勝ち取れウィザーズ・ヘイブン!!
レイシェルハウトはスヴェイン教授を介してアルクランツ校長とやりとりしていた。
「いよいよザフィアルが動き出した。カルティ・ランツァ・ローレンに悪魔を送り込んだらしい。被害はかなり大きいと聞いている。なんだかイヤな予感がするぞ。今回のアイツはなんだか冴えてる。今までは歴史改竄をすり抜けて残ってるだけだったが、今回は賢人会入りもありうるかもしれん。サイコの野郎のことだ。不死者並に酷い世界になるぞ」
校長の呆れ顔が思い浮かぶ。
「学院生にも被害が出ていましたわね。こちらも貴重な人を1名亡くしました……」
相手の声で落胆しているのがすぐにわかった。
「そうか……。遺体は学院へ運んでくれ。合同葬を行うからな。フラリアーノも一度報告へ戻るように言ってくれ。召喚術師の娘は問題ないのだろう?」
問題あると言えばあるし、無いと言えば無い。
「まぁ一応は……。フラリアーノ教授には伝えておきます」
思い出したようにアルクランツは伝達を出してきた。
「お前も知っていると思うが、リジャントブイルはいざというときまで爪を隠しておく。だが、ミナレートに籠もっていては今回のザフィアルの件などに対処できん。よって秘密結社ROOTSを遊撃部隊として運用する。リジャスターも募ってこれ以上、死人が出ないように出来る限り戦力は確保するつもりだ。ただ……お前は屋敷の当主としての役目があるからな。無理に参加することは……」
そう彼女が言いかけたときだった。
「校長先生。ROOTSの偉い方は言ってくれていますの。今はまだ世界を旅してあれこれ経験する時期だと。それに虚ろの砲を退けたのを見せられたら屋敷に置いておくのはもったいないと。皆、信頼に足るウルラディール派です。ですから、わたくしは……わたくしも楽土創世のグリモアを探してみます」
しばらくの沈黙の後、校長は重い口をひらいた。
「お前……正気か? アレに関わったらロクな死に方をしないぞ。それこそ拷問より残酷な死に様かもしれん。ネズミになったりするより辛いことも大いにあり得る。……だが、それを知った上でお前が欲する楽園は何だ?」
ウルラディール家当主は迷いのない声で答えた。
「世界の融和ですわ。皆が等しく仲良く暮らせる世界……」
聞いている相手は唖然としているようだった。
「それって不死者やカルト教団も受け入れるってことだぞ? 冗談も休み休み言え」
それでもレイシェルハウトは意志を曲げなかった。
「望むところですわ。みんなが仲良くなれば争いはなくなるはずですから……」
アルクランツは鼻で笑った。
「フン。じゃあ今日からライバルだな。魔術師の楽園、ウィザース・ヘイブン拡大の邪魔はさせん。と、いうのはまぁ半分くらいジョークだな。私も融和の思想自体には賛成だ。ただ、抹消しなければならない存在は確かにいる事を覚えておけ。いいだろう。遊撃部隊ROOTSと学院は同盟関係を締結する。もし、ROOTSが危機に迫った場合は支援を惜しまん。悪い話ではないと思うが?」
レイシーは思わず笑顔になってそれに答えた。
「まぁ。お力強いお仲間ですこと。そのお誘い、喜んで受けさせていただきます。共に世界を融和で秩序ある魔術師の楽園を目指すとしましょう」
2人は互いに笑いあった。
その頃、フラリアーノとラヴィーゼは棺桶をファオファオにくくりつけていた。
女生徒のほうが疑問を投げかける。
「なぁ、本当にアシェリィを置いていって良いのか? 専門家はセンセーだけだろ?」
教授はニッコリと笑いながら答えた。
「大丈夫ですよ。魂の融資で死ぬことは有りえません。なぜなら貴重な雇い主を潰すメリットは全くありませんからね。幻魔が満足すればアシェリィさんは間違いなく開放されます。ただいつまでかかるかはわかりませんが……。ともかく、今は学院へ報告に戻りましょう。ファオファオも返さなければならない。行きましょう」
まだ左腕を失って間もないのに彼は慣れたような仕草でドラゴンに飛び乗った。
1日かからないうちにアイスヴァーニアンは学院に到着した。
すぐに職員が集まってきてリコットの遺体の入った蒼い棺桶を講堂に運んだ。
講堂はほぼすべての生徒がおさまっていた。
後ろの方の席からでもマギ・スクリーンで壇上の様子が見て取れた。
6つの棺、そしてそれにリコットが加わって7つが並んだ。
棺桶の上には死者を弔うランサージュの黄色い花が置かれた。
少しすると白いモップのような校長が脇から出てきた。
バレンとフラリアーノもその後を着いてくるように現れた。
前者はともかく、後者は左腕が完全に吹っ飛んでいたのでほとんどの生徒がショックをうけた。
フラリアーノ教授があんなふうに追い詰められるなんてありえない。
皆がそう思った。特に女子は深刻で気絶する者まで出てきた。
