研究生の底力ってどんなの?
しっかり息を合わせたジュリス達はひとかたまりになった。
そして死角がなくなるように3人でフォーメーションを組んだ。
「一部屋開けるたびにアラートだ!! いくぞ!!」
ナッガンは言っていた。
「迷宮構造は魔法生物じみたところがある」と。
脅かしてやるとばかりに1つドアを開けた途端、すぐさまアシェリィ達とジュリス達は正面から接触してしまった。
意図的な遭遇だと思わざるを得なかった。
当たった部屋はそこそこ広く、5人規模での戦いに耐えうるものだった。
「いけ!! 作戦通りでいくぞ!!」
赤いジャージの青年はゴーサインで手を前方の2人に向けて振った。
もちろんアシェリィ達もそれなりに作戦を立ててきていたのだが、弱点を把握されたジュリス達の前ではどうしても後手に回ってしまった。
召喚しようとサモナーズ・ブックを触れようとしたアシェリィの手をリーチェがローブ状の紅い髪の毛で拘束した。
これによってわずかなスキが生じた。
もっとも、次の瞬間にはイクセントが熱した杖でリーチェの髪を焼き切っていたのだが。
部屋中に人の毛の焼けるイヤな匂いが漂った。
すぐにリーチェは髪の毛を修復し始めたが、これにはかなりご立腹のようだった。
「あ~、ひっど~い!! 毎日、念入りに手入れしてるのに!! よりにもよって焼き切るなんて!! あ~、こんなにはねちゃって!! すごい焦げ臭いし!!」
リーチェは自分で毛先をバサバサと切り捨てると再生を開始した。
イクセントは髪を切断した手応えを感じていたが、気づくと目の前にはジュリスが迫っていた。
「おらおら!! お得意の破壊力のある呪文は打たせねぇぜ!! 先輩をナメねぇこったな!!」
ジュリスはイクセントのおでこめがけてチョップを繰り出した。
(は、速いッ!!)
なんとか反応して少女の方も杖で受ける。
超一級の杖なのだが、相手のパワーでミシミシと音を立てた。
「走雷の纏呪!! カーズクライス・ジルテンスコル!!!!」
すさまじいスパークと音を立てて杖は呪いの術式を帯びた。
すぐさまジュリスはチョップをひっこめてバックステップをとった。
「あぶね~。あんなの当たったらビリビリどこじゃすまねぇぜ。まったく。相変わらず情け容赦のねぇ奴だよ」
そうこうしているうちにアシェリィのタイミングが整ったらしい。なにか召喚してくるつもりだろう。
「ふん!! させないんだから!!」
リーチェの赤い髪は一気に肥大化して握りこぶしのような形状にまとまった。
そのままそれを思いっきり部屋の隅めがけて薙ぎ払った。
アシェリィもイクセントもモロにそれに巻き込まれたかのように思えた。
だが、イクセントがアシェリィをお姫様抱っこでなんとか回避しきった。
イクセントは同性なのでなんとも思わなかったが、アシェリィは異性に抱っこされたと思っているので思わず変な声が出てしまった。
「お、おお~。ふぉあ~…………」
着地するとイクセントはアシェリィを降ろしてどついた。
「おい、ボサッっとするな!! 気を抜いたら大怪我だぞ!! 僕はジュリスのヤツを抑えるので精一杯だ!! お前1人でリーチェをなんとかしろ!! そして、もし僕がサインを出したら作戦発動だ!! それまで持ちこたえられるかは運次第だがな!!」
互いに視線を合わせてアシェリィとイクセントは頷きあった。
すぐにジュリスがやってくる。
「まったく、おめぇさんの回避魔法は完成度は高ぇし大したもんだよ。だが無敵とまではいかねぇな。格下は完封できるだろうが、格上相手だと完全回避ってのはどうも厳しいようだな。そして、脆いお前にゃその一発が命取りになる。となれば畳み掛けるのみだぜ!! おらおらおらぁ!!!!」
頭上からのチョップ、デコピン、首筋へのチョップ、脇腹へのニーキック、正拳突き。流れるようにコンボは続く。
ふくらはぎへのローキック、足払い、蹴り上げ、回し蹴り、後ろ回し蹴りのソバット……。
これといった技名こそないが、手堅く格闘術の連撃を放ってきた。
イクセントはジュリスの予測どおり、このコンボの7割しか回避できなかった。
必ず避けることが前提の彼女のバトルスタイルにとってこの命中率は致命的だった。
イクセントの全身が杖と同じようにミシミシと悲鳴をあげる。
「くっ!! ぐあっ!!」
彼女は顔を歪めて激しくのけぞった。
「イクセントくん!!」
詠唱しようとしたアシェリィをリーチェスが妨害した。
「アシェリィ、やらせないよ!! スカーレッド・アックス!!」
