学院に迫る死のオーラ
レイシェルハウトとカエデたちがバリケードを突破している頃、ジュリス達も壁に当たっていた。
「ノワレ!! 前衛は腕利きが揃ってるから俺らは無闇に前に出ないで戦うぞ!! そっちのほうがお互い得意だろうしな。まぁ乱戦になったらその双剣を使えばいい!! じゃ、いくぜ!!」
ストーンゴーレムと同じくらいの青い全身鎧がガシャンガシャンと音を立ててやってくる。
不死者のファントム・メイルである。
巨大なハンマーを装備していた。迂闊に食らったらペシャンコである。
その正体は霊体で、内側から鎧を動かして相手を殺す魔物だ。
「くっ!! こいつはタフだぞ!! 気を抜くなよ!!」
研究生の制服を着た男子が注意を促した。
「ところが、そーでもねぇんだよなッ!!」
ジュリスは何発か狙いを定めて巨体を撃った。
普通なら弾かれてしまうところだが、彼のビームは鎧の表面の絶妙なところで反射して中身の霊体を貫いた。
「グアアオオオオオ……」
ガシャンガシャンと音を立てて甲冑は崩れ落ちた。
「こんな化物まで引っ張ってきてんのか。ルーブも節操がねぇなぁ」
ジュリスが呆れているとROOTS勢の進撃が始まった。
更に塀の奥から敵兵が押し寄せてくる。
「申し訳ないけど、わたくしは先輩みたいに手加減できなくってよ!! ミルキー・ミルキー・ウェル!!」
シャルノワーレは無数の矢を天に放った。それが雨のように戦場に降り注ぐ。
だが、不思議とこれも敵味方を判別していて味方には当たらなかった。
こうして3チームとその味方たちは全員が第一バリケードを突破した。
だが、バリケードは多重に張られていた。おまけに敵兵はキリが無く出てくる。
ROOTSが質ならばルーブ勢は数といったところだろうか。
ファネリがギリギリ勝てるかどうかと判断したのはこれを考えてのことだ。
最初の頃は攻めに勢いのあったレイシー達だったが、しぶとい敵兵と不死者のせいで鈍化していった。
敵兵については人口の多いラマダンザから大挙してきているらしいので余計にだ。
そうこうしているうちに着実に虚ろの砲のチャージは溜まっていっていた。
だが、力を貯めていたのは兵器だけではなかった。
空中のゴンドラからファネリがマギ・スピーカーで叫ぶ。
「全軍停止!! わしの一発でもだめじゃったら総員突撃じゃ!! いくぞい!! 焔龍の力、我が掌に宿りて焔の大瀑布を生まん!! 其れ、すべてを焼き尽くし、其れ、すべてを焼き溶かす!! フラム・フォーリン・フラムレイドッ!!」
彼の両手から粘着質なマグマがドバドバと吹き出した。
それは虚ろの砲に直撃し、破壊して溶かしていった。
「ぐぬうう!!!! 耐えろ、虚ろの砲!!」
思わずルーブは歯ぎしりをした。
ファネリは大呪文の疲労がたたって片膝をついてダウンしてしまった。
熱気がはけると半分溶けた砲台が見えた。あれならまだ発射可能に見える。
「全軍、突撃―――――――ッッッ!!!!!」
老教授の叫びで進撃が始まった。
だが、まるで無限であるかのように敵兵が行方を阻む。
そうこうしているうちに砲の先頭が青白く輝き始めた。
「まずいわ!! このままじゃ発射されてしまう!! しかし、どこを狙う気!?」
ドラゴンのゴンドラの甲板でスヴェインの指は震えていた。
「こ……このルートは……これだとリジャントブイルとミナレートを直撃する!! おまけに追尾機能付き!!」
周辺に居た人々は愕然としてしまった。
「いけない!! なんとしても止めてくれーーーーッ!!!」
スヴェインは眼下の味方に声をかけたが、戦いの喧騒で打ち消されてしまった。
一方の地上部隊だが、もともとやや不利な戦力だけあって逆に押され気味になってきた。
そもそも不死者まで参戦してくる事は想定していなかった。
優位に立っている場所もあったが、全体的には押されていた。
自軍に大けが人や死人もちらほら出始めていた。
ますます虚ろの砲の光は激しく光りだした。素人目にも発射秒読みなのがわかった。
「ドシュウウゥゥゥゥ!!!!!!!」
無情にも青白い死のオーラが発射されてしまった。
だが、砲撃と同時に兵器は大破して再発射不可能に陥った。
「ウソ……でしょ……? 阻止……できなかった……?」
レイシェルハウトは呆然としたが、すぐ自分のやるべきことを悟って我に返った。
「全軍、撤退ッ!! もうここを攻める意味はないわ!! 今は1人でも犠牲を減らすこと!! 戦える者はけが人をかばいながら撤退して!!」
乗り込んできた地点に大量のドラゴン便が降り立った。
怪我のない者の援護によってゴンドラは護られた。