誰が言ったか知らないが、いつしかフラリアーノには”隻幻”という二つ名がつくようになった。
校長は戦死した生徒の名前を読み上げた。
「東部のデモンの討伐でアルク、シードル、カラリア、オッポ、レイツリ、サンタファ。そしてダッザニアのテロリスト討伐でリコットが。我々は惜しい人達を亡くした。無事なように見えてバレン教授は戦死一歩手前だったし、フラリアーノ教授に至っては左腕を失ってしまった」
話に割って入るようにバレンが頭を下げた。
「本当に申し訳ない。どんな罵倒も批判も甘んじて受け入れるつもりだ。俺がヘマをしなければ、6人も……6人も死なせることはなかった!!」
声が震えている。生徒思いの彼のことだろう。きっと泣いているに違いなかった。
フラリアーノも前に出る。
「それは私とて同じです。片腕を失ったからと言って償いになるわけではない。自分のことに必死でリコットさんを守り切ることが出来なかった。身体のどこがもげても彼女はもう戻ってこないのですから」
モップ姿をしたアルクランツは2人をフォローした。
「たしかに辛い思いをしたかもしれん。しかし、2人が生きて帰ってきただけで吉報なんじゃ。自暴自棄になることなく、今後も教授として、そして生徒を守る盾として活躍してくれい」
講堂からはすすり泣く声や、戦死した仲間の叫ぶ声が響いて無念の声に包まれた。
ファイセルはそれを見ながら拳をギリギリと握った。
(僕は……人に仇なす存在……。デモンや不死者を消し去ってやりたい!! それが、僕の、いや、僕らの楽園だ!!)
彼がたどり着いたのはアルクランツの思想に近かった。
だが、融和は全くの想定外で、レイシェルハウトとは衝突しそうだった。
校長が付け加えるように言った。
「なお、悪魔を憎む者も増えたかと思うが、基本的にこちらから仕掛けるのは禁止じゃ。必ず逃げること。仇を討とうなどとは絶対に思わないことじゃ。研究生でも敵わなかった相手じゃ。これ以上、犠牲は増やしたくない。ええの? デモンに対抗するでない。全力で逃げれば逃げ切れるはずじゃ。繰り返すが悪魔の相手をするでないぞ」
ここで戦意高揚をすることも出来たが、アルクランツとしてはまだザフィアルに挑むには時期尚早と見ていた。
(いずれはザフィアルとの衝突は回避不可。だけど今、わざわざぶつかりに行くメリットもない。むしろリスクだらけ。恐ろしく強いデモンを喚び出すヤツでも全く弱点がないわけではない。衰弱したところを突く為に万全の準備をしておかねば……)
弔いが終わったあと、アルクランツ校長は校内のナレッジを集めた。
「全面衝突までの時間なは刻一刻と迫っている。今の練度では学院を移動要塞として運用できない。初等科でも自軍防衛が出来る程度でなければいたずらに死人が増えるだけだ。よって、残りの授業は出来るだけ厳しくやってもらう。そうだな……ナッガン教授あたりの指導内容はかなり理想的だ。他にもいくつかスパルタクラスはある。教え子を死なせたくなかったら鍛えろ!!」
10クラスあるうち厳しいカリキュラムを組んでいるのは3クラス程度しかない。
そのため、ノウハウをしらない普通のクラスはこの指示に戸惑った。
しかし、そこはカリキュラムを共有することとして解決することとした。
今までナッガンクラスの送ってきたような厳しい日々が始まるのである。
そんなハメになるとは生徒たちは知るよしもなく、お気楽な長期休暇を謳歌しているのだった。
まだ校長の指示は続いていた。
「それと、研究生やリジャスターでも対抗が厳しい敵も出てきた。そのため、戦闘タイプの教授は互いに演習をして練度を上げておくこと。教授同士での戦闘訓練をやってもらう。動きや連携の確認などみっちりやってもらうぞ。教授陣でチームが組める程度にはやってもらう。そうでもしないとおそらく今回は酷い結果になる。まぁ前回もそこまでやったにはやったんだが……」
校長の顔色がすぐれない。
そこまでやってもなお厳しいということだろう。
「今回は参戦する勢力がかなり多い。計画しておいてなんだが、かすめ取る作戦がそうそう成功するとは思えん。たとえ横から手を出しても2~3勢力と総力戦になると思っていい。だからこそ強固な移動要塞の構築が重要だ。そのためのリジャントブイルだしな。お前ら、学院とミナレートは好きか?」
突然の問いに教授陣は黙り込んだ。
「私は大好きだ。何としてもここを失ったり、寂れさせたりはしたくない。お前らはどうだ?」
皆は揃って笑顔を浮かべていた。望んでここにたどり着いたのだから。
誰も不満に思うものは居なかった。
「うーし!! 勝ち取れウィザーズ・ヘイブン!! 負けるなウィザーズ・ヘイブン!!」
学院のナレッジ達はそれに呼応して拳を高く突き上げた。




