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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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過ぎた老婆心

リジャントブイル学院のアシェリィの召喚術サモニングの担当のフラリアーノ教授には贅沢ぜいたくな悩みがあった。


とにかく女子にモテまくるのである。ちなみに男子にも人気がある。


知的な顔つき、チャーミングな泣きぼくろ、ツヤツヤした黒髪、ガチガチすぎないしなやかな筋肉。


あとは他の教授と違うバッチリ決まったスーツ、オシャレなネクタイ。


中身もほぼ完璧かんぺきで、甘いマスクで物腰柔らかで優して生徒思い。そして講義もわかりやすい。


ケンレンと同じような感じだが、やはり決定的なのはルックスの違いだった。


彼が廊下ろうかを歩いていると女子生徒が行く手をはばんだ。


「フ、フ、フ、フラリアーノ先生ッ!! コレ、受け取ってくださいッ!!」


他の教師ならこういった類のプレゼントはお断りするのだが、人の良いフラリアーノはつい受け取ってしまう。


「ん? は、はぁ……あ、ありがとうございます」


え切らない返事を返すと女の子は逃げていってしまった。


「キャー!!! フラリアーノ先生にこくっちゃったーーーー!!!!!!」


物陰から女子がガヤガヤさわぐ声が聞こえた。


「あー、やはり”また”ラブレターですか。どこのクラスの女子か調べて送り返してもらわねばなりませんね……。大事な渡しものもありうるので受取拒否は出来ませんからねぇ……」


さっきの女子はかなり可愛かった。


かかったデカい魚を平然とスルーするフラリアーノはいつ男連中に刺されてもおかしくはなかった。


そもそもガチガチに真面目な性格の彼だ。


学生連中を恋愛対象にすることなど一切ない。男女間では私情をはさまず、あくまで先生と生徒の関係をおもんじるのだ。


卒業してから告白しに来るツワモノもいるが、今の彼は仕事が楽しくてあまり恋愛に積極的ではなかった。


もしそういう女性が舞い戻ってきても彼はバッサバサと切っていく。男性が好きなんじゃないかと噂されるほどだ。


責任を取るつもりもないのに中途半端に気を持たせるのは決して優しさなどではない。


それが彼の女性関係に関するモットーであった。


ただ、興味が全く無いかといえばそんな事もない。


しかし、運命の相手みたいなものを信じるロマンチストな男なので仕事好きとあいまって浮いた話がなかった。


自室への道筋を歩きながら彼はプレゼントを見つめた。


「う~ん、やはり未開封で返すのがベストですかね……。既読スルーというのは相手にダメージを与えかねませんからね」


こんなところでも相手を気遣きづかって細やかな対処をする。


その結果、またモテるし、フラれたほうはフラれたでまた意地になって燃えるのだ。


鈍いフラリアーノはその悪循環あくじゅんかんに気づかないし、女子達は捨て身で突っ込んでくる。


それが彼の悩みである。基本的に男子の見ていないところで行われるだけマシといえばマシだが。


教授室に戻るとフラリアーノはおくり物を観察した。


「はぁ……。ボルカ先生のとこの……イルーツさんか。出来るだけ早いうちに送り返してしまおう」


彼が差出人さしだしにんを確認した直後、扉がノックされた。


「コンコン」


「は~い」


体をよじってチェアの向きを入り口に向ける。


その後、しばらく沈黙が続いたが誰も入ってこない。


「おかしいな。人気は無かったはずなのに誰がノックを……?」


フラリアーノが首をかしげるとまたノックが聞こえた。


「ココンコン」


教授は扉を凝視ぎょうしした。


「は~い、どうぞ~!!」


少し語気ごきを強める。


するとドアが開いて人相にんそうの悪い盗賊のような男が入ってきた。


「おい、お前ぇ、カネをよこせ!!」


普通ならパニックになるところだが、教授は冷静に推測した。


(学院のセキュリティはかなり高い。こんな外部の低級な物取りが入ってくるとは考えにくい。じゃあなんなんだこの男は……。物取りのフリをしているとしか……)


