雪女!? アイシクルール・エレメンタル・フォルム
クリジュナの雪原は深く、何も対策をしないで移動すると埋もれてしまうほどだった。
なので、教授の幻魔は都市ギリギリにつけて着陸した。
「昼だと悪目立ちしますからね。夜まで待つことにしました。ささ、街に入りましょう」
小都市ジュナムの近辺に降り立った3人の生徒達は足早に雪原を抜けて市街地へ入った。
そこには驚きの光景が広がっていた。
「うわ~。建物が全部、雪で出来てるよ~!!」
「”カマクラ”ってやつだな。それにしては凝った作りで本物の家みたいだ。っていうかどの家も城みたいな装飾だな」
「こんな寒いのに雪の中に居るとかアホだし~!! 絶対、凍え死ぬし~!!」
ジュナム市街地は小さな城が集まったような見た目をしていて、それぞれ異なった色の明かりで照らされていた。
とてもロマンティックな夜景である。
思わず女子3人はその美しい景色にうっとりした。
だが、しばらくすると3人の体はガタガタと寒さのあまり震えだしていた。
「さ、さ、寒くない?」
「あ、ああ、ああ。さ、寒い……」
「ぶっしぇ!! さ、寒すぎるし~~~~!!!!!」
こんな雪国に軽装できているのだ。無理はない。
だが不思議なことにあたりを見渡すとそうやって騒いでいるのはアシェリィ達だけなのである。
待ちゆく人々は皆、涼しい顔をしているし、ミニスカートの女性さえ居る。
3人をみかねた引率教授は幻魔を喚び出した。
「レッド・モス・グリーン・グリーン・レッド!! サモン、モジーニ!!」
召喚術士の足元に赤い苔が出現した。
「この苔のそばに居れば寒さはなんとかなるはずです」
すぐさまアシェリィとラヴィーゼとリコットはフラリアーノを中心とする幻魔にひっついた。
「……あのですね。年頃の女性がむやみに異性に密着するのはどうかと思います……」
寒さに怯える3人は担任の声に聞く耳を持たない。
「はぁ……。ここの住民の人たちはオーギュの洗礼を受けているのですよ。洗礼ですよ。セ・ン・レ・イ」
それを聞くと熱心に冒険譚を読み漁っているアシェリィが反応した。
「えっ? オーギュって……。もしかして寒い地域で生まれたばかりの子供に炎のオーブの欠片を埋め込むっていう、あの儀式ですか?」
教授は満足げに首を縦に振った。
「ええ。そうです。よく勉強していますね。アシェリィさんには加点しておきましょう。クリジュナの人たちはほとんどがオーギュ教の教徒であり、誕生して間もなく洗礼をうけます。すると寒さに対する耐性がつきます。さきほどのムカデに乗ったときのようにいつも体がポカポカしているのですよ」
言われてみれば待ちゆく人たちの顔は生き生きとして、紅潮さえしているようにも見える。
「まぁその反面、暑い気候……いえ、常温でさえ苦手になってしまうのですが……。オーブの欠片を除去することも可能ですが、かなり高度で精密な技術と施設が必要になります。ちなみに自分でオーブの埋め込みを選択する権利はありません。クリジュナの民の96%は代々の敬虔なオーギュ教徒ですから。先程言ったようにほぼ全員が生誕時にこの炎のオーブを埋め込まれていることになります。そうでない人は限られたホットスポットでしか生活することが出来ません」
フラリアーノはなんとも言えないといった様子だ。
「ん~、なんだかなぁ。熱の加護はありがたいっちゃあありがたいけど、自分で選択できないってのはちょっとなぁ……。ましてや常温まで厳しいとなるとな」
ラヴィーゼはワザとフラリアーノに体を擦り付けた。
(う~ん、いいオトコ♥)
色気づいた少女はドサクサに紛れてイケメンを堪能した。
「う~ん、でも、ここで暮らしていくならオーギュ教徒の家に生まれたほうが無難だし~。ホットスポットもそう多くはないはずだし~」
リコットも震えながら教授の左腕にしがみついた。
「常温や暑いところに行けないなんて、冒険するなって言ってるようなもんじゃない!! 私はクリジュナに生まれなくてよかったかな~」
アシェリィまでもが寒さに負けて先生の右腕にくっついた。
生徒にイタズラで抱きつかれることも少なくないフラリアーノはこの濃厚なボディタッチになんの劣情も催さなかった。
別に男性として死んでいるわけではないが、少なくとも生徒とは恋愛関係を持つ気が全くないだけだ。
はたから見るとイケメンが3人の少女を侍らせているという異常な光景に移った。
「あのですね、皆さん。繰り返しになりますが、いくら寒いからといって町中で女子が男性にベタベタとくっつくのはどうかと思いますよ。特にラヴィーゼさん。わざとくっついてるでしょう? この苔は陣として展開しているので私に密着していなくても効果はあります。試しにちょっと離れてみてください」
アシェリィとリコットはフラリアーノの腕から離れて赤いコケの上に乗った。
「お~!! あったかし~!!」
「わあああぁ!! 春みたいだね!!」
2人とも、必死で気づかなかったが、確かに苔の周辺は暖かい。
1人だけラヴィーゼは男性教授に抱きついていた。
(ムッフッフ~♥ こんな抜け駆け、他の女子連中に見られたらぶっ殺されるぞ。あ~いい香り~♥)
「はぁ……。しょうがないですね。ラヴィーゼさん、それ以上抱きついていると減点にしますよ」
それを聞いてベッタリ抱きついていた少女は飛び退いた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとした冗談ですってば!! ああ!! そんな冷たい目で見つめないで!! 真面目に!! 真面目にやりますからぁ!! 何卒、減点はご勘弁をぉ!!」
アシェリィとリコットはこれを見ていてゲラゲラ笑った。
フラリアーノは軽く咳き込むと解説を始めた。
「コホン!! これは追尾タイプの陣魔法ですので私についてきます。ですから、私から離れすぎると効果が薄れてしまいます。そこそこ広範囲をカバーできますが、それでも限界はあります。私も気を配っておきますが、みなさんも不用意に離れすぎないようにしてください」
温暖な空間が確保されて女生徒3人に笑みが漏れた。
「あぁ、あとまだ言わなければならないことがあります。皆さん、そこの路地裏へ入ってください」
そこは人気のないような暗がりだった。こんな場所に来て何をすると言うのだろうか?
