ソノ根、竹ナリ
最新鋭船、アゲン・テンペスト号は没蛇のグレェスを退けてノットラントのウォルテナ港に到着した。
山盛りのシー・サーペントの死骸に出迎えの人々の顔はひきつった。
「あっ、そうだ。コイツを差し出せば賠償金稼げるだろ」
ウィナシュは荒っぽく尻尾で気絶したグレェスをどついた。
ウィナシュ、アシェリィ、ニャイラは船から降りた。
気づくとさっきの男性の姿は無かった。多分、コレジールは食堂で合流する気なのだろう。
すっかり打ち解けたウィナシュとニャイラはフランクに今後の予定を聞きあっていた。
「あたしはさっき言ったようにアシェのお守りだな。まだ両手離しにするには危ういんでね。スジのいい同志を失うのも考えものだしな」
それも確かに1つの理由ではあったが、楽土創世のグリモアに片足つっこんでみたいという本音もあった。
これはもう野次馬根性というよりは魔術の根源が放つ魔力といっても過言ではなかった。
もっとも、大抵の場合は飛んで火にいる夏の虫で終わるのだが。
「で、ニャイラは?」
彼女は少し考え込むようにしたがすぐに答えた。
「そうだなぁ。虚ろの砲の調査に行こうかとは思ってたけど、こっからだと悦殺のクレイントスのラボが近いんだ。ついでにフィールドワークしていこうかと思ってるよ。でも、ラボの位置がウルラディール家の裏山でさぁ。立ち入りには屋敷の許可がいるんだよね。まぁ菓子折りくらいで入らせてくれると思うけど」
警備が厳重そうな屋敷の敷地に菓子折り程度で入れるのかとアシェリィは感心した。
「ほえ~。ニャイラさんってすごいんですね!!」
小さな女性は首を左右に振った。
「いんや、立ち入りが緩いのは私だけじゃないよ。ウルラディール家は内心、クレイントスを警戒してるんだよ。あそこはリッチー研究家の中ではアクセスもいいし、理想のスポットとも言えるんだ。でも、あいつは容赦ないからね。生半可な腕でラボに近づくと本当に殺されちゃうよ」
一方の人魚は微妙な表情だ。
「んー、あー。あたしは不死者とか全くキョーミないね。っていうか出来れば近寄りたくない。だけど、コイツをどっかにつきださなきゃいけないし。そうなると然るべき場所……まぁ一帯の治安を維持してるウルラディール家ってことになるかな。ニャイラと行き先は同じってこった」
それにアシェリィも加わった。
「私も!! もともとウルラディール家に知り合いを探して来たわけですし!!」
それを聞いたウィナシュはアシェリィの肩に手をかけると小声でつぶやいた。
「おい。小娘のお前がいきなりROOTSつったら怪しまれるだけだろ。一応、秘密結社なんだぞ? 申請すれば当主と謁見くらいは出来るだろうが、裏組織のメンツと合わせてくれってのは無理がある。たとえ知人だったとしてもな」
少女は両手を握ってもどかしげにした。
「じゃあ、どうしたら……」
ウィナシュは妹分の肩をポンポンと叩いた。
「まぁまぁ。そういうときのためのじーさんだろ。悪知恵は効くからな。デカい食堂にいるはずだから合流してこい」
コソコソ話をする2人にニャイラが声をかけた。
「あの……そんな服で寒くはないのかい?」
ニャイラはぶかぶかのトレンチコートを羽織りながら尋ねた。
手には暖をとれるマジックアイテムのランタンを下げていた。昼間なのに明るく光っている。
「いや、私はそこまで寒くはないです」
「ううっ……さむッ!!」
だが、2人はどちらもしっかり耐寒対策はしてきていた。
アシェリィは極寒の中で寒さを無効化する”アイシクルール”という幻魔を習得していた。
出力によっては攻撃にも使えるし、相手の氷属性を無効化出来る。
調整すれば長時間、極寒の中でも問題なく活動ができる。
ただ、致命的な弱点があって熱には弱いことだ。
一方のウィナシュは突然、Tシャツを脱ぎ始めた。
そしてどこからともなく競泳水着のようなウェットスーツを取り出してきた。
「へへ~ん。サイズや体の部位が合わないアナタも安心!! バリエーションも非常に豊か!! 亜人専用アパレルショップ”アザーズ”で買ったマーメイド用ウィンター・スーツだ!!」
スーツはピッチリと人魚の体にひっついており、ボディラインがくっきり出た。
これはこれで同性、異性の視線を一斉に釘付けにした。
「じゃあ、行ってきますね!!」
アシェリィは小走りで待ち合わせ場所の食堂を探した。
メイン通りに面している上にあまりにも大きいので一発でわかった。
「わぁ~……。ここがイースト・ウィンターズかぁ」
中に入るとライネンテとはまた少し違う異国情緒あふれる食堂が目に入った。
「えっと……コレジール師匠は……いた!!」
顔はよく覚えていなかったが、着ている服がそのまんまだった。
声をかけると彼はいつのまにか元の老人顔のまま立ち上がった。
もっとも、彼の本当の顔は誰も知らないが。
「行くんじゃな? ウルラディールに」
「はい。でもどうやって入ろうか悩んでいて……」
コレジールはなにやら思い出したようだった。
「あっ!! おんしらに伝えるの忘れとったわ。ROOTSには暗号があるんじゃ。そんなもん使わんと思ってて忘れとったわい」
思わずアシェリィはずっこけた。
2人はウルラディール家そばのスプリング・スポットの公園で待ち合わせしていた。
ノットラントにはこういった局地的に春の気候である場所が点在する。
ここはその1つというわけだ。
雪は降っていないし、当然積もってもおらず市民の憩いの場所となっている。
アシェリィ達はウィナシュ、ニャイラと合流した。
「ね……ねぇ、その人、ずっと糸でぐるぐる巻きで宙吊りなんだけど、大丈夫なのかなぁ……」
アシェリィが不安そうに没蛇のグレェスを指さした。
マーメイドがビタンビタン尻尾でひっぱたくと男性はブランブランと揺れた。
「ヘーキヘーキ。腐っても2つ名持ちなんだからこんぐらいじゃ死なないっしょ。そもそも無差別殺人犯なのに命があるだけマシだって。コイツくらいだと賞金首の条件に生死は問われないからね。あ~、あたしってばなんて慈悲深いのかしら!!」
(うわぁ……ウィナシュ先輩が慈悲? ……慈悲?)
