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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter7:終わる凪(なぎ)来る禍(まが)
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昔も、今も、これからも

あと1ヶ月で初等科エレメンタリィの課程は終了し、クラスが解散となる。


最後のチャンスということで心残りにならないように自分の気持ちを好きな人に伝える。


それが”恋の季節”だ。


思春期ど真ん中のフォリオとて例外ではなく、ちゃっかり意中の女性に声をかけていた。


それは彼のチームのリーダーであるアシェリィだったのだ。


ミナレートには無数に防波堤ぼうはていが張り巡らされている。


フォリオは彼女を2-Cブロックに呼び出した。


恋人の集まるデートスポットである恋人岬ラヴァーズ・ケイプは今頃、告白の舞台として人だらけだろう。


しかし、フォリオ的にはそういうのはナンセンスでもっとこう人の少ないところで静かに告白したいと思っていた。


その時が迫ってくれば来るほど胸が爆発しそうになる。


思わず叫んで頭を空っぽにしたいくらいだった。


「フォ~リオくん。用事って何かなぁ?」


聞き慣れた女性の声がする。振り向くとそこにはアシェリィがたたずんでいた。


少年は震えるくちびるみ締めて声に出す。


「あ、アシェリィはさ。今、好きな人とかいるの? ほ、ほら。恋の季節じゃない」


彼女は視線を宙にただよわせてから答えた。


「う~ん。特に居ないね。今のところは」


フォリオはそれを聞いて自分にGOサインを出した。


彼はおどおどすることもなく正々堂々と言い放った。


「僕、アシェリィの事が好きなんだ!! お付き合いしてください!!」


気づくと彼は深く頭を下げていた。


「あ……え?」


アシェリィはわずかに後ずさった。


「え、その、あの……わ、私、男の人に告白されたの初めてで……。その……えと、あの……」


しばらくの沈黙が2人を包んだ。だが、フォリオにとっては死ぬほど長い時間だった。


「す、少し時間をくれないかな? 急な話だし、今はビックリしか出てこないよ……。できるだけ早く答えを返すから」


フォリオは顔を上げてアシェリィの顔を見つめた。


顔を赤らめて恥ずかしそうにモジモジしている。これは脈がなくはない雰囲気だ。


「じゃ、じゃあ、私はこれで……」


そそくさと去るアシェリィの後ろ姿を見送る青年は達成感と不安感が入り混じっていた。


「……あーあ。とうとうこくっちゃったよ。結果がどうであれ僕は……僕は……。あとは返事を待つしか無いよね……」


一方のアシェリィは寮の自室にかけこんでベッドに飛び込んだ。


そして枕に頭をうずめて転げ回った。


(え~!? 私が告白されるとかそんなのアリ!? いや、嬉しい、いてくれる事自体は純粋に嬉しいんだけど!! 嬉しいんだけど、異性として意識されちゃうとこれまた違うんだよ!!)


告白された少女はシメられるとりのようにもがき、暴れたがしばらくして静かになった。


そして枕を投げ出して天井を見つめた。


「ハァ……。気持ちは嬉しいんだよ? でもね……私はフォリオくんのこと、ずっと弟としてしか見てこなかったんだ。それは告白された今でも全く変わらない。あくまで君は可愛い弟分なんだよ。昔も今もこれからも……何がどうひっくりかえっても恋愛対象にはできないかな」


アシェリィは自分がひどく残酷ざんこくな答えを出したことを自覚していた。


それでも妥協して告白を受け入れる訳にはいかない。


なぜなら彼は明らかに自分の恋人対象ではないのだから。


向こうがストレートにアタックしてきてくれたのだ。気の毒ではあるが真正面から振るのが筋というものではないか。


誰かに相談しようと思わなかったのもフォリオがド直球で来たからこそだ。


アシェリィなりに出した答えは恋の処刑宣告だった。


一度決まってしまえば思い切りの良い彼女のことである。


“姉と弟”の関係の線引きははっきりつけようと決心したのだった。


数日後、待ち合わせの日にアシェリィは2-Cブロックの防波堤ぼうはていに腰をかけて足を投げ出していた。


後ろから近づいて来たのはフォリオだ。


「や、やあアシェリィ。返事を聞きに来たよ」


この場面で緊張するなというのが無理なのだが、フォリオの顔はぎこちなくこわばっていた。


アシェリィは振り向いて彼の方を振り返った。腰丈の美しい緑の髪が潮風に揺れる。


できるだけキツくらならないように表情を緩めて彼女はしゃべり始めた。


「フォリオくん。あのね。ハッキリ言っておくけど、私はキミの事、ずっと弟分として見てきたんだ。それ以上でもそれ以下でもないの。だからキミの期待するような恋愛関係にはなれないんだ。告白してもらってうれしかったけど、やっぱりその気持ちに答えてあげることが出来ないよ。本当にごめんね」


バッサリ斬られたフォリオだが、彼も彼で踏ん張った。


「僕がまだ子供っぽいからかい!? もっとエースとして活躍して立派になればアシェリィは振り向いてくれるの!?」


アシェリィは瞳を閉じて首を左右に振った。


「ううん。フォリオくん自身がどうとかいう問題じゃないんだ。そもそも私はキミを恋愛対象として見られないだけのことなんだ。それに、フォリオくんの周りにはたくさんの女の子がいるでしょ。私より素敵な人がきっといるよ。私とは良いお友達ってことで。ね?」


