バーニンガール・ヴェンジェンスガール
無数の鉛の玉を受けた陸のゴーレムはゆっくりと倒れ込んだ。
ドシーンという轟音とともに地響きが起こる。
「やった!! コックピットを貫いたわ!! これでゴーレムは沈黙するはず!!」
ウルラディールの娘たちが喜ぶ中、アシェリィ達は異変を感じ取っていた。
「この肉がやけるようなイヤなニオイ……もしかして!!」
すぐにアシェリィとラヴィーゼは辺りを探し回った。
「お……おい。あ、アシェリィ……」
ラヴィーゼが何かを指さしている。近づいてみるとそれは確かにリコットだった。
しかし、胸から下が完全に焼け落ちていた。
「ラヴィ? アシェリィ? 首が……手も動かないし。脚の……脚の感覚がないし。脚は……脚はついてるかし?」
アシェリィは首を何度も縦に振った。
「大丈夫!! 付いてるよ!! しっかりついてるよ!! 大丈夫!! 今すぐリアクターに―――」
半身の焼け落ちたリコットは苦笑いを浮かべた。
「はは……アシェリィはウソが下手だし。脚はないし、こんなとこにリアクターは無いし。こんなんじゃおヨメにいけ……ねぇし……」
そして彼女は薄笑いを浮かべたまま、目を開けて絶命した。
「リコットオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」
このアシェリィの慟哭はウルラディール側にも届いた。
彼女は遺体の半身を抱えて激しく揺すった。
その肩を軽く叩いてラヴィーゼは首を横に降った。
彼女はアシェリィの手をほどいてリコットを横たえた。
そして掌で開いたままの彼女の瞳を閉じてやった。
「寝かせてやりな……。リコットはよくやったよ……」
その言葉にアシェリィは憤怒して喰ってかかった。
「おかしいよ!! ラヴィーゼ、リコットが死んじゃったんだよ!? どうしてそんなに冷静でいられるの!? そんなのおかしいってば!!」
その直後、ラヴィーゼはアシェリィの首元の襟をギリギリと締め上げた。
「バカ野郎ッ!! 悲しくねーわけねぇだろ!! 悲しいのはお前だけじゃねぇんだ!! それにリコットの気持ちを考えろつったろ!!」
よく彼女の顔を見ると目を真っ赤にしてボロボロと泣いていた。
「こんのッ!!」
ラヴィーゼはアシェリィを地面に叩きつけると背中を向けて顔を拭っていた。
そんな中、誰かが声をかけてきた。
「り……リコットさんが亡くなってしまったのはすべて私の責任です。彼女は見事、作戦の狙い通りハーヴィーの欠点を突きましたが、謝っても謝りきれない。しかし、かといってあなたがたが仲違いしていては彼女も浮かばれないでしょう」
アシェリィとラヴィーゼが振り向くとそこにはフラリアーノが立っていた。
生きていた。そう喜んだ2人だったが、思わずギョッとした。
彼の左腕は根本から吹っ飛んで欠損していたのである。
「ははは。Airの撃破時にやってしまいまして。しかし、このくらい命を落としてしまったリコットさんの痛みとは比べ物になりません」
教授は顔を歪めつつもしっかり自力で立っている。
幻魔で回復しているというのもあるのだろうが、凄まじい精神力だ。
その時、倒れた陸のゴーレムが空中のガスと地中の水分を吸い込み始めた。
フラリアーノは残った右腕で通信ジェムを握った。
「まだです!! ハーヴィーは逃げ切ったようです!! そして懸念していた事態が現実になってしまいました。SEa・Air・Landはもともと三位一体のゴーレムとして造られたものです。改良がここまで進んでいるとは思いませんでしたが、どれか1体が生き延びていれば合体して再集結することができるのです。ただ、再生は1回っきり!! このSEALsを撃破できればハーヴィーごと倒すことが出来ます!! 全員集結してゴーレムを叩きますよ!!」
それを聞いていたアシェリィはよろりと立ち上がった。
感情に任せてやりすぎたと思ったラヴィーゼは彼女を気遣った。
「……アシェリィ、大丈夫か?」
だが、フラリアーノは厳しい言葉を投げかけた。
「アシェリィさん、迷いがあるならついてこないでください。そんな状態でこられたら貴女も死んでしまう。護り切る余裕はありませんよ」
声をかけられた少女は空を見上げて涙を流していた。
「私……仇討ちなんて想像も理解できなかった……。誰かの復讐のために人を殺すなんて……理解したくもなかった。でも、どうしてですかね……今はハーヴィー先輩……いや、ハーヴィーを討ちたくて仕方がない。私、おかしくなってしまったんですかね? たまらなく怖いんです……。ノワレちゃんはこうやって苦しんでいたんだ……」
彼女の肩に背後からラヴィーゼとフラリアーノが手をかけた。
チームメイトは優しく語りかけた。
「どんなに辛くてもやらなきゃなんねぇ。ここで目的を果たせなかったらリコットに合わせる顔がねぇもん。やろうぜ」
教授は複雑な様子ではあったが、後押しする姿勢をとった。
「我々にこれ以上、犠牲者が出るのはどうしても避けねばならない。そのためにリコットさんは命を賭けたのですから。なんとしても勝たねばならない。そのためには貴女の力が必要です。」
そんなやりとりをしているとウルラディール家の3人が近づいてきていた。
「フラリアーノ教授……!! 腕が……。それにそちらの娘も……」
驚きのあまり3人娘は黙り込んだ。
