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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter7:終わる凪(なぎ)来る禍(まが)
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しがない釣りマニアと、しがないリッチー研究家

船底ふなぞこの積載スペースではランタンがユラユラと揺れて積み荷がギィギィと音を立てていた。


(どこだ? 気配は確かにあるのに姿が見えない……。多分、あのランタンが原因なんだろう。てっとり早く叩き割って―――)


ウィナシュが臨戦態勢に入ると同時に彼女の脇腹めがけてシー・サーペントが食らいついてきた。


「バッカ!! コイツ、本気で船を沈める気かよ!!」


人魚は横っ飛びで回避しつつ、竿ロッドで巨大なウミヘビの頭を強打した。


一発KOで魔物は息絶えた。


飛び込んできた相手がピッチリ穴にハマっていたので思ったより浸水は少なかった。


(まずい!! 場所が悪い!! あたしは大丈夫だが、アシェや乗客はこんな海原うなばらで投げ出されたらおぼれてしまう!! 助け出す手段も思いつかない!! やはり、ここはさっさとトドメをさすしか!!)


マーメイドがルアーを投げようと構えると没蛇ぼつだのグレェスが警告してきた。


「おっとぉ……。ランタンを潰したら私の家族達に壁を破らせますよ? いいんですか? いいんですね?」


ウィナシュは酷く不機嫌そうに言った。


「人質か。あんたきたねぇな……。どのみち船を沈める気なクセしてよ。しかし、あんたは毎回、どうやって海のど真ん中から生存してるんだ?」


時間稼ぎをしようとウィナシュはそう話題をふった。


するとしばらくの間、沈黙が続いたが答えが帰ってくる。


「……どうせ死ぬのだから教えてさし上げてもいいでしょう。私の家族達の口の中は案外、快適でして。奥まで飲み込まれさえしなければ水中でも人が生き延びられるのです。そうやって遠洋から帰還しているわけですね。では、終わりにしましょうか。一気に家族達を突入させます。そうすればあっという間に船は沈んでいくでしょう。あぁ、素晴らしいですね。実に素晴らしい……」


人質をとられてしまっては動くに動けない。


これはもう船の人々と共に刺し違えるしか無いかと思ったときだった。


床の微妙な震動をウィナシュの尻尾がとらえた。


(―――!! サ・ン・ビ・ョ・ウ・ゴ・ラ・ン・タ・ン・ハ・カ・イ・ス!!)


またもやライネンテ海軍の暗号タップだ。


姿をくらましている要因であるランタンが破壊されていないからか、グレェスはそこまで危機感を抱いてはいなかった。


3秒くらいならまだシー・サーペントを突入させてこないはずだ。


人魚が直接、破壊すればトリックが破られたと思われて突入されてしまう。


だが、この暗号を送ってくる誰かがランタンを破壊してくれるのであれば話は変わってくる。


一気に奇襲をかけて仕留しとめれば完封かんぷうできる可能性は高いと思えた。


(3・2・1……)


