虐げられし者達の野望
ROOTSの軍勢は虚ろの砲を退けてからすぐにウォルテナを発った。
そしてその日の昼過ぎには目的地であるリンガリーの街へ到達しつつあった。
この街はノットラント北西部にあり、ラマダンザから最寄りである。
普段はのどかな港町なのだが、今はバリケードだらけで禍々(まがまが)しく武装されていた。
そして、遠くからでも不気味な青色の砲台が目立って見える。
「あれが……虚ろの砲!!」
レイシーは険しい顔つきになった。
それを護衛するように戦闘員たちが万全の体制で待ち受けている。
これは攻める側が不利になりそうな地形だった。
驚くべきことに、取り巻きには不死者も混ざっている。
もはやルーブとしてはなりふり構わないといった様子だ。
向こうからマギ・スピーカーで声をかけてきた。
「おやおや。本当にしぶといお嬢様ですね。今まで送った刺客をすべて返り討ちになされてしまった。元・教育係としてお転婆なお嬢様にはキツーいお仕置きをせねばなりませんねェ……」
豚と形容されるように太りきった老執事は感慨深そうに語った。
レイシェエルハウト達はまだ聞いていなかった。
なぜ、ルーブが楽土創世のグリモアの力からを欲するかを。
「ルーブ!! あなたはどうしてそこまでして力を欲するの!? あなたほどの財力があれば楽園に近いものを創るのは容易いことではなくって?」
それを聞いていた老人は肩を震わせて笑いだした。
「ははは。これだから物を知らないガキは困る!! わしはノットラントが虚構だらけなのは知っておる。だが、太古よりラマダンザとノットラントの間で交流があったのはウソではない!! その子孫達が身分を隠して交易を続けてきたのが我らエッセンデル家一門なのだ!! 我々としては現在の立場に不満がある!! 一刻も早く封印を外して我が故郷を唯一無二の軍事大国にする!! それがわしの、いや、わしらの夢なのだ!! 虐げられた事のないお前らにはわかるまい」
周りの連中もこれに同意して勢いよく腕を突き上げた。
だが、ウルラディール家当主は逆に笑い返した。
「ハッ。どんな大層な願い事が出てくるかと思えば軍事大国ですって? そんなの、幼い子供の願い事よりくだらなくってよ!! たとえ虐げられた過去があったとしても、そんな願い、叶えさせるわけにはいきません!! みんな、虚ろの砲を壊し、ルーブを討ちます!! 力を貸してください!!」
学院運営に支障が出ない教授しかこの場には来ていなかった。
すなわちファネリとスヴェインである。それでも戦力としては一騎当千なのだが。
前者はROOTS重役なので基本的には戦わないが、いざとなれば話は別だ。
後者は戦闘はいまいちだがサポート役として欠くことが出来なかった。
それと100人近い精鋭だ。
中にはリジャスターも混じっており、戦力的には申し分ない。
一方、敵対するラマダンザは人種的な見た目の差はライネンテ、ノットラント人とあまりないという。
それだと識別が困難なので直前になってROOTSには目立つワッペンが配られた。
それを腕につけていれば自軍かどうか一目瞭然というわけだ。
戦士たちはドラゴン便や騎兵から飛び降りて、海岸に敵を押しやるようにリンガリーに進軍し始めた。
空飛ぶドラゴンのゴンドラから女性の澄んだ歌声がきこえてきた。
「♪いやしの~ なみだは~ あなたの~ こころにも~ たしかに~ ながれる~いのちの~ なみだ~ わすれ~がたき~ いのちの~ な~みだ~♪」
シンギング課の上級生による対不死者の祈りの歌だ。
彼女がそう歌うと一気に不死者の動きが鈍くなった。
タイミングを合わせてジュリスが構えた。
「指揮役のリッチーは……居ねぇみたいだな。そんなんじゃ不死者の持ち腐れだぜ。もっとも、もう腐ってるがな。そらよっ!!」
彼は着地と同時にジャンプしながら空中で華麗に回転した。
そしてあちらこちらへとレーザーをばらまいた。
驚くべきことに光線は乱戦になっている味方には一切当たらず、敵だけを射抜いっていった。
更に器用なことに相手の急所は全部外してあった。
レイシェルハウトも着地する。
「皆の者~―ッ! なんとしても砲を破壊するのよ!! 3方に別れて~攻め~!!」
彼女は戦術論も学んでいたので指揮官の役割も果たすことが出来た。
同時に宝剣を抜く。するとまたもや不死者たちが怯んだ。
「灼槍の皆爆ッ!! ランシーア・フレアニティ!!」
SOVから赤い槍が伸びて虚ろの砲を貫いた。
そして激しい爆発を起こした。手応えはあった。
「やった!?」
煙がはけていくと砲台は傷ついてはいたがまだ健在だった。想像以上に硬い。
「くっ!! やはりこれは一気に仕掛けるしか無い!! 皆、集中攻撃よ!! でも死んでしまっては意味がないの!! 危なかったらすぐに退くこと!! わたくしは誰かさんと違って命を蔑ろにはしたくないですからね!!」