「私の腕はどうでもいいんです!! 通信ジェムは聞いていましたね? これからあのゴーレムは陸・海・空が合体してより強力なものになります。集まった全員の力を尽くさなければ勝つのは不可能!! 急仕立てのチームになってしまいますが、一蓮托生でいきましょう!! 囮は私が引き受けます。教え子を死なせてしまった責任が私にはある」
アシェリィとラヴィーゼが叫ぶ。
「先生!! 先生まで死んじゃったら!! それに責任は生きて果たすものです!!」
「そうだぞ!! 自暴自棄にならないでくれ!! しっかりしてくれよセンセー!!」
フラリアーノは俯きがちに言った。
「アシェリィさんの言う通り、死んで負った責任から逃れるというのは卑怯です。言ったでしょう? これ以上、犠牲者を出さないと。相手もパワーアップしていますが、こちらも精鋭が6人いる。やってやれないことはありません。ほら、SEALsが起き上がりますよ!!」
茶色、黄緑色、青色がグラデーションするカラフルなゴーレムが立ち上がった。
大きさはさほど変わっていないようだったが、おそらく3種の攻撃を使い分けてくるだろう。
「あのゴーレムはガスの割合が薄いので、幸い空中を飛ぶことは出来ません!! ただ、部分的に水分が地中に潜ることは出来るので奇襲やエネルギー補充には気をつけて下さい!! 土と混ざっても雷は苦手なようですので地中に移動したと思ったらすぐに打ち込んで下さい!!」
先制攻撃をかけたのはアシェリィだった。釣り竿をとりだして遠距離から狙った。
「許さない……。クリアリー・レイク・ブルー!! サモン・エンチャンテッド・ランフィーネ!!」
水属性を帯びた釣り糸がSEALsの片足にぐるぐると巻き付いた。
そのまま全力でアシェリィは竿を引っ張った。
水属性は泥属性に効果てきめんで、スパスパッっとゴーレムのくるぶしのあたりを切断した。
思わずバランスを崩してゆっくりと敵がこけていく。
それを確認すると同時にアシェリィはサモナーズ・ブックを取り出した。
「許さない……よくもリコットを……許さないッ!!」
思わずフラリアーノがそれを止めようとした。
「いけない!! 魂の融資!! アシェリィ、止めて下さい!! それだけ昂ぶった感情で加減なしに召喚したら!!」
だが、アシェリィの耳には誰の言葉も届かなかった。
「海龍の眷属よ!! 深淵の淵から我が召喚に応じよ!! アビス・ブルー!! アクア・ドレーーーーーーーークッッッ!!」
地面から細い蛇のような幻魔が飛び出した。
だが、それはヘビではなく下級のドラゴンであるドレークだった。水色で透き通った美しい体をしている。
アクアドレークはSEALsの全身に巻き付いてギュウギュウと締め付けていく。
ゴーレムを破壊すると言うよりは圧迫させて術者を潰すような挙動をとった。
「ハァァーーーヴィィィィーーーーッッッ!!!!!」
アシェリィがゆっくりと拳を握っていくとドレークの束縛が強まっていった。
ゴーレムも大概な大きさだが、アシェリィの幻魔もそれに並ぶほどだった。
逃げ場が無いようにゴーレム全身に均等を握っていく。
「うわあああああアアアアアアアァァァッッッ!!!!!!!」
アシェリィは力を解き放つように叫び声を上げた。半ば暴走気味だった。
いくら堅牢なコックピットとはいえ、このはるか格上の幻魔の圧には敵わなかった。
「ボギィ!! ボキボキ!! ミシッ!! ミシミシッ!! メリメリッ!!」
人間の全身の骨が折れる鈍い音がする。
「きゃ……ぎいいいやああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!!」
ハーヴィーの断末魔が辺りにこだました。
これはダッザニアにも届き、後に語り継がれることになるのはまた別の話だ。
仇を討ったのを確信したアシェリィはその場に倒れ込んだ。
すぐにラヴィーゼが駆け寄る。
「おい!! アシェリィ!! アシェリィ!! 無茶なことしやがって!! あんなもんを喚び出したら一体いつまで眠ってるかわかったもんじゃねぇぞ!! センセー!!」
傷口の治癒が進んだからだろうか、フラリアーノは涼しい顔をしていた。
だが、その表情には強い不安感が混じっていた。
アシェリィに駆け寄って残った右手で彼女のまぶたをあける。
「やはりこれは幻魔界にダイブしている視線の動きです。あのレベルの魂の融資をしたら……。一体どれだけの間、仮死状態になるのかわかりません」
被害の大きかったリジャントブイル組を見てウルラディール家は言葉がみつからなくなった。
レイシェルハウトが仮眠に入ったアシェリィにイクセントとして声をかけた。
「まったく。結局、貴女はいつもそうやって無茶をなさるのね。どうしようもないお方ですわ。さ、けが人にそれと御遺体も……。ゴホン。早めに撤退するとしましょう。スヴェイン先生、聞こえまして? アイスヴァーニアンにゴンドラをつけてこちらへ送ってくださいな。ええ。ええ」
一方のリジャントブイルでは校長が1人で荒れていた。
「こんのッ!!」
強化された窓ガラスに辞典を投げつける。
ファネリが居ないのでだれも咎めるものが居ないのだ。
「この短期間で学院生7名が死亡にバレンとフラリアーノが重傷だって!? 尊い人材が……どういうことだ!! 私の読みが甘かったっていうのか!? いや、おかしい!! 今回の争奪戦はなにかヘンだ!! 次からは戦力を多めに投入せねば……。いや、少数精鋭でなければ逆に犠牲者が増えかねない!! あー、くそッ!! こンのッ!!」
アルクランツは重い文鎮を床に思いっきり叩きつけた。
かわいらしい顔をしているが今の彼女は酷く暴力的だった。




