紅く輝く悪魔との死闘
「いいな!! もう一体の灰色のデモンを倒したらお前らは全員逃げろ!! 俺は時間を稼ぐ!! デモンを倒した部隊は早く退けッ!!」
激しいラッシュを加えながらバレン教授はそう叫んだ。
彼の猛攻を赤い悪魔は受け止めきっていた。
「オマエナド、ジカンカセギニサエナラヌワ」
筋肉アフロのマッチョマンは敵意をあらわにした。
「てめぇ!! なめやがって!!」
その時だった。もう一体の灰色のデモンが学院生によって撃破された。
バレンが叫び声を上げる。
「さぁ!! お前ら早く逃げろ!!」
灰色の悪魔たちが全滅すると赤い悪魔が不気味なプレッシャーを放ち始めた。
「サクリファイス・デモンズ……。アクマノイケニエデサラニワレハツヨクナル!!」
バレンがひっきりなしに打ち込んでいたパンチに大して赤く輝きだしたデモンはカウンターをお見舞いした。
教授のみずおちに悪魔の拳がクリティカルヒットする。
「うごはあああぁぁぁッッ!!! こいつから……感じられたパワーは……これか……」
吹っ飛んだバレンに無慈悲な追い打ちがかけられた。
化物の目玉がカッと開いて細いレーザーを発射したのだ。
教授は身をかすかによじって心臓の貫通を免れた。
「おま……ら……はや……げろ……」
力なく地に伏す教授は手を差し出したが、その背をデモンが踏みつけた。
「ぐあああああぁぁぁぁ!!!!!」
学院生達はあまりの痛々しさに目を背けた。
バレンは逃げろと言うが、ここで逃げたとしたら彼は死ぬだろう。
激しい葛藤に苦しむ学院生たちの前でザティスが仁王立ちした。
「まだこちとら8割方パワーは余ってんだ。それに、格上上等!! ここまで来て逃げちゃリジャントブイルの名がすたるってもんよ。たとえ俺1人になったとしても闘るぜ!!」
その場の誰もが無謀な戦いだとわかりきっていた。
だが、後輩のこの見得を切った態度に他の研究生達は勇気づけられた。
というか、もうこうなればヤケっぱちだった。
こいつより手強い悪魔などゴロゴロいるだろうし、どのみちここで死ぬならばその程度ということだ。
「へへ……研究生なりたてがよく言うぜ。お前ら、みんな生きて帰るぞッ!!」
上級生チームからそう声がかかると学院生が一致団結して1対20の激戦が始まった。
一方の輝くデモンはバレンを蹴飛ばして横にのけた。
「ヒトジチヲトルシュギデハナイノデナ。カカッテコイワッパドモ!!」
ミッションリーダーが学院生たちに支持を出す。
「近距離で闘う者は相手の動きをよく読め!! くれぐれも牙にひっかかったり刺されるんじゃないぞ!! 一発で致命傷になる!! 前衛が被弾しないうちにに中、遠距離攻撃できる者は層を組んで構え!! 撃てーッ!!」
一斉に様々な攻撃が魔物に集中した。
だが、その猛攻の網をかいくぐって悪魔は突進してきた。後衛を狙うつもりらしい。
ラーシェが前に出て仲間をかばった。
膝からむき出しになる巨大な牙を白刃取りする。
「うっわ~!! なんて馬鹿力!! も、もう持たない!!」
その時、上級生が横から飛び膝蹴りを繰り出してスパイクをへし折った。
「助かりました!!」
「いいってことよ!!」
ミッションリーダは続けて指示を出した。
「チャンス!! 至近距離だ!! 後衛は攻撃直後に退いて体制を立て直せ!! 攻撃を前衛と交代!!」
近距離での集中砲火に耐えかねて悪魔は顔を覆ってのけぞった。
釘バットを持った研究生が敵に殴りかかる。
「うらぁ!! 夜露死苦ゥ!!」
だが、すぐに相手は飛びかかってきた学院生を片手で掴んで握りしめた。
「ボギィ!! ボギボギ!!!!!」
骨の折れる嫌な音がする。
「うおあああああ!!!!!」
そのまま赤のデモンは骨の折れた生徒を他の前衛に向けて叩きつけた。
物凄い怪力でスローされたので投げつけられた方も体のあちこちがイカれた。
「ぐぅっふうううう!!」
このわずかな動作だけで2人の前衛が息の根を止められてしまった。
「キバニバカリメヲトラレスギダナ。ナメテモラッテハコマル。ソレニシテモカズバカリダナ。シツトイウモノヲシランノカ?」
