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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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一抹の謎を残したままで

同じテーブルについた面々は食事も行き渡り、少しずつだが酒も入り始めてきた。


いい感じに場が温まり始める。


ボルカがグラスを傾けながら話題を振った。


「この間、久しぶりにコロシアムに行ったんですけど、まだファネリ先生とバレン先生ってタッグ組んでちゃぶ台返しやってるんですね~。ほんと好きなんだから~。手加減してやってくださいよぉ」


闘技場とうぎじょうでは連勝が続くとその記録をストップさせるために教授がエントリーされることがある。


これを”ちゃぶ台返し”というのだ。


中でもファネリとバレンの二人組は凶悪で、積極的、計画的に連勝者をつぶしにかかっている。


魔術が得意な生徒にはバレンの格闘術で、格闘術が得意な生徒には魔術のファネリが当たっている。


ここは鬼門中の鬼門でそれこそレジェンドクラスでないと勝てたという話を聞かない。


ファネリは長くて白いあごひげをなでながら目を細めた。


「ほっほ。教育とは砂糖だけでは足りぬ。ペッパーもくわえねばの。なぁバハンナ先生や?」


話を振られると思っていなかった彼女は少しだけキョトンとしたが、すぐにそれに答えた。


「ペッパー……か。どちらかといえば私は胡椒こしょうよりトウガラシの方が好きですよ。まぁ料理人は舌が資本なので激辛は滅多めったに食べませんが……」


バハンナは同志に向けてニヤリと笑みを浮かべた。


彼女もかなり腕が立つほうで、包丁さばきで挑戦者を圧倒する。


闘技場コロシアムでも結構、容赦ようしゃない部類に入る。


巨大なアフロに黒髪で色黒なマッチョマン、バレンはオーバーに肩をすくめた。


「あのなぁ、こちとら好きで小僧こぞうどもをイジメてるわけじゃねぇの。鉄拳制裁だよ。”愛の鉄拳制裁”だ。思い上がった学生共に鉄槌てっついを下す。誰かがやんなきゃいけねぇ汚れ仕事なのよ。な? ファネリ先生?」


炎焔えんえんはうんうんと首を縦に振った。


「ほっほっほ。そーいうことじゃよ。わしだって好きでやってるわけじゃないんじゃよ?」


それを聞いていた保健医のニルムがテーブルに拳を叩きつけた。


「てめぇらなぁ!! もうちっと手加減ってものを知らねぇのか!! おめぇら重傷者製造マシーンかよ!? 血も涙もねぇたぁこの事だ!! な~にが愛の鉄拳制裁だ!! おれが鉄拳くれてやるよオォン!?」


ファネリがその場を収めようとした時、意外な人物が声を荒げた。


「いい加減にしてくれ!! 痛くて辛い思いをしてるのは生徒だけじゃないんだぞ!! 毎回、ちゃぶ台返しでボコボコに負ける私の身にもなってくれ!! 陰でボーナスステージとか呼ばれてるんだぞ!? ニルム教授は闘技場コロシアムに駆り出されることはない!! それは贅沢ぜいたくな悩みであると私は断言する!! もう勘弁してくれ!!」


そう泣きついてきたのは索敵さくてきやダウンジング、位置把握いちはあくなどのサポートが専攻のスヴェイン教授だった。


「それに、ウチの生徒は補助系が多い。他の先生のように戦闘に秀でたエースはいないのだよ!! 私がどれだけ苦労して毎回毎回、よそから生徒をスカウトしてきているかわかるかい!? しかも勝率は決して高くはない。この屈辱くつじょくが君たちにはわからないだろう!! ああ、そうだろう!!」


彼はエキサイトするあまり、思わず立ち上がって頭をヒステリックにワシャワシャときむしった。


彼は中性的でかなり女性に人気があるのだが、それは見てくれだけの話だ。


このプライドの高さや神経質さ、陰気、若干じゃっかんナルシストな感じは周知の事実である。


いわゆる残念系イケメンというやつだ。


それでも美男は正義とばかりに彼をしたう女子はそれなりにいるらしい。


スヴェインのどこか駄々(だだ)っ子のようなうったえで一気にその場はクールダウンして盛り下がった。


「あー、その、なんだ。まぁ、保健室来たら面倒みてやっからよ……」


ニルムはそうつぶやきながら落ち着きを取り戻してゆっくりと座った。


しばらくの間、無言が続く。


「やめてくれぇ!! そうやって私をあわれみの目で見るのは……やめて……くれ……」


スヴェインはうなだれてから静かに席に座り込んだ。


空気が暗くなりそうだったのでボルカが盛り上がりそうな話題をバハンナに振った。


「バハンナ先生、なにか浮いた話とかは無いんですか? なにげにみんな気になってると思うんですが。この場には独身男性も多いですし~」


鉄板の恋バナである。意外にもバハンナ教授はおどおどしはじめた。


(ふふん。バハンナ先生がこの手の話題にデリケートなの、知ってるんだぞ)


