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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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容赦なくブン殴る乱暴Dