炸裂!! 愛の鉄拳制裁!!
自分たちが真実を識る者となってしまったナッガンとバハンナ。
しかもナッガンに関しては本人の意志はともかくとして、魔術局のスパイであるという衝撃的な記憶までもを呼び起こされてしまった。
よほどの大事が起こっても平然としている彼だったが、これはさすがにこたえたのか顔色がすぐれない。
再び呼び出されたバハンナと共に人気の少ない教授棟の廊下を歩く。
「ナッガン先生……。その、なんと言いますか、今回の一件はあなたの認識の外で行われた諜報工作です。ですから、責任などを感じておられるようならそれは筋違いかと思われます」
バハンナが知る限り、こんなにノイローゼになったナッガンを見たことはなかった。
「君は……君はファネリ教授の……いや……アルクランツ……校長の話が本当に真実だと信じられるのか? もし真実だったとして、今までの私達はなんだったんだ? フラリアーノ教授が前置きをした意味がようやくわかった」
彼がどんな言葉を期待していたのかはともかく、芯の強い女教授は勝ち気に叱咤激励した。
「ナッガン教授、らしくないですよ!! いつもの威風堂々(いふうどうどう)とした態度はどうしたんですか。そんなんじゃ生徒たちに見放されますよ。それは確かに私も半信半疑なところはあります。ですが、アルクランツ校長はおっしゃっていたじゃないですか。明日からナレッジの自覚を持てと」
待ち合わせ場所に着くとそこにはケンレンとバレンが待っていた。
4人揃ってテレポーテーション用の密室フロアに入る。
バレンがチョップを繰り出すように挨拶のハンドサインを送った。
「よう、ナッガン先生。見るからに心、ここにあらずって感じだな。まぁ最初はたいてい皆、そんなもんだ。今は考えてもしかたねぇ。だが……やっぱり若いってのぁ柔軟性が高いんだな。アイツらは数日が経っただけでケロっとしてたぜ」
ナッガンは力ない様子で聞き返した。
「あいつら……? 飲み会で他に居た教授連中のことか?」
ケンレンが首を左右に振った。
「いや、先日のメンツは若くても30代。次世代を担うにしてはちょっとばかり歳がいってる。ならば学生からも選抜しようと学院のナレッジ会議で決定してな。学院生じゃないのも混じってるが、何人かの若人達がナレッジになったのだよ。今日は君たち2人を彼らに紹介しようと思ってね。若いながらに実力は確か。少数ではあるが、一流のアタックチームが編成できるほどです。ナッガン先生には地獄教官のあだ名もついていることですし、指導役には最適かと」
ご指名を受けた地獄教官は肩を落とした。
「もうM.D.T.F(魔術局タスクフォース)時代の話はやめてくれないか。部下を洗脳してスパイに使うような集団だぞ? もうさんざんだ……ぐぅ!?」
傷心のナッガンの頬を思いっきりバレンが殴りつけた。
「ナッガン先生!? バレン先生!! 何を!?」
思わずバハンナは悲鳴を上げた。
騒ぎになっても隔離されたこのフロアでは誰にも見聞きされない。
バレンはシャドーボクシングしながら不機嫌そうな顔をした。
「俺ぁな、ウジウジしたやつが大ッ嫌いなんだ!! ニルム先生ほど分別がないわけじゃねぇが、今のナッガン。あんたみてぇなの見てると虫唾が走るぜ。いい年してガキみてぇにイジケやがって……よぉッ!!」
立ち上がりかけたナッガンの肩をまたもマッスルなアフロ教授が殴りつけた。
殴られた方はよろけてバハンナによりかかるようにぶつかってきた。
「バレン先生!! いくらなんでもやり過ぎです!!」
バハンナは戸惑いながらナッガンに肩を貸した。
「バハンナ……大丈夫だ。どけ……ッ!!」
彼はバハンナを払いのけると、お返しとばかりに激しくバレンの顔面を殴りつけた。
だが、あまり効いていないようだ。
「へへ……。蚊にでも刺されたかなぁ? おらぁ!!」
そのあと、2人はお互いがボロボロになるまで殴り合い続けた。
こうなってしまってはもうケンレンにもバハンナにも手を出すことはできなかった。
いや、止めるのは無粋であるとさえ思えた。
「へ、へへ……もやし相手に手加減してやるってのはむずかしいねェ……」
「ハァ……ハァ……その言葉、そっくりお返しする」
ケンレンは冷静に状況を分析していた。
(ふむ……。これは明らかにバレン先生が手加減しているな。命中すれば一発でナッガン先生をKOできるはずだ。ナッガン先生もぬいぐるみを使ったり、武器を装備したりすれば互角に戦えるだろう。だが格闘術に秀でたバレン先生相手では致し方あるまい。少なくとも素手での勝負はバレン先生の圧勝だな。互いが万全の状態での戦いも見てみたいものだ)
悠長に観察していたケンレンだが、そろそろ2人とも限界に近いのがわかった。
「来いよ!! この軟弱者ォッ!!」
バレンが煽ると普段クールなナッガンが叫び声を上げながら殴りかかった。
「バレーンッ!! 侮るのも大概にしろ!!」
(これぞ”愛の鉄拳制裁”)
2人は互いにクロスカウンターパンチが顔面に決まって同時に倒れ込んだ。
