いかん、楽しみすぎて眠れん!!
パルモアティ・パルモアの捕獲、研究に対して許可の出た教授、従魔のケンレンは聞き取りを開始していた。
無害な生物とあって遭遇を狙ってそのまま出かけるのもアリだったが、彼は用心深かかった。
まずは学内中に評価点付きでパルモアの目撃情報を募った。
北部ではめったに見かけないとされていたが、なにせ学院生の行動範囲は広い。
ポロポロとやがてあふれるように情報が集まってきた。
だが、どれも遭遇したという話のみで濃厚接触者は居なかった。
それは17組目の面談の時だった。
黒髪で素朴な好青年と子供のようだが美しく青い長い髪を垂らした女性生徒とのペアだ。
同じ漆黒のエンゲージ・チョーカーをしている。おそらく夫婦なのだろう。
世間一般では年齢的に結婚していてもおかしくはないが、学院生の婚姻率は低い。
学生という身分があるから当然といえば当然なのだが。
ケンレン教授はいかつい顔をしていたが、にっこりと柔和な顔色へ変えて彼らの緊張を解いた。
「やあ。ファイセル・サプレくんとリーリンカ・サプレくん。まずはソファーに座りたまえ。パルモアと遭遇したようだね。詳しい話を聞かせてくれるかな?」
森のなかで出会った不思議な老人のおかげでヨーグの森でGAQを撃破した事から話は始まった。
そして森の中で新種を発見したこと、老人の知恵でパルモアを手なづけたことを夫妻それぞれが振り返った。
そしてそのまま南部の街のシリルまで乗っていった事、教会の巫子が残りを連れ帰っていたこと……。
彼らははパルモアとの濃厚接触者だったのだ。
「ふむ……思ったより事態は進展しているようだな。ケルクまで運んできたのだな。だが、その話通りならヨーグの森周辺なら既に飼いならし(テイミング)に成功している可能性が高い。実際に現地に足を運んだほうが速いかもしれんな……。ところで、さきほどから出てくる老人というのは? どうもただの老人とは思えんのだが……」
ファイセルとリーリンカは顔を見合わせた。
匿名性を重んじるハーミット・ワイズマンの教えからするとここで師匠の名前を出すのは禁忌である。
なのでファイセルは適当にはぐらかした。
「う~ん、初対面だったんですけど、リゴリーって言ってたかな。なんかすごい使い手で恐竜の女王とのバトルもテイミングもお手の物でした」
クセのようにケンレンは黒々としたヒゲをさすった。
「ふむ……。聞いたことの無い名だな」
もし、ここでコレジールと名乗れば一発で身元が割れてしまうだろう。
2人は更に踏み入った話にはいった。
「私達は魔物や動物のテイムや生態にはそこまでくわしくないんですが、パッと見、害意のある生物には見えませんでした。むしろ人を見ると逃げていきますし、かなり臆病な生き物なんじゃないでしょうか」
リーリンカがそう言うとファイセルは首をかしげた。
「確かに危険な生物には見えないけど、なんか気持ち悪いよね。主に目が」
ギョロギョロっと飛び出しかけた目を3人は想像する。
熱心にケンレンは聞き取りを続けた。
「現在、我が国の主な交通手段は巨大なナメクジ、ウィールネールだ。それなりに賢いが大量の葉っぱを食べるし、寒さや塩分には弱い。ノットラントのピリエーよりはマシかもしれんが、それでも欠点は多い。素人目でいい。パルモアは頼国(ライネンテ」の交通革命となりうると思うかね?」
ファイセルとリーリンカは目を見合わせた。
息を合わせて2人は答えた。
「なると思います」
しかし、なぜだか妻の方はあまりいい顔をしていない。
「ただ……既に調教済みの個体が教会本部に到着していることでしょう。きっとそれは教会の手柄ということになります。そうなるとより多くの信仰を教会が集めることになる……」
教授は少し驚いたようだった。
この国には教会アンチのほうが少ない。それでも抵抗感があるということは教会の内情を知っている可能性があった。
教授は軽く探りを入れてみることにした。
「リーリンカくん、君はどうしてそんなに教会を毛嫌いするのかな? 無神論者かなにかかね?」
彼女は不機嫌そうに目線をそらした。
「とッッてつもなくイヤな奴がいるだけです。ルーンティア教自体の教えには賛同できますが、教会はそれとは別です。武力を蓄えているのもきな臭いです」
さすがにこの2人がナレッジなわけはないか……そうケンレンは思った。
「よくわかった。ありがとう。君たちのノウハウのおかげでスムーズにテイミングできるだろう。さっそく私が直接、現地に出向いて手なづけてみることにしよう」
常人にならばそんな無茶はするなと止めるところだが、相手は従魔のケンレンである。
その心配はいらないだろうとサプレ夫妻は思った。。
ファイセルは疑問を浮かべた。
「ところで、パルモアを捕まえてきてどうするんですか?」
