ある魔女の考えるユートピア
ケンレン、バレン、ナッガン、バハンナの4人は落ち着いた。
その上で、秘密結社ROOTS用に用意された部屋へとテレポートした。
そこには若くて活きの良いナレッジ達が集まっていた。
レイシェルハウト、シャルノワーレ、サユキ、パルフィー、カエデ、百虎丸、リク、そしてジュリスの8名だ。
彼らと目があうと思わずナッガンは失笑した。
ジュリスはアテが外れたようで後頭部に手を組んだ。
「あれ? ナッガン先生、このメンバーにもっと驚くかと思ったんですけど……俺なんか結社の監査役ですよ」
名指しされた教授は首を左右に振った。
「いや、明かされた真実があまりにも衝撃的すぎてな。この程度ではもう驚かんよ」
内心、バハンナ教授は安堵していた。
(よし、いつものナッガン先生だな。やっぱこうでなくっちゃ!!)
元地獄教官は各々の顔を確認していく。
「イクセントに、シャルノワーレ、ジュリス、百虎丸に……ガンか? どうした、ガン。新しい装備の訓練か?」
誤解された盾を装備した青年は人違いであることを主張した。
「ガン……? 俺は陸って言います。俺とソックリな生徒さんが居るのは聞いていますよ。しかし、担任の先生にまで間違われてしまうとは、本当に俺はガンくんと似てるんですね……」
学院生達は揃って首を縦に振った。
そんな中、レイシェルハウトが立ち上がってナッガンに尋ねた。
「先生……イクセントとおっしゃいましたが、私の正体は知っておられたのですか?」
彼女をずっと見てきた教授は堂々と腕組みして不敵に笑った。
「馬鹿者。学院の身辺調査で情報がダダ漏れだ。ただ、ファネリ教授のお気遣いで学内でお前の正体を知っている教授はファネリ先生と俺だけだ。ちなみに裏口入学ではないことも付け加えておく。お前の実力は紛れもないものだ。指導する上でお前の身の上が全く気にならないかったかといえばウソになる。だが、苦労して演じていたイクセントという人物が居たからこそお前は今、ここにいる。よくやったな」
思わぬ人物からの労いの言葉にレイシェルハウトの頬に涙が伝った。
「フッ。この程度で泣くとは年相応といったところだな。家を取り返そうとする武士のする顔ではない。俺もお前もここからが始まりだ。気合を入れていけ」
名家の正統後継者は急いで袖で涙を拭うと凛々(りり)しい顔つきになった。
それを見て満足気に頷いたナッガンだったが、なんとも言えないと言った様子だ。
「しかし……シャルノワーレにイクセント、そしてジュリス。よりにもよってお前らの班から3人もナレッジになるとは。皮肉なことにアシェリィやフォリオはこの真実を全く識らずに過ごしているのか……。現実とは残酷なものだな。しかし……どういう繋がりで集まったんだ?」
ノワレは立ち上がると腰に下がる美しい装飾のなされた小ぶりの剣に手をあてた。
目を細めてナッガンは剣の細部を観察し始めた。彼は武器類全般に明るい。
「ふむ。これは……ウルラディール家に代々伝わるとされる宝剣……ソード・オブ・ヴァッセ……SOVか!! そしてそれを本来の持ち主であるイクセントではないシャルノワーレが持っているということはWEPメトリーだな。よく考えついたものだ。それにこのめぐり合わせ。なるべくしてなったとしか思えん……。して、訓練はどれくらい進んでいるんだ?」
ノワレは抜刀した。すると急に口調が変わった。
「まだまだ序の序の口といったとこか。本人はそれなりにこなせる気でいるようだが、一人前になるまでには10年あっても20年あっても足りぬ。ウルラディール剣技はそういう覚悟を持ってして学ぶものだからな。今はこのエルフの娘に先を越されているありさまだ。先代として情けなく――――」
お説教が始まりそうだったのでとんがり耳の少女は剣を納刀した。
「全く、口うるさいご先祖様を持つと苦労しますわね」
ノワレはやれやれといった様子でソファーに座った。
「そう言えば、アシェリィとフォリオの話をして気になっていたことがある。我々ナレッジはすでに楽土創世のグリモアが実在すると認識している。だが、それはほんの一握りのはずだ。とても世界大戦が起こるレベルとは考えにくいのだが……」
ファネリはキセルからリング状の煙をポワッ、ポワッっと吹きながら答えた。
「あのマジックアイテムの魔力は凄まじい。認識を歪めるくらいは容易にやってのけるんじゃ。アルクランツ様の話じゃと楽土創世のグリモアが顕現すると、それまで人々のお伽噺であるという認識が一瞬で現実のマジックアイテムに変わるとのことじゃ。つまり、全人類、いや、すべての存在が一瞬で”魔書”を信じ、求めるようになり、そして欲するんじゃ。血を流すことなどためらわずにな」
老教授は器用に大きなリングの煙の穴に小さな煙をくぐらせた。
「さすがにその魔力には賢人会の隠したいという願いは通用せん。事実を隠匿したつもりでいてもアレ……そして争奪戦を止めることは出来んのじゃ。時間稼ぎに過ぎん。ちなみに、魔力に当てられてグリモアを求めるようになった者は”ナレッジ”とは言えん。そもそも賢人会の存在とか知らんしの。悲しいことにそういう連中は管理職についているナレッジ共にいいように使われてボロ雑巾のようになって死んでいく。そういう傲慢、極まりない連中は学院やROOTSには居ない……と信じたいものじゃ」
それを聞いていたジュリスは監査役として意見を述べた。
