3 yeas after
フォリオは王都に住む両親に向けて手紙を書いていた。
―――父さん、母さんへ。
おかげさまで僕は元気にやっています。大変な思いもしたけれど、4年間はあっという間だったよ。
もうじき来る休暇が終わったら今度は無事に中等科に進級できるんだ。
深緑色の制服さ。今の群青色のやつはもう体格が合わなくて着れないよ。
でも制服を着てないと学院生って気がしなくてイマイチかな。
父さんと母さんは心配してるだろうけどフライトクラブのほうも順調さ。
みんなは僕のことをエースエースって持ち上げるんだけど、そんなことはないと思うんだけどなぁ……。
きっとみんな面白半分で持ち上げてるんだろうね。
でも、頼りにされているフシはあるから答えたいとは思うよ。
今日もこれからエアリアル・ドッヂの大会に行ってきます。
2人は共働きで忙しいのは知ってるけど、たまには見に来てくれるとうれしいです。
フォリオ・フォリオより―――
1年目の学院生活が終わってからおよそ3年が経った。
チビスケだったフォリオの身長も174cmまで伸びたし、声変わりもした。
おどおどナヨナヨした性格から芯の通った立派な青年へと成長していた。
それに、特徴的だった吃りも克服していた。
これは周りの善意あふれる人々に触れて彼がいじめられていた時のトラウマを乗り越えられた証拠だった。
部屋のすみに立てかけてあった魔女のホウキ「コルトルネー」を手に取る。
「なんかお前、最近小さくなったよなぁ。あ、いや、僕が大きくなっただけか。あ、急がないと試合に間に合わなくなっちゃう」
彼は足早に寮を出てそのままホウキにまたがって急加速し、トップスピードで会場へとたどり着いた。
ホウキから降りるとアリーナの入り口はファンでごった返していた。
「きゃ~!! フォリオ様よぉ~♥」
「フォ~リ~オ~く~~~~ん!!!!」
「キャー!! こっち向いて~~~!!!!」
普通の男子なら下心全開で鼻の下を伸ばすところだが、ピュアな心を保ったままの少年は特に何を思うでもなく女子の取り巻きを突破していく。
「よ!! 今日も頑張れよ!!」
誰かに尻を叩かれた。こういうデリカシーのない事をするヤツは決まっている。
「シャーナー、また君かぁ。毎度毎度、暇だね。わざわざ気に食わない奴の試合を見に来ることなんて相当の物好きだよ」
彼女はフォリオの事を気に食わないと言っているが、熱心に応援しに来ることを見るにだいぶお熱なのである。
しかし、少年は皮肉にもメイド少女の想いに気づかずに居た。
「せっ……せっかく応援しに来てやったんだから、あ……有難く思えよ!!」
「あー、はいはい」
フォリオはひらひらと手を振ってアリーナへ向かった。
スタジアムは満員の観客で満ちていた。
それもそのはず、今日、開催されているのはエアリアル・ドッヂのクラブチーム1位を決める決勝戦だからだ。
会場はミナレートで行われ、世界中から強豪クラブ達が集まってくる。
リジャントブイルの決勝対戦相手は北方砂漠諸島群のチーム、”サンド・ウェイバーズ”だ。
国際的にも有名な富豪であるジャバラドラバッド=ドレッドラ氏がオーナーをしている世界から名選手を集めたドリームチームだ。
ファイセルもアシェリィも彼にはほんの少しだが面識があった。
ファイセルは海龍のウロコを買い取ってもらった。
アシェリィは遠足で砂漠に行ったときに挨拶されていたのだ。
富豪が道楽で集めたチームとあれば反感を買いそうなものだ。
しかし、このジャバラドラバッド=ドレッドラ氏は慈善事業や寄付を進んで行う人格者である。
もし、今回の大会で優勝したら賞金は然るべきところに寄付すると公言しているし、かつ選手の契約料は自腹で払うという。
リジャントブイルチームも人気では負けては居ない。
学院志望の少年少女はこぞって見に来るし、魔術学院というだけあって珍しいもの見たさでやってくる観客も多い。
もちろんミナレートの住民も総出じゃないかと思えるくらいに応援しに来る。
毎年、安定して優勝候補に上がってくるので賭けをするギャンブラー連中にも人気だ。
エアリアル・ドッヂフリークからすればどちらのチームの選手も要チェックでマークすべき存在である。
その中でも特にリジャントブイルで活きが良いと注目されているのがフォリオ・フォリオだった。
彼が控室に入るとチームメイト達は各々のリラックスできる体勢で待機していた。
ほとんどのチームメイトが緊張していなかったが、スタメンに抜擢された1年生のピティは顔がこわばっていた。
女子先輩のジーネが声をかける。
「ほらピティ。あんま固くなってると大怪我するよ。大舞台なのはわかるけどリラ~ックス、リラックス」
まだ小さい女の子は大きく深呼吸を繰り返した。
これでもかなりのやり手で刺すような攻撃の一投には定評がある。
フォリオもフォローするように声をかけた。
「僕も入ったときはそんな感じだったよ。大丈夫。試合が始まれば体がついてくるさ」