そしてROOTSは急速にリンガリーから撤退した。
実質的な初戦で負け、おまけにルーブも取り逃してしまうという歯がゆい戦果となってしまった。
死者も十数人出て、貴重な戦力を失った。
ゴンドラまるでお通夜だった。
きっとリジャントブイルとミナレートは屍の住む”虚都”となってしまうのだろう。
絶望感が一同を包む。
その頃、学院校長のアルクランツは呑気なものだった。
重鎮があつまる会議で1人黒バッタのアイスを舐めていた。
「リンガリーからだろぉ? ヘーキヘーキ。到達まであと15分はある。何? ああ、もちろんケース・エマージェンシー発動だよ。お前ら手をつなげ」
猛スピードで滅びのオーラが迫ってくる。
その時だった。学院が急激に揺れ始めたのだ。
そして驚くべきことに浮島のようにミナレートから分離した。
「うひひ。みんな驚くだろうなぁ。これ動かすの何年ぶりだぁ? 300年くらいだっけか? 実はリジャントブイルは亀龍ちゃんの背中の上に作ってあるのだ。よって遊撃はもちろん、こういう兵器の回避も朝飯前!!」
リジャントブイルは沖合へと避難した。
すぐに虚ろの砲が目視できた。
「よーし!! 亀龍ちゃんドリフト回避―――――ッッ!!!」
島のように大きい亀龍は似合わぬスピードで加速し、海上を思いっきり右に横滑りした。
こんな動きをしても島の内部への影響はない。高度な造りだった。
死の塊は追尾してきていたが、亀龍の加速とドリフトで振り切られ、海上に着水した。
無事、虚ろの砲の直撃は回避されたのだ。
同時刻、レイシェルハウトはブチギレしていた。
「そんな暗い顔してたら直撃は回避できないって誤解するじゃない!! ファネリの馬鹿ァ!!」
老人は必死に言い訳をする。
「まぁまぁ。確実に回避できるまでは迂闊に伝えるわけにもいかないと思いましてな……」
「だからと言って!! わたくし、どう責任をとろうかと思っていましたのよ!? それに、皆だって……死んでしまったとばかり……」
時間差で学院の無事の情報が入ったレイシーは思わず涙をこぼした。
「全く、ファネリ教授も意地が悪いですね。あの程度の兵器、リジャントブイルの亀龍なら余裕でやり過ごせるとわかっておいででしょう」
やれやれとばかりにファネリは白いひげをいじった。
「そうは言ってものぉ。前に動いたのがいつかわからないレベルの龍なんじゃぞ? わしだってそうだし、お主だって動いたのは産まれる前じゃというんじゃ。校長先生を疑うわけではないんじゃが、実際に動いて見せんことにはな。ま、わしのとんだ杞憂じゃったが。あの校長じゃからな。ハッタリはつかんわい」
リジャントブイルは完全に無傷で助かったが、ROOTSとしては負け戦なことに変わりはない。
ウルラディールの屋敷へ引き返していくのはまるで尻尾を巻いて逃げるかのようだった。
だが、ウォルテナに戻ると彼らは暖かい歓迎を受けた。
今まで諸々の事情で堂々とできなかったROOTSにとってこれは思わぬ自信に繋がった。
レイシェルハウトが次期当主と認められた以上、もう密かに奪還を狙う秘密結社である必要はなくなった。
そのため、彼らはウルラディール家の正式な家来として所属を変えることになった。
名家の武士を名乗ることが可能になり、多くのも者が好意的にうけとった。
ひとまずの平穏が訪れ、レイシェルハウトは長いこと放置されてきた屋敷の仕事などに積極的に取り組んだ。
ただ、ルーブを取り逃がしたことから、決してこれでは終わらないだろうという危機感はつきまとった。
それに嫌な胸騒ぎがした。もっと大きな衝突が起こる。
楽土創世のグリモアを欲しているのは決してルーブだけではない。
しかも、滅亡思想のカルト教団、ザフィアルの発言によればノットラントにそのマジックアイテムは顕現するという。
アルクランツ校長はあながちホラでも無いと言っていた。
もし、それが現実になったとすればノットラント全土が戦場になるだろう。
レイシェルハウトは一番それを危惧していた。
彼女はもはや東西の区別なく考えており、たとえ西部で問題が起こったとしても助けに行く気で居た。
この時、レイシーは気づいた。
(そう……わたしが望むのは東西ノットラントの融和……いえ、世界の融和でしたのね……。あとはやはり病気のない世界も実現したいですわ。クラリア……わたくし、必ず成し遂げてみせますわ。ふふ。欲張りなのも大概ですけれど……。願いを叶えるというより楽園の創造と聞きますし、きっと複数の願いを実現できるのでしょうね)
彼女は事務仕事をしながら止むことのない窓の外の雪を眺めていた。




