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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter7:終わる凪(なぎ)来る禍(まが)
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それ、想像力の欠如だぞ

ミナレートからノットラントに旅立つ船の中、とあるリジャスターの女性は観光ガイドを読んでいた。


「ふむふむ。このあたりの海域には没蛇ぼつだのグレェスっていう二つ名持ちが居たみたいだね~。船底せんていを食い破って自分は逃走か~。船を沈めることにのみ快感を覚えるとかはた迷惑なヤツだなぁ~。シャルネ大海の大荒れで消息は不明……。ただ、この手の連中ってしぶといからなぁ。案外、まだどこかで生きてるかもしれないね」


彼女はパタンと本を閉じると船室から屋外に出た。


アゲン・テンペスト号という船で、新種の希少鉱石”風晶石ふうしょうせき”を積んだ最新鋭艦だ。


大時化おおしけが続くシャルネ大海を突破できる設計で造られている。


日光を浴びるとリジャスターの女性は背伸びをした。


20歳を越えているのにく小さい。分厚いメガネがキラリと光った。


その脇をアシェリィとウィナシュが歩いていく。


2人は和やかな雰囲気で雑談していた。


「まだあんまり寒くはないですね~」


女性はアシェリィをチラリと見た。


(あれは……学院生かぁ。初等科エレメンタリィってことはまだルーキーかな)


一方の人魚のウィナシュは手をヒラヒラと振った。


「とはいってももうミナレートの温帯域からは抜けてるはずだぞ。きっとこれからどんどん寒くなる。あ~イヤだなぁ~」


(ん……? 船に乗るマーメイドとか珍しいなぁ。いや、そりゃ船に乗ってたほうが楽だろうけど……。でもこっちの娘はかなりデキるなぁ)


彼女はなんだか興味深い2人に出会ったなどと思った。


そして船頭からながめを見ようとした時、大きく船が揺れた。


大きなタテガミの付いた蛇のような魔物、シー・サーペントが水しぶきを上げて船の上を飛び越していったのだ。


かなり巨大で頭は大の男性2人分、体長に至っては甲板の横幅を軽く超えるくらいのサイズはあった。


「ま、まさか、これがウワサの没蛇ぼつだかぁ!!」


乗客達はパニックになって船室へと逃げ込み始めた。


だが、船底ふなぞこを食い破られればどこに逃げようと大差ない。


「アシェ!! お前は甲板かんぱん迎撃げいげき!! あたしはもぐって船底ふなぞこを守る!! 頼んだぞ!!」


アシェリィは思わず無茶だと止めたが、ウィナシュは釣り竿片手に海へと飛び込んでいってしまった。


船が大きく横に傾いた。


するとゴロンゴロンと男性がデッキを転がってフチにひっかかった。


「だ、大丈夫ですか!?」


アシェリィがすぐに駆け寄って手を触れる。同時に少女は飛び退いた。


「ひ……ひぃ……。し、死んでる……」


男性の体は冷たく、心臓も動いていないようだった。


すぐにアシェリィは敵意をシー・サーペントに向けた。


「もしかしてあれがウワサの没蛇ぼつだのグレェス……? こんな罪もない人を!! 許さないんだから!!」


アシェリィは釣り竿、エヴォルヴ・スコルピオを抜き取るとウミヘビの化物にひっかけた。


勢いでひっかけたはいいものの、相手は巨大で力も強い。間違いなく海に引きずり込まれる。


そう思ったときだった。不思議と体中に力がいてきた。


「はああああああ!!!!!! りやぁぁぁぁぁ!!!!!!」


魔物の進行方向とは真逆に彼女はロッドを引っ張り上げた。


「ギャアオオ!!!! ギャオオオオ!!!!!」


空中で方向転換させられてシー・サーペントはもがいた。


「チャンス!! いっくよぉ!!」


メガネの小さな女性は大きなリュックを下ろすと猛スピードでジャンプした。


突き出されたその拳と体は的確に相手の心臓を貫いて絶命させた。


その手際の良さに思わずアシェリィは見とれた。


空高くからメガネの女性は指示を出した。


「ほら!! エレメンタリィちゃん!! 片っ端から釣り上げて!! キミの先輩の負担を減らすんだよ!!」


「え……あ、あなたは?」


予想外の事態の連続でアシェリィは混乱した。


「いいからいいから!! 早く釣り上げ―――」


滞空する彼女にモンスターがかじりついた。


「危ない!!」


だが、女性は戦い慣れた様子で余裕があった。


「ほっ!! ポルキュパインズ・スピン!!」


シー・サーペントの口に飛び込み、頭から穴だらけにしていって尻尾まで抜けると切り裂いて宙を舞った。


「シャーク・ホライズン!!」


次いで襲い来た魔物の上を走りながら手刀で裂き、蹴飛けとばして海に沈めた。


ウィナシュも相当のやり手だが、彼女もかなりのものだとひと目見ただけでわかった。


そしてすぐにアシェリィのヘルプにやってきてくれた。


「あ、ありがとうございます!!」


「ボクはいいから!! まずは自分の身をまもって!! それと、あの男の人、死んでないから気にしないこと!!」


倒れて微動びどうだにもしない男性はこの発言にちょっと焦った。


(ムッ。ワシの死んだふりに気づくとは……。なかなかやるのぉ)