小僧だった彼がずいぶん先輩らしいことを言うなぁとジーネは感心した。
そんな中、いきなり控室の扉が荒っぽく開けられた。
メンバー達は驚いた顔をした。
「部長!?」
かつて部長だった青年は今はリジャスターとして活躍していた。
たまたま都合が悪く、今日は来れないはずだったのだが。
「ハァ、ハァ、間に合ったか!! お前ら、気合い入れてけよ!! 特にフォリオ。おめぇだよ!! 情けねぇ試合なんぞしたら許さねぇからな!!」
現部長が自信なさげに問いかけた。
「あの……俺は?」
かつての部長は今の部長の肩を思いっきり叩いた。
「馬鹿野郎!! おめぇは活躍してあたりめぇだ!! ただ、指揮をとらなきゃいけねぇからな。あんま無茶するな。そういうのはこのヒョロガキを盾にしろい!!」
そう言ってリジャスターの男性先輩はフォリオの首に腕を回した。
「あたた……部長、ヒョロガキってなんですか。ヒョロガキって……」
元部長はギリギリと首元を締め上げる。
「こんの~。身長ばっかりヒョロヒョロ伸びやがって。しっかり食ってんのか? おおん?」
このやりとりは微笑ましく、控室に緊張は一気に和らいだ。
「食べてますって!! 部長こそ、任務は終わったんですか?」
ガタイの良い男性はギリギリと細いフォリオの首筋を締め上げながら笑った。
「ガハハ!! 相変わらず細けぇことばっか気にしてんなお前は!! だから彼女の1人や2人も出来ねぇんだ。いいか、俺がお前くらいの歳の頃にはな……」
先輩女子が肩をすくめた。
「ほ~ら。またいつもの武勇伝が始まった。そんなにモテてなかったくせに。ブチョー、そろそろスタンドに行ったらどうです?」
羽交い締めにしていた青年の首を離すと元部長はおとなしくなった。
「お~い、リスケー。そんな冷たい事、言うなって。悪かったよ俺が悪乗りしすぎた。このとおりだ。だから関係者席に座らせてくれい」
彼はペコリと頭を下げた。ここまでが一連のパターンなのである。
またもや控室は笑いに包まれた。
すっかり緊迫感は無くなって、ピティも勇ましい顔つきになっていた。
「お、おいフォリオ……頼むよ」
ちょっと、いや、かなり頼りない現部長はそう呼びかけた。
「じゃ、みんな。今回も各々(おのおの)が自分のベストを尽くそう!! 結果は後からついてくるもんだよ。悩まずやってやるのみさ!!」
彼が部長なのではと思わせるリーダーシップに上級生たちもすっかり感心していた。
フォリオを頼りにしてくる上級生も多い。
本人にそんな自覚はまったくないのだが、まさにチームのエースと言えば彼の事だった。
だが、手応えを感じているところも無くはない。
学院内でのホウキ乗りの評判がどんどん良くなっているのである。
それまでは”クラシカル”などと皮肉ぶって呼ばれ、散々な言われようだった。
だが最近はフォリオに憧れてかホウキを新調する学院生も多いらしい。
もっともこれは自分の活躍というよりはおばあさんのおばあさんのそのまたおばあさん……から受け継いでいる魔女のホウキ、”コルトルネー”が認められたのだと思っている。
他にフォリオが慕われている理由として謙虚さが挙げられる。
頼られてはいるものの、以前はビクビクガクガクのイジメられっ子だったのだ。
弱い者の置かれる立場や気持ちが痛いほどわかっている。
だから誰が相手でもいたずらに調子に乗ったりしないし、相手の気持を汲んで対応を変えることが出来る。
それに、エースと呼ばれている環境の割には飾り気がないのも好印象の理由だ。
これは自分が主役になることなど万が一にもありえないという彼の価値観からくるものだ。
同じく、女の子に好かれることなどもありえないと思っている罪作りな青年である。
ただ心は子供でも体はすっかり大人びてきている。恋愛話が気にならないと言えば嘘になる。
よく酒の場で男子連中相手で好みのタイプを聞きあったりする事がある。
他のものはこれこれでああいうタイプの女性がいいと抽象的に言うのだが、フォリオは好きな女性が居る。
ただ、それをおおっぴらにするのはさすがに恥ずかしいと言うか、間違いなくからかわれる。
だから、彼もこれこれでああいうタイプの女子が良いと言って毎回、やり過ごしているのだ。
もう少しで”恋の季節”がやってくる。
初等科のクラスは4年で解散だ。
となると中等科で毎日会うというのは難しくなる。
だから心残りがないように長期休暇の前に告白してしまおう。それが”恋の季節”だ。
フォリオは大きなため息をついた。
(チケット渡したんだけど今日の試合、見に来てくれてるかな……)
彼がぼんやりしているとアナウンスが入った。
「ただいまよりエアリアル・ドッヂ、クラブチームFES、決勝戦。サンド・ウェイバーズVSチーム・リジャントブイルFCの開始となります。選手の方々は準備を。観客の方々は席におつきください」
成長した青年は両頬をパシンと叩いた。
「よ~し!! 行くよコルトルネー!!」
彼は体の割には小ぶりなホウキを器用にクルクル回しながら持ち上げた。




