はじめてのキスの味は面白い
恋の季節の真っ只中、ナッガンクラスの女子は現状報告、確認のためサバトを開いた。
いつものように八ツ釜亭で密会を始める。
今日はクラティスの主催で行われることになっていた。
酒も入ってきて場が温まり始めてきた。
「さぁみんな、恋の季節もピークに達した。ここらへんで情報を整理していきたいと思う。どうだい? カップルは出来たかい? ちなみに男子連中はたまたまカップルが出来なかったらしいぞ。さて本題か。まぁまずは自分から言わないとな。あたしはドクと付き合うことにした」
女子たちから声援があがる。
この2人はもう完全に腐れ縁といった感じで恋愛感情はないものと思われていたが、どう転んでもおかしくはなかった。
そのため、あまり驚きはされずに受け入れられた。
「で、ドクのどこが決定的だったん?」
リーチェが酒をちびちびやりながら尋ねる。
「優しくて紳士的なところ……かな。まぁひどい変人ではあるんだけど」
またもや声が上がってクラティスは照れて頭を掻いた。
「ハイ!! やめやめ~!! この話題はここで終わり!! じゃあ他には?」
ミラニャンの隣に座っていたリーチェが彼女の肩に手をかける。
「あたしたちもお付き合いすることにしたわ。銭湯じゃないとこでも裸のお付き合いになっちゃったよォ」
一方のミラニャンは顔を真っ赤にして肩から腕を外した。
「んもぉ~!! りーちゃん恥ずかしいよぉ!! それにお酒飲み過ぎ!!」
リーチェは髪の毛を伸ばす魔術を使うと空腹になる。
そのため、料理の味見役としては最適でミラニャンがいくら作ってもたいらげてくれるのだった。
魔術の上でも非常に相性のいいカップルと言えた。
「う~ん、この2人はいいね~。じゃあ他か。スララとかレーネとかはどうだい? 脈とか無いのかよ?」
スララはニコニコしながら答えた。
「あラ、ぐモんネ。でモ、じョしトしテみテくレるノはウれシいワ」
もう悪魔憑きのせいで彼氏ができない開き直っている様子だったが、クラティスはフォローした。
「ま、蓼食う虫も好き好きっていうからな。希望は捨てるなよ」
レーネはアスリート特有の食事制限メニューを食べながら答えた。
「それがね~。やっぱいい人いないし、そもそも私、あんまモテるほうじゃないと思うんだ~。焦っては居ないけどちょっとさみしいかな」
彼女以外のその場の全員がガンの不甲斐なさを痛感した。
「はっぱちゃんは……どうなんだ? 性別無いんだろ? あんまり恋の季節、関係ねーんじゃないかな」
ドライアドの彼女のはにサラサラと葉っぱを振った。
「ヴェーゼスは……まぁ言うまでもないな。恋人には事欠かないだろ」
恋多き乙女は満足げに頷いた。
「そりゃどうも」
元気系のジオにも確認をとってみる。
「ジオ、あんたはどーなん?」
料理を大盛りにしつつ彼女は答えた。
「東部はお付き合いが早いから本来は結婚して子供が居てもおかしくないんだけど、ここはミナレートだからね。あんまり焦ってないね」
マイペースな彼女らしい意見だ。
「あとは……ファーリスか。どうだ? 最近、田吾作とはうまくいってんのか?」
ファーリスは恥ずかしがりながらピアスをいじった。
「あ、ああ。おかげさまでな。彼は本当にいい人だよ。おおらかで包容力がある。おまけに男らしい」
それを聞いたクラティスは肩をすくめた。
「あ~はいはい。ごちそうさんです。包容力ってあんたもじゃん。包容力型熟年カップルかよ。はいはいごちそうさんでした」
クラスメイトたちは好意的な目でファーリスを受け入れていた。
そんな中、酔ったカルナが暴発したのだ。
「なぁぁんれわたしにカレシできないアルかぁ!! あああアシェリィ~~だってフォリオに告られたってのにぃ~~~!!」
驚愕の暴露にその場が凍りついた。
ノワレがフォークを皿に落とす音で時が動き始めた。
「ま、マジなのかアシェリィ……」
アシェリィはモジモジしながらつぶやいた。
「え~、そんなのどこで聞かれてたの……。は、はずかし~。確かに告白されたけど、断っちゃった……」
その場のみんなの感情が様々な方向で爆発しそうになる。
このままではアシェリィが質問攻めに合う。
恋の番人であるヴェーゼスはそれを悟るとすぐに割って入った。
「ハイ!! ハイハイ!! みんな静かに!! 誰にでも知られたくないことや答えたくないことがあるよ。これはアシェリィにとってデリケートな問題。だから深く詮索はしない。いいね?」
こうしてモヤモヤを残したままサバトは終わった。
だが、これを聞いて非常にショックを受けた人物が居た。
シャルノワーレである。実は彼女はだいぶ前からアシェリィのことを恋愛対象として見ていたのだ。
魔法生物ポヨパヨの卵を孵すときに一緒に寝泊まりしたのがきっかけだった。
あの時の2人の心身は限りなくシンクロしていた。
それからだいぶ経つがノワレは今もあの心地いい感覚を忘れることが出来なかった。
一方のアシェリィはノワレのことを親友としか思っていないようだ。
ただ、女の子相手もアリと聞いていたのでその点の心配はいらなさそうだった。
それでも告白したら2人の確実に関係は変わってしまうだろう。
それが怖くてノワレはアシェリィに愛の告白が出来ずに来た。
アシェリィがあまり恋愛に積極的ではないとタカをくくっていたが、まさかフォリオに先を越されるとは思わなかったのである。
今回は告白が成立しなかったから良かったものの、今後、誰が彼女に告白するかはわからなくなってきた。
もし誰かとアシェリィがくっついたら間違いなく後悔するだろう。
シャルノワーレの心は揺れるに揺れた。口にしたら嫌われてしまうんじゃないか、と。
アシェリィがやんわりと告白を断ってくる光景が目に浮かぶ。
(ノワレちゃん。わたしとはいつまでも仲のいい親友でいようね!!)