相手は天に向けて開いた掌をかざした。
指先から光線が飛び出した。そしてそれは地面に着弾すると炸裂して強烈なかまいたちを起こした。
これによって陣を組んで火力を上げようとしていた後衛がまとめて攻撃を受ける形になってしまった。
十数人が吹き飛ばされる。直撃した者はズタズタに引き裂かれた。。
後衛の4人がそのまま絶命してしまった。どう考えても回復が間に合わない。
学院生達は今になってバレンの言葉を痛感し、死の恐怖を感じた。
あっという間に戦える者は10人を切った。
グループを分けずともそのまま戦闘できる人数まで追い込まれたことになる。
ファイセルたちのチームではザティスとラーシェだけが無傷ですんでいた。
あとの3人はだいぶ深いキズを負っていたが、運良く攻撃の直撃は避けた。
お互いが近くに居たので治癒はスムーズに進んでいた。
「リーリンカさん……私は自分で回復できますからまずはあなたとファイセルさんを……」
アイネは自分の胸に両手を当ててオウン・ヒールを詠唱し始めた。
リーリンカは自分で霊薬を飲んだ。
その後、目立たぬように這いずりながら辺りの大怪我人に薬を飲ませていく。
「くっ、再び戦えるようになるにはしばらく時間がかかる……傷が浅かった連中は何とかして時間を稼いでくれ……」
ファイセルはうつ伏せから寝返りをうつように大の字になって空を眺めた。
「あっ、いっった~。イテテテ……。酷い傷だ……。ん? なにか転がって……」
転がってきたのは薬瓶だった。
視線をやるとリーリンカが心配そうにこちらを見ていた。
それを見たファイセルは力強く親指を立てて薬を一気飲みした。
「これなら……なんとか……ザティス達を援護しなきゃ!! 頼むよみんな……力を貸して!!」
ファイセルは激痛の中、天高く手を伸ばした。
一方の赤く輝くデモンは腕組みをした。
「ジツニアッケナイ。マッタクテゴタエガナイナ」
だが、余裕をかます悪魔の顔面をザティスが殴り飛ばした。
「よくもやってくれたな!! スカしてんじゃねぇぞコラァ!!」
これがクリティカルヒットして魔物は大きくのけぞった。
この一撃には悪魔も驚いている様子だった。
同時に絶望感に包まれていた一同に光が差した瞬間だった。
「ホントだよ!! 馬鹿にするのもいい加減にしてッ!!」
ラーシェは手数で牙をメキメキと折っていった。これによって一気に他の前衛が攻めやすくなった。
ミッションリーダーが倒れなが指示を出す。
「わ、腕力と脚力にも注意してくれ……。どちらも食らったらアウトだぞ……。て、適度に距離を取るんだ」
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なデモンだったが、目玉を一度も開かないのでその点については警戒しているようだ。
弱点をつけばあるいはといったところだった。
治癒と薬が効き始めたのか、起き上がる余裕の出来てきた学院生が出始めた。
ただ、今、起き上がっても的にしかならない。追撃を喰らえば次はどうなるかわからないわけだし。
倒れた状態のまま出来る限りの援護をすべきだった。
「グウ!! キバヲオリオッテ!! コシャクナムスメダ!!」
相手の強烈な蹴りが避けきれず、ラーシェに足裏のスタンプが直撃した。
「ぐっほ!! ああああああああああぁぁぁぁッッ!!!!!」
彼女は宙高く吹っ飛ぶと地面をこすりながらぐったりと倒れ込んだ。
体の関節がぐにゃぐにゃに変形している。
リーリンカとアイネが這いずりよって治療を施した。
「かなり深い傷だが2人がかりならリアクターを使わなくても元通りになりそうだ。アイネ、やるぞ!!」
「はい!!」
青髪の少女は薬を飲ませ、栗毛色の少女は体を優しくさすった。
そうこうしているうちに前衛は3人にまで減っていた。
他にも戦える者は居たが、攻撃を引きつけることのできる前衛が最後の砦だった。
残ったのは上級生2人と研究生なりたてのザティスだ。
ささやきあって作戦のやり取りをする。
