お転婆、猪突猛進、時々色気
カークスたちの試合を流した後、再びクラスメイト達は戻ってきたて席についた。
「そうだな……次はアンジェナとアシェリィの班にするか。個人の能力が高いが、チームワークがイマイチのアシェリィ班。全体的な完成度は高いが、完全なサポーターが1名混ざるアンジェナチームだな。それと今回のステージは……迷宮の館だ。毎回毎回有利な環境で戦えるとは限らないという意味を込めてここを選んだ」
クラスの中にも何人かこれにあたった者がいるようで、教室はざわめいた。
「スタート地点は皆、バラバラだ。屋敷は決して広いとは言えないが、なにせ迷宮なのでな。迷いやすいような構造している上に狭い部屋も多い。この戦いでは巨大歯車を使うガンやホウキで飛び回るフォリオは著しい制限を受けた。そのあたりをどうやり過ごしたかがポイントになってくるな。では、見てみるぞ」
目を開けるとそこはドアが1つだけある地味な部屋だった。
「なんだここは……周りにチームメイトがいない!? きっとこういうステージなんだな」
アンジェナはすぐ冷静になって壁をピタピタと叩いた。
「先にチームメンバーを集められればいくら天才揃いのアシェリィ班でもなんとかなるはずだ。体に負荷はかかるが仕方あるまい。ただ、俺の占いはあくまで危機を察知するもの。だからだれかがピンチにならないと探れない。念の為、回復potを用意しておくか……」
その頃、まったく別の部屋ではガンが困り果てていた。
「う~ん、いくつか部屋を回ったっすけど誰にも会わないっすねぇ……。しかも狭い部屋が多いっす。マッドネス・ギアでぶっ壊す気になれば壊せないことは無いと思うんすけど、館の構造がわからない以上、危険もありそうッすね……」
意外と彼のこういうところは慎重派というかビビリで、すぐに壁を破って回るわけではなかった。
「しかし……こう狭いと歯車の長所が活かせないっす。もちろん部屋のサイズに合わせて大きさを変えるくらいは出来るっすけど、主力になるはねたり轢いたりはできないっす。広い部屋ならあるいはって感じっすけど、そうすると今度は壁や天井が……ああっ!! もうどうしたらいいんすか!!」
金髪碧眼の残念イケメンは頭を抱えて悩みこんだ。
一方のアシェリィは広い部屋に出ていた。
「ほえ~。2Fへの踊り場に……シャンデリア? りっぱなお館だね~。でも、本当にこんなとこで戦って良いのかなぁ……。これだけ広くても正面衝突には狭いだろうなぁ。あ、みんなと合流しないと!! もし近くを通った人がいるなら……」
召喚術師はカバンをあさりながら詠唱した。
「サモン・ディープ・ヴァイオレット!! ドッギー・ドッガー!! スカルドッグ・バルク!!」
骸骨の犬が出現した。
師匠やフラリアーノ教授からは使用を控えるように言われていたが、便利なのでついつい喚んでしまう。
見た目はガイコツで不気味だが、中身は忠犬そのものだったので慣れてしまえば可愛いものだったというのもある。
オルバやフラリアーノが見るからにアシェリィはそれらの召喚には向いていないらしい。
それはそうとしてアシェリィは4つの品をカバンから取り出した。
「えっと……フォリオくんのホウキのさきっぽに、ノワレちゃんのエルフクッキーのかけら、そしてイクセントくんのツヤのある髪の毛数本。なんか女の子の髪の毛みたいだなァ……ってなんでこんなもの持ってるんだろ私……。ま、いっか。バルク、一番、臭いが近い人を追って!!」
すぐにバルクは扉をひっかき始めた。
「うん。こっちだね!!」
用心しながらドアを開けていく。
すると4方向に扉のある小部屋で見慣れた後ろ姿が見えた。
「イクセントくん!!」
驚いたように少年のフリをする少女は振り向いた。
「なんだ、お前か……」
アシェリィは不機嫌そうな顔をした。
「なんだとはなによ。せっかく合流できたっていうのに」
イクセントはアシェリィを足から頭の先まで眺めた。
「なっ、何?」
杖を装備した少女は視線をそらしながらつぶやいた。
「その……なんだ。この間はすまなかったな。……怒っていないのか?」
こっぴどくやられた少女はため息をしつつ肩をすくめた。
「そりゃあ全く怒ってないといえば嘘になるけど、あれは単なる模擬訓練でしょ? 恨みっこなしだよ。私だって本気でやっつけるつもりだったし」
アシェリィはさらりと流すとニンマリと笑った。
「それにしても……イクセントくんが素直に謝るなんてねぇ……明日はヤリが降るよ。きっと」
イクセントは恥ずかしそうな顔をしてそっぽをむいた。
「フ、フン。勘違いするなよ。くだらないわだかまりを残すのは面白くないだけだ。おまえらと馴れ合うつもりはないからな」
