目覚めしルーンティア教会
虚ろの砲も崩壊し、世界はしばしの平穏にあった。
しかし、まるで何かがそうさせるかのように大きな波がやってきていた。
世界中に向けてルーンティア教会が宣言を出したのである。
それはアルクランツにも、レイシェルハウトにも、そしてファイセルにも届いていた。
―――世の平和を乱すカルト教団、ザフィアルについて。
先日、活動の再開が確認されたのを教会としても確認しております。
この邪悪な教団を一刻も早く滅することが使命であると我々、ルーンティア教会は痛感しております。
つきましては神殿守護騎士を他国へ派遣する事があるやもしれません。
その際、入国やご協力がいただけない場合はザフィアルの協力者として見なすこともございます。
どうか世界を救うルーンティア教団に力をお貸しください。
―――現教主、フラウマァ・ランツァ・ローレン
アルクランツは足を組みながら棒キャンディを舐めていた。
「ま、予想通りだわな。何がご協力だよ。ただの脅迫じゃないか。これで教会が多少の乱暴や海外に派兵する大義名分が出来たってわけだ。堂々と楽土創世のグリモアの捜索も出来るぞ。しかし世界を救うとはよく言う。お前らの創りたい楽園はルーンティアの教義に反する過激派のそれだろうに。教会が叶えてくれるならと思う教徒もいるが、大きな間違いだ」
その部屋にはナレッジの教授たちが集まっていた。
ケンレンが疑問を投げかけた。
「しかし校長、我々はいつ動くのですか? 虚ろの砲で狙われていますし、いつまでも蚊帳の外というわけにはいかないのでは?」
幼女はバキッっとアメを噛み砕いた。
「いや、まだ早い。我々リジャントブイルは規模の割にはかなり高い戦闘能力を有している。だが、所詮は動く要塞の1つに過ぎん。過去の経験上、スキを見て横から掻っ攫うのがベストだ。だからギリギリまで無力を装う。まぁ、毎回いつもいいところまで行って賢人会に持ち込みなんだけどな」
新入りのナッガンが尋ねた。
「……と、いうことはつまりアルクランツ校長は賢人の1人ということですかな?」
彼女はコクリと頷いた。
「あれ、言ってなかったか? うん。そだよー」
それを知らなかった者たちはとても驚いた。
もっとも、賢人でもなければ学院にミナレートと好き勝手やれるわけがないのだが。
「あたしの願いは魔術師たちの楽園。ウィザーズ・ヘイブンだ。山分けにはなってしまったが、前回の争奪戦よりだいぶ発展したんだよ。それを繰り返しながらこの学院と都市は存在する。尊い犠牲の上にな」
それまで明るかった彼女はそう言って俯いた。
「信じられんかもしれないが、昔は寂れた学院だけだったんだ。もちろん、海上移動なんて出来るわけもない。賑やかになってきたのはあたしが賢人会の常連になったころだな。ここ最近は楽園も分配制なのさ。まぁ、どう転ぶかわからないところは大いにあるが。ちなみに賢人会は毎回リセットだ。前の回に優秀だからといって次回に願いが保証されるわけじゃない。イスとり合戦だな」
これからその戦いが始まろうとしているのである。
若い教授から重鎮の高齢の教授まで緊迫感を抱いていない者はいなかった。
そもそも、前回の争奪戦が100年以上前なわけであるし、大抵のメンバーは今回が初参戦なのである。
どんな戦いになるか想像することさえ難しかった。
「うーし。お前ら解散。あたしはウルラディールのお嬢様と情報共有しておく。おそらく、事前情報からザフィアルの連中は揃って楽土創世のグリモアが現れるとされているノットラントに向かうだろう。前も言ったがザフィアルはそういうのに敏感だ。あたしとしても予想は的中すると思っている。結局のところ、ほぼ毎回ノットラントが戦場になってるしな。因縁の地なんだよあそこは。血が血を欲してるんだ」
校長の号令で教授たちは個別に話し合い始めた。
一方、ウルラディールの屋敷のレイシェルハルトは危機を感じていた。
「思ったより早かったわね。でも本当にノットラントに例のマジックアイテムが出現するのかしら?」
付き人のファネリは白いひげをさすった。
「フ~ム。少なくとも過去3回はノットラントが戦場になったとアルクランツ校長が言っていましたじゃ。長命の彼女のことですから信頼に足る情報かと思いますじゃ」
お嬢様は納得いかなげだ。
「それならライネンテ国内で決着をつければいいものを……。いや、この場合は泳がせているのね。ザフィアルが広まれば広まるほど世界のどこへでも武力を送ることが出来る。ルーンティアの教えに泥を塗るような行為ですわ。もっとも、大きく過激派に傾いている昨今では咎めるものも居ないのでしょうですけれど」
ファネリは雪の降る寒い中、窓の外へタバコの煙を吹き出した。