どちらも力なく大の字にのびている。
すると誰かがフロアにてレポートしてきた。
ファネリが吸っていたのと同じ抹茶色のタバコを吹かして来たのはニルムだった。
すぐに反応したのはバハンナ教授だった。
「ケッホ、ケホケホ……。ニルム教授、頼むからそばでタバコを吸わないでくれとあれほど……。調理人は嗅覚と味覚が命なんだ」
それを聞くと暴君はタバコを床に落としてつま先で火を消した。
「チッ。うるせぇ女だ。にしてもなんだこりゃぁ? ケガ人が出たっつ~んでファネリのじいさんの話を聞いてきてみりゃあガキのケンカかよ。俺ぁこんなくだらねぇ争いの尻拭い役か?」
そう言うと保険医はツカツカと歩いてバレンのそばに立った。
「おるぁっ!!」
ニルムはつま先で彼の脇腹を蹴り上げた。
「ふぐうっ!!」
Drはにんまりと笑った。
「どうだ? 痛ぇだろ? こちとら人体のどこが痛むポイントか熟知してんだよっ!!」
彼はもう一度、的確に同じ箇所を蹴り上げた。
「ぐぬぅ!!」
苦しむバレンに背を向けて今度はナッガンの脇にニルムは立った。
「喧嘩両成敗だ!! こんの、阿呆が!!」
今度はナッガンの二の腕に踵落としを決めた。
「ぐああっ!!」
「おら、もいっちょ!!」
踵落としの二連撃がクリーンヒットした。
「あー!! なんですかこれは!! もう滅茶苦茶だ!!」
ヤケクソ気味にバハンナは叫んだ。
ケンレンがそれをなだめる。
「まぁこういうこともある。君としてはバレン先生がケンカをふっかけたように見えるかも知れない。だが、私が思うにバレン先生にも一理ある。そんな覇気のない状態ではナレッジは務まらないし、なにより何かの拍子でポックリ犬死しかねない。ただの鉄拳制裁ではなく”愛のある”ところがミソなのだ」
紅一点の女子教授は頭を抱えた。
(なんだ……? 男同士が殴り合って絆を深めるってこういうことなのか? しかし、本当に今時分、そんなベタなシチュエーションがあるのか!? 少年同士ならともかく、いい歳した大人がだぞ!? あーもー、わからん!!)
「……い!! おい!!」
バハンナは声をかけられていることに気づいて我に返った。
「おい。嬢ちゃんはナッガンをこっちに引きずってこい。ケンレンのダンナはバレンをこっちへ。一気にヒーリングさせるぞ。まだムカムカが治まりゃしねぇ!! とっととしねぇとまた蹴っ飛ばすぞ!!」
バハンナとケンレンは慌てて2人をニルムのそばへ引きずっていった。
ナッガンはかなり体格がよく、女性には厳しいかと思われたがそこはさすが実力を認められるだけのことはあった。
女教授は片手で彼の首根っこを掴んで運んでいったのだ。
「ほぉ。細ぇ体なのに見かけにゃよらねぇもんだ。そら、じゃあ、やるぞ」
ニルムはバレンとナッガンの頭を鷲掴みにした。
「治癒陣を張ってやってもいいが、めんどくせぇし疲れる。だからそんな凝ったことはやらん。こいつらは肉体派でもともとの身体能力が高い。だからちょっとばかし刺激を与えてやるだけで治癒力が上がる。そもそも今だってせいぜい打撲とか打ち身がいいとこで骨は折れてねぇしな。2分半でやる」
そう宣言するとニルムの両腕から2人の頭に向かってライトグリーンのオーラが流れ込み始めた。
オーラは頭、胴、足と伝わって彼らの全身を覆った。
治療を始めてから10秒もしないうちに彼らの意識が戻ってきた。
「お……。この感じは……ニルム先生だな?」
「か、体の痛みが取れていく……。心も落ち着いて、すごく安らかな気分だ」
あっという間に時間が過ぎた。
「ま、こんなとこだ。お前ら起き上がってみろ。体に違和感は?」
バレンとナッガンは体のあちこちに触ったり、ひねったりして回復したかどうか確認した。
その結果、2人は万全のコンディションに戻っていた。
「う~ん。やっぱニルム先生の治癒術はすげーや。職人技だぜ」
「確かに。神業と言われるのもわかるというもの……」
ニルムはタバコを取り出そうとしたが、バハンナを見てすぐにひっこめた。
「馬鹿野郎ども。褒めても何も出ねーぞ。ガキじゃねぇんだからケンカはほどほどにしろよ」
そう言い残すとヘビースモーカーはひらひらと手を振りつつ、テレポーターで部屋を去った。
するとバレン教授が服で手を拭ってから大きなその手を差し出した。
「ナッガン教授、悪かったな。俺はなにも侮辱したかったわけじゃねぇ。ただ、今のあんたはらしくねぇと思ったのよ。だからきっと拳をぶつけりゃ目が覚める。俺はそう確信したんだ」
それを聞いたナッガン教授は苦笑いしていた。
「目を覚まさせるにはいささか乱暴な手段だと思うがな。だが、おかげでスッキリしたのは事実だ。後腐れは無しにしよう。同じナレッジとして」
こうして2人は熱い握手をかわすのだった。
それを見るケンレンは満面の笑みを浮かべていたが、バハンナは首を傾げた。
(あっれぇ……。ホントに仲直りしちゃたよ……。男の人ってわからないなァ……)
こうして一行は秘密結社ROOTSの部屋へと向かった。