「わわっ、わたしはその……まだいいご縁に恵まれないと言うか、仕事が楽しいと言うか……」


ボルカは反応が面白くなってきたのでもうちょっと具体的ぐたいてきり下げてみた。


「ほらほら~。フラリアーノ先生とかどうです~? 女子のあこがれの的じゃないですかぁ」


こういう場で彼が持ち上げられるのはいつものことなので、他の男性陣は特に嫉妬しっとするでもなかった。


「そ、そりゃあフラリアーノ先生となら……って、何を言わせるんですか!! そういうボルカ先生はどうなんです!?」


彼女は男勝りだが、意外と乙女チックなところがあってこういう恋愛ネタには弱い。


自分が話題に上がってもフラリアーノは我、われかんせずとばかりにだまってニコニコしていた。


それをボルカは大人の女性の余裕でやり過ごした。


「私も仕事が楽しいからいいんですよ。うふふ。ねー、キュンテー先生~?」


彼女はひとり身で自分と割と似た境遇きょうぐうのキュンテー教授に声をかけた。


もっとも若く見えるボルカに対してキュンテーは年相応の落ち着いた雰囲気ふんいきの女性だったが。


「わ、私は、出来れば完全に婚期こんきを逃す前に結婚したいなぁと。バハンナ先生と同じくまだご相手もいませんが……」


普段、あまりそういうことを意識させない彼女のそんな発言に飲みの一角は盛り上がった。


「がぼ~ん!! 仕事一筋なのわたしだけですかぁ? この間、独身バンザイって言ってたじゃないですかぁ!!」


それに反して周囲からは笑いがもれた。


ボルカ教授は頭を抱えて左右に振った。


キュンテー教授はテーブルの下のカバンにつけてあるピ・ニャ・ズーのキーホルダーをでた。


そしてフラリアーノの方を見つめた。


これは彼から旅のお土産みやげにもらったものだ。


「ハァ……」


思わず彼女はため息をらした。


一方のフラリアーノはケンレンにバレンという濃い野郎メンツに揉まれていた。


「ハッハッハ!! まったく、フラリアーノ先生はモテますなぁ!! いっつも女生徒がついてまわっているではないですか!! おまけにバハンナ先生までみゃくアリと来た!!」


整ったヒゲのケンレンが彼の肩をドン、ドンとつっつく。


「別に生徒にモテたいとは思わないが、女子にモテるってのはうらやましい限りだぜ。俺にもモテを分けてくれよ!!」


反対側からアフロのバレンが彼の肩をゴン、ゴンとつっつく。


「いやぁ~。若いっていいですねェ。ね、ニルム先生」


線の細いシュルムは気難きむずかしそうなニルムに声をかけた。


「なんで俺に振るんだよ。まったく青臭あおくさくてかなわんわ。それに一応、俺はヨメさんいるからな。おめぇさんは?」


そう聞かれたシュルムは困った顔になった。


「いや、居るにはいるのですが恐妻きょうさいでして……。尻に敷かれてばかりなのです……」


暴力Drドクターは無言で何度か首を縦に振った。


「あぁ、そうかい。あんた細ぇもんな……。俺もヨメさんにゃ頭が上がんねーよ。他人事たぁ思えねぇ」


思わずシュルムは笑ってしまった。


「あはは。暴君とまで言われるあなたが奥さんに頭が上がらないというのは皮肉の効いたギャップですね。まぁ私が笑えた身ではないんですけどね……。名前まで似てますし」


するとヒゲヅラの保健医はおもむろに酒瓶さかびんを手にとってシュルムのグラスに注いだ。


「ん」


そして彼は自分のグラスを突き出してきた。乾杯かんぱい合図あいずだ。


「恐妻家にさちあれ……」


シュルムがそう言いつつ、グラスがいい音色を立ててふるえた。


とにかく暴力的で人の心がないとまで言われるニルムだが、それはとんでもない誤解だとシュルムは今回の一件で思った。


家庭内では良い夫をやっているのだろうなというのがひしひしと伝わってきたからだ。


うまい具合に暑苦しい連中を回避した場所でナッガンはマイペースに酒を飲んでいた。


かといって冷めているかと思えばそうでもなく、話題で盛り上がったりはしていた。


そんな彼の隣にファネリがやってきた。


「やあやあ。ナッガン先生。クラスの仕上がりが大分良いと聞いておりますぞ」


グレーの髪をオールバック気味にまとめた彼はお辞儀じぎを返した。


「ありがとうございます。しかし、努力しているのは私ではなく、生徒ですゆえ」


学院の重鎮じゅうちん柔和にゅうわに笑った。


「ほっほっほ。これならカーニバラー・バトレーエでも上位が期待できますな。そういえばお話がありましてな。有事のときの対応に関してなのですが……」


これを聞いたナッガンはついにこれが来たなと思った。


「有事の際、前線に出るのは中等科ミドルからなのですじゃ。しかし、先生のクラスは非常に優秀。防衛だけに当たらせるのは勿体もったいがない。なので、先生のクラスをアタックチームに編成したいと思うのですが、どうでしょうか?」


それはつまり、戦争になったら前線に行けという事である。


前線に行けばいくら腕利うでききとは言え、死亡のリスクは上がる。


ましてや全員生存などということは不可能に近い。


ナッガンはしばらく黙り込んだが、やがて答えた。


「わかりました。私のクラスを学院のアタックチームの一員に加えてください。全力をくしますので」


ファネリはコクリとうなづいた。


「その意気や良し。詳しい説明をしたいので後日、わしの教授室に来てくだされ。ちと、話したいこともあるしの。ああ、それと……ナッガン殿、あなたはは力の入れどころを間違っておるんじゃ」


教え子の宿命に対して覚悟を決めてけわしい顔をしていたナッガン。


だが、ファネリの言葉の真意がわからずに居た。


(力の入れどころ……? 何の話をしているんだ?)


こうして一抹いちまつなぞを残したまま、教授たちの酒宴しゅえんは終わった。


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