最初はそう言われて困惑していたチームやクラスメイトたちだったが、今ではすっかりそれも慣れっこだ。
「またまた~。イクセントくんそんな事いっちゃって~。さ、皆と合流しようよ」
「フン……」
彼女がそっぽを向いたその瞬間だった。
「ガチャリ」
誰かがドアノブを開けて入ってきた。この真紅の綺麗な髪の毛は……。
「あ、ジュリスせんぱ―――」
だが体型はあきらかに女性であり、その毛の丈はかなり長く腰までは伸びていた。
出合い頭になる形で2人は飛び退いた。
「ッ!! あれはリーチェか!!」
向こうも驚いたようですぐにドアを閉めた。
イクセントとアシェリィは目配せをした。
「待ち伏せされている可能性もある。不用意に追うのはまずい」
少女はそう注意を促した。ここでナッガンが映像を止めた。
「この直後、リーチェはアシェリィ達の隣の部屋に戻ったと思うか?」
クラスメイトたちには質問の意図がわからなかった。
ドアノブを閉めて逃げたのだ。戻ったに違いない。
「ところが、リーチェはドアを閉めた途端、全く別の部屋へとワープしている。既にアシェリィ達の部屋と隣り合っては居ないということだ。こういった迷宮構造は術者が居れば割と簡単に構築することが出来る。一見すると特殊な空間にも思えるが想定内に入るステージだ」
ナッガンは部屋の隅の角をアップにした。
「こういった感じで部屋の間取りがおかしい、妙な部屋が連続する、階層構造がおかしいなどの違和感を感じたらそこが迷宮構造でないか真っ先に疑うことだ。解決策は術者を倒すか、自力で踏破するかアンチ・マジックで解除するかだ。今回は術者は居ないので手当たり次第に探索するしか無いな。なお、臭いなどを嗅ぎ分けるのは有効ではある。そしてここだ」
教授は映像を再開した。
イクセントが部屋の四方を注意深く観察した。
「これは……迷宮構造だ。迂闊に部屋移動するなよ。いいか、講義でやったがこういう構造で、はぐれないためにはエリア移動する時に体の何処かが接している必要がある。離れたまま扉をくぐると別々にワープさせられてしまうんだ。ほら、手をつないで部屋を移動するぞ」
手を後ろに差し出す少女を横にアシェリィは扉に近づいた。
「待って……。かなり焦ってたみたいだから。挟まってた。ほら。リーチェの髪の毛」
イクセントは呆れたように腕を組んだ。
「あのな、そんなの何に……。あぁ、なるほど……」
すぐにその意図を汲んだ彼女は気を取り直して手を差し出してきた。
だが、なんだかアシェリィがモジモジしている。
「何やってるんだ。さぁ、行くぞ」
杖の少女が促すと相手は答えた。
「あの……あんまり男の子と手とか繋いだことなくって、その……」
お転婆で猪突猛進に見える彼女だが変なところで色気づいている。
イクセントは思わず「女同士だぞ!! アホか!!」と言いたいところだった。
もっとも、同性愛も広く認められている国だけあって、女同士でもドキドキすることは十分あり得えるのだが。
「ええい。アホか。ほらいくぞ!!」
ちょっぴり恥ずかしがるアシェリィを無視して2人は手をつないだ。
そして部屋のドアを開けるといきなりそこには下り階段が広がっていた。
「みろ。普通こんな構造の屋敷ないだろ。ここはただの館じゃない。迷宮なんだよ。移動先に対戦相手が居る場合もあるだろう。油断するなよ。あと、わざわざ手を繋がなくても背中をくっつけあったりしても接触判定がある。次からは最中をピッタリくっつけて移動するぞ」
それを聞いてアシェリィは脱力した。
「なんだ、別に手を繋がなくってもいいんじゃん。ムダにドキドキしちゃったよ……」
色気づいた少女はスレたほうの少女に鼻で笑われた。
「フン。ウブな奴だ。ボーイフレンドの1人もいないんだろう?」
ムッっときたアシェリィはベロを出して必死に反論した。
「そっ、そんなことないですよ~だ!!」
映像を見ていたアシェリィが手を挙げた。
「先生……ここ流す必要あるんですか?」
クラス中が笑いに包まれた。
「ふむ。そうだな。では次の生徒に視点を移して見るか……」
ナッガンは少しだけ映像を先に進めた。
小さな少年がマギ・スクリーンに映った。グスモである。
かれはいち早くここが迷宮構造であることに気づいた。
「ふ~む。この部屋の作り。いかにも自動生成された感じでやんすな。扉を開ければ別の部屋へ瞬時にテレポート……。それなら無闇に動かず、この部屋をガッチガチに罠固めにするのがベストでやんすね。このステージの場合はチームワークを優先するよりそちらのほうが効果的でやんしょ」
そしてグスモは迷宮の一室にものすごい勢いで罠を仕掛け始めた。