(ぬぅ……。どの口してそんな事を言うんじゃこの娘は……)
気を取られているとニャイラが老人に声をかけた。
「この人がアシェリィさんのおじいさんだね? 私、ニャイラっていいます。よろしくお願いしますね」
黒髪ボブカットの女性はペコリと可愛らしく頭を下げた。
学院関係者の奇人、変人揃いの中、まともな挨拶が返ってきてなんだか彼は感動してしまった。
「ほっほ。アシェリィがお世話になっておりますじゃ。久しぶりにうるらでぃーる家を訪ねたくてのぉ。孫とその友達と同行したらこの有様ですじゃ。いや~、参った参った」
またもや迫真の演技である。いくつも顔を持つということは何パターンも人格を用意しておく必要がある。
自然と演技がうまくなっていくのも納得がいった。
話によると女性に化けることも出来るらしい。それはそれで見てみたい気がしなくもないが。
「うっし、じゃあいざ屋敷へ!!」
色んな意味で人目を引くウィナシュが先導してウルラディールの門前まで来た。
門といってもただの屋敷の門というよりは城塞に近く、守りを重視した構造をしていた。
門の前に2人と城塞に2人が配置されている。
槍を持った門番2人が行方を塞いで来た。
「屋敷に何用でしょうか? ご当主との謁見を希望する場合はあちらから手続きをお願いします」
それを聞いたウィナシュは不機嫌そうだ。
「おい。コレが見えてないのか? あんたら目玉ついてんだろ? いい加減、邪魔なんだよね。引き取ってもらえるかな?」
そう言いながらマーメイドは2つ名を門の前で降ろした。
「こっ、こいつは紛れもなく没蛇のグレェス!? ではあなたがたがアゲン・テンペストで魔物を倒したという……」
ウィナシュは肩をすくめた。
「やれやれ。謁見の順番は守るが、コイツを野ざらしにしとくのは賛成しない。気を失っているうちにとっとと拘束してくれ」
すぐに立派な門が数人がかりで開けられ、ぐるぐる巻きの2つ名は引っ張られって行った。
扉が開いた瞬間をコレジールは見逃さなかった。
門前に待機しているもう1人の衛兵にささやきかけたのだ。
(根……)
相手はその一言を聞いただけでハッっとしたように顔色を変えた。
(!! して、その根とは?)
(竹……ソノ根、竹ナリ)
今のが暗号だったのだろうか。門が開いたついでに4人は城塞内に目立たぬように招き入れられた。
「あれ? あれれ? 謁見の手続きしなくていいの? ボクら、まだ身体チェックもしてないけど……」
ニャイラはメガネをいじりながら屋敷内でキョロキョロした。
人魚は適当に話を合わせた。
「いやぁ、アシェのじーさんが屋敷にちょっとしたコネがあってな。かといって顔パスがきくかどうかわからないからニャイラには黙ってたんだよ」
リッチー研究家は納得したようだ。
「あ~、だから久しぶりにって言ってたのかぁ。いきなり入れたからビックリしちゃったよ。でもすぐに入れたから助かったかな」
庭園はシンメトリーの並びでよく整備されていた。積雪もくるぶし程度でとどまっている。
雪よけの黄色いバルネア草が美しく風に揺れていた。
ニャイラはまだ真実を識らない。
だが、ROOTSに関わるということは多かれ少なかれ核心に触れることにつながる。
必ずしも全員がナレッジになるというわけではないが、実力者ならば不思議とやがてたどり着く。
コレジールも、ウィナシュもアシェリィもおそらくニャイラは自分の意志で”門”を叩くことになる。
そう漠然と思うのであった。