「バリーン!!  バリーン!! バリーン!! バリーン!!」


一気に船底ふなぞこのランタンが割れて真っ暗になった。


「ッ!? 何が起こったんです!?」


あえて明かりをつけずにウィナシュはルアーを投げた。


「くらえぇ!! 暴れルアー!!」


彼女の投げたルアーは船底ふなぞこを破壊しない程度にメチャクチャに暴れた。


閉所での運用は効果抜群こうかばつぐんで、これをけきるのは不可能に近かった。


積荷もかなり壊れたが背に腹は代えられない。


「ひっかけた!! もらったァ!!」


ぐっと竿ロッドを引くとシルクハット姿に片眼鏡の紳士服の男が釣れた。


暴れルアーが多段ヒットして既にアザだらけのボコボコになっている。


「ま、まだだ……。まだ……!! カモン!! シー・サーペント&シー・サーペント・ラジャ!!」


わずかなスキで没蛇ぼつだのグレェスは魔物を呼んだ。


「しまった!! 遅かったかッ!!」


ウィナシュは覚悟を決めたが反応が無かった。そのため、窓ガラスから海中をのぞいた。


「……あり? シー・サーペントいねぇじゃん」


「そ……そんな!! ラジャまで!? 馬鹿な!! そんな馬鹿なことが!!」


マーメイドはボキボキと拳を鳴らした。


「びっくりさせやがって。お前なんかの血で手を汚すまでもないな。指名手配犯らしいし、ボコボコにしてどっかに突き出して賞金ゲットだ。うらぁ!!」


乱暴な人魚は尻尾で回しりを食らわせてグレェスを気絶させた。


船の上にはシー・サーペントの死骸しがいが山積みになっていた。


あまりの光景に乗客達は船室にこもりっきりだ。


「ふぅ。よく釣り上げたなぁ……」


アシェリィはぐっしょり濡れたシャツのまま額をぬぐった。


「おっと。レディの下着が透けるのは好ましくないねえ」


怪物を撃破しまくった女性はコートをアシェリィめがけて投げた。


「おわっと!! あ、ありがとうございます。えっと、あの、あなたは……?」


女性は自身を親指で指しながら名乗った。


「リジャスターって言えばわかるかな? ボクはリッチー研究科のニャイラ。ニャイラ・エルトンって言うんだ」


彼女はエルフの里から路頭に迷ったシャルノワーレの面倒を見てくれた人物だったのだ。


彼女にリジャントブイルを紹介してくれた当人でもある。


だが、ニャイラがノワレの恩人であることをアシェリィは知るよしもなかった。


「ほえ~。リジャスターの方だったんですね。道理でめちゃくちゃ強いなと思ったんですよ」


彼女は首を左右に振った。


「いや~。私なんてまだまだ。それより、そこの男の人と人魚さんはどうなったかな?」


ハッっとしてアシェリィは死体に駆け寄った。


「たしか、生きてるって!! 大丈夫ですか!?」


肩を抱えて声をかけると突然、男性は目を覚ましてあっかんべーをした。


「うっ、うわああぁ!!!!」


思わず少女は驚いて男性を突き飛ばしてしまった。


ゴンと音を立てて彼は船のフチに頭をぶつけた。


「いっ……あっつ~。おい、わからんか。アシェリィ。ワシじゃよワシ。ほら」


すぐに元に戻ったが、一瞬だけ男性の顔が変化した。


「あっ!! コレジール師匠!?」


「しーッ!! 声がデカいわい!! めんどくさいからバレんようにせ!! にしても無理しおって。ワシが手伝わねばおんしの力だけでは海に引きずり込まれとったわい。ウィナシュの嬢ちゃんも援護しておいたからそのうち船底ふなぞこから上がってくるじゃろ」


コレジールはパンパンと服を叩いて起き上がった。


「うわぁ!! なんですかこの化物の山は!! あ、あなたたちがやったんですか!?」


彼は腰の抜けたふりをした。それにしても演技がうまい。迫真モノである。


「ああ、そーだよ。あなたも船室に避難してたら? ノットラントは寒いし、悪くならないだろうから肉やらなんやらを売って金策きんさくにしよう」


あまりにたくましい発言にアシェリィはちょっと引いた。


そうこうしているうちに船室から人魚が上がってきた。


釣り糸でミノムシのようになった没蛇ぼつだのグレェスを軽々と背中にかついでいた。


二つ名を甲板にいい加減に放り出す。


「ウィナシュ先輩!! よかったー!! 無事だったんですね!!」


「あたぼうよって、うっわ。すげぇシー・サーペントの量だな!! これなら突入してこねぇわけだわ。んで、アシェ、お前1人でこれだけやったわけじゃねぇよな? とするとそこのおっさんとメガネの女性……か?」


