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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter2:Bloody tears & Rising smile
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"空っぽ"の少女

レンツは小走りでハンナの側へと近寄った。


「どれ、見せてみなさい。……痛むかもしれないが、軽度の火傷のようだ……」


そういうと再びレンツは目をつむり、魔法の詠唱を始めた。


「烈火にあぶられ、蹂躙じゅうりんされた魂をその慈愛に満ちたたなごころによって癒やし給え。バーンド・リカヴァリィ・ストローキング!!」


そう唱えながらレンツがハンナの腕を優しくさするとハンナの肌の赤みは引き、痛みも引いていった。


「ハァッ……ハァッ……。ふぅぅぅーーー、これで大丈夫だろう……」


先生もダンの様に大量に額に汗を浮かべていた。激しく呼吸を乱しており、疲弊ひへいの色は隠せない。


普段、レンツはめったに呪文を使わない。


何かの機会で使うたびこの調子で、立て続けにだと2回がいいところだ。


村の中では治癒呪文ちゆじゅもんを使える貴重な人材だが、魔術師というには心もとなかった。


レンツは2時間目の講義をはじめた。


ダンが問題を起こすのは日常茶飯事だったので誰も彼のことは気にかけなかった。


そして教室はいつものゆったりとした雰囲気に戻った。


「じゃあ、みんなにはこの小石を配ります。柔らかめの小石を探してきました。指先に意識を集中してマナを集め、指先に力を込めるイメージで肉体をエンチャントして指の固さを上げて、小石をやすってアクセサリーを作りましょう」


レンツは席を回ってごつごつした小石を生徒たちの机に置いていった。


(……アシェリィ、君にも一応)


そう彼がささやいて、アシェリィにだけ丸めの石を置いた。


周りの生徒たちが石を指でやすり始める。


幼い生徒が指先にマナを集中させて器用に星形に石を削っていく。


レンツは教室中を回りながらそれぞれの出来具合できぐあいを見て回っていた


「先生、出来ました。」


まだ小さな少年が石を削って変形させたものを笑いながらレンツに見せた


「おお、よくできたねクラウス。いい仕上がりだ。指先の力がこもっている部分とこもっていない部分の凹凸おうとつを利用して、やすりのように削るイメージでそのままやってごらん」


