校長の屋根裏部屋とお気楽な一日
校長、サーテンブルカンの正体は年端もいかぬアルクランツと名乗る少女だった。
それを知った面々は顎がはずれるほど驚愕したが、当の本人はあっけらかんとしている。
むしろ、その状況を楽しんでさえいるようにも思えた。
なんとも意地の悪い魔女である。
だが、彼女のベースとなっているのは間違いなく何の変哲もない少女である。
優秀な教授陣の能力を全て吸収してはいるが、時折、年相応にいじけたりグレたりする。
そういう子供っぽいところに学内のナレッジ達はしばしば振り回されるのだが。
彼女はだいたい校長室に白い毛むくじゃらの皮をかぶって座っている。
これが暑くて、息苦しいらしくアルクランツはこの姿は大嫌いである。
それに、校長室を訪ねてくるのは基本的に教授だけである。
しかもハンコを押してくれだの、サインをくれだの極めて事務的なものでしかない。
これがあまりにも退屈極まりなく、何かトラブルでもないのかと思ってしまうほどだった。
そんな彼女にも楽しみがないわけではない。
人があまり来ないのをいいことにおやつを貪っているのだ。
「じゃじゃ~ん!! 今日は胡椒・ペッパァ・アイスクリーム!!」
彼女はかぶりもの越しにペロペロと氷菓をなめはじめた。
そして彼女にはもう1つ、密かな趣味がある。
「誰も来ないし、いっか」
皮を脱ぎ捨てて少女の姿をさらけ出したアルクランツは机の引き出しから白い手袋を取り出した。
そして引き出しを決まった順で引き出して、決まった順番で収めると背後から隠し階段が降りてきた。
魔女の屋根裏パラダイスへつながるヒミツの階段だ。
アルクランツはそれを登るとそこには手狭でこじんまりとした小部屋があった。
マギ・ランタンで暖かでほのかな光で照らされている。
ここには彼女が蒐集している多数の貴重品が眠っているのだ。
下手に光を当てると劣化しかねないので鑑賞するときだけ淡い光で照らすのだ。
様々な骨董品や値打ち物も守備範囲だが、校長の専門は主に切手とコインである。
そのコレクションは価値が付けられないほどレアだが、プライスカタログと照らし合わせるだけで小国をいくつか買えるレベルだ。
もちろん値段がついたところでそれを売るわけもなく、彼女はひたすら集め続けて愛でているのだが。
年の割には渋い趣味である。
本人もそれは自覚していて、きっとこれは誰かの趣味が移ったものだと思っている。
それでも楽しくてやめられないのだからもはやそれは自分の趣味と断言できた。
彼女は白くて上質な手袋をして丁寧にコインと切手を扱った。
虫眼鏡を近づけたり遠ざけたりしてじっくり観察する。
「う~ん。フラリアーノの若造の持ってきたジュエル・デザート限定販売の切手と、王族の即位記念コイン……いいねぇいいねぇ!! どっちも人気だから王族が即位するとすぐに売れちゃうんだよね!! 前のグラースル王のは持ってるから切手とコインが発行された年以降は全部コンプリートぉ!!」
アルクランツはこうやって切手やコインを観察し始めると時間を忘れる。
たまに一日中、眺めていることがあるくらいだ。
「う~む、やっぱコレだよね。オルバンネンの鋳造ミスのコイン。1つのはずの穴が2つあいちゃってんの。しかもそれでいて生産数が少ない年数のコインなんだよ~。はぁ~、たまんないなぁ~」
この趣味を知っているのは学内のナレッジの教授くらいなものだが、誰もこの隠し部屋には入れたことがないので実際に彼女がこうして過ごしているのは誰も見たことがない。
ただ、ナレッジでなくても校長が切手とコインを集めているのを知っている者は多く、多くの教授や学生はそれらをプレゼントに選ぶ。
もちろん大して価値の無いものも多くもらうが、彼女はそれを大事に扱って捨てたりすることは決してない。
贈ってくれた人に対する感謝は欠かさないのだ。
そこらへんは彼女の母の教育がしっかりしていたからなのだろう。
命を吸っただけあってアルクランツは異常なまでの記憶力を持つ。
そのため、誰がその切手やコインをくれたかを鮮明に覚えている。
そんなことまで覚えている必要はないのになと自分でも思いつつも忘れることはないのだ。
居心地のいい屋根裏部屋で彼女はゴロリと横になった。
クラーナ高原のコーヒーの日の切手を仰向けで見つめる。
「あ……いけない。長いこと時間を潰しすぎちった……」
彼女はコレクションを丁寧に片付けると校長室へと戻った。そしてまたすぐに変装した。
皮を被ったことによってまたムシャクシャしてきたので今度は爆裂海藻ヨウカンをそのまま封を開けてかじりだした。
甘さと炭酸のようなシュワシュワが舌を刺激する。
基本的に彼女は甘党で、スイーツばかり食べている。
だが、不思議と体を崩したり太ったりはしない。
これには諸説あるが、体の構造が7歳前後で固定されているだとか、マナの消費量が常人より激しいなどの考察がなされている。
とはいうものの、これもミステリーの1つで、実際はどうなのか誰も知らない。
ファネリはよく暴食を止めることもあるのだが校長がそれを聞き入れる様子は全くなかった。
その時、ドアがノックされた。
「コンコン、コココン、コココココン」
