Kill and Kill
ライネンテのとある地下教会。
ここは厳重な魔術結界で場所を特定されにくくなっている。
教壇には男だか女だかわからないような人物が立っていた。
「諸君。我らが同胞が数多くの者を殺めた。その中には我らが憎むルーンティアの連中が多く混ざっていた。それと、破滅の成就の障害となる学院の連中などだ!! 諸君、自分は無力だと卑下することはない!! ザフィアルを信じよ!! 滅びによってすべての苦しみから開放されるのだ!!」
教主はファサッっと金色の刺繍の入った高貴な白いローブを脱いだ。
下半身は布をまとっていたが、上半身は裸だ。その体中に真っ赤な呪文の文様が書き込まれていた。
思わずこれを見た教徒からは声が上がった。美しいとさえ思えるのだから無理はない。
「それでは諸君、救済の時を待たれよ。信ずれば必ず滅びは訪れる。なに、あせることはない。いずれすべてが滅びに導かれるのだから……」
そう言うとザフィアルはローブを羽織り直して脇にはけていった。
そのまま教会内にこしらえた自室へ戻った。
「ふむ。ルーンティアはザコのカードしか出さなかったか……。貴重な戦力を温存しておきたいのだろう。たいして旨味もない東部を救ってやるまでもないしな。だが、思ってもみないのが釣れた。アルクランツがまさかここまで深く針を飲み込むとは思わなかった。赤のデモン1、灰のデモン2……軽い損害ではないがそれはあちらとて同じ……」
教主ザフィアルはチェアに深く寄りかかり、度の低いワインを飲んだ。
「今回の勢力は我々ザフィアル、それとルーンティアのフラウマァ、学院のアルクランツ、エッセンデル家のルーブ、北方砂漠諸島群の若造、それとラマダンザと不死者どもは代表者はわからんが間違いなく参加してくる。これだけでも7陣営揃い踏みだ。あとはその他大勢といったところだろうか。今は互いに独立しているが、ルーブやジュエル・デザートの経済力は魅力的だ。ラマダンザやリッチーと組まれると厄介だな……。まぁ我々は毛嫌いされているようだからアテにする気はないが。もっとも所詮、カネにまみれた豚よ。なにか成さんとしても欲に縛られた行動しか出来まい。そんな俗物になど興味はない」
彼の教団は俗に言うワンマン経営で圧倒的なカリスマを誇るザフィアルですべて成り立っている。
役員や幹部などは存在しない。教主か教徒か。そしてザフィアルは絶対。ただそれだけである。
教団としては滅びによって救済されるという考えを元に活動しているが、他者からはあまり理解されず、カルト教団扱いである。
それでも世の中に世紀末の機運が高まれば高まるほど信者が増えるので楽土創世のグリモアとの相性は抜群だ。
平時でいくら減っていても不思議とゾロゾロと滅びを欲する人は増えるのだ。
今はどんどん入信者が増えている段階だ。
ザフィアルはこれを感じ取って楽土創世のグリモアが顕現の目安としている。
だが、救いを求めてやってくる人々はただのエサでしかない。
ザフィアルは救済という名目で悪魔に教徒を生贄として捧げているのである。
教徒達はこれを真の救済と捉えているので不満は生じることがない。
何をしようと文句は言われない。
教主としては都合のいいイケニエが濡れ手で粟状態なのである。
ザフィアルは最強の悪魔を喚び出すために試行錯誤を繰り返している。
1体で例のマジックアイテムを手中におさめられるくらいの魔物をだ。
何度も転生してきた存在であるのでデモンズを制御する腕は確かだ。
だが、悪魔は悪魔でザフィアルを喰って世界を制する事ができないかと常に目を光らせている。
ザフィアルの呪文の文様が紅く輝く。
「フフフ……疼くか……。お前ら悪魔を忘れていたな。だが残念なことにお前らは私には勝てん。喰えるものならやってみろ。私の体に刻まれた……この暁の呪印さえあれば貴様らをコントロールするなど造作もないのだ。諦めて私のために力を尽くせ」
ザフィアルがスーッと腕をなぞると真っ赤に印は光った。
「そうだな……。出てこないならば引きずりだしてやるか。1体、新しい強力なデモンを喚ぶ。ターゲットは教会のある小島、カルティ・ランツァ・ローレンだ。神殿騎士や浄化人を殺せるだけ殺せ。見境なくな。蜂の巣をつつくとどうなるかな?」
再び教主は壇上に戻った。
「諸君!! 救済の時は訪れた!! 今から私が指を指した者には幸福にも滅びが訪れる!! さぁ、来たまえ!!」
そう言うとザフィアルは15人ほどを指名した。
そして彼らはゾロゾロと脇にはけていった。
教主の部屋の隣には広い部屋が用意してあった。壁一面に怪しげな文様が刻まれている。
「諸君らを無に還そう。さあ、力を抜いて……」
教徒達は至福の表情でそれを受け入れた。
だが、次の瞬間。
「あああああ“あ”あ“あ”いだい!! イタイイタダイイダイ!!!!!!!」