(おい、お前、狂犬のザティスだろ? 加速魔法、まだ温存してるんだろ? 俺ら2人が捨て身で目玉をこじ開けるからそのわずかなスキで目ン玉を潰せよ)
もう1人の先輩もそれに同意しているようだ。
(お前にいいとこ持ってかれるのはシャクにさわるが、一番可能性が高いのはそれだ。俺らは死ぬかもしんねぇが、お前らが生き延びりゃそれで十分だ)
ザティスは複雑な表情だ。
(センパイ……)
その時、いきなり赤い悪魔が暴れだした。
「グヌゥ!! ナンダコレハ!! ジャマダ!!」
3人が敵に注目すると相手の胸部に群青色の制服が張り付いていた。
それはファイセル愛用の群青色の制服だった。
「でかしたぞ!! ファイセル!! こじ開けろ!!」
デモンは再び生やした牙で抱き込むように制服を攻撃したが、布で平たいので掴むことが出来なかった。
ファイセルの制服、オークスは怪力でまぶたをこじ開けていく。
暴れだしそうになったので彼は残りの2着の制服で悪魔を羽交い締めにした。
「うああ!! なんてパワーだ!! 制服がバラバラになる!! こらえてくれーーーーッ!!!!!!」
すかさず上級生2人はファイセルの制服のフォローに入って一緒に攻撃を抑え込んだ。
「C・M・Cか!! でかしたぞ!! そのまま踏ん張れ!!」
「今なら牙をかわしつつ一撃かませるはずだ!! いいな、タイミングを見誤るなよ!!」
ギリギリと音を立てながら制服がまぶたをこじ開けていく。
「ウオアアアア……」
紅いデモンは手当たり次第、レーザーを発射して制服を貫通していった。
穴ぼこだらけになった服から相手の目玉がギョロギョロとのぞく。
「ファイセル!! すまねぇな!! 制服はあとで修復してくれ!! 行くぞ!! ブルー・ファングからの加速魔法だ!!」
ザティスは時間の流れがゆっくりになるように感じた。そして自分の鼓動の音しか聞こえなくなった。
1歩1歩踏み出して敵へと向かっていく。
するどい手刀を作るとファイセルの制服ごと思いっきりデモンの目玉に突き立てた。
まだ打ち込む余裕はある。次にザティスは拳を握りしめて穴のあいた目玉に更に追撃をかけた。
「見よう見まねの愛の鉄拳制裁!! ソウルフル・ラッシュだ!! おらおらおらおらぁぁぁッー!!」
時間の流れが元に戻った。
見事、技を決めた青年はバックステップで距離をとった。
呪文の反動で思わずかがみ込む。
「ハァ……ハァ……。ぐっ、気絶しそうなくらい全身筋肉痛だぜ」
デモンは苦しそうに胸の目玉を掻きむしった。
「アア……オオオオ……オアアアアア!!!!!!!!」
そして強敵は灰色に変色するとそのままサラサラと砂状になって散っていった。
戦闘の終了を確認するとミッションリーダーがすぐに指示をだした。
「バレン先生と重傷者4名をトリアージしてすぐにリアクターへ運んで!! あとは遺体の回収!! 特にけが人の治療は急いでやって!!」
バレン先生は命拾いしたが、学院生6名が命を落とす結果となった。
生徒が命を落とすのは珍しいことではないが、一度にこれだけ倒れるのは滅多にないことだ。
デモンの、そしてザフィアルの驚異を思い知らされることとなった事件だった。
生存者がいないか一同は調査に入った。しかし、ボークスの町は屍で満ちていた。
ファイセルはアッジル夫妻が心配になって彼の家を訪ねてみた。
そこには妻をかばって腹部に大きな穴の開いた男性の死体が転がっていた。
彼に護られるようにして、その背後にも胴体に穴の空いた女性が死んでいた。
「あああ……そんな……。アッジルさん……レッジーナさん……。うあ……うわああああああああああ―――」
一緒に居たザティスが発狂したかのように叫ぶリーダーの首筋をチョップして気絶させた。
「何をするんだザティス!!」
リーリンカがくってかかる。
「覚えて無くて良いことってのもあるんだよ。今のコイツのメンタルじゃ耐えきれねぇだろ。寝かせといてやれや」
それに関しては認めざるを得なかった。
リーリンカも世話になった2人だったので彼女は道端に咲く花を供えてその場を後にした。