特定のリズムのノックであり、まるで暗号の信号のようだった。
「ん。ナレッジだな。入っていいぞ~」
入ってきたのはイカツイ顔をした濃いヒゲをはやした中年男性だった。
ただ、そのヒゲはしっかり手入れがされており、ジェントルマンといった風だった。
「なんだケンレンか……」
ケンレンと呼ばれた男は深くお辞儀をした。
「これはこれは。アルクランツ様、今日もご機嫌麗しゅう……」
アルクランツは素顔のままケンレンと接している。
そう、この教授は若くしてナレッジである腕利きなのだ。
従魔の二つ名を持ち、動物や魔法生物、果てはモンスターまで手懐けるテイマーの天才である。
「んで、なんかあったのか? お前はライネン・ダイスは弱いからつまらん。まぁでもわざわざ来たのなら相手をしてやるか……」
校長は引き出しからすごろくのようなゲームを引っ張り出してきた。
「はは……。校長が運が良すぎるだけなのですよ。それに別の用事があったのですが……まぁいいでしょう。ゲームをしながらでもお話しましょうか」
そういう言うと2人は互いにダイスを振り始めた。
「で、用事ってなんだ?」
ケンレンは整ったヒゲをさすりながら報告を始めた。
「ここのところ、妙な新種が国内に出現していまして……。主な分布は中部から南部です。まだ北部での目撃情報は限定的です。温厚な性格のようで人に傷をつけたという報告はないのですが……これです」
彼はその動物のスケッチをアルクランツに見せた。
「え……ナニ、この気持ち悪い生物は……」
体格は小型恐竜のようだがウロコは無く、ツルツルだ。
オレンジ色の体色をして目がギョロッと飛び出している。
「パルモアティ・パルモアと呼ばれているそうです。なんでも教会が発見したという報告が上がっていますが……。小回りが効いて、燃費もよく、脚も早い。頼国の交通革命だと担ぎ上げられているようなのですが……。どうお思いです?」
幼女は肩をすくめた。
「どうって……別に害が無いならいいんじゃないか? 教会の手柄になるのは癪にさわるが。でも、話によるとすごい勢いで増えてるんだろ? 生態系とかへの影響はないのか?」
従魔は同意するように頷いた。
「今のところ、生態系に大きな影響は与えていないようです。植物なら何でも食べますが、あまり暴食というわけではありませんし。ですが、不確定要素は潰しておきたいし、あわよくば彼らを有効活用できればと思います。そこでなのですが、早速、パルモアティ・パルモアの捕獲、研究に着手したいと思いまして。この書面にサインを頂きたいのですが……」
アルクランツはヒステリックに頭を掻きちらした。
「あー、もー!! またサインかよ!! お前らサインサインって!!」
急に幼女はダダをこねはじめた。
これをうまい具合にやり過ごすためにケンレンは話題を変えた。
「そ、そう言えば、先日、一気にナレッジが増えたそうですね。しかも学生だとお聞きしました。どんな感じですかな?」
校長はクシャクシャになった頭を手ぐしで直した。
「連中は秘密結社ROOTSの所属だからな。学院を背負っているあたしとは立場が違う。まぁ打倒ルーブという点では利害が一致するからいざというときは手伝ってやらんでもない。それに、もしルーブが楽土創世のグリモアを手にしようものならそれこそとんでもないことになる。それだけは阻止しないとな。まぁお前はROOTSとは関係ないから連中のゴタゴタに付き合う必要はないんだぞ」
それを聞いたケンレンは疑問を浮かべた。
「しかし……学院を維持するような重要なナレッジにこんなに若い私が加わってもよかったのですか? やはりファネリ老のような重鎮の方を選ぶのが適任なのでは?」
校長は気を取り直してダイスを振り始めた。
「あのな、そんな頭の固いジジイババアだけで固めてどうする。次世代の世の中を作るのには若くて頭のやっこいヤツが必要なんだよ。それにナレッジの居る組織では大なり小なり世代交代が進みつつある。教会なんて若いナレッジがうじゃうじゃいるんだぞ? それなのにこっちが高齢集団ってのもどうかと思うだろ。お前も、もっと自信と矜持を持って行動しろよな」
若い世代のナレッジは笑った。
「はっは。私だって40代ですし、そこまで若いというわけでもないでしょう。それこそ、この間ナレッジになった学生連中のほうがよっぽどフレッシュです。彼らは頼りないところもありますが、それを覆す勢いがある。きっとやってくれると思いますよ」
不満そうにアルクランツは頬杖をついた。
「またまた~。計画通りに行くなんて思っても見ないくせによく言う。お前は疑り深いからな。そこが長所でも有り、短所でもある。ま、あたしはお前のそういうとこを買ってるんだけどな。あ、6面ダイス5個がオール6で30マス進撃な」
思わずケンレンは額に手を当てた。
「えぇ!? それは運がいいとかいうレベルでは無いですよ!! イカサマしてるでしょう!?」
校長は抗議した。
「そういうところが疑り深いつってんだ!!」
だが心の中で幼女はペロッっと舌を出していた。
(ま、イカサマなんだけどね……)
結局、その日は2人で日がなボードーゲームに熱中していたがヒゲ中年の納得するような結果は全く出なかった。