10分ほどでさきほどの少年は指のみで小石をヒトデのような形に加工した。


片目をつむりながら加工された小石を持ち上げて形を微調整している。


「あちゃ~、やりすぎた。ヒビいっちゃったよ。」


一方でハンナはマナを込めすぎて力加減を誤り、小石に深いヒビを入れてしまった。


ハンナは繊細にマナをコントロールすることができないタイプだ。


アシェリィはというと石を指でこすってはいるものの、指が石で擦れて痛くなるだけだ。


一向に削れない。必死に念じながら擦り続けた結果、指先は軽くれていた。


結局、石はまったく変形しなかった。それを見かねたレンツが諦めるよう再びささやいた。


「アシェリィ、そこまでにしなさい。また今度」


彼女は下を向いて小石をレンツに返した。


そして、その後の薬草の調合の授業でも薬にマナを宿すことは出来ず、少女は草をすりつぶすだけだった。


ダンがいつも問題行動を起こすように、アシェリィが実習で結果を出せないのも周知の事実だった。


そう、彼女はマナの力の発現が一切できず、全く魔法が使えないのだ。


どんなグリモアを解読しても、どんな術法を試してみてもだ。


彼女が魔術を発動させたり、自分自身や物体をエンチャントすることは出来なかった。


とは言うものの、別にこの村で暮らしていくには魔法が使えなくても大した支障はない。


ゆったりとしたこの学校ではそのことを取り沙汰ざたされて馬鹿にされることもない。


だが、もしもシリルのしっかりした学校に通っていたとしたら確実に風当たりが強かったであろう。


彼女のように魔法の力をを発現出来ないものは”エンプ”と呼ばれる。


エンプティ・ヒューマンの略語で、空っぽという意味を持つ言葉だ。


意味通り、マナを持たない者に対する蔑称べっしょうだ。。


しかし、全ての人間に多かれ少なかれマナは宿っていて魂を形成しているはずなのだ。


それが生命維持の役割を果たしているため、厳密にはマナを全く持たない人間は存在しない。


魔法が使えないだけで”エンプ”と差別するのは的外れだといえるのだが。


それでも結局のところ、エンプが不便な生活を強いられることになるのは間違いない。


就職する業種も魔力を全く使わないものに限られてしまう


大抵のエンプ達は”夢を追う”という行為を生まれながらにして諦めざるをえない。


これは未来に期待を抱く思春期の少女にとってはあまりにも過酷な運命だった。


アシェリィはいつものようにうなだれながら学校を出た。


実習のある日はいつもこうで、いくら明るく努めようとしても楽観的にとらえることが出来ない。


最初は魔法も勉強のように努力すればいずれ使えるようになると思っていた。


そう考え始めてもう3年経つ。その様子を見かねてハンナが彼女の肩を叩いて励ました。


「まだまだわかんないって。ある日いきなり魔法が使えるようになった人もいるって言うし。だからあせんなくていいんだって。それに、もし魔法が使えなくっても気にすることないって。第一、この村の人達で大した魔法が使える人なんていないじゃん」


