どこへたどり着くかはわからないけれど
突然のリッチーの出現にすぐに秘密結社ROOTSの面々と校長が集まった。
校長のアルクランツがレイシェルハウトから預かっていた宝石を床に投げる。
「ホレ。これはその場の映像と音声のぞき見をスパイジェムだ。全く悪趣味なモノを……。解析班の報告によると国内東部の地下教会にしかけられたものらしい。リッチー共はこれでザフィアルの動向を傍受したんだろう。これはそのおすそ分けってやつだ。そろそろ映るはずだぞ」
しばらくすると床に落ちたジェムは映像と雑音を拾い始めた。
徐々に見下ろし型で薄暗い教会の様子がクリアになっていく。
細身で中性的な人物が壇上でスピーチしていた。
「コイツがザフィアルだ。このカルト教団のリーダーは代々どいつもこいつもザフィアルと名乗っている。だが血筋は関係がない。ナヨナヨとしているのは汚らわしいといって自分で自分のイチモツを切り落としたからだ。全くイカれたやつさ」
幼女は腕を組んで壁にもたれかかった。
「生まれたときから全身にゼモンズ・スタンプ……、真っ赤な悪魔の呪印が刻み込まれているから本物かどうか一目瞭然なのさ。そんなやつが数百年に一度の周期で生まれてくる。あたしが把握してるうちではこれで3回目の生誕祭になるはずだ」
ザフィアルは白いマントをバサリと脱ぎ捨てた。
思わず美しいと思えるような緻密な印が裸体に映える
「諸君!! 時は来た!! ザフィアル神による予言によれば次の楽土創世のグリモアはノットラントに顕現するだろう!! やはり、ノットラントは選ばれた土地なのだ!!」
校長とファネリ以外は酷く驚いた様子だった。
「今こそ皆の力を合わせてすべてを終わらせよう!! 辛さも苦しみも痛みからも開放された”無”を求めて!! 全ては滅びによって救済されるとザフィアル神は申されている!! 腐りかけの肢体を引きずりながら生きたいか!? 富めるものを消し去りたいと思わないか!? さぁ、私と一緒にすべてをあるべき姿に還そう!!」
その直後、スパイジェムは沈黙した。
ジュリスが呆れたように言う。
「アホくせぇ。ただのカルト教団じゃねぇか。こんなの相手にするだけムダじゃねぇのか? 楽土創世の出現場所だってきっとホラだぜ?」
だが、校長は首を左右に振った。
「いや、ザフィアルはバカでにできんぞ。今まで何度も争奪戦に参加してきている。教徒たちは命を惜しまず捨て身でかかってくるからな。それに何より人間を大量に生贄にして悪魔を召喚するサクリファイズ・デモンズが厄介でな。学院生でも死人が続出するレベルだ。おまけに悪魔は悪魔で楽土創世のグリモアを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。2つの意味で危うい集団だ」
アルクランツは深刻な顔をした。
「こうなると教会が動きかねん。まず火がつくのは国内かもしれんな。それと、ノットラントにアレが出現するというのはおそらく本当だ。ザフィアルはグリモアの負の反動だからな。気配に非常に敏感なんだ。それはそうとROOTSのほうはどうなってる? ルーブに対抗できそうなのか? クレイントスの言う通り、もういつ始まってもおかしくないぞ?」
ファネリは手を組んで机に肘をついた。思い切り顔をしかめる。
「善処したつもりですじゃが、ギリギリで勝てるか勝てないかといったところですじゃ」
校長は大きくため息をついた。
「ハァ。何年もかけてそれか。情けないとは思わんのか? 私は学院の長として案を練るという仕事がある。ルーブが攻めてでも来ない限りは手伝わんからな。騒ぎに乗じて屋敷を落とすのもアリかもしれんが、そのあと世界がどうなるかはわからんからな。いざとなったらルーブは屋敷なんぞ放棄するだろうし」
それを聞いていた次期当主のレイシェルハウトが立ち上がった。
「ルーブを討つなら今だと思いますわ。牽制になりますからいくらか学院が楽になるかと思いまして。屋敷の奪還を目的に手伝ってくれる人が大勢いるのにこう言うと無責任とわかってはいます。でもわたくし、もう屋敷には固執しておりませんの。それより、邪悪な連中にマジックアイテムを使わせてはならない。そう思うようになったのですわ」
アルクランツは意外だったようで口笛で茶化した。
ファネリはニッコリしながら成長したレイシーを褒めた。
「ほっほっほ。なんだかんだでROOTSはお嬢様可愛さに育ってきた組織ですじゃ。貴女がそう決心されるのならばわしらも足並み揃えてついていきますじゃ」
レイシェルハウトは頭を下げた。
