殺意を殺せ 即ち無殺意の殺意
ファネリ教授の部屋が秘密結社ROOTSのアジトになってから少し経った。
だが、他の者も入室してくる可能性のある教授室は秘密結社は程遠かった。
それを見かねてか、アルクランツは彼らに部屋を与えた。
もっとも複製で出来た仮想空間だったが。
「べ、別にお前らに期待してるわけじゃないからな!! いざというときは厄介事を引き受けてもらう!! ルーブには目を光らせておけよ!!」
そう言い捨てて彼女は部屋を後にした。
ROOTSの部屋は秘密結社らしい構造になっていて、教授棟のテレポーターを決まった順番でくぐるとたどり着ける。
もちろん、偶然では絶対にたどり着けない道順であるし外部からの干渉も不可能だ。
後をつけても最終的にはフィルターに弾かれてしまい、部外者は入れない。
監査部の会合に出席したジュリスはテレポーターをたどってROOTSの部屋へやってきた。
部屋は広々としており、ファネリの教授室より一回り広い。
これはきっと増員を想定してのことなのだろう。
それに、内部が見える戦闘用の仮想空間が設置されている。
そこならどれだけ暴れても周囲に影響を及ぼすことはない。
ジュリスが部屋に入ると激しく戦い合うレイシェルハウトとシャルノワーレが目についた。
「おー、こらまたド派手にやってんなぁ。これなら俺と互角くらいじゃね~か? なんつってな。いや、まだ研究生として負けるわけにゃいかねぇがな。そこは譲れねぇぜ」
誰も何も言わない。不透明な展開にそれぞれが困惑して息が詰まっていた。
まだこの若いナレッジ達は立ち上がって間もないのである。仕方がない。
そこでジュリスは提案した。
「なぁ、あんたらその調子になっちまうのはわかるが、俺らが戦力を整えるのは最低でもあと3年はかかると言われてるんだ。そうやって根を詰めてるとバテちまうぞ。ちょっとカジュアルに考えて部活動かなにかと考えてやろうぜ。そりゃもちろん緊張感は保ったまんまでな」
それを聞いていた他のメンバーは驚いたような顔をしたが、やがて決意したように視線を返した。
サユキの姉、カエデが質問した。
「それでジュリスさん。ROOTSの監査部の会合はどうでした?」
彼は肩をすくめた。
「俺が圧倒的に若かった。っていうか若いの俺だけ。他の人はまぁ若くても50ってとこだろうな。上はマジで100歳超えだ。いや、100歳じゃおさまらねぇかもしれねぇ。それでも俺のことを邪険にするでもなく扱ってくれたぜ。未来を創るのは若者だつってな」
てっきり適当にあしらわれたのだろうと思っていた面々はこの知らせに喜んだ。
「組織自体もしっかりしてる。力を持ちすぎた反対派とか、意見の分かれた異端派はいずれもバッサリ切ってる。母体が正当なウルラディール家ってのもあるし、ROOTS活動自体もクリーンだ。だからどことは言えないが、かなり有名な企業とかがバックについてくれている。ルーブの資金力は莫大だがこの勢いで追い上げれば確かに3~4年で城落としも視野に入ってくる」
吉報に若人達は盛り上がった。
「だが、ルーブが先に動かないとは言い切れない。こちらからルーブに内通して情報をくれるヤツがいるが、逆もまた然りだ。出来るだけそういう連中はツブすようにはしてるが全く漏らさずに戦力を拡大するのは難しいだろう。秘密結社とは言うが、既にルーブに気取られているのは間違いない。ただ、こっちは魔法学院のド真ん中に巣作りしている。だから迂闊にちょっかいを出すことは出来ない。だから戦力が揃うまでちぃとシャクだが、アルクランツにおんぶにだっこするしかねぇな」
その直後、激しい悪寒がジュリスを襲った。
「う~ッ寒ッ!! どうしてこう出来るやつは地獄耳なんだ!! やたらとプレッシャーかけてくんなよ!! あ~寒ィ!!」
ジュリスはガタガタ震えだした。
彼の提案と報告で今までカチンコチンだったメンバーは活気を取り戻した。
「サユキ!! 今こそ私達、姉妹の力を合わせる時ね!!」
「ええカエデ姉さん!! 近のカエデ、遠のサユキは伊達でなくってよ!!」
それを聞いていたガン似のイケメンであるリクはキョトンと目を見開いた。
「まさかサユキさんと共闘することになるとはなぁ……。武士交換のときは思いもしませんでしたよ」
サユキもこれには驚いているようだった。
「ホントね……。交換した後はめったに会うことなんてないはずなのに……。でもリクくんが協力してくれるのなら頼もしいわ」
青年はにっこり笑ってそれに答えた。
そしてカエデは百虎丸の手を握った。
「トラちゃん。西華西刀の武士として互いに剣を振るいましょう!!」
ウサ耳の亜人は勇ましい顔をしてその手を握り返した。
「拙者、まだまだ未熟者でござるが、もっと剣の道を征く次第でござる!!」
ジュリスはその光景を見てニタリと笑った。
「それでいいんだよそれで」
カエデなどは彼より年上だったが、ジュリスには人の心を動かすカリスマなようなものがあった。
「あとはあの2人だな」
仮想空間で激しく戦うお嬢様とエルフを眺める。
「レイシェルハウトはエースとして、あれだけ剣技が染み付いてるならノワレも下手な中古武器より片手剣装備のほうが強ぇーんじゃねぇの? WEPメトリーにゃ詳しくねぇが、ありゃ記憶が体に焼き付いてるように見えるぜ。ウルラディール剣技とやらがよ」
