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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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おっさんの猫なで声

新種生物「パルモア」の捕獲に旅立ったケンレン教授は興奮のあまり前日、なかなか寝付けなかった。


9時に寝ようとしたが眠れない。それでも9時半にはきっちり眠る。


彼はそういったストイックなおとこだった。


特性の黒いタワー型リュックサックを背負って彼は朝早くヨーグの森を探索し始めた。


あたりには朝霧あさぎりが立ち込めており、視界が不明瞭ふめいりょうだった。


ケンレンは入念な情報収集をしてから森へとみ入れた。


なんでもこのヨーグの森は長いこと二足歩行の恐竜「アテラサウルス」が旅人を襲う危険な場所だったという。


ちなみにファイセルもルーキーの時に酷い傷を負った因縁いんねんの地でもある。


住民の話によれば突然変異で発生した恐竜の女王であるジャイアント・アテラ・クイーンの出現でケルクは危機にひんした。


だが、腕利きが女王をハントしてから一気に他のアテラサウルスの駆除も進んだ。


行く手をふさがれる商人やキャラバンにとってはたまったものではないので、多くのハンターや冒険者を雇ったためである。


いままで抜けるのが命がけとされてきたこの森は平穏な地に変わった。


それでも時折ときおり、生き残りのアテラサウルスが出ることもある。


そのため、ケルクでは今も商人やキャラバンと冒険者の関係は以前とあまり変わっては居ない。


ただ、実際に怪我人けがにんが出たという話は聞かないのでかなり安全性は確保されているように思えた。


それでもケンレンは油断しなかった。


四方八方に注意を払いながら少しずつ森を進んでいく。


地元の人、いわく「結構あちこちにいる」との事だったので教授は息をひそめた。


生命の気配を感じ取ったテイマーは素早くしゃがんで草むらから飛び出していたリュックサックを隠した。


そして腰からぶら下げていた双眼鏡で対象を観察した。小声でつぶやく。


(ふむ……。スケッチのとおりだ。シルエットは二足歩行の恐竜とかわらない。だが、ウロコは無くツヤツヤしている。後頭部には葉っぱが生えていて、手足はまんまるい。あれなら他の生物に傷をつけることはなさそうだが。そして長い尻尾があるな。体色はオレンジ色のみ。まだ派生種が生まれていないといったところか。そして極めつけはあのギョロッとしたこぼれ落ちそうな眼球がんきゅう。気味が悪いが、慣れればあばたもえくぼだな)


観察者は双眼鏡そうがんきょうとメモ帳を交互に見て簡易レポートをかきあげた。


(よし!! 次は楽しみにしていた飼いならし(テイミング)だ!! 彼らはどんな生物なのか。そしてどんな反応を示してくれるのか。んんッ!! たまらん!!)


パルモアティ・パルモアは長い舌をペロペロと伸ばして葉っぱを食べていたが、もう少し高いところに実っている果実を食べたがっているようだった。


(急激な増加によって木の実が全体に回らなくなったのだな。まぁ食料には困っていないようだが、それがキーになる)


ケンレン教授は目立つリュックサックを茂みの裏に隠すと少しずつパルモアの群れに近づいた。


彼の身長はおよそ2m。パルモア背丈せたけには個体差が大きかったが彼より一回り大きいものから、一般的な成人男性くらいの大きさまで様々だ。


普通に歩いて近づいたらかなり威圧感を与えてしまうことになる。


ケンレンは姿勢を低く保つとゆっくり、ゆっくりと近づいた。


そしてファースト・コンタクトをとった。


(トーク・トゥー・キャッツの猫なで声!! チッチッチッチ。にゃ~んにゃ~ん。いい子だね~。おいしい実があるんだけど食べたくはないかい? イジメたりはしないから。ほ~ら。おいで~。おじさんこわくないよぉ~)


教授は赤子をあやすようにカン高く、びた声をかけてそうパルモア達に呼びかけた。


パルモアが言葉の意味を理解していないのはわかりきっていたことだったが、それはそれとしてケンレンのこの猫なで声の効果は抜群ばつぐんだった。


視線があった直後は逃げ出しそうだったパルモアがあしを止めたのである。


手早くリュックサックから真っ黒な皮のカンラの実を取り出して両手に抱える。


そしてまずは1つ、その実を地面においてみた。そのまま後退あとずさりする。


すると3体の新種生物が近寄ってきて実をがっつきはじめたのである。


「よぉし……いい子だ」


またもや距離を置いてから実を置く。これを繰り返すにつれてどんどん両者の距離は縮まっていった。


(これなら触れるんじゃないか?)


