混じり合うオレンジとミント
トロンボ坂……ここはあまりの急坂でうっかりすると歩いていても転がり落ちるような急勾配だ。
たびたび事故がおこっているのでついには荷物、貨物類の運搬が禁止されて徒歩以外の通行は禁止になってしまった。
だが、その坂の下にあるカフェ、かふぇ「カワセミ」はオシャレで雰囲気が良くリーズナブルで学院生の人気が高い。
ウッドデッキの上にテーブルが並び、オーシャンビューを拝めるカフェだ。
特に女子連中に人気があり、ムードが良いのでデートに使われることもしばしばある。
今日もラーシェの親友であるメリッニとソールルはこのカフェにたむろしていた。
「な~、最近、ラーシェ付き合い悪くね?」
明るい橙色の髪をしたメリッニがミントカラーの髪色のソールルに声をかける。
「しょうがないじゃんよー。そりゃ友達よりカレシを取るでしょうよ~。そこらで聞く限りマグマ並のアツアツみたいよ?」
オレンジの方は頭を抱えてぼやいた。
「カレシ……カレシカレシ……。あぁ、いいなぁカレシ……。なんで私らに出来ないんだろうね。もうあたしらだって20歳越えだよ?」
不機嫌そうにストローから泡を吹き出しつつソールルがちょっとキレた。
「知らね~し!! メリッニがガサツだからじゃね~の?」
思わぬ指摘に言われた方もムッっと来て打ち返す。
「そんなこと言ったらソールルだって愛想がないべ~。お互い様でしょ」
「フン!!」
「フン!!」
2人は揃ってそっぽを向いたが30秒ほどで仲直りした。
「悪かった。やっぱソールルは愛想無しなんかじゃね~わ」
「こっちこそ。ふっかけて悪かったよ。ガサツなのは……まぁ否定しないけど」
メリッニがデコピンを決めた。
「こんのぉ。てへへへへ」
「ふふふふ…………」
そう、2人はタイプが全く違うがなんだかんだで息の合った凸凹コンビなのである。
実際問題、メリッニとソールルはラーシェほどぶち抜けた美人では無かったが、それでも2人ともかなり可愛い方だった。
ショートカットの元気っ子でいつも明るい男子の憧れであるメリッニ。
ロングヘアを結ったクールビューティーだがどこか儚げで護ってあげたくなるソールル。
クラスの内外に隠れファンクラブが存在するほどだ。
ではなぜ彼女らにカレシが出来ないのか?
それは皮肉にも2人の仲の良さにあった。
四六時中、一緒にいるものだからデートに誘ったり告白するスキがないのである。
ラブレターという手もあるが、うっかり送ると両方やってくるのではないかという不安感もあり、送ってくるものは居ない。
ともかく、この距離感が仇となって男子のアタックチャンスが皆無となっているのである。
デートであれ、ラブレターでさえ成立しない雰囲気が形成されていた。
クラスメイトの同性からは2人ともモテてるとはよく聞くが、同性にそう言われてもあまり説得力がない。
大抵、女子の間のそういう話題はお世辞が多いからだ。
男子から直接言われればまた変わってくるのだろうが、そこでまたこの2人の仲の良さが邪魔をする。
ただ、まさかそれが原因だとは思いもしないメリッニとソールルは今日もチャンスを逃してこうやってたむろっているのである。
2人がグダグダしていた時だった。背後で一悶着あった。
「せせっ、先輩!! わわっ、私と付き合ってください!!」
突如、女子生徒が立ち上がって女子の先輩に告白したのである。
その場の人達は一体、女子の先輩がどう返すのか気になった。
「しょうがねぇなぁ。あたしが面倒見てやるよ」
ラブコールへのOKサインに思わずカフェは沸いた。
頼国は国教とも言えるルーンティア教が同性愛に寛容なのでこういったカップルは珍しくない。
お金はかかるが同性同士でも子孫を残せる技術もある。
2人で必死に働けばなんとかなるレベルだ。そういったこともあってか、あまりホモ、レズ、LGBT全般に抵抗や偏見がないのである。
振り向いてそれを見ていたメリッニとソールルは急に黙り込んでしまった。
思わず互いの瞳を見つめる。心なしかその目は潤んでいるように見えた。
「あのさ……ソールルちんさ……あ、ああいうの、どう思う」
戸惑ったような表情でミントのほうが平静を装って答えた。
「どっ、どうって……別に女の子同士でも……いいんじゃない?」
2人は黙り込んでしまった。すごく微妙な空気が流れる。
相手が居ないと思い込んでいたが、実は身近に居たのかもしれない。
いや、まさかそんなわけがない。フクザツな2つの乙女心が揺れる。
確証が欲しい。その一心でソールルは一歩前に出た。
「そっ、そういうメっ、メリッニは女の子同士とかどう思うの?」
普段は後手に回る彼女が攻めに出た。
「う~ん……今まで考えたこと無かったなぁ。でも悪くはないかも。もちろん誰でもいいってわけじゃないよ? ソッ、ソールルは?」
オレンジ髪の少女は恐る恐る聞き返した。
「わ、私も今まで考えたことなかったよ。でも今はちょっと違うかな。そういうのもアリだったんだな思う。なんで気づかなかったんだろ……。もちろん私も誰でもいいってわけじゃないけど」
ミント髪の少女もメリッニと似たような意見だ。
ソールルにつっつかれたので今度はメリッニが反撃に出た。
「じゃあさ、どういう人が好きとかあんの?」