別にこの集落がエンプの集まりだったりするわけではない。


だが、教師が配属されてわずか十数年しか経たないこの村では魔術に精通している大人はほとんどいなかった。


あくまで仕事に使う最低限の魔法を修得している程度である。


いつのまにかハンナが彼女の身長ほどあろうかというドラゴンのぬいぐるみを肩からぶら下げていた。


いつも授業中は教室の端に追いやられていて、使い古されたようなぬいぐるみだ。


色は褪せてあちこちに雑な縫い目が見え、大きなボタンで目がかたどられている。


ドラゴンというよりは蛇に近い見た目をしているが彼女が言うには立派な龍だという。


「じゃあねアシェリィ!! また明日!!」


彼女はそういうとぬいぐるみにまたがった。ぬいぐるみが少しずつ宙に浮く。


そしてぬいぐるみは低空飛行しながらあっという間に森の街道の奥へと消えた。


傍から見ればまるでいっぱしのドラゴンテイマーのようだ。


彼女はこの界隈かいわいではめずらしく空を飛べる有望なマナ使いだ。


しかし、さきほどの全速スピードで飛行すると1分と持たない。


おまけに高くには飛べず、慣れないうちはよく木にぶつかったという。


乗り始めの頃の暴れドレークのような不安定さは無くなりつつあるようだった、


目標はでっかく、”王都ライネンテまで飛んでいく事”だそうだ。


多くのマナを消費し続けることが体内のマナ量の限界値を上げる鍛錬になると言われている。


ハンナはほんの少ししか飛べないとわかっている。


それでもバテて途中でお荷物になるのがわかりつつも懸命に飛行時間を伸ばすことに努力している。


アシェリィはそうやって限界に挑戦しているハンナの姿を見て、とてもうらやましく思うのだった。


アシェリィがぼんやりとハンナを見送ったその時だった。


すぐさま彼女が振り返ると走ってきた人物に思いっきりスカートをめくられ、下着があらわになった。


すぐに状況を把握し、思わず悲鳴を上げた。


「きゃ、きゃぁぁぁっ!!」


「ホホぉーッ!! 今日の色は水色か~!!」


スカートをまくり上げたのは学校から飛び出してきたダンだった。


そのままゲラゲラ笑いながら森の街道の方へ走り抜けていった。


背後に人の気配を感じたので振り返ると学校の玄関にレンツ先生の姿が見えた。


「まったく、つっかえ棒を外したと思ったら反省文も書かずにすごい勢いで逃げ出していったんだよ。ダンは本当にしょうがないヤツだなぁ……。どうにかならないものかな」


 レンツは腕を組みながら首をかしげて顔をしかめた。


さしずめ教師の苦悩といったところだろうか。


アシェリィはレンツ先生に会釈えしゃくをして今度こそ帰路についた。


登校時と違い、特に門限があるわけではない。


だが彼女には彼女の"仕事"があるので、帰るときも早歩きで帰る。


日が暮れかかった頃、ダンが学校前の広場に戻ってきた。


どこから拾ってきたのか、手には全長30cmはあろうかというゼララガエルの死骸しがいの脚が握られていた。


ダンは未だに怒りが引かないようで、むしゃくしゃして新たなイタズラを思いついて戻ってきたのだ。


「パンチラ見れたのはラッキーだったけどセンコーといいゴリラといいふざけるなってんだよ!! ヒヒヒ……道に転がってたこのカエルの死体、ゴリラの机の引き出しにぶち込んでやるぜ!! もしセンコーがまだ居やがったらそれはそれで顔に投げつけてやんよォ!!」


ダンがそーっと学校のドアをあけて覗くと人の気配がしない。


レンツも帰ったのだろうと思いながら教室の前の方に進むと教材倉庫から物音がしているのが聞こえた。


それを聞いて開いたままの教材倉庫の入り口を見てダンは狂喜した。


(おっ!! まだセンコーいるじゃねぇか!! しかも、教材倉庫の脇につっかえ棒が立てかけたままだゼ!!)


ダンは思わず漏れそうになるわらいを抑えて忍び足で教材倉庫の入り口に近づいた。


レンツは物音を立てながら教材を整理していたので全くダンに気付かなかった。


ふいに教材倉庫の戸が締まり、窓のない倉庫内は真っ暗になった。


先生は素早く振り向き、戸を開けようとしたが開かない。運


の悪いことにつっかえ棒はかなり太い材木を使った頑丈なもので、大人の男性の腕力でも内側から開けることは出来なかった。


「こんな事をするのは……ダン!! ダンだな!? 今ならまだ大目に見てあげるから早く開けなさい!!」


レンツは閉じ込められたことに対する危機感はあまりなく、あきれたように戸を叩いた。


「イヒヒッ、イーヒッヒッヒッ!! なーにが反省だ。レンツセンセーこそ自分がちょっと魔法が使えるからってチョーシづいてねぇかそこで一晩じっくりと考えるんだなぁ!! ヒヒヒヒ!!」


ダンは満面の笑みを浮かべながらゼゼラガエルの死骸をハンナの机の引き出しに叩き込んだ。


そしてレンツを完全に無視してそのまま学校から出て行ってしまった。


ダンの高笑いが遠ざかっていくのを聞きながら、レンツは面倒なことになったなと肩を落とした。


「やれやれ、夕飯は抜きか……。おまけに固い床の上に直に寝なければならないとは……。あぁ、しゅよ。今少し、われに慈悲をあたえたもう……」


レンツの監禁に成功したダンは舞い上がっていた。


普段、まず逆らうことの出来ぬ気に食わない教師に一泡吹かせることが出来たからだ。


思わず学校の方を振り向いて片方の拳を握りガッツポーズをとった。


もう片方の手も握り、両拳をぶつけ合わせながら何度も握り拳を天高く突き上げた。


拳がぶつかるたびに大きめの火花が散る。


感情の高ぶったダンの火花は普段より大きく燃えていた。


帰り道、アシェリィはまた走っていた。


のんびり歩いて帰ると彼女の”仕事”が出来なくなるためだ。


途中の林道で赤い火の粉のようなものがちらほらと目に入った。


こんな森のなかで火の気があるわけはない。


しかし、その不思議な火の粉はまるで感情をもつかのように互いにつつきあったり、群れて揺蕩たゆたったりしていた。


この火の粉が見える日はまきのお風呂が沸くという経験則を彼女は持っていた。


その事から察するにこの赤い火の粉は炎の精霊かなにかなのではないかと薄々彼女は感じていた。


今まで生きてきて、他にも自分にしか見えない物や現象の存在を多々確認してきてはいる。


だが、誰かにそれを伝えたところで全く理解されないのだ。


大抵の場合、錯覚や幻覚をみているのではと疑われたり、不思議な事をいう人という印象を与えてしまう。


アシェリィは学校に通うようになって間もなくそれをさとっていた。


時折ときおり、家族に話す以外は何か見えてもそれに関する発言は控えるようにしていた。


彼女なりに場の空気を読んでの事だった。


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