帰った後、寮のベッドの上でノワレは何度も寝返りを打った。
「わたくし……わたくしはどうすれば……。でも……わたくしはアシェリィをお慕いしていますの。でも恋の季節は永遠には続かない。後悔したままクラス解散なんてことにはしたくない。ふふ……以前のように傲慢でしたらよかったのに。でもあのフォリオが勇気を出したんですもの。わたしが尻込みしているわけには……いかなくってよ!!」
翌日の放課後、シャルノワーレはドキドキしながらアシェリィに声をかけた。
「あらアシェリィ。ごきげんよう。今夜、女子寮裏のプライベートビーチに来てくれないかしら? ちょっと話したいことがありますの」
恋の季節の真っ只中で、しかも人気が少ない場所への呼び出し。
フォリオのこともあったわけだし、さすがに色恋沙汰にどんくさいアシェリィも身構えざるをえなかった。
「う、うん。いいよ。じ、じゃあまたあとでね」
フォリオがそうだったようにノワレにとって帰宅してから日が暮れるまでの間は死ぬほど長く感じられた。
そしてとうとう日は暮れてオレンジ色のティラレ月が空に登った。
エルフの少女が駆け出すように浜へと出ると月に照らされた人影が見えた。
そこには間違いなくアシェリィが座っていた。
ガチガチに緊張していたノワレだったが、ここまで来たらもう退けないとアシェリィの隣りに座った。
「の、ノワレちゃん。よ、用事って何かな?」
相手も心なしか動揺している。まさか、もしや、そんな……そう考えているに違いない。
「単刀直入に言いますわ。アシェリィ、わたくし、だいぶ前から貴女のことを恋愛対象としてお慕いしておりますの……」
言ってしまった。ついに言ってしまった。
(ノワレちゃん。わたしとはいつまでも仲のいい親友でいようね!!)
そういう返しを覚悟した彼女に意外な返事が帰ってきた。
「う~ん。そっかぁ。私ね、フォリオくんの告白を断ったあと考えたんだ。それなら誰に告白するか、されたいかって。今まで学院生活とか冒険が楽しくってそんなこと全く考えたことなかったんだよね。でもさ、一番ココロが近くなってぎゅーっと熱くなったのはノワレちゃんだけだなって思ったんだ。ほら、ポヨパヨの卵のとき。あのときは極限状態だったし熱血スポ魂だと思ってたんだよね。でもちょっと違うみたいなんだ」
シャルノワーレは首を傾げながらアシェリィの顔を覗き込んだ。
「ちょっと違うと言いますと?」
彼女はこちらを見返してくる。
「もっとそばに居たいとか、ノワレちゃんのことが知りたいなって。でもだんだん他の子とも打ち解けるようになってきたらなんだか寂しくなっちゃったり。こういうの嫉妬って言うのかもしれないね……あはは。ヘンだよね」
ノワレはアシェリィの肩を抱き寄せてささやいた。
「アシェリィ……わたくし、やっぱり貴女のことが好きですわ」
「……ノワレちゃん……。わたしも……あなたのことがすきだよ。たまらないくらいに……」
2人は慣れない仕草で抱き合い、初々しくキスをした。お互いが1つにとろけるように感じられる。
はじめてのキスはシブい出涸らしお茶のような味がした。
「あはは。なんかすごく……照れくさいね!! っていうかノワレちゃん、エルフだからキスの味が面白いよ!!」
「んもう!! ムードが台無しですわよ!! でもわたくし、そんな無邪気な貴女が大好きですのよ」
晴れて恋人となった彼女らだったが、ノワレが危惧していたような関係性の変化はあまり無かった。
2人っきりでイチャイチャすることはあってもはたから見ればいいコンビであり、誰かが意識することもなかった。
アシェリィが誘うこともあればノワレが誘うこともあって主導権が対等なのもいい方向に向いていた。
街をデートすると、どちらも高身長でスタイルが良く、振り返って二度見する人が続出した。
どちらも胸が平べったいのはご愛嬌だが。
「ノワレちゃん。覚えてる? ヨウガン・カエルの地雷原の真ん中で何が高貴なエルフよ~!! って揉めたの」
ノワレは目を塞いであたまを左右に振った。
「それは……もう……お恥ずかしいとしか言えませんわ。ノーブル・ハイ・エルフならなんでも許されると思っていました……」
アシェリィは腹を抱えて笑った。
「でもってナッガン先生に変な特訓させられてさー。ほんと、あの真っ赤なジャージはなんだったんだろうね? ナッガン先生のシュミ?」
今度はノワレが腹を抱えて笑った。
彼女たちは体験したことがないくらいに充実し、幸せだった。
だが、その幸せは長くは続かなかった。