ソールルはモジモジし始めた。
「そ、それを聞くのは流石に野暮っていうか……いつの間にかそばにいたっていうか……」
そう言われて鈍感な方の少女の方はようやく気づいて思わずのけぞった。
「え”……それってもしかして……あたしが好きってコト?」
好意を匂わせた方の少女は恥ずかしげに首をコクリと縦に振った。
いきなりのカミングアウトである。どういう反応が来るかとソールルの心臓は爆発しそうだった。
だが思わぬ返事が帰ってきた。
「あ、あたしもソールルの事、好きだよ。ちょっと前は親友としてだったけど、恋人としても一番かなって。あーなんでこんな事に気づくのが遅かったんだろう。私らに彼氏が出来なかったのはきっとこういうことだったんだよ。良いオトコが居なければ気心の知れたオンナを選べばよかったんだよ!!」
メリッニは豪快で大胆な性格だ。ソールルが恥ずかしがるところでも平気で踏み込んでくる。
「え……ウソ? いいの?」
告白を受け止めた少女は満面の笑みで答えた。
「も~水臭いな!! 何いってんだよ!! だいぶ前からの腐れ縁じゃないか。それが恋愛に進展しただけの事でしょ。ごく普通のことだよ。別に今までと何も変わらないし、変わるところは変わる。たとえば夜の営みとかかな~。グフフ~」
メリッニはイヤらしくニタ~っと笑った。
「も、もう!! バカ!! いくらカップルになったとはいえ、そんな簡単に体を許したりはしないんだからね!!」
あっちにもバカップル、こっちにもバカップルである。
「でもさ~、この事をラーシェが知ったら驚くんじゃないかな~」
ソールルは首を横に振った。
「いや、私達のつるみ具合だとそのうち付き合いだしてもおかしくないと思われてそうだなぁ。大して驚かないんじゃない? 第一、学内にだってそんなに同性カップルは珍しくはないし」
乗り気になったミントヘアーの女子が乗り出す。
「ねぇ!! いつ結婚式やる!? いつ!? 私、素敵な結婚式に憧れてたの!!」
それを聞いてメリッニは厄介だなと思った。
(うわ~。そうだったよ。ソールルってこういうとこは結構、意識高い系だったんだっけ。どうやり過ごすかな~)
彼女は少し考えて無難な返事を返した。
「ほ、ほら、私達、まだ学生だしさ。そういうのは卒業後にお預けということで」
「え~~~~」
不満そうな声が帰ってくる。
「あと、プライベートはともかくとして出来る限り今までどおりに過ごすこと。教室で腕に絡みついてたりしたらアレでしょ。甘えるなら放課後にしなね」
「え~~~~」
これまた不評のようだ。
ソールルはクールビューティーで通っているが、心を許した者に対してはとことん甘えるきらいがあった。
(こりゃだいぶ重たい女の子を彼女にしちったかもしんないなぁ。まぁそういうところがたまらなく可愛いんだけどね)
ぶつくさ言いながらもメリッニもデレデレというわけである。
もともとつるんでいる時間が長かっただけあって2人の相性は抜群だった。
それは恋人関係になっても同じことで、特に体の相性に関しては最高の関係と言っても過言ではなかった。
この告白によって彼女らの距離は更に近づいて一緒にいる時間は増えた。
しまいには女子が入れることをいい事に、メリッニの部屋に半同棲状態になるほどだった。
そんな生活をしていて周囲にバレないわけがなく、いつのまにか2人はクラス内外公認の同性カップルとなった。
直接、ラーシェが聞きに行かなくても耳に入ってくる。
だが、流石にチームリーダーでもともとモテない仲間だったラーシェにこれを報告しないのは失礼だとあたると思い早々と2人は報告に行った。
ラーシェを静かなプライベートビーチに呼び出す。
「……そういうわけであたしとソールルちんは付き合うことになったから」
「……うん。そういうこと。これからはメリッニとラブラブするよ」
お調子者のメリッニはともかくとして、ソールルがこういうのだから事実なのだろう。
ラーシェはうわさ話を聞いて驚きであんぐり口を開けたが、交際報告を受けても口をあんぐりとあけた。
「2人とも……いつから? いつからなの? もしかしてユニコーン3人娘としてモテずに苦しんでいる頃から2人は甘い関係を?」
あらぬ裏切りの誤解を抱かれそうになったのですぐにソールルは否定した。
「違う、違うって!! 私達が付き合い始めたのはつい最近!! ラーシェがジュリス先輩と付き合い始めた後のことだよ!! だから隠れて2人で付き合ってたとかは断じてないから!!」
いい歳して彼氏の出来なかった彼女らの団結力は半端ではなく、信頼関係で成り立っていた。
そのため、ラーシェは疑うこと無く2人の交際を祝福した。
「そっか。良いオトコが居ないなら気心の知れたオンナ……か。いきつくところにいきついたなぁ……。ま、でもそれもアリだね。私はオトコのほうが好きだっただけのことだから。それに、たとえ私達、ユニコーン3人娘が解散してもチームワークは変わらないから。いや、逆に強まるかもしんないね!! ここに堂々とモテないオンナ3人のユニコーン組の解散を宣言します!!」
体育会系の3人は自然と円陣を組んだ。
「オーッ!!」
「オォオーッ!!」
「お~~~!!!」