今まではノワレが終始、圧倒していたが徐々にレイシェルハウトが腕を上げ始めた。
今はSOV持ちのエルフといい勝負だ。
「剣をへし折る気でかかってきなさい!! 本来の持ち主でない者に打ち勝てぬようでは力量不足ッ!!」
勢いをつけてシャルノワーレが突きを放ってきた。
「瞬穿のクルトリカ!!」
見えないほどの早い刺突攻撃だ。
彼女はそれを横っ飛びでかわした。
「ウィンダ・ボイド・レイドストライクッ!!」
横っ飛びから回避魔法を放ち、勢いを付けて相手の脇腹に蹴りを叩き込んだ。
すかさず師匠役はヴァッセの宝剣でこれをうけた。
そのまま振りかぶってレイシーを押しのける。
「ウィンダ・ボイド・スカイ・マスカレイド!!」
横にふっとばす力を回避魔法で強制的に浮上の力に変換して魔法剣士は宙に舞った。
「舞蜂のイスタンルード!!!!」
突きのお返しとばかりに無数の貫く斬撃を地上のノワレに向けて浴びせた。
「やるようになった!! しかし、まだ殺気が見て取れる!! 見てみろ。目を閉じていても全て回避することが出来るぞ!!」
本当にノワレに乗り移ったかつての使い手は目を閉じたまま全部の攻撃を最小限のステップでかわしきった。
「ハァ……ハァ……なぜ……」
レイシェルハウトは息を荒げた。
「人は相手を攻撃しようとする時、大なり小なり殺気が生じる。今のお前は殺気が色濃い。逆に相手の殺気を読めば回避呪文の精度は上がる。今のお前に必要なのはその独特な感覚だ。ただ、これはそう簡単に身につくものではない。そう、生まれた頃から暗殺を生業にでもしない限りはな」
そう言うと瞳が怪しく輝いているエルフはモニター越しにパルフィーを指さした。
「あ、あたしか? そりゃ確かに月日輪廻っていう流派は無殺意の殺意を教えとはしているけど……。無殺意の殺意は……なんていうかこう……説明は難しいけど、相手を殺そうと思ったときに頭をカラッポにするんだよ。体の外に殺意がにじみ出た時点で型が崩れる。稽古はかなりキツかったなぁ。1年、2年じゃ無理だよ。多分」
レイシェルハウトはしょっちゅうパルフィーと組み手や稽古をしていたが、得体の知れない予測不可の動きをすることがあった。
家の者では珍しく、後少しでレイシーの回避魔法を破れそうな人物でもあった。
きっとそれがその無殺意の殺意なのだろう。
彼女が猫耳にたぬきしっぽの亜人だというのも修得に関係があるのかも知れない。
「小娘、入ってみろ」
いくつの代かわからないがウルラディール投手がパルフィーを呼ぶ。
「ん~、お嬢と手合わせするのは久しぶりだな~♪」
かつては全く気づかなかったのだが、次期当主はパルフィーに本当に殺意が無いのを感じ取った。
いくら親しい仲でも闘気を放てば少なからず殺意は生じる。
だが、彼女には全くそれがないのだ。まるで体から漏れるのをせき止めているかのように。
シャルノワーレは2人を眺めた。
「すぐにこの娘の流派をマネてもよかったのだが、まだレイシェルハウトには実力がついていなかったからな。今から始めるがよかろうて……」
口調が変わっている。別の人物が表に出ているに違いない。
お嬢様は品よく剣を鞘に収めようとすると剣はポッキリ折れた。
「これで何本折ったかもうわからないわね……。それに対してSOVには傷一つ無い……。やはり代々伝わる宝剣は伊達ではないというとこかしら。で、パルフィー。その無殺意の殺意というのはどういう訓練をするの?」
巨躯の亜人女子は首をかしげて考え込んだ。
「う~ん。たとえ味方でも殺意は生じるから『あ、いまなんとなく殺意沸いてるな』と思ったらすかさず無心を維持することかな。自分が気づいていないところでも殺意が出てることってのは案外珍しくないからね」
同室に居た各々のメンバーが自分が発している殺意について考えを巡らせた。
「あとはほんの些細なことでも無心状態は崩れる。『あ~、ルーブ憎いな』とか思っても無心を保たないと。下手するとムシに刺されたくらいでも無心は途切れるから油断はできないね。あたしなんか悪夢を見て途切れたからね。あ~、寝てるときもカラッポじゃなきゃダメだよ。連続してないとマスター出来ないって事はないだろうけど、殺意を漏らせば漏らすほど覚えるのは当然、遅くなるね」
ここまで聞いて相当キツい修行であるのは明らかだった。
「今まで話半分に聞いていたけど、今なら貴女の言っている意味がわかるわ。ありがとうパルフィー。あたしも無殺意の殺意、掴んで見せる!!」
一方のパルフィーはあまり晴れない顔色だ。
「う~ん。正直かなりしんどいからあんまオススメしないんだけどなぁ~。もともと月日輪廻用ってところもあるし、無理に修得せずにすむのならもっと別の方に力を傾けたほうが良い気もするよ? それに、あたしの動物的カンみたいなもので成り立ってるところはあるし……」
するとシャルノワーレが口を挟むように喋り始めた。
「ほっほ。わし、無殺意の殺意、マスターしとったよ。確かに悟るのに苦労したが、使い手に教えを受ければ月日輪廻でも亜人でなくとも覚えられるはずじゃよ。そのおかげで回避率は大幅に上がったわい。家を獲りに行く覚悟があるのなら身につけよ。次期当主が深手を負ったり、最悪死んでしまえばウルラディールは途切れるんじゃからな。命綱じゃよ命綱」
それを聞いていたレイシェルハウトは凛とした表情でノワレとパルフィーを見て頷いた。