しばらく沈黙が流れたが相手が先に動いた。


手のひらを顔の上から下へとローラーのように降ろすと男の顔はガラリと変わった。


それを見て、フラリアーノはおどされたときよりはるかに驚いた。


「あっ!! 貴方あなたは!! コレジール先生!! コレジール先生じゃありませんか!!」


そう。侵入してきた強盗はコレジールがイタズラで化けたものだったのだ。


「ほっほ。わしがタダの強盗でないと見きったのぉ。てっきりもっと驚くかと思ったんじゃが。つまらんのぉ」


教授はそれを否定した。


「いや、滅茶苦茶めちゃくちゃおどろいていますよ!! 最近、お話を聞かなかったのでまさかご存命ぞんめいとは思いませんでした!!」


コレジールは苦虫をつぶしたような顔で声を荒げた。


「おんしなぁ、勝手にわし殺すんじゃない!!」


「すすっ、すいません!!」


フラリアーノは思わずチェアから立ち上がって深く深くお辞儀じぎをした。


「もうええわい。顔を上げい。わしはそんくらいで機嫌きげんを悪くするほど短気じゃないわい。それより、おんしも元気そうでなによりよの」


顔だけあげたフラリアーノは満面の笑みを浮かべた。


「先生……!!」


コレジールはオルバとフラリアーノに召喚術サモニングの理論を教えた師匠だったのだ。


これがオルバとフラリアーノの主軸しゅじくとなっていると言っても過言ではない。


理論の完成度は高いが、コレジール本人は実際に召喚することはできない。


なのになぜ理論を学んだかといえば単なる物好きと本人は言う。様々な分野に明るい底知れない人物である。


その頃、屋根裏部屋やねうらべやで寝そべりつつ切手をルーペで眺めていたアルクランツは飛び起きた。


「む……。学内にみょうにデキるヤツが入ってきた……。これは……かなり年齢が行ったヤツのオーラだなぁ……。ナレッジかもしれないな。ま、悪意は感じないからほっとくとしよう。冷やかしにいくのも面白そうだが、今の私の切手ちゃんとのとうとい時間は誰にも邪魔されないのだ!!」


アルクランツは切手に注意をはらいつつゴロンと寝返りを打った。


「ううう!!! 寒ッ!!!!」


コレジールが突如とつじょふるえ上がった。


フラリアーノが首をかしげた。


「そうですか? 部屋の温度は寒くありませんよ? むしろ少し暑いくらいです」


老人は解説を始めようとした。


「これはの、アル……」


すぐに彼は気づいた。


(いかんいかん!!!!! この若造わかぞうはナレッジではない!! ”らぬ者”なんじゃった!! うっかりアルクランツのことをしゃべるところだったわい。危ない危ない……)


そう、フラリアーノはナレッジでは無いのだ。


彼の場合はまだ30代前半ということで余計に真実をしらないのだが。


「ある~、ある、あ、暖かくなってきたわい!! 気にせんでくれ!! 風邪かぜ前の悪寒おかんじゃなきゃいいんじゃがの。ほっほっほっほ!!!!!」


フラリアーノは不思議そうな顔をして聞き返した。


「ところで、今日はなにか御用ごようですか?」


それを聞いてまた師匠は不機嫌そうになった。口をとんがらせる。


「あのな、師匠が弟子に会いに来るのに理由がるか? そんなにわしに会いたくないか」


「い、いえ、そんなことはありません!!」


またもや教授は頭を深く下げた。本当にコレジールには世話になったので文字通り頭が上がらないのだ。


かつてオルバと二人してこうやってしょっちゅう頭を下げていたのを思い出す。


そういえば彼はどうなったのだろうか?


思わずフラリアーノは顔を上げて師匠に聞いた。


「そういえば、オルバは……クレケンティノスは元気でやっていますか!?」


老人はニカッっと笑った。


「ああ、昔の覇気はきは無いが、元気に頑張ってやってるようじゃよ。というか聞くまでもないじゃろ。ライネンテ中央部から南部の豊穣ほうじょうはあやつのしわざじゃ。わかっているクセにやはり昔のライバルが気になってしょうがないと見えた」


それを聞いて召喚術科サモニングクラスの教授は微笑ほほえんだ。


「それは良かった。安心しましたよ。だいたい話は聞いていましたが確証が欲しかったものですから。ですがライバルなんて大それたものじゃありませんよ。いつもクレケンティノスは私の先を行っていたじゃないですが。私は一度も彼に勝ったことはありませんでしたよ」


