終わりの始まりの始まり
とある日の夜、校長のアルクランツはいつものように蒐集物を手にとって悦に浸っていた。
「あ~やっぱコレもいい。古代遺跡から発掘された貝殻……。これが今のお金の元となったんだなぁ。グフフぅ……」
だが、次の瞬間に彼女はしかめっつらをして跳ね起きた。
「禍々(まがまが)しいオーラが来る。この気配、リッチーだな? ミナレートと学院のプロテクトを破ってくるとはいい度胸だ。意図はわからんが、学院の上層部を緊急招集するか。めんどくさなぁ……」
すぐに学院の重鎮たちが招集されて、どう対処するかが話し合わされた。
迎撃に出たいところだが、不死者のリッチーは自由自在に空間移動する。
そのため、闇雲に追ってもその尻尾は掴めないのだ。
連中を消滅させるにはそのリッチーの遺品を3つ破壊する必要がある。
それらはリッチー自身で動かせないという弱点はあるものの、どれがその品なのかは本人にしかわからない。
よって現実的にはリッチーを撃滅するのは限りなく不可能に近いのだ。
学院が蜂の巣をつついたようになっている頃、ノワレは自室で夜風に当たっていた。
「あ~。今日もアシェリィと楽しく過ごせましたわ。なんて楽しいのでしょう。復讐鬼だったのがウソのよう……」
その時だった。いきなり目の前にボロいマジシャンズ・ローブが出現した。
ふわふわと浮いていて、フードの中身はうかがいしれない。
だが、黄色く鋭い眼光がらんらんと光っている。
シャルノワーレはすぐにそれがエルフを大量殺戮した敵であることがわかった。
「貴様!! クレイントスッ!!」
クレイントスと呼ばれたリッチーは不気味に宙を漂い、ゆらゆらと揺れている。
「おや? 高貴なお身分の方の振る舞いではありませんね。感心しませんよ。それはそうと恋人が出来たようですね。おめでとうございます。幸せそうなカップルじゃないですか。アシェリィさんですね。可愛らしい彼女……壊したくなりますねェ……」
ノワレは歯を食いしばって威嚇した。
「いつの間にそのことを!! アシェリィに手を出してみなさい!! わたくしはお前を殺しますわ!!」
高位の不死者は笑った。
「ふふ。おお怖や怖や。殺すと言っても私達は死にませんし。百歩譲って消滅ですよ」
とんがり耳の少女は拳を握って言い返した。
「黙れ!! 黙れ黙れッ!!」
クレイントスは肩をすくめた。白骨化した本体の腕が見える。
「やれやれ。お話になりませんね。貴女も執念深いお方だ。別にいいじゃありませんか。所詮、エルフなんてそこらの雑草と大差ないのですから。焚き火にした程度でなにか問題でも?」
ノワレは激昂して弓を引っ張り出してくると何発もクレイントスめがけて矢を連射した。
だが、弓矢はすり抜けてしまってなんのダメージも与えられなかった。
「避けるまでもないですねェ。シャルノワーレさん。期待はずれです。どうです? リベンジは面白いですか? 私は酷く退屈です。ここで貴女を消しカスにすることもできるのですが、私は気が長いですからね。もうちょっと楽しませてくれるようになってくれないと。そして結局、惨めに敵を討てずに死んでいく。あぁ……たまらないですね」
エルフの少女は自分が完全に玩具にされている事に気づいてさらに頭に血が上った。
だが、実力差を痛感して戦意喪失してしまった。
両膝を付いてかがみ込む。
「う~ん。100点満点中……2点ですかね。本当はあまり騒ぎにしないで貴女にメッセンジャーを頼みたかったのですが、その腑抜けた調子では無理ですね。しょうがない。久しぶりに私の大親友のところへいきますかね。でもあそこは多少、プロテクトが厳重ですからね。ま、めんどくさいかそうでないか程度の差ではありますが……」
そういうとクレイントスは音もなくフッっと消えた。
シャルノワーレは思いっきり床を叩きながら悔し泣きするしかできなかった。
一方、レイシェルハウトとサユキは路地裏のボロ屋で夕飯を食べ終わり団らんを楽しんでいた。
「まったく、アシェリィったらなんでフォリオを振ったのかしら。それなりにかっこいいとはおもうのだけれど。乙女心は難しいわね」
「ふふふ……。それを乙女の貴女が言います?」
2人して笑っているといきなり強烈なプレッシャーに襲われた。全身に寒気が走る。
すると窓ガラスをスーッと抜けて例のリッチーが入ってきた。
「お前は……悦殺のクレイントス!!」
レイシェルハウトは驚きのあまり大きく目を見開いた。
「お嬢様、下がってください!! 寄るなッ!! 汚らわしい!!」
すぐにサユキがかばうように前に出た。