リーチェの髪の毛の形状が大きな斧のように変化した。
髪の毛で出来ているとは言え、彼女の場合は剣や斧の質感も再現してくる。
体のどこに当たっても深手は避けられない。
だが、まだアシェリィとリーチェの間には距離があった。
「サモン!! チェンジ・リーブス!! キャノーネ!!!」
木の葉状の細長い波動がリーチェの体表で弾けた。
「う、ぐうう!!」
攻撃の直撃を受けた少女は肩のあたりを押さえてかがみ込んだ。
「くっ!! 流石に貫通まではいかなかったか!!」
赤髪の少女はひるんだが、スキを殺してすぐに髪の斧を振りかぶった。
「待て!! 時間稼ぎだっ!! おらぁっ!! うらぁっ!!」
気を取られたイクセントとアシェリィは強烈な蹴りを立て続けに受けて壁に叩きつけられた。
「先輩、ナァイス!! おっしゃあ!!」
壁にめり込んだ2人の足をすくうようにリーチェは髪の斧で薙ぎ払った。
部屋は揺れ、パラパラと天井のかけらが振ってくる。
土煙の中でイクセントはアシェリィの手をトントントンと叩いた。
その手を強くアシェリィは握り返した。
「まずい!! お前ら逃げるなり避けるなりしろ!!」
突然、ジュリスがそう叫んだ。
「渦滝の溺獄!! ストローメ・フィルド・ウォルタリング・ヘルズ!!」
どこからともなく大量の水が部屋になだれ込んできた。
ジュリスはすぐに反応して退路のドアを開けたが、そちらからも水がなだれ込んでくる。
リーチェもアンジェナもまるで渦巻きのようにぐるぐると回転させられてしまった。
一方のアシェリィは水の幻魔の血盟員だったおかげで水中でも長時間活動できるようになっていた。
ある程度の水流にも耐性が出来ていた。
だが、対するジュリスも呼吸に関しての心配はなさそうに見えた。
フィジカルを鍛えておけば長時間の素潜りが可能になる。
ただ、レーザーが使えないとなると水中での攻撃力は激減するのは見るからに明らかだった。
それに、切り裂きでのダメージまでは無効にできなかったからだ。
このような状況に置かれても彼は冷静だった。
思いっきり床に穴をブチあけて水牢から逃げ出したのである。
(く……そんなに上手くはいかないか……)
イクセントは舌打ちをするように苦い表情をした。
水の引いた後には溺れたアンジェナとリーチェが倒れ込んでいた。
ただ水に浸すだけでなく、渦で揉んだので体中が切り傷だらけだった。
部屋の床には意識のない2人の血がにじむ。
「ね、ねぇ……2人を助けようよ……」
イクセントは大きなため息をついた。
「ハァ……。まだそんな事いってるのか。甘いぞ。残りを倒したほうが早く試合は終わるだろ。いつつつ……こっちだって無傷じゃないんだ。ジュリスにお返しをくれてやらんと気がおさまらん!!」
本気でイクセントは怒っているようだった。
ジュリスの方はと言うとイクセントの強烈な魔術でそこそこダメージを受けていたが、まだ2人を相手にする余力は残っていた。
別の部屋の天井から下に落下していくと誰かがそこに居た。
「ノワレか!!」
相手に全くスキはなかった。お得意の大弓で矢を連射してくる。
紅蓮の先輩は壁キックしたり、天井を蹴ったりしてなんとか矢をかわしきった。
「ええい!! ちょこまかと!!」
まるで弾けるボールのような軌道を描いて彼は弓の攻撃を避け続けた。
「だが、体術しか使えねぇとなるといつまでもこのまんまじゃいられねぇ。接近戦、いくぜ!!」
ジュリスは壁を強く切ってシャルノワーレ目掛けて腕をクロスさせて突進をしかけた。
エルフの少女は双剣を抜いて戦闘の構えをとったが、あまりの勢いに受けて立つのは危険だと判断した。
後ろにステップを踏んで相手の一撃を回避する。
その直後、赤い髪の青年は腕を地について足を開脚して猛回転させはじめた。
「どーだ? 思ったより俺のカラダ、柔らけぇだろ?」
巻きおこった旋風が深い傷をノワレに与えていく。
「ええい、ならばこちらも!! 戦戦舞・リストラルケ!!」
ジュリスに対抗するようにシャルノワーレも双剣を両手で突き出して猛スピンした。
さすがに丸腰と武器装備では武器装備が勝り、じわじわ青年は押されていった。
「くそ~。あんまり良い状況とは言えねぇな。三十六計逃げるに如かず……。といいたいところだが、もう俺とグスモしか残ってねぇんだよなぁ。ここで踏ん張らねぇと後がねぇ。後輩にナメられてちゃ世話ないぜ!! 研究生の底力、見せてやるよ!!」
ジュリスは戦いを愉しむようにギュッと拳を握った。