微笑ほほえみは苦笑いに変わった。


「そ~かぁ~? 確かにおんしが勝てたことは一度も無かったが、わしが見るにほんの僅差きんさだったと思うぞい。ライバルと称するに値する実力を持っておる。おぬしもいつまでもウジウジしてないで胸を張るとええ」


師匠にめられて彼は後頭部をいた。


それはまるでオルバと2人で修行していた時の少年時代を彷彿ほうふつとさせるものだった。


「あぁ、用事というほどの用事では無かったので言わなかったんじゃが……」


コレジールはいくつもの封筒ふうとうをフラリアーノのデスクの上にばらいた。


パッっと見ただけでも10枚ほどはあるだろうか。


「あの……師匠せんせい、これは?」


老人はあごでデスクの上のファイルを指した。


「おんしももう30歳過ぎじゃろうが。そろそろ結婚して身を固めい。わしが良さそうな相手をみつくろってきてやった。そのファイルの中の相手はなかなか良家の美人さんぞろいじゃぞ!!」


フラリアーノは戸惑とまどいを隠せない。


そう、これがコレジールが彼に会いにやってきた理由なのだ。


「良家のお嬢様って……一体、私をどんなふうに紹介したんですか?」


コレジールは得意げに両手でピースサインをとった。


「リジャントブイルの若きエリート教師!! 今もかなりお給料が多いが、これからどんどん増える出世株!! おまけに超イケメン!!」


いくら師匠とはいえこの行為は勝手すぎる。


「私は仕事が楽しくてしょうがないんです!! まだ結婚……しかもお見合いなんてしませんからね!!」


この余計なお節介せっかいは言い合いに発展した。


「オルバは甲斐性かいしょうなしじゃからせめておんし程度はと思ってお見合い相手を必死に探したんじゃぞ!!」


教授側も譲らない。


「さすがにそれは師匠と言えど老婆心ろうばしんが過ぎます!! 恋愛や結婚は私の好きな時にやります!! 放って置いてください!!」


フラリアーノはデスクの上の封筒ふうとうの群れをまとめて師匠に突き返そうとした。


するとファイル達は彼の二の腕に腕章わんしょうのようにひっついてしまった。


「うっ……くっ……!! がれない!! 呪術魔法カーズ・スペルか!! ステルスまでかけて!!」


コレジールは自分が良いことしたな的な表情で笑った。


「お見合いをこなすまではその封筒はがれん!! しかも適当に見合いに挑んでもげないように出来とる。服を脱いでも取れないし、防水加工もしてある。そこらへんは安心せい」


師匠としては早いうちに身を固めてほしいというのがひしひしと伝わってくるが、それにしてもこれは強硬手段きょうこうしゅだんすぎる。


「ぐっ、相手が悪すぎますね……。ここはおとなしくお見合いに参加するしかないでしょう……」


ぐったりした弟子に師匠は満足げに答えた。


「ほっほ!! おんしならきっとすぐにええよめさんがみつかるて。わしはまだしばらくミナレートでぶらぶらしとる。吉報きっぽうを期待しとるぞ!!」


そう言うと老人は部屋を出ていってしまった。


それと入れ違いで白いモップみたいな犬のような校長が入ってきた。


白いヒゲと長い髪の彼は指揮棒タクトを取り出すとタクトをフラリアーノへ振った。


「あ……これは……?」


次の瞬間、お見合いの封筒ふうとうは腕からがれて燃え尽きてしまった。


サーテンブルカンは言う。


「チミぃ……めんどくさい師匠が居ると、タイヘンだよね。んじゃね~」


校長は足早に退室していった。なんだかんだで呪術魔法カーズスペルは解呪されたらしい。


「はァ~!! 校長先生、本当にありがとうございます!!」


大きなため息をついてフラリアーノはベッドに身を投げ出した。


モップの仮装かそうの中でアルクランツは確信した。


「これは……偽死ぎしのコレジールのマナだな。こざかしいなァ。次から出禁にしてやろうっと」


アルクランツは呆れた様子でサーテンブルカンを演じつつ校長室へ戻った。


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