教授は整えたヒゲを撫ぜた。
「研究してより優れた乗用に品種改良する事になるだろうな。なに、そんな顔をするな。手荒に扱ったり嫌がるようなマネはせんよ。もっとも、教会がどう扱うかまではわからんがな。おっと、牧場の建設許可を校長にもらうのを忘れていたな。後で申請しておくこととしよう。さて、2人とも、本当にありがとう。評価点を入れておくからな」
大きな手で彼はサプレ夫妻の手を握った。
いかつい手をしていたが、その手のひらは暖かかった。
教授室から出るとリラックスして2人は語り始めた。
少し緊張していた様子のファイセルがつぶやく。
「なんかごっつい人だったけど、優しい人だったね」
リーリンカは肩をすくめた。
「基本的に心優しい者にでないと動物や魔物は心を開かん。ケンレン教授は優しい瞳をしていたぞ?」
言われてみれば見た目に反して彼の物腰は柔らかだった。
「お前と似た目をしていたよ。お前も訓練すればアニマル・テイマーにくらいならなれるんじゃないか?」
ファイセルは歩きながら後頭部に手を組んだ。
「アニマル・テイマーかぁ。悪くないかもね。でも僕は多少、無茶が効くマジカル・クリーチャーのほうが向いてるかな。手なづけた動物が死んじゃうとか耐えられないからね。そういうのがイヤだからウチはペット飼わないんだよ」
リーリンカはファイセルの肩を叩いた。
「フッ。それには同意だな。ウチもそういう理由でペットは飼わないんだ」
2人がのらりくらりと教授室を後にしている頃、ケンレンは猛スピードで旅の支度をしていた。
彼は独特なタワー型リュックを愛用している。
これなら大量に物が入る上に、重いものを運びやすい作りになっている。
登山の山小屋に物資を運ぶキャリアーと似たようなものである。
必要な物を吟味しつつ、長期戦にも備えてアイテムを入れていく。
最後に連れて行く動物、あるいはモンスターの選定だ。
「ふむ……。どれか連れて行こうかと思ったが、下手に頭数を増やすとパルモアに警戒される恐れがある。それに私1人でなんとかなるだろう。今回は単独行動で行くか」
テイマーと言うと使役している動物・モンスターに頼り切っているイメージがあるが、ケンレンはかなり肉体派で素手での戦闘が可能だ。
捕獲時に対象を傷つけないという目的のために鍛え上げられたフィジカルなのだ。
「では行くかな!!」
彼はクラウチングスタートの姿勢で走り始めた。
あまりの速さに強風が吹き抜けたかと街ゆく人が錯覚するレベルだ。
そのまま大して休憩もしない間にぐんぐん南下していく。
ミナレートからヨーグの森へはウィールネールを使うと5~6日かかるが、彼のレベルになると朝から走って夕方には到着する。
ある程度セーブしたのでケンレンは汗もかいていなかったし、息も上がっていなかった。
学院の新進気鋭の教授は伊達ではなかった。
ヨーグの森の最寄りの村、ケルクに到着した彼は少し驚いた。
自分の身長が2m10cm。その2倍くらいある恐竜の頭蓋骨が村の入口に吊るされていたのだ。
「こ、これは……ジャイアント・アテラ・クイーン……。しかしめったに見かけないサイズだな……。これをあの2人と老人と教会の守護騎士が倒したというのか……?」
村に入るとさっそくパルモアが目に入った。
村の近辺ではテイミングのノウハウが確立されているらしく、いたるところにパルモアがウロウロしていた。
臆病と聞いていたので、接触や捕獲に難儀するかと思われたが余計な杞憂だったようである。
だが、ケンレンはあえてそれらの情報を聞かずにその日は宿に泊まった。
情報収集は大事だ。だが、こう、なんというか、飼いならしに関しては強いこだわりのようなものが彼にはあった。
実際に天然物に接してみて、その生物の本質を知る。
他人の情報や話でなく、まずは自分で隅々まで確認したり触れてみたりしたい。
一見して遠回りに思えるが、こうやって開拓していくほうが生物との絆はより深まる。
もちろんこの方法は危険性も伴う。事実、ケンレンの体は傷跡だらけだ。
バスタブでぼんやりとそんな事を考えていたが、ふやける前に彼はバスルームを後にした。
自室に変えると彼は机に座った。
「これは希少生物とは言えないが、ボルカ教授としてはキープしておきたいだろう。もう知っていそうな気もするが、文をしたためておくか……」
サラサラっとやや荒い筆跡を残すと彼はいつの間にか現れた闇夜に溶けるカラスに手紙を結びつけた。
「頼んだぞ。バーフィー!!」
夜を駆けるようにしてその使い魔は消えた。
「さて、寝るか。ベストを尽くすには早寝が原則だ」
まだ夜9時だというのに彼は横になった。
しかし、瞳を閉じてもパルモアの姿が目に焼き付いて離れない。
「いかん、楽しみすぎて眠れん!!」
仕方なくもうちょっとケンレンは起きていることにした。