「まぁ教会の言うことにも一理あるんでずじゃが……。ザフィアルなんてもんは疫病神でしかないですからの。潰せるものなら潰したい。どの陣営もそう思っているはず。倒してもあまり旨味がない相手。ただ、教会にとってはこの宣言の通り利用価値があったというわけですじゃな。ザフィアルが動いて教会が叩く。そこから戦が始まるのは珍しくないらしいですじゃ」
事務机のイスに腰掛けたレイシーは老教授に尋ねた。
「ファネリ、今後、両者はどう動くと思う?」
外気の寒さに思わず彼は身震いした。
「そうさの……。まずは教会がライネンテ国内のザフィアルを適度に攻撃するでしょう。すると蜘蛛の子を散らすように世界中に拡散する。その討伐を名目に楽土創世のグリモアの調査を始める気だと思いますじゃ。実のところ、本気で根絶やしにする気は無いと見えますじゃ」
それを聞くと当主の少女はサラサラと書簡を書いた。
「あまり効果があるとは思えないけれど、ザフィアルと思われる渡航者を入国拒否にするよう各港町やドラゴン便に通達するわ。まぁそれでも抜け道はいくらでもあるから本当に気持ちの問題程度にしかならないけれど……」
ファネリは一服終えるとピシャリと窓をしめた。
「一番避けなければならないのはノットラントで教会とザフィアルがぶつかって大地に血を染み込ませることですじゃ。そうすると血を欲する魔書が出現しかねない。あれば楽園を創るなどという夢や希望に溢れるものではないのですからの。くれぐれもお嬢様も楽園を創ろうなどとは思わぬように。力なきものがあれに関われば惨たらしい死が待つのみですぞ」
アルクランツも、ファネリも、そしてコレジールも同じことを言った。
それだけ争奪戦は激しいものになるのだろうとレイシェルハウトは想像した。
「ノットラントを全面戦争なんかに巻き込む訳にはいかない。もちろん、ノットラント以外でも。私は私なりに楽土創世のグリモアをなんとか出来ないかギリギリまで模索してみるわ。いえ、みんなの力も借りてだわね」
ファネリは満足げに笑みを浮かべた。
一方、ミナレートの人気のない堤防ではいつもの5人が集まっていた。
コレジールがビラを見ながら文句をたれた。
「ホレ見ろ!! まずは国内で火の手が上がるかもしれんって言ったじゃろうが~。ビラにはこう書いてあるが、まずはライネンテのザフィアルをある程度、狩るつもりだと思うぞ。そんで、敗残した信者の追撃を名目に各国に神殿守護騎士を派遣するつもりなんじゃ。下手したら浄化人も動くぞい!! ここにきて教会も遠慮なくなってきたのぉ。正体むき出しじゃ!!」
人魚のウィナシュが茶化すように言う。
「なんだよじいさん。教会がウサンクサイのなんて今に始まったこっちゃねーだろ。もともと国を統一しそうになってた集団なんだからそりゃ野心の1つや2つあるってもんだろ」
ファイセルは横暴な神殿守護騎士と接したことがあったのでそれに同意した。
「ええ……、穏便派はともかく、過激派はそりゃ荒っぽいもんでしたよ。まるでならず者と思えるくらいに。だから彼らが世界を欲しいって言ったとしても違和感はないですね。穏便派が楽園を作ってくれるならあながち悪くもない気がしますが、もう完全に過激派にスイッチが入ってしまっていますからね。彼らに主導権を握らせてはいけない」
アシェリィは首を傾げた。
「えっ? ルーンティア教の過激派ってそんなに乱暴なんですか? ということは私が見てきたのは穏便派の教徒さんたちだったってことなんですね……。なんだかショックだなぁ」
コレジールは彼女に言って聞かせた。
「そう。じゃから外部の者からしたら善人の集団なんじゃ。じゃが、ちょっと過激なヤツに接してみればすぐわかる。教会の権力を拡大しようとする連中の本心がじゃな。それでもってして穏便派の上であぐらをかいて裏では思い通りやっとる。それが過激派じゃ」
ウィナシュが今後について話を移した。
「んで、あたしらはどうするか……、今の時点では特に目標はないんだよなぁ」
それを聞いていたアシェリィは声を大にした。
「私、ノットラントへ渡ります!! 恋人を探したくて!! 多分、ウルラディール家で会えると思うんですけど。それに何かが起きるとすればきっとノットラントだろうから!!」
ファイセルと人魚は顔を見合わせたがすぐに答えを返した。
「ちょうど長期休暇だし、ノットラントへ行ってみようか!!」
「あたし、寒い海ニガテなんよなぁ。まぁ行くけどサ……」
アシェリィの顔がパァっと明るくなった。
「みんなぁ……」
コレジールがすかさず止める。
「いまならまだ間に合う。犬死したくないならこれ以上、この件に関わるでない。ただの説教ではないぞ!! わしはおんしら可愛さに言っとるんじゃ。師匠の意見は聞いておけ!!」
だが、3人は後ろ姿を残して堤防を去っていった。
「たわけもんめが……」
1人だけ賢者はその場に残された。