先にニャイラが名乗った。


「ボクはニャイラ・エルトン。リッチー研究家のリジャスターさ」


それに対してウィナシュはてのひらを差し出した。


パシンと心地よいハイタッチが決まる。


リジャスター同士が出会うとこう挨拶あいさつするのがお決まりとなっているのだ。


「奇遇だな。あたしはウィナシュ。同じくリジャスターやってる。しながない釣りマニアさ。よろしくな!!」


2人はまるで見知った戦友のように笑いあった。


初対面ではあるが、きっと厚い愛校心がそうさせるのだろう。


「あとはそこのおっさん。ありがとうな。助かったぜ。ライネンテ海軍の暗号タップコードとか、ランタン破壊とか……しかし……おっさん、どっかで会ったことはないか?」


人魚はニタリと笑いかけた。


老人としては別にここで正体を明かしても良いのだが、ニャイラの前で変装を解くのはリスキーすぎる。


変装できる魔術自体レアなのでできれば明かしたくはなかった。


「いえ、私はあなたのことを知りません……。人違いでは? ああ、それはそうと孫とはぐれたご老人が居ましてね。無事ならばウォルテナで一番大きい食堂で落ち合おうと伝言を頼んでいましたよ」


そう伝えるとお辞儀じぎをして男性は足早に去っていった。


(……あんのじーさんめ)


人魚をサポートしてくれたのまたコレジールだったのだ。


アシェリィはニャイラがノットラントに渡る理由が気になって声をかけてみた。


「あの、ニャイラさんはなんでノットラントへ? ちなみに私は人探しなんですけど……」


「あたしは……まぁこの妹分のおもりとヒマつぶしだな」


ウィナシュからの扱いがいつのまにか弟子から妹分になったらしく、アシェリィは嬉しかった。


ニャイラは少し考え事をして目線を泳がせていたが2人に聞き返した。


「キミ達は確かミナレートで乗船……乗った時期はボクと一緒だよね。ならうつろのほうって言えばわかってもらえると思うんだけれど……」


アシェリィもウィナシュも真剣な顔をしてうなづいた。


「リッチーと不死者アンデッドは切っても切り離せない存在でね。っていうかそもそもリッチーは不死者アンデッドにカテゴライズされるんだ。だから都市を丸々、不死者アンデッドにしてしまううつろのほうは重要な研究対象なんだよ。きっとリッチーが関わっているはずなんだ。だから発射源ってウワサのリンガリーに行ってみようと思ってるよ。まぁ場所くらいしか手がかりが無いんだけど……」


確か、シャルノワーレがかたきとして探していたリッチーのはノットラント東部にラボが有ると聞いた気がする。


リッチー研究家と名乗るだけあるのだ。知っているかと思い、アシェリィは聞いてみた。


「あぁ、知りたいことがあるんですけどノットラント東部で有名なリッチーはいますか?」


ニャイラはほほに指を当てた。


「ん~、やっぱり悦殺えっさつのクレイントスかなぁ。ウォルテナのウルラディールの屋敷の裏山を根城にしているリッチーさ。かなり賢くて手強いヤツでね。なかなか尻尾がつかめないんだ。交渉さえ難しい状態だよ」


これを聞いてノワレはウォルテナに居るとアシェリィは確信した。


コレジールのROOTSルーツの話からするにも今頃、屋敷を取り返してそこを拠点にしているはずである。


(ノワレちゃん……勝手に出ていくなんてひどいよ!! 会ったらさんざんお説教してやるんだから!!)


少女はグッっと拳をにぎった。


ウォルテナの港に着くと人々は久しぶりの海路の再開に喜ぶと同時に、甲板に山積みにされた魔物の山に驚いた。


同時に没蛇ぼつだのグレェスが退治されたことが都市中に響き渡ったのだった。


「あっ!! いっけね~。さっきの戦闘で積荷ぶっこわしちったんだったよ。弁償べんしょうしないと!! シー・サーペントの売値、あたしにくれないか!? そこそこの値段で売れるはずなんだ!! 残額は返すからさぁ!!」


泣きつくマーメイドにアシェリィとニャイラは二つ返事をした。


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