実を食べ終えてリラックスしたのかパルモアはおとなしくなった。


ケンレンは一番大きく、自分がギリギリで乗れそうな一体の体にふれた。


「ヒタ……ヒタ……」


なんとも言えない弾力のある肌をしているが、これならくらが無くても乗れそうである。


他の個体が居ないかどうか、教授はより細かい木の実であるドドゥの実をあたりにばらまいた。


するとあちこちからドタドタと走る音がする。


森中の木の実に飢えたギョロ目の新種生物が大挙たいきょしてよってきたのだ。


「やはりそうか。食べ物には困っていないようだが、木の実までは行き届いていない。よっぽど食べたいに違いない」


いつのまにかケンレンはペタペタのちょっと気色悪い生物にまれていた。


「研究するにはある程度の頭数が必要だ。これならテイミング難易度Dだな。私の担当クラスの生徒でも手なづけられるだろう。30頭ほどミナレートに連れて帰るか。バーフィー!!」


彼は使い魔を呼んだ。するとあっという間に青いカラスが飛んできた。


昨晩は闇夜に解けていたが、今は空模様にステルスしていた。


「ダレニ、ナンノコトヅテダ」


前はふみをくくりつけたが地味にしゃべることも出来る。


「新種生物のテイミング実習をやる。リジャントブイルのケンレンクラスの生徒達全員にケルクまで集合するように伝えてくれ。臨時の遠足だ」


空カラスはコクリコクリと首を縦に振った。


「アイワカッタ」


そう言い残してバーフィーは学院へと向かった。


「しかし、むおっぷ!! こうもみくちゃにされるとだな!! ははは、くすぐったいぞ!! ベロでナメるんじゃない!! ふはははは!!!!!」


満足するまでケンレン教授はパルモアにまれまくっていた。


気づくと持ってきていた実は全て食べられてしまっていた。


食べ物がないとわかるとパルモア達は散っていった。


「うーむ。ちょっと不気味だが、愛嬌あいきょうのある生物だ。気に入った!! 少し早いかもしれないが、テスト試乗といこうか」


この一番大きい子ならば背丈せたけ、脚の筋肉のつき具合、バランスをとる長い尻尾からして大柄おおがらな私でも騎乗きじょうが可能だろう。


ケンレンはパルモアの肌をヒタヒタと触った。


目玉はギョロギョロ動いているが、落ち着いてはいる。


「それじゃあ失礼するよ。重かったらすぐに言うんだぞ?」


彼は奇妙な新種生物にまたがった。


「うむ!! 良い乗り心地だ。しかもおとなしいからさして暴れることもない。それに、餌付えづけしてからなつくのも早い。これなら誰でも扱える交通のかなめとしての活用ができるやもしれん!! さらなる研究が必要だな」


教授はガッツポーズをとった。


「村の中で既に乗用化させられていたところからするに、調教難易度はあまり高くないようだ。まぁあまり賢い生物では無さそうだからエサで釣っている面はあるのかもしれんが、ノットラントのネズミ型二足歩行動物のピリエーほど頭が悪いわけでは無さそうだ」


無理に走らせることをせず、動物マニアはパルモアから降りた。


「今日はありがとうな。楽しかったよ。もう少ししたらまた来る。私と君は相性が合いそうだ。よかったら学院にこないか?」


彼はいつも本気で動物や魔物に語りかける。


「まぁ無理強むりじいはしないさ。また会えたらいいな」


そう言って教授はパルモアの1団に背を向けた。


地面に置いておいたタワー型リュックサックをしょって帰ろうとすると食べ物という食べ物が全てなくなっていた。


「なんてこった!! 雑食性なのか!? 缶詰までこじあけられている!! 賢くないというのは撤回だな」


その後、ケンレンはとってあった宿の部屋に戻って一息ついていた。


「ああ、素晴らしい充足感。エキサイトの連続。これだから素潜りテイミングはやめられん。さて、興奮冷めやらぬうちに研究論文を書くか」


彼はそう独り言をつぶやくと机にかじりついた。


このヒゲ面の男性はただのテイマーではない。


生物や魔物全般を研究する研究家でもあるのだ。


ゆえ希少生物きしょうせいぶつ保護官のボルカとは交流が深いのである。


ただの脳筋バカではなく、インテリなのだ。


そのため、生徒たちの尊敬の的だが、今回のようにちょっと変わった一面があるのは知られている。


教授は急な招集しょうしゅうをかけたが、担当クラスの生徒達はきっと意気揚々(いきようよう)とやってくるだろう。


普通、遠足はこうあるべきであって楽しいはずなのである。どこかさんのクラスはそうではないらしいが……。


ともかく、ケンレンは他のクラスの生徒からも入りたいクラスといわれるほどの優良クラスだった。


ガチガチに戦闘訓練したりするスパルタなクラスは全体の2~3割に過ぎず、他はナッガンクラスほどしごかれたりはしてないのである。


もっとも、いくさにそなえて最低限の武芸ぶげいは叩き込まれるのだが。


ここは武のリジャントブイルとして妥協できない点である。


だから新入生や初等科エレメンタリィともかくとして基本的には戦いの足手まといは居ないことになってはいるのだ。


ちなみにケンレンは内戦の真実を知る”ナレッジ”だが、その真実を教え子に伝えられないことを内心では心苦しく思っている。


真面目な生徒ほど国防のために武を極めているわけで、実はそれが人の欲にまみれた争いだったこと。


そして都合のいいように一部の人間によってあたかも総意のように創られたのが今の世界だということ。


そんな事、言えるわけがなかった。


そんなことがまた頭をよぎってケンレンはペンを止めた。


「朝から興奮しすぎたか……少し……昼寝でもするか」


彼はベッドに身を投げ出すとそのまま眠ってしまった。


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