「少なくとも俺はROOTSのじいさん連中は信用していいと思うぜ。俺みたいな若造の話を聞いてくれるし、人材をおざなりにしている感じもない。むしろ親切すぎてなにか企んでんじゃねーかって感じだぜ。でもきっとそういうじいさん達も苦労して今の立場にいるんだろうからな。他の勢力から来た人もちらほらいるし、居心地もいいんじゃねぇの? 話を聞くからに教会とかはまぁお察しだわな……」
ファネリはにっこり笑ってひげをなぞった。
「ほっほ。若いのにこう言ってもらえると嬉しいのお。そういう組織にしたくて立ち上げたわけじゃから。今の所、方向性は間違っていないということじゃな。もし、ROOTSが道をそれることがあればジュリス、お主が後ろから討つんじゃぞ。頼むぞい……」
赤髪の青年はぎょっとした顔をしてはねのけるようなジェスチャーをした。
「ひえ~、勘弁してくれ!! 重役の先生がバカな事いっちゃいけねーよ!! その役割は俺にゃあ荷が重すぎるぜ!!」
このやりとりで秘密結社の部屋の人々は笑い、殺伐とした心が和んだ。
ナッガンが今度は百虎丸を見つめた。
「イクセント、シャルノワーレ、ジュリス……ここらへんは把握した。しかし、お前はどのツテでここにたどり着いたんだ?」
ウサミミの亜人は困ったような顔をした。
「ふ~む。そこらへん紆余曲折ありましてな……」
彼はかいつまんで自分がROOTSにたどり着いた経緯を話した。
「そうか。お前は誠心流だったな。その棟梁が体調を崩して紹介された先が西華西刀という流派だったというわけだな。そして、その武家の次期当主であるカエデの妹がサユキであり、彼女がウルラディールとトレードされた武士だったと……。そして西華西刀はかつてのウルラディール家への恩義のために武士を派遣した……」
美しい黒髪でサユキに比べやや大人びた表情のカエデは頷いた。
「ええ。そのとおりです。その武士のうちの1人が百虎丸さんなのです。手を出せば外部との闘いになる。ですから事情が事情だけに多くの人員は割けませんでしたが。私、リク、百虎丸さんの3人が密かに加勢している形になっています」
だが、それを聞いてナッガンの顔は晴れなかった。
「百虎丸、お前には本当に覚悟があるのか? 見た限り、一番お前の戦う動機づけが薄い。たまたま紹介された武家に忠義を尽くし、命を捧げる必要は果たしてあるのか? 武士とはそういうものだというのは都合のいい言い訳に過ぎない。それはわずかな迷いが大きな綻びとなってくる。他の連中はともかく、お前はよく考え直したほうが良い」
ネコ顔の亜人は苦笑いを浮かべた。
「はは……。ナッガン先生はきびしいでござるな。しかし、拙者、決して盲目的に武家に命を捧げようとは思ってござらん。誠心流の当お師匠様……菜翁様には世話になりっぱなしでござる。菜翁様は『守るべきもののために剣を振るえ』と常々(つねづね)おっしゃってござった。それは確かに守りたい人は当然として、武家も守りたい。ただ、拙者としてはアルクランツ校長やROOTSがやろうとしている世直しを成したいでござる」
その場の面々は“世直し”という表現が適切かどうか正直、怪しく思ったがそう言えなくもないような気もしてきた。
アルクランツは学院とミナレートを拡張し、ともすれば私利私欲の限りを尽くしているようにも見える。
だが、なんだかんだで世界の秩序や均衡、そしてパワーバランスを誰よりも案じているという事は間違いなかった。
「ライネンテは先進国でござるが、それでも荒廃した街や荒れ果てた場所があるでござる。拙者はそういった人や場所を守り、発展させていきたい。校長先生は天の邪鬼だから直接、口にはださないとおもうでござるが、きっと学院だけしか見ていないわけではござらんよ。国内……そしてゆくゆくは世界をそれぞれの意志でより豊かにしていきたい。そう思っているはずでござる」
説得力はあったが、美化されすぎだとジュリスは思った。
「おいトラ。あのエグい魔女がそんなピュアな願望で動いているわけが……うう!! 寒ッ!!」
「せせせ、拙者も寒気がするでござる!!」
どこからともなくやってきたプレッシャーに2人は当てられた。
恵まれた体格のケンレンはあごひげをなぞった。
「確かに百虎丸君は校長を美化しているが、あながち間違っても居ない。だからこそ人を惹き付けるカリスマがあるわけだし、教授陣からの信頼も厚い。何を持って秩序を守るとするかを一つのものさしで決めるのは傲慢だ。世界平和などそれこそ空想でしかない。だが、それを目指す……すべてが賢者になる魔法。ウィザーズ・ヘイブン・フォーエヴァー……それが校長の掲げる理想郷だ」
迫真の語りにその場の全員がゴクリとつばを飲んだ。
だがバレン教授はあえておどけた。
「そんなバカげた話をマジにやってるのがアルクランツ校長ってことなんだよ。ま、そこがイイとこなんだがな。いくらROOTSが一枚岩とはいえ、俺とお前らの目指すこと、やりたいことは違うんだ。だからお前らもそんな強張らずに気楽にやれや。重役の方々のほうがフランクなくらいだぜ」
話が込み入ってくるとつい毎度、肩に力が入ってしまう。
バレンのような柔軟な教授は生徒によく好かれる。
それはここでも変わらないのであった。
ファネリは特に反論するでもなくニコニコしていた。
それがきっと百虎丸の予想に対しての答えなのだろう。
アルクランツの意外な素顔が見え隠れする顔合わせとなった。