「ファネリ……お願いします。私に力を分けてください。もう時間がありませんわ。私はノットラントに発ち、すぐにルーブを討ちにいきます。ギリギリの戦いになるのだから来たい方はきてくださればいいし、賛同できない方は残っても良いわ。」
ジュリスは満面の笑みを浮かべて答えた。
「バーカ。水クセェんだよ。今更、降りられるかってぇんだ」
彼はついてくる気まんまんのようだった。
ノットラントと聞いてシャルノワーレは敵のクレイントスのことを思い出していた。
結局、また復讐鬼に戻ってしまうことになる。
そういえばアシェリィにはどうやって伝えたらいいだろう。
彼女との関係の深さから下手な言い訳はもう効かない。
しかも彼女はノワレがクレイントスへの復讐を生き甲斐にしているのも知っている。。
伝えたならばきっと、一緒についてくると言い出すだろう。
アシェリィを危険に晒す訳にはいかない。
ノワレは黙って国外に出る決意をした。
それでも彼女のことだ。世界中を旅してでも自分を探すだろう。
思わず涙がこぼれそうになった。
レイシェルハウトもなんだかしょんぼりしていた。
「……私は以前、親友を戦死させてしまった事があますの。正直、私は二度と友人が死ぬのを見たくはないですわ。だからノワレやジュリス、百虎丸には残ってほしいというのが本音です」
だが、ウサ耳の百虎丸が答えた。
「何を申されるか。拙者達もお嬢様をみすみす見殺しにするわけにはいかんでござる。だからお互いに護りあえば生き残るチャンスが大幅に上がるのでござらんか? 1人より2人、2人より3人でござるよ。それにジュリス殿の言う通り、水臭いでござる。ここまで乗りかかった船。皆が納得できる戦いをしたいと思っているはずでござるよ」
仲間はただ死んでいくだけの存在ではない。
レイシーは目からウロコが落ちると同時に雫も落としていた。
それでもノワレはアシェリィを置いていくと決めた。
アルクランツが話をまとめた。
「決まったな。お前らにはいくつか物資やドラゴン便を貸してやる。いざとなったら人材も送ってやる。自分たちで出来ると思うところまでやってみろ。いいな、ルーブの豚なんかに負けるんじゃないぞ。絶対に勝て」
なんだかんだで校長は世話を焼いてくれ支援してくれた。
学院が長期休暇に入ると同時に一斉に屋敷を攻める計画が立った。
ROOTSの面々はミナレートだけでなく、各地の都市から集まることになっている。
ルーブはノットラント全土からかき集めた財という財をつかってウルラデイールの屋敷を固めている。
ただ、城塞があるといってもこちらには乗用のドラゴンが大量に居る。
攻めるとなったら当然、空からになる。屋敷の広い中庭が戦場となることだろう。
あまり壁は障害にはならなさそうだった。
そして幸い、ルーブはROOTSの戦力を過小評価している。
一気に奇襲攻撃をしかければ不利な分を埋められるかもしれない。
その望みにかけてレイシェルハウト達は出撃の準備をした。
世界中のROOTSが時差を合わせて一斉に攻められるように予定を組んだ。
一度バラバラにされた“根”は再び伸びて世界中に張り巡らされた。
それが芽を出すことが出来るか。これはそういった戦いだった。
「ウルラディール家、出撃―――――――――――ッッッ!!!!」
レイシェルハウトは一番大きいドラゴンの先頭で叫んだ。
腰には猛特訓を続けたヴァッセの宝剣……SOVが差されていた。
そして瞳を閉じて首から下げた2つの遺品に語りかける。
「クラリア……。アレンダ……。争奪戦が終わるまでは私の命を護って……。私はあなた達みたいな娘が生まれない世界を創りたい……」
レイシーは自分でつぶやいてから自覚した。
自分が家へのしがらみから抜け出したのだと。
それよりもっと大切なことに気づくことができたからだ。
クラリアはよく言っていた。家にこだわらず貴女のやりたいことを見つけるべきだと。
亡くなった父も驚きはするだろうが、彼は大局的にものを見ろと教えてくれた。
家の名誉にしがみついているのは狭い考えではないのか?
命をかけた戦いに臨むというのにレイシェルハウトは胸のつっかえが取れた気がした。
冷たい強風とともにモヤモヤが吹き飛んでスッキリしていく。
「お父様……。クラリア……。アレンダ……。わたくし、やりますわ。どこへたどり着くかはまだわからないけれど、今よりより良い世界は必ずあるはず。だからわたくしはもう逃げもしないし、言い訳もしません。何があろうとも」
レイシェルハウトはSOVを抜くと突き出すように構えた。
宝剣は主に呼応するようにキラリと輝いた。




