
しばしの沈黙が場を包んだ。
「いえ、それには及びません。ケーキは皆で分けたほうが楽しい。ですが、奪い合ったほうがもっと楽しい。誠意は行動でお見せなさい」
クレイントスはペコリをお辞儀をした。
屍母は今後の方針について語りだした。
「今の所、我々はルーブに力を貸しています。ですが、同然ながら彼の望む軍事大国といったものには全く興味がありません。それは皆が思うところでしょう。ですから財を搾り取るだけ搾ってから死んでもらいます。しかし、それは絶頂の時までとっておきましょう。幸せからの転落は最高のスパイスですから」
リッチー達のやりとりは人間臭さが残っていた。
それでいて、非常に知的で狡猾な会議をしているのだからタチが悪かった。
しかも全員が真実を知るナレッジである。仲間内ですぐに話が通じるというのは大きい。
「ふむ。情報を統合するに、ザフィアルは近い内に暴発するでしょう。これにちょっかいを出すのは賢くない。そのあたりの紛争に楽土創世のグリモアの呼び水になってもらいましょうか。顕現した後、我々も出ていきたいところですが、それだと学院にひっかきまわされるはず」
ロザレイリアはローブをはためかせた。
「この虚都、クリミナスを他者が攻めることは現状では不可能に近い。戦力を蓄えて学院その他の勢力に終盤に当たる。これでどうでしょう? 目には目をですかね」
リッチー達は骨の手をカタカタと打ち付けて賛同の拍手をした。
「おや? これは……新入りですかね」
そう言うと彼女はフッっとその部屋から消えた。リッチー特有の空間転移である。
都の入り口にはゾンビになりたての彷徨う男が立っていた。
「ハァ……がぁ……おでは、しんで……ない。しんでながあああいい!!!!」
その時、彼の目の前に屍母は現れた。
「心を鎮めなさい。ようこそ。安らかな私達の死後の世界へ。これからは共に行きましょう」
腐りきった死体は喚くのをやめておとなしくなった。
「あ……ありが……」
苦痛から開放されたからか、男は都の住人の1人となった。
リッチーと言っても悪であると一言で表すことは出来ない。
ときにはこうやって死者の魂を安らかに導くこともあるのだ。
「おや……? 私としたことが……大切なことを忘れていました。死人でも生者でもない存在。あなたを見ていて思い出しました。あなたはどうかおくつろぎになって」
彼女ははるか格下のゾンビにお辞儀をして主の間にもどった。
「すいません。客人が来ていたもので。それより、大切なことを忘れていました。さきほど学院とは終盤に当たるといいましたが、それは相手のカードがわからない場合のこと。手の内がわかれば有利に立ち回ることができるでしょう」
リッチーの1人が納得したようにローブに隠れた頭を振った。
「ほぉ……。噂の地下霊園ですな。しかし、守りは厳重です。どういった手段で中のリッチーを開放するのですか?」
屍母は骨の両腕を掲げた。
「近頃、学院は7名の死者を出して負のオーラが高まっています。そこが狙い目。あそこには人でも死人でもない教授がいたはずです。今なら彼女にささやきかけて本能にアクセスすることが出来るはず。鋭いアルクランツとて、洗脳を察知することは出来ないでしょう。そして慈骸のオーザを解き放ちます。きっと彼女は学院への恩義を口にするでしょうが、我々と同じく知識欲は強くて強くてしょうがないはず。きっと同志になってくれるでしょう。では早速……」
恐るべきことにロザレイリアの意識はリジャントブイルまで飛んだ。
そして、地下墓地の墓守であるカラグサ教授に刺さった。
(開きなさい……大きな扉が開けなくとも、オーザをあなたに憑依させればいいのです。さぁ、いい子ですから……そんな寂しいところで過ごさず、私達と楽しくやりましょう)
カラグサは頭に響く突然の声に頭を抱えた。
「うぐ……ぐっ……あっ……」
優しい母のような声がしてくる。
(抗うことはないのです。さぁ、心を楽にして)
こうなったとき、不死者の教授はどうすべきか決まっていた。
両腕でグッっと頭を掴んでもいで、壁に投げつけたのだ。
頭部はも肉片を飛ばしながら壁にぶつかり無残に転げ落ちた。