「アシェリィさん、貴女、気づいていないのですか?」
緑髪の少女は首をかしげた。
「ん? 何のことですか?」
フラリアーノはサモナーズ・ブックを開いた。
そのまま後ずさりしながら私から離れてください。
意図のわからない指示にアシェリィは怪訝な顔をした。
戸惑いながらも一歩、また一歩と後退していく。
段々と温もりが薄れてきた。このままではカゼをひいてしまうレベルだ。
「クリスタリル・ジパーニ・アイス・クリアブルー!! サモン・氷鬼!!」
ジパに住むとされる鬼という怪物の大きな顔が出現した。
出現したのは顔と太い両腕だけだ。見た目からすると氷属性に違いなかった。
明らかな殺気を持ってその幻魔は拳を振り上げた。
「せ、先生!! 何を!?」
あまりの圧にアシェリィは腰が抜けそうになって動けない。
「荒っぽい手段ですが、気づいていないならこじ開けるのもまた一つの手段です!!」
教授しか現状を把握できない中、鬼は冷気に満ちた拳を叩きつけた。
「アシェリィ!!」
「アシェリィ~~~!!!!」
これだけの使い手の本気を受け止めたのだ。ただで済むわけがない。
だが、気づくと氷の一撃はアシェリィを避けるように割れていた。彼女本体にダメージは無いようだ。
強烈な攻撃を受けたはずの少女は尻餅をついたまま恐る恐る片目を開いた。
「あ、あれ……? 痛くも痒くも……。寒くもないよ?」
ラヴィーゼとリコットがこちらを指さしてわなわなしている。
「アシェリィ、髪!! 髪!!」
「い、いつのまに染めたんだし!? 目まで水色になってるし!!」
「え……?」
アシェリィが自分の毛先を掴んで自分の髪の毛の色を確認するとそれは美しい水色になっていた。
キラキラ光っていて、シャルノワーレそっくりだ。
目の方は自分では確認しようがないが、どうやら瞳も水色になっているらしい。
「気づきましたか? 氷属性は水属性と非常に親和性の高い属性です。つまり、ちょっとした工夫で氷属性の適性や耐性も大幅に上がるのですよ。貴女だけではこの覚醒……アイシクルール・エレメンタル・フォルムに気づくのに時間がかかりそうでしたので体に叩き込ませてもらいました。今の貴女はほとんど冷気を通しません。むしろ吸収しているくらいです。……もしかして、その様子だと気づいていないかもしれませんが、今の貴女なら溺れることもありませんよ?」
思わず水色の髪のアシェリィは吹き出した。
「ぶっふぅ!! 先生、それは流石に冗談ですよね!?」
フラリアーノは目をつむって首を左右に振った。
「いいえ、たとえ息継ぎしなくとも、水が体中に満ちても何ら水中での活動に問題はないでしょう。たとえ塩湖や海水であっても。海龍様の加護ですね」
アシェリィは自分の体の変貌に素直に驚きを感じた。
「はえ~。なんか人間離れしちゃって……凄いことになってきちゃったぞ。これならウィナシュ先輩と水中旅行出来たりしちゃうのかなぁ……」
普通はこれくらい体の特性が変わると多少なりとも恐怖を感じるところだが、アシェリィは全く気にしなかった。
間もなくして彼女の髪の色が緑に戻った。
「うわ、寒っ!!」
彼女は焦りながら赤い苔に転がり込んだ。
「今はその程度の時間しかフォルム・チェンジ出来ませんが、鍛錬をつめば長時間、維持することもできるはずです。あれこれやってみて、自主トレしてみてください。もっとも、今回の一件でごく短時間ではありますが氷属性をやり過ごせたのでタイミングさえ誤らなければ氷の攻撃は喰らわずにすむということになりますね」
フラリアーノは両方の泣きぼくろを引き上げてニッコリと笑った。
「すっげ~なぁ!! あたしにもそういう裏テクないの?」
「あたしもなんか覚醒したいし~」
ラヴィーゼとリコットは期待の目でフラリアーノを見つめた。
「2人はまだこれといって爆発的な伸びはありませんが、地道に努力していけば確実にその時は来ます。順番に関して言えばたまたまアシェリィが早かっただけです。ですから焦らずにやることですね」
「チェッ」
「そんなこったろ~と思ったよ」
不死者使いと妖精使は頬を膨らましてむくれるのだった。