「くっ、くるっ、くるし!! きょわあああぱああぱあああぱぱあぁぁぁ!!!!!」
「おーかーさん!! お“お”お“がああざざさざさざ!!!!!!!!」
「ぐわぽぉ……。くわぽぢゃあああああ!!!!!!!!」
「助けて!! ダスゲで!! ダゲスケ!! ダゲグズケズケグズケ!!!!!!」
「出してくれ!! 出し……コロ……コロシ……テ……コロ!!!!!!!!」
15人の肉体はドロドロに溶けてまるで坩堝の中身のようになってしまった。
宙に球状で浮いた信者たちの苦しみは長く続き、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
やがてそれが終わるとその場には1体の悪魔が降臨していた。
ザフィアルはこれの繰り返しで化物を喚んでいるのである。
生み出された悪魔は大きさは成人女性程度しかない。
そして上半身が目がなくコウモリに似ていて、下半身は長いヘビだった。
「よぉ。俺はキスプ。なんだ小僧? 教会の本部に襲撃をかけろってのか? ガキのくせにまた大それたことをするじゃねぇか。まぁでもそりゃちょっと面白ぇかもな」
どうやらキスプはザフィアルとウマが会うらしい。
相性が悪いと突然襲いかかってきたりするものもいるからだ。
「ガキ呼ばわりは撤回してもらおう。立場の違いがわからないほど愚かではあるまい?」
デモンは両翼で顔を覆った。
「お~怖っ。わかってるって。何も俺ぁ歯向かおうなんておもっちゃいねぇ。仲良くやろうぜ。ザフィアルサマサマ。Kill and Killは俺もモットーとしてるわけだしよぉ」
教主は悪魔を蔑視した。
「悪魔は揃ってみんなそう言う。お前らに個人的感情など微塵も抱かん。さぁ、消されたくなかったらさっさと行け。そして殺せ!!」
「ヒューッフーーーーーーー!!!!!!」
デモンはパッっとその部屋から姿を消した。そしてものすごい勢いで王都の方を目指した。
その速さは暴れドレークに匹敵するほどで、東部の地下協会から王都まで2時間程度しかかからなかった。
大都会が地平線に見えてくる。
「へへ……飛ばしたらハラ減っちまったよ。何匹かパクついていくか。 別に王都の連中を食うなとは言われてねぇしなぁ!!」
キスプは都会のど真ん中に着陸した。そして超音波を発し始めた。
(おあ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~)
これは人には聞こえないが、聞こえないだけで聴覚を破壊して脳まで達する。
多くの住民がやられバタバタと倒れていった。
「いっけね~。30匹くらい? 殺りすぎちまったか? まぁどうせ教会の連中も殺すんだし、まぁいいだろ。じゃ、いっただきま~す。ハラが減ってはなんちゃらだな」
そう言いながらキスプは下半身のヘビの部位から老若男女を飲み込んでいった。
胴体はまったく膨れない。エネルギーに変換されていた。
「やっぱジジババは不味ぃなぁ。女の肉付きが一番か。ま、飲み込んでるから味なんてわかんねぇんだけどよ!! ギャハハハハハ!!!!!!!!」
徐々に人が集まり始めた。
「国軍さん!! あいつです!! あの化物です!!」
デモンは素早く飛び立った。
「いけねぇいけねぇ。目的はカルティ・ランツァ・ローレンだろ。これ以上、騒がれると奇襲にならねぇ!! したらザフィアルに消されちまう!! トバして行くぜ!!」
コウモリの悪魔は加速して一気に教会の建つ要塞の小島へと向かった。
奇襲と言いつつ、彼は正面から突っ込んでいった。
長い爪をせり出させて神殿守護騎士2名を真っ二つにした。
「ハァッハーーーー!!!!! なんだそのヨロイは。オモチャかよぉ!!」
そのまま分厚い門をぶち破って教会内に侵入する。
キスプは体格とは裏腹にかなりのパワータイプだった。
突っ込んできた騎士をまた1人殺す。そして集まってきた連中を超音波で殺す。
気づけば骸の山が出来上がっていた。
決して神殿守護騎士が弱いとか、怠慢していたなどではないのである。
この悪魔が強すぎるのだ。
「まだだな。まだザコが残ってる。とっとと強いやつ出してくれよぉ。俺はつまんねーし、そっちの犠牲が増えるだけだと思うんだが……ってぇ悪魔にそんなこと言わせちゃうお前らって相当だな。一人残らず死ねや」
神殿守護騎士達は槍と盾でファランクスを組んだ。
「だからよぉ……。お前らじゃ俺を愉しませらんねーってんだ!!」
キスプは羽ばたいてするどい羽で相手の盾や槍を破壊していった。
丸腰になった騎士も容赦なく羽で真っ二つにした。
予測より強く、さすがに被害が甚大だと判断された。
すると、見るからにやり手の騎士たちがやってきた。
デモンはペロリと舌なめずりをした。