実はこの男性は顔を塗り替えて死んだふりをしたコレジールだったのだ。


弟子に「勝手にせい」とは言ったものの、ほうっておくわけにもいかず結局、着いてきてしまったのだ。


リジャスターの先輩は困り顔になった。


「う~ん……多分、グレェスは船底ふなぞこに居るだろうなぁ。でもきっと、さっきの人魚さんは食い破られないように応戦しちゃうだろう。シー・サーペントの使い手を叩かないとキリがないはず。かといってルーキーちゃんを放ってはいけないし。どうしたもんかね~」


そうこうしているうちに順調にアシェリィが怪物を釣り上げ始めた。


「ナイス!! これなら人魚さんがある程度、自由に動けるはずだよ!!」


一方、海中のウィナシュはラインをうまくひっかけて魔物たちをスパスパと切り裂いていった。


ただでさえ強い彼女だ。海に敵は居ないと言っても過言ではなかった。


「ほらほら!! 泳ぎが遅いぞ遅いぞ!! 止まって見えるッ!!」


そんな彼女がピタリと止まった。船の船体が不自然に振動していたのである。


マーメイドはそれを敏感な肌で感じ取った。


「これは……ライネンテ海軍の暗号タップか!! なになに……? セ・ン・テ・イ・フ・タ・ツ・ナ・タ・タ・ケ……? 誰だこんなもん送りつけてくるやつは? あ~、そういやここらへんに住み着く二つ名が居るって聞いたような気がする。シー・サーペントを操ってるのはそいつか!! あそこから飛び込むッ!!」


ウィナシュは勢いをつけて船の下部のガラス窓を打ち破って船内に侵入した。


彼女が突入すると同時に空いた穴が泡で塞がった。


(こんな手のった事をするのはアイツくらいしかいないな……)


人魚は薄々、誰がサポートしているのかに気づいていた。


船底ふなぞこは薄暗く、吊るされたランタンがゆらゆらと揺れて明るくなったり暗くなったりしていた。


「おい。いるんだろ? 出てこいよ。態度によっちゃあ命までは取らない」


呼びかけてみたが不気味なギィギィという音だけが響いていた。


だが、そう立たないうちに応答があった。


「フフフ……私はね、うらんでいるんですよ」


紳士的しんしてきな言葉遣いの男性の声が帰ってきた。


「ええ、忘れもしません。あの小癪こしゃくな亜人の小娘の事を。船のマストごと風晶石ふうしょうせきを破壊しましてね。おかげで私は全身に深い切り傷を負ってしまいました。かろうじて生き延びましたが、多くの家族を失いました。そしてもう人に姿をさらすこともできません。まぁ海のど真ん中ですからあの小娘は死んだでしょうがね。フフフ……」


ウィナシュは釣り竿ざおをトントンと肩に当てて首をかしげた。


「んん? お前、なんの話をしてるんだ? その話と、今回の襲撃となんの関係があるってんだよ?」


再びしばらくの沈黙の時が流れた。


「ですからね……この船を見ているとあの出来事を思い出すんですよ。これはもう沈めるしか無いなと思ったわけです」


人魚はペチペチとピンクの尻尾を振って肩をすくめた。


「お前な、それただの八つ当たりだぞ。誰も得しないからやめろ」


問答もんどうをして時間を稼ぎ、ウィナシュは相手を探った。


どうもこの船底ふなぞこには魔術的結界が張ってあるらしい。


確かに気配はあるが、相手の位置がつかめないのだ。


「フフフ……ところであなた、”旅”は好きですか?」


脈絡みゃくらくのない唐突な質問にウィナシュは怪訝けげんな顔をした。


相手のペースに飲まれないように会話を続ける。


「はぁ? まぁ、嫌いじゃないが……」


それを聞くと相手はひどく不満そうだった。


「理解できませんね。私は旅というものが大ッ嫌いでしてね。旅先では不測のトラブルに見舞われたりする可能性があるじゃないですか。それならば私はいつもとおっている街中のほうが素晴らしく、とうといと思えるのです。リスクは低いにこしたことはない。そう思いませんか?」


人魚は呆れた様子で返した。


「お前な。それ、想像力の欠如けつじょだぞ。見知った街中でも不慮ふりょの事故は起こりうるだろ。それに、いまのアンタはリスクまみれだ。ガキっぽい理屈をこねてんじゃないよ」


それを聞くとグレェスと思われる声の主は残念そうだった。


「ハァ……理解していただけませんか。では住み慣れたこの海域で私の思うように事が進むことを証明してみせましょうか。あなたがたには1人残らず海の藻屑もくずとなってもらいます」


ピンクのマーメイドはため息を吐き返した。


「ハァ……ため息つきたいのはこっちだよ。何が楽しくてお前みたいな快楽殺人者かいらくさつじんしゃの相手をしてやらなきゃならんのだよ。そっちがる気ならこっちだって手加減しないからな。あとで泣いて許してくれって言っても遅いからな。力の差ってのを教えてやるよ。海の藻屑もくずになるのはどっちだろうなァ?」


彼女は顔を引き締めて愛用の釣り竿、ドラグナム・オーシャンを構えた。


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