全部が一体のるつぼ
ジュリスとシャルノワーレの正面衝突が始まった。
赤髪の先輩は出来る限り肉体強化してコマのように高速回転し始めた。
一方のエルフの少女も同じように両手に真っ赤な双剣を構えて体を猛回転させた。
「チィン!! チュウゥン!!」
まるで金属同士がぶつかりあうような音がする。ジュリスは素手にもかかわらずだ。
「くっ!! ありえない!! なんて硬度なのかしら!?」
しかし、さすがに素手の方は全く無傷というわけにもいかず腕周りに深い傷を負っていった。
「くぅ~。痛って~!! でも体術しか使えねぇしなぁ!! これで足までやられたら勝ち目は無くなる!! くっそ~!! 俺、万事休す!!」
その時だった。シャルノワーレの背後の扉がゆっくり空いた。
まだそれにエルフの少女は気づいていない。
ジュリスが回転しながら覗き込むとそこには息を殺したグスモがいた。
互いに無言のまま呼吸を合わせた。
「ギュムゥッ!!」
首を締め上げられたノワレが天井へと登っていく。
彼女はすぐさま反応して首を締め付けていたロープを切断した。
だが、そのスキを赤い髪の青年は見逃さなかった。
「腕は痛ぇからこっちをくれてやる!!」
思いっきり脚に力を込めると強烈なムーンサルトキックを放った。
「がっはァ!!」
シャルノワーレは上方向に思いっきり打ち付けられて天井にめり込んだまま意識を失った。
無言ながらも見事に息の合ったコンビネーションに思わず勝者2人はハイタッチした。
「っしゃあ!!」
「うっし!!」
その直後、ジュリスが顔を歪めた。
「あ~、腕やられてんの忘れてた~……。痛っつ~。俺ってばバカだったぜ。それよりグスモ、お前、無傷じゃねぇか。猛者揃いの中で大したもんだぜ」
罠師の少年は照れながら謙遜した。
「いやぁ……あっしは逃げてばっかでやんしたから。それよりジュリスの兄貴、これを傷に塗ってくだせぇ。里に伝わるおばけガマガエルのアブラでやんす。下手な回復薬や解毒剤より効果があるでやんすよ。これをゆっくりと傷口に塗り込むでやんす」
その軟膏は鈍く金色に輝いていて、かなり怪しげだった。
「お、おう……。じゃ、じゃあ有難く塗らせてもらうぜ……」
ジュリスは傷だらけの腕に恐る恐るアブラをすり込んだ。
「う、うおあああぁぁぁぁ!!!!!! なんじゃコレ!! 痛ってえええぇぇぇ!!!!」
深い傷を負った青年は腕を抱えて転がりまわった。
「そこをなんとかこらえるでやんす!! 良薬、口に苦しでやんす!!」
しばらく転げ回っていたジュリスはぐったり死んだように床に突っ伏してしまった。
そのまま様子を見ること5分程度が経過した。
「お……お? 痛くねぇぞ? 傷もかなりふさがってやがる……!!」
怪我人は負っていたはずの傷にもかかわらず腕立ての姿勢で起き上がった。
そしててのひらから手首、手首と観察した。同じように反対側の手も確認する。
「お前、マジでこれすげぇな。正直、疑っちまってたんだけどよ。悪かったな」
先輩はわざわざ後輩に頭を下げた。
「いやー、しょうがねぇっす。あのアブラは里のモンでも嫌がるくらい激痛をともなうでやんすよ。でもあそこまで深手をおってちゃあ使わざるを得ねぇと思ったでやんす。みんなにはヒミツでやんすよ。にしても、ハデにやりやしたね」
グスモは天井にめり込んだノワレを指さした。
「ああ……。割と本気で打ち込んだからな。あちこちベッキベキだろう。ま、お互い様ってことでしょうがねぇわな。そっちの心配は別のとこにまかせて俺らは残りの撃破と行こうぜ。話をまとめるとイクセントとアシェリィが生き残ってるはずだ。せっかくグスモがいるんだ。トラップを連携させる形で戦うのがベストだろうな。わざわざあの馬鹿火力のイクセントの相手をしてやることもねぇ。ここを使うのさ」
そう言うとジュリスはニカッっと笑ってこめかみに人差し指を当てた。
「ふむ……籠城、撹乱……。よりみどりでやんすな!!」
青年は満足そうに腕を組んで首を縦に振った。
「アイツら、俺が脳筋みてぇに突っ込んでくるとばかり思いやがって。シャルノワーレだってもっとうまいやり方、いくらでもあっただろ。先入観の敗北だよ。先入観。どっちが脳筋だっての」
真っ赤な髪と同じく真っ赤なジャージの猪突猛進的な見た目に反しての説得力が彼にはあった。
「多分、館自体が相当エキサイトしてやがる。ドアを開けたら高確率でエンカウントだ。俺とお前の体術ならゴリ押しでもなんとかなりそうだが、イクセントの一撃はなんとしても避けたい。魔術修復炉行き間違いなしだからな。しかもおそらくアシェリィの幻魔で攻防一体ときたもんだ。大した準備もしてねぇのにアレとはセンスの塊だぜ」
先輩ははため息がちにぼやいたが、すぐにグスモに微笑みかけた。