「おやぁ? 旧友との久方ぶりの再会だというのに歓迎されていないようですね。一緒に戦ったりして遊んだ仲じゃないですか。モンスターを嬲り殺してた貴女にとってはこれでも貴重な友人の1人だったと自負しているのですが」
クレイントスの瞳があやしくキラリと光る。
「馬鹿言わないで頂戴!! もう私はあの頃の私とは違う!! 殺しが楽しみだなんて今は思っていないッ!!」
眼の前の不死者はオーバーにローブの裾をはためかせた。
「それでも腐れ縁であることには変わりません。フフフ……何があろうと私とあなたは同類なのですから。心の何処かで生き物を殺したいという願望が……」
レイシーは腕を振り抜いて話をぶった切った。
「もうその話はいいわ!! それより、よくも嘘っぱちのあなたの過去を吹き込んでくれましたわね!!」
悦殺は満足げで嬉しそうにしている。
「おやぁ。私の作ったお伽噺、楽しんでいただけましたか? それはなによりです。ちょっと凝ってみた甲斐がありましたよ」
招かれざる客に2人は激しい怒りを覚えた。
だが、コイツが人を喰ったような態度をするのはいつものことだ。
まともに取り合うだけ時間のムダだと2人はすぐ悟って冷静を取り戻した。
「で、貴様、いまさらなんの用? まさかお茶しに来たとは言わせないわよ」
クレイントスは肩を震わせて笑った。
「お嬢様とのティータイムですか。それも優雅で悪くないですねェ。機会があればぜひご一緒に」
そんな事、微塵も思っていないのが丸わかりだ。
「今日来たのはですね、”終わりの始まり”を告げるためです」
アシェリィもサユキも首を傾げた。
次期当主は怪訝な表情をしながら尋ねた。
「”終わりの始まり”? 随分と抽象的なのね。具体的に何が始まるというの?」
ズタボロのローブの中身は見えなかったが、クレイントスはとても楽しそうだ。
「間もなく楽土創世のグリモアの争奪戦が始まります。具体的な例の1つを挙げると”ザフィアル”が動き出します。すべての存在を滅亡によって救済しようとするカルト教団です。貧困、病気、その他、諸々(もろもろ)の人々が中心の組織ですが、まともな神経の持ち主ならば流石に世界滅亡まで望まないはず。楽土創世のグリモアの負の反動と考えていいでしょう」
クレイントスは淡く輝く骨の両腕を差し出しながら続けた。
「まぁこの星が消滅していないということは一度も勝ったことがないわけですが、なかなか侮れませんよ。幾度となく争奪戦に顔を出している常連ですし。死だらけの世界を望む私達とはまた別の意味で危険思想を持つ集団です」
確かアルクランツが世界が滅びかけたと言ったこともあったが、この連中の仕業なのだろう。
クレイントスは続けた。
「ザフィアルが動き出せば当然、ルーンティア教会が叩きにいくでしょう。そうすると教会が武力介入しやすくなる。他国へ派遣も可能になってきます。一気に衝突のリスクが上がるわけですね。もちろん、他にも多くの団体や組織、個人が争奪戦に参加します。時は群雄割拠の戦国時代……といえば聞こえは良いですが、全人類による殺し合いですね。”アレ”は識らない者を狂わせるので」
レイシェルハウトとサユキは危機が思ったより早く迫っていることに気づかされた。
「それにしても貴方、なんでそんなに丁寧に教えに来たんですの?」
少女は疑問を抱いた。
「そりゃあ……なにせ貴女とは腐れ縁ですからね。でも結局、あなたと私は死か消滅をかけた戦いをすることになるでしょう。それも含めての大親友といったところです」
なんだかレイシーは複雑な気持ちになったが、人道的に著しく問題のあるリッチーを放っておくわけにはいかなかった。
「ありがとう。クレイントス。これからは……恨みっこなしですわ」
不死者はローブを羽織り直すと嬉しげに答えた。
「おやぁ? お嬢様にお礼を言われるとは思いませんでしたよ。ですが、この件は内密にしてください。他のリッチーたちは情報を漏らさないようにしています。ここで私が喋ったのがバレるとめんどくさいことになる。ですから、お願いしますよ」
そんなリスクを冒してまで来てくれたのかとレイシェルハウトは少しだけ感謝した。
だが強烈なプレッシャーを受けて酷く寒気がした。
「ふざけないでください。なにか……勘違いしていませんか? 私はね、お伽噺の中では”悦殺”と名乗っていました。ですが正確には”悦死”なのです。ありとあらゆる生命が死んでいくことに悦びを感じる。情報をリークしたのはより多くの生物が死ぬことに繋がるからです。あぁ……楽しみです。楽しみです……」
悦死のクレイントスは小さな宝石を放り投げた。
コツンコツンと音を立てて床に転がる。
そしてキラキラと黄色い眼光を光らせながら夜の闇に消えた。