「ハァッ……ハアッ……こ、これなら!!」
しかし、首なしの身体は封印を施された扉の方へ向かっていく。
「ダメーーーーッ!!!!!!!!」
そして身体は脇の扉を開けるとオーザと出会った。
「学院に背くのは本意ではないのですが、私を必要としてくれるかたがいるなら。それに、私も知の求道者。リッチーとしてこのままクローズでは終われませんからね」
そういうと慈骸はカラグサの肉体に乗り移った。
そのまま脇の扉からふらふらと外に出てきてしまった。
(さぁ、カラグサ。貴女もおいでなさい。皆が歓迎してくれますよ)
オーザはカラグサの意識とともにロザレイリアに引っ張られてクリミナスに一瞬で飛んだ。
同時にアルクランツ校長はこの異変に気づいた。
「オーザめ……。やはりリッチーを縛っておくことなど出来ないということか。カラグサも連れて行かれた。今頃、地下霊園の前にはただの死体が転がっていることだろう。しかし、これでリッチーに学院の内情は筒抜けだ。指折りの厄介な相手じゃないか!! クソッ!!」
彼女は机を握りこぶしで思い切り叩きつけた。
「かなり危険な賭けになるが、ROOTSにリッチーの撃滅を依頼するか? 共通の敵であることに変わりはないし、学院の生徒をぶつけるよりは勝率は高いはずだ。問題は100個以上はあると思われる遺品を破壊することだ。こればかりはいくら精鋭のROOTSといえど簡単にはいかん。教授も指導があるし、引っ張り出すわけにもいかん。……ファネリを呼び戻して私が動くか? いや、それもダメだ。いざというときにリーダーが居ないのは問題外だ」
校長は思わず爪を噛んだ。
「いっそクリミナスを攻めるか? いや、それは無謀すぎる。あそこにいる不死者の数は半端ではないし、虚都に巣食っている以上、ほぼ無敵に等しい。クソッ!!」
普段、冷静で余裕のあるアルクランツが珍しく取り乱していた。
それほどオーザとカラグサの流出は痛手だったということだった。
虚都についたカラグサは目覚めた。
「こ……ここは……。ここが、噂に聞くクリミナス……。廃墟じゃないか……」
意識だけ飛んできたのにも関わらず、カラグサには身体の感触があった。
「!!」
縫い目だらけで青い肌、包帯でちぐはぐだった体がまともな女性の姿に戻っていたのだ。
肌の血色は悪かったが。
「こっ……これは……?」
目線を上げるとロザレイリアとオーザが並んで輝く眼光でこちらを向いていた。
「学院は貴女を醜いままで扱っていました。ですかここでは違うのですよ。死者は誰であれ救われるものなのです。どうです? 新しい身体は。もう腕がもげたりはしませんよ」
しかし、カラグサは頭を抱えた。
「で、でもっ!! 学院の人たちは私に親切にしてくれて!! これはその、裏切り行為じゃないですか!! 私は自分の立場からするにあなたがたを否定することは出来ない!! でも、だからといってこんな形で学院から離れることとなると思うと!!」
彼女の悩みは切実だった。
そんな彼女の肩に慈骸のオーザは手をおいた。
「カラグサ。たとえ貴女の望むことでは無かったとしても、私は感謝しているのですよ。おかげで外の世界へ自由に旅立てたのです。ロザレイリア様にもお会いすることができた。貴女もそろそろ自由になっていいはずです。自分のやりたいことをおやりなさい。墓守はもうおしまい。その権利を得たのだから」
その頃、学院では死霊使の教授たちが招集されていた。
アルクランツはオーザの遺品を集めてきていた。
これを破壊すればオーザの存在を消滅させることが出来る。
「この髪飾り、それにピンクのルージュ……あと1つは? あっ……」
校長は思い切り顔をしかめた。
「あと1つは封印の契約上、カラグサしか知らないじゃないか!! どうするんだよッ!!」
幼女は思いっきりイスを蹴飛ばした。
片っ端からキックして部屋を荒らし始めた。しばらくすると落ち着いて解決策を思いついた。
「カラグサの思念はまだ転がっている身体と分離しきってはいない。出来る限り早く引っ張り戻せ!! いいな、早くやるんだぞッ!」
骸使いの教授たちは慌てて準備をし始めた。




