恋愛警察だ!!
ジャングルの遠足で溺れて滝から落ちたファーリスを田吾作は助けた。
それからしばらく密林で一緒に過ごすことになったのだが、それ以来、2人は確実に互いを意識し始めていた。
ミナレート郊外の一番外側に近い場所にトンポリオ公園という公園がある。
ここは町外れだけあってかなり静かで穏やかな雰囲気の公園だ。
気候設定も春になっており、死ぬほど照らされている外部の街並みからは守られていた。
なぜわざわざここに田吾作とファーリスが会いに来るかと言うとうっかりクラス連中に見つかりでもしたらハチの巣をつついたような大騒ぎになるからだ。
2人共、あまり騒ぎ立てられるのは好きではなかった。
ファーリスは秘密主義じみたところがあり、あまり踏み入ったことは語らない。
田吾作は自分の団子っ鼻にコンプレックスがあるためルックスに後ろめたさがあった。
もっともそれは本人の思い込みであり、はたから見ればそこまでブサイクというわけではなかった。
そんな不器用な2人はよくこのトンポリオ公園で過ごす日々が続いていた。
「いやぁ、田吾作。カーニバラー・バトレーエ出場おめでとう。模擬戦、素晴らしかったよ」
ファーリスはドライアドの蜜ドリンクをおごった。
「ありがてぇだぁよ。おらぁこれあまぐて好きだぁ」
嬉しそうに彼はドリンクを飲んだ。
彼の好みをファーリスは熟知していた。
団子っ鼻の青年はニコニコしてガールフレンドのほうをむいた。
だが、肝心の当人は自分のドリンクも飲んでいるのに喉がカラカラだった。
「そそ、そういえば……。君、ヴェーゼスの魅了魔法を自力で打ち破っただろう? そっ、その……あれはヴェーゼス以外に誰か好きな人が居たということなのだよな?」
今まで和やかだった田吾作は急に目線をそらした。
「そそそそそんな事、オラ言っただか? あまりにも夢中で覚えてねぇだ!!」
彼の意中の人とはファーリスだった。だが、ここぞという時に勇気が足りずに逃げに走ってしまった。
(ああああああああ!!!!! おらぁなにやってるだ!!!! このタイミングで告白せんのか!!!!! ああ、でもフラれたらおらぁ立ち直れねぇ!! どうすべぇ、どうすべぇ!!!!)
ファーマーの青年は完全にパニックに陥った。
普通ならここでファーリスが話を終わりにするところだが、彼女は意外と積極的に探りをいれた。
彼女も彼女でもしかしたら田吾作が自分以外の誰かを好きなのではないかと強く不安に感じていたからだ。
「そっか。と、ところで君は今まで彼女とか居たのか?」
虫取り少年みたいな服装の青年は首をブンブンと左右に振った。
「と、とんでもねぇ。こんなに親しくなったおなごはファーリスくらいしかおらなんだよ!!」
意外とアッサリ確信が得られた。
田吾作はまったく自分と同じ事を考えている。
自分もこんなに親しくなった異性は彼だけだ。
青年が命の恩人だというのもあるが、それだけでなく温和で周りをほっこりさせる彼の人柄に惹かれていた。
戦っている時の彼の頼もしさ、たくましさにも。
実のところ、ジャングルで一緒にサバイバルした時点でもう互いに惹かれ合っていたのである。
「なあ、田吾作。私は君にジャングルで助けられていることをとても感謝しているんだ。今でもな。そ、それで……そのあと2人っきりでジャングルをさまよったろ? あの時からずっと思ったんだ。わ、わ、私は……」
潤んだ真剣な眼差しでファーリスは田吾作を見つめた。
ここにきて青年はハッっとした。彼の故郷の村ではおなごから愛の告白させる男はろくでなしなのだ。
急速に頭が冷えた彼はやられる前にやりかえした。
「ファーリス!! おらもだよ!! おらが好きなのはお前だけだ!! よければおらと付き合ってくんろォ!!!!」
灼熱のような熱い愛の告白が人少なの公園に響いた。
しばらく時間がとまったようだったが、ファーリスの頬を涙が伝うと時間が動き出した。
「ひっく、うっ。ううう……」
まさかファーリスがこんな女の子らしい面を見せるとは思わなかった。
それに涙と嗚咽が止まることがない。
もしかしてブサイクに告白されてイヤだったのかと青年はあたふたした。
「ねー、ママー、おねーちゃん泣いてるよ~」
「こら!! 見ちゃいけません!!」
そう言いながら親子がその場から離れていった。
やっと声が出せるようになったファーリスがとぎれとぎれに答えた。
「ち、違うんだ。嬉しい……んだよ……。ずっと……言えなかったから。それに、てっきり……君には別に好きな人がいるかとおもって……」
青年は手ぬぐいを手渡した。
「もうなぐでね。おらも……おらも嫌われたり、他に好きな人がいるかと思って怖くでず~と言えなかっただ。でも、おらみたいなブサイクでいいんけ?」
ファーリスは手ぬぐいに顔を埋めながら答えた。