「俺、知ってるぜ。お前が地道に罠しかけてたこと。たとえ引っかかるやつが居なくても続ける粘り強さ。称賛に値するね。そしてそれは決してムダじゃない。それどころかグスモ、お前のトラップでチェックメイトだ!!」
ズビシっと背の高い青年が小さな少年に作戦を伝えた。
「いいか、こっからは別行動だ。そんで、扉をあけたら相手の居る居ないを確認せずに部屋の壁を蹴破って絶えず部屋を移動し続けるんだ。そうすると相手からすればもぐらたたきみたいに俺らが出ては消え出ては消えって形になる。ここで正解なのは不用意に追わず部屋から全く動かない事だ。多分、こういう小細工じゃイクセントは部屋から動かないだろう。だからこそ、ぶっ壊す」
また無茶なことをとグスモは思ったが、意外とそれは理にかなっていた。
「気づいたか? この自動生成迷宮の各部屋は一定以上のダメージを受けると部屋自体の存在が維持できなくなって別の座標に強制転送されちまうんだよ。落とし穴だけのフロアとか、落とし穴につながる廊下なんかは破壊された部屋の埋め合わせとしてパズルみたいに転移してるんだ。それを利用してなんにも無い部屋をぶっ壊して罠部屋の密度をあげようってわけだ。さすがのアイツらでも無防備でトラップにかかればタダじゃすまねぇからな」
罠師の少年は感心したような顔をしていた。
「はぁ~。自動生成の裏をかくっていうんでやんすね。目からウロコでやんす。さすがジュリス先輩!!」
グスモはジュリスを褒め称えたが、褒められた方は顔を緩めなかった。
「バーカ。そういうのは勝ってから言うもんだ。いくぜ!! 3、2、1……GO!!」
2人はハイタッチすると正反対側の壁をそれぞれ破壊して別室へと移動した。
まずはグスモがアシェリィとイクセント達の部屋に壁を破って突入してきた。
「ッ!?」
「うわあっ!?」
ドアでない天井からいきなり少年が降ってきたのである。
2人はさすがにこれには驚かざるを得なかった。
そのまま振り切るようにして床に穴をブチあけてグスモは抜けていった。
今度はジュリスがドアを蹴破ってきた。
身構えるイクセント達だったが、これをあざ笑うかのように部屋の隅を破って消えていく。
マジックアイテムに明るく、カンのいいイクセントはすぐに相手2人の作戦に気づいた。
「アシェリィ、まずいぞ!! このままだと部屋のどこかの面がトラップルームと隣接して一体化する!! 上か、下か、右か左かはわからん!! いくら僕と言えど密度の高い罠部屋に押し込められたらひとたまりもない!! 何か、何か手はないか!?」
イクセントが人に頼るなんて夢なんじゃないだろうか?
そうアシェリィは思った。
だが、きっと大怪我するまで真正面からやりあった事によって互いにどこか遠慮なしになったのだろう。
少しだけそんな事を考えてから、彼女はすぐに我に返って対策を考えた。
「ええと……えっと!!」
召喚術師はサモナーズブックをペラペラとあっちへこっちへめくった。
というのも、海龍とのパイプ役が成立したことによって使えるようになった幻魔が大幅に増えたのである。
無名下級も含めるとその数はおびただしく、効果の確認が間に合っていない状態だった。
この局面では既存の幻魔では乗り切れないように思えた。
だがさすがにそこは修行してきているだけあってアシェリィはすばやく使えそうなものを引っ張ってきた。
「イクセントくん!! 私達が追い詰められてるのはわかったよ。でも相手に勝つには?」
イクセントは不敵に笑った。
「”目には目を”だ。こっちも部屋を壊しまくってやれば部屋が不安定になって相手を無防備な状態で叩けるチャンスが増える。いくら格上のジュリスでも脇からつっつかれれば無傷ではすむまい」
アシェリィは首を縦に振るとサモナーズ・ブックをコンコンとノックした。
「サモン!! ウッデン・ブラウ・フレアレッド!! 弾けろ!! エントの恵み!!」
部屋の真ん中に赤と白のしましまの実のついた木が出現した。
それを見たイクセントは不満をたれた。
「なんだこれは!? 馬鹿にしてるのか!?」
ピンチなので彼女はヒステリック気味だ。
「いいからしゃがんで!!」
アシェリィがイクセントを押さえつけた直後、木が根っこをバタバタさせて大暴れし始めた。
すると目立つしましまの実がものすごい勢いで射出されていったではないか。
それは壁をぶち破ってジュリスやグスモの居る部屋まで到達した。
なおも部屋中を破壊して暴れまわっている。
木の実はこぶし大だったが、その勢いと数におされて迷宮は悲鳴を上げ始めた。
ジュリスはあたりを見回して身構えた。
「チッ。イクセントのヤツ……先手を打たれたか。こりゃもう長くは持たねぇな。俺ら、イクセントら、そしてトラップ……もうじき全部が一体のるつぼになる!! 腹ぁくくるか!!」
試合前はとても予想できない泥沼試合となってきた。
勝つのはジュリスチームか、それともアシェリィチームか。
映像を見るナッガンクラスのメンバーは手に汗握った。