特に指示を出すわけもなく、レイシェルハウト達は戦闘員とともに3方向に別れた。
レイシェルハウト、サユキ、パルフィーのウルラディール3人娘
カエデ、リク、百虎丸の西華西刀流
そしてジュリスとシャルのワーレの学院組の3チームだ。
レイシーたちの前に巨大な鉄のゴーレムが立ちふさがった。
両腕を開くと5mはありそうだ。3人を抱きかかえるようにして掴みかかってきた。
「いくら硬くっても、内部からの振動はどうかな!? 喰らえ!! 双震陽!!」
パルフィーが両手の掌底を魔法生物に打ち込んだ。
すると一瞬だけぐにゃりとゴーレムが歪み、内部から木っ端微塵に破裂した。
「どしたどした!! まだ戦いは始まったばっかだぜ!!」
彼女は指先をチョイチョイっと自分に向けて挑発した。
「おっとぉ!!」
その直後に飛んできた弓矢をかわす。
無数のグリム・スケルトンアーチャーが高台に陣取っていた。
サユキが狙撃しかえそうとするとレイシェルハウトが止めた。
「サユキ、あなたは指揮官クラスを狙うことに集中して。ここは私とパルフィーで!! 光断のレイジン・ビーツ!!」
彼女がヴァッセの宝剣を振ると斬撃のビームが発生し、高台のアンデッドを根こそぎ消滅させていった。
あまりの威力に味方まで驚異に感じるレベルだった。
背後で何かが衝突した気配がしたので振り向くと、パルフィーが自分より二倍はあろうかという超大男と組み合っていた。
「グヘヘ。嬢ちゃん、調子に乗ったらいけねぇなぁ。パワーで俺に勝てるやつは居ないんだよなぁ」
この化物には彼女も面食らったようだったが、その顔はすぐに笑顔に変わった。
「チッチッチ。パワーだけじゃ勝てないぜ。おっさんよ!!」
パルフィーは力を抜いてバックステップした。相手が力の行き場をなくす。
そのあとは電光石火の早業で彼女のサマーソルトキックが決まった。
大男の体がスパッっと真っ二つに”斬れた”。
「ほらよっ。オマケ忘れてるぞ」
パルフィーは斬撃属性を帯びた無数の蹴りをこれでもかというほど叩き込んだ。
「始めの陽!! 黄昏!! そして終わりの百夜!!」
彼女の見惚れるような連撃が決まった。
その結果、相手は細切れ肉になり果てた。
コイツはエースだったらしく、その光景を見ていた並の兵士たちは逃げ出していった。
内部から震動で破壊、そして斬撃。今のパルフィーは全身のどこでもこれらを使うことが出来た。
おまけに意識せずに殺意を放つ”無殺意の殺意”である。
文句なしにリジャスターとも渡り合えるまでに成長していた。
「あー、小腹がすいたな……」
しかし、燃費の悪さは相変わらずである。
カエデ達は先陣を切って敵兵の群れを突破していった。
こういうときに強いのがリクで、2種類のシールドに耐久を上げる魔術を持つ。
そのため、強襲や多少強引な突破も得意とし生存率も高い。
今回もセンターはリクが、左右をカエデと百虎丸が固めるフォーメーションとなっていた。
西華西刀は属性を付与して戦う流派である。
そのため、2人の剣士たちの刀は光属性を帯びて白く輝き、不死者に触れると溶けるようになっていた。
そんな彼らに泥と死体を混ぜて作られたと思われる気味の悪い不死者が現れた。
歪に握られた粘土のような胴体から手足が生えている。
「きょわぁ……きょわ、きゅぱぁ……こ、こんにちぱあ……」
そしていかにも有害そうな煙幕が漏れ出している。
「まずい!! 意図的に土属性の比率が高く作られた不死者よ!! 光や他属性の通りはいまいち!! 有効な属性もないわ!! なんとか押し切って!!」
カエデが警戒を促した。
敵の攻撃を見切ることに定評のあるリクが魔導盾を引っ込めた。
「みんな!! 俺の後ろに一列で整列して!! 早く!! 毒ガス噴射がくる!!」
次の瞬間、魔物は思いっきり紫のモヤを吹き出してきた。
リクの盾がこれを弾いて彼の後ろに居たものは無事ですんだ。
逃げ遅れた戦闘員はバタバタ倒れていく。
「これは短時間で仕留めないと犠牲者が出る!! 俺が突っ込んでアイツの毒ガスを全部防ぎます!! 無事だった人は総員攻撃で!! いきますよ!! 3,2,1……」
止める間もなくリクは走り出した。不気味な粘土に密着するとガスの穴をガッチリ塞いだ。
するとガスが吐けなくなった化物はもがいた。そこに残存部隊が集中攻撃をかける。
弓や魔法をしこたま食らった不死者はバタリと倒れて土に溶けた。
結果的に大した被害も出さずにここを突破できた。
カエデが肘でリクをつつく。
「いくら勝算があったからとは言え、褒められたものじゃないわね」
「か、カエデさん……す、すいません」
「いやぁカエデ殿、彼の勇敢さが無ければどうなっていたかわからんでござる。今回は良しとしませんか」
そう言いながら百虎丸はガンにもリクの爪の垢を煎じて飲ませたいと思うのだった。