「うっく……君は……ブサイクなんかじゃないよ。それに……人間は中身が大事なんだ。いくらかっこよくても……君みたいな温かい心がなければダメなんだよ……」
だいぶファーリスが落ち着いてくるのを確認した田吾作は彼女の手を握った。
「おぼえてるだか? ジャングルでひとりぼっちだったおらの手をファーリスが握ってくれたのを。あんときはおらが勇気づけられたが、今度はおらの番だ。手がつめてぇでねぇか。温めてやるだぁよ。ははは!!!! あん時のおらみてぇに今のファーリスは笑ってるのか泣いてるのかわかんねぇど!!」
彼の言う通り、少女の顔色はは泣いたり笑ったりとコロコロせわしなく変化していた。
「そっか。そうだな!! じゃあ田吾作、晴れて私達はカップルだな!!」
ファーリスはスッキリと吹っ切れたらしい。
「んだ!! 仲良くやっていくべえや!!」
2人はにっこり笑いあった。
「あ……でも、クラスの連中にはヒミツだぞ。めちゃくちゃ恥ずかしいからな」
群青髪の乙女がそう言うと団子っ鼻の青年も返した。
「おらもそったらこと知れたら恥ずかしくていられねぇだ。これはナイショにすんべぇ」
互いに視線を合わせると新たなカップルは指切りげんまんをした。
「で、せっかく付き合うことになったんだ。彼氏彼女らしいことをしようじゃないか」
田吾作は顔を赤らめて戸惑った。
「彼氏彼女らしいこと!? そったらこといったらおめぇ、アレとか、ソレとか、ナニとか……」
思わず2人はあんなことやそんなことを想像して黙り込んでしまった。
彼らは超がつくほど非常にシャイでウブだったのだ。
ファーリスがせき込んで仕切り直した。
「ご、ゴホン!! せ、異性交友の節度はまもっていこうな。そうだな……カップルらしいことか……。そうだ。田吾作と呼び捨てるのもアレだから互いに呼び名を決めよう。君の場合は……た、たーくんとかどうかな?」
それを聞いた青年は腹を抱えて笑いだした。
「ひーっひひぃ!! たーくん!! たーくんとか初めて呼ばれただよ!! でも悪くはねぇ……いや、良い呼び名だべ!! ほんじゃおらは”ふぁーちゃん”でどうだあよ?」
ファーリスも思わず笑いだした。
「ふぁーちゃん!? あっはっは!! 私もそんな呼び方されたことないぞ!! とてもこそばゆい感じがするが、君が決めたのならそれでいい。いや、いい呼び名だ!!」
こうなるとすっかり2人の世界にはいってしまった。
「たーくん♪」
「ふぁーちゃん♥」
小さな子が見ていてもお構いなしのバカップルである。
「ねー、ママ~」
「こら!! 見ちゃいけません!!」
またもや少女は母に引っ張られていった。
そんな2人を観察している人物が居た。
そう、ナッガンクラスの自称、恋愛警察ことカルナである。
茂みの影から一通りの会話を聞き取って様子もしっかりチェックしていたのである。
「グフフ……ジャングルであの2人がいい感じになってたって情報は確かだったわけアルね。そんでもって模擬戦での好きな人宣言。そして愛の結実!! たまらん……いや、素晴らしいアルな。グヘヘヘ…………」
よだれを垂らして凝視するカルナにゲンコツが落ちてきた。
「いっつ~!! ヴェーゼス!! なにするアルかぁ!!」
ヴェーゼスはカルナを卑下するような目で見た。
「アンタ、サイテーの趣味ね。人の心配するヒマがあったら自分の心配しなさいな」
エセチャイナ服の少女は口を尖らせた。
「そんなこと言ったらヴェーゼスだって観察してるじゃないアルか!!」
恋の見届人はきっぱり否定した。
「アンタと一緒にしないで。私は見守り兼、アンタの監視役だから。もしこのことをクラスのみんなにばらしたらどうなるか……賢いカルナちゃんならわかるわよねぇ?」
急激にカルナの顔色が青ざめた。
「あわわわわ……。わ、わかったアル。絶対に言わない!! 絶対に言わないから命だけは助けてほしいアル……」
金髪ロングのスタイルバツグン美女は満足げに笑った。
「あらぁ……物分りのいい娘はきらいじゃないわよ。あなたとわたしのパワーバランスはもうイヤってほどわかってるでしょうからね」
一体、どういう力関係があるのかはよくわからなかったが、カルナは酷くヴェーゼスを恐れていた。
恋愛警察が暴走しないのは彼女がストッパーになっているからである。
色恋沙汰の魔術を使いこなす人物はまた恋愛の秩序をも守る責任もあるのだ。
そういう意味では真の恋愛警察はカルナではなく、ヴェーゼスである。
結局のところ、アルアル少女は野次馬に過ぎなかった。
それでも彼女はラブ・ポリスを名乗り、あちこちを冷やかして回るのだった。
その結果、いつのまにかヴェーゼスはカルナとつるむことになり、不本意ながらコンビ扱いされている。
影の恋のキューピッドは頭を抱える日々を送るのだった。