フォリオは激しくショックを受けたらしく、頭を抱えた。


「あ、あ……あ、アシェリィじゃないと……ボクは……ああああ、アシェリィじゃないと……」


そう言いかけてフォリオは顔を上げた。


「わかったよ。アシェリィは良いお友達……なんだよね。じゃあ、僕もう帰るよ。また明日学校でね……」


振り向いて背を向けたフォリオは玉砕ぎょくさいして男泣きしていた。


防波堤ぼうはていのそばから気配を感じる。


ヌーっと海藻を頭からかぶった人魚が現れた。


「うっわ。物腰柔ものごしやわらかな割に言ってることきっつ~」


少女は小石を投げつけた。


「ウィナシュ先輩!! 盗み聞きとはデリカシーが無いですよ!! それに、下手に希望を持たせたってしょうがないじゃないですか。確かにフォリオくんはかっこいいけど、やっぱり弟にしかみえませんし」


マーメイドはジトーっとした目でたずねてきた。


「聞き耳とは心外な。静かなところで休んでたらこれだよ。で、アシェ、結局、お前のタイプってどんなだよ。誰に告白されたらOK出す、もしくは誰に告るんだよ?」


そう話題を振られるとアシェリィは防波堤ぼうはていのフチに座ってうなっていた。


翌日以降、クラスでのフォリオに目立った異変は見られなかった。


しかし、数日後に行われたライネン・ドッヂはまっさきにアウトをもらい、明らかに精彩せいさいを欠いた。


そんなある日、一悶着ひともんちゃくがあった。


入場口で、ある少女が乱入してフォリオの胸ぐらをつかんだのである。


しつこくフォリオを追い回しているメイド少女のシャーナーだ。


「おい、お前なぁ!! 恋の季節だかなんだか知らねぇけどな、そんなんで浮かれてるから実力が出ないんだよ!! そんなお前を外部のアタシがどんな気持ちで私が追っかけてると思ってるんだ!! おまけにこんなにファンまで居て!! どこまで鈍いんだ!! 好きじゃなきゃこんなに試合見にこねぇよ!! 一緒にホウキ乗った時の感覚、まだ覚えてんだぞ!! サイコーだったのに!! うっ、うっ、こんのバーカ!!」


彼女は力が抜けたようにその場でへたりこんでしまった。


それを見下ろしたフォリオは自分と彼女をダブらせて親近感がわいていた。


「シャーナー……。僕が悪かった。試合が終わったらゆっくり話そうか」


そう言いかけたとき、彼女はおっかけの抜け駆けとみなされてファンの群れに飲まれていった。


袋たたきにあっているようだが、今回ばかりは仕方がなかった。


「よぉし。試合、頑張るかな!!」


その会話を聞いていた女子先輩のジーネがつやっぽい声でフォリオにささやきかけた。


「ねぇ。フォリオくん? さっきの娘と私ならどっちにする?」


唐突な質問に少年の心は揺れた。


「え? それってどういう……」


大人の女性の余裕でジーネは続けた。


「言葉のままよ。あたしもフォリオくんのファンの1人で。しかも相当熱心よ。お付き合いできたらいいな~とか真剣に考えちゃうわ」


ジーネは男女ともに部内の人気者だ。そんな彼女が言い寄ってきているのである。


この誘いはなにかの冗談だろうとフォリオは思っていたが、どうやら本気らしかった。


「あんなとこで公開告白されちゃったら早いうちに手を打たないと恋の季節に乗り遅れよ」


幼い頃からずっとしたっていてくれたシャーナー。


包容力もあって趣味も気も合うジーネ先輩。


まさかアシェリィに告白した時点では考えられない事態におちいっている。


多くの女の子がいるというのままさにこういうことだったのだ。


というか、今になって冷静に考えればファンの一部だって彼氏彼女候補だと言っても過言ではない。


そんな簡単なことに気づかなかったのかとフォリオ少年は愕然がくぜんとした。


だが、フォリオは迷いを断ち切ってその試合の勝利に大いに貢献した。


フォリオとジーネだけが残ったロッカールームでジーネは問いかけた。


「で、決まった? あたしか、あの娘か」


フォリオは気まずそうな顔をしつつ答えた。


「僕は……昔っから不器用でへたれだった僕を好きで居てくれたシャーナーを選びます。彼女が待ってるので行きます。大丈夫。ジーネ先輩ならいくらでもいいお相手が見つかりますよ」


そう言って彼はロッカールームを出ていった。


ジーネはというと、しくしく泣いていた。


「のがした魚は……でかいわね……」


試合終了後のスタンドに行くとズタボロになったシャーナーが座っていた。


「うわっ。こりゃひどいなぁ。大丈夫かい? 今、治療薬を……」


隣りに座ったフォリオがポーチに手をやるとシャーナーが深く寄りってきた。


女性の体にろくすぽ触れたことの無かったフォリオは心臓が爆発しそうになった。


「シャ、シャーナー……そそっ、そんなくっつかれたら僕、恥ずかしいよ……」


だが全く反応がない。気づくと彼女はファンの激しい制裁せいさいで失神していただけだった。


「な~んだ。抱きついてきたわけじゃないんだ。にしてもこんなにこの娘、小さかったんだな。いや、僕が大きくなったのか……」


2人はしばらくそのまま一緒に過ごした。


少女が意識を戻したのでフォリオは一通りの手当をほどこした。


「なぁ……。そのうちでいいからまたホウキに乗せてくれないかな?」


すっかり調子を取り戻したフォリオは笑みをうかべた。


「ああ。もちろんさ!! でもおまたは開いて乗らないこと!! 横乗りだよ横乗り!!」


少女は恥ずかしげに自分の股間こかんを押さえた。


2人はプライベートで再会の約束をして、なごやかなムードで途中まで一緒の帰路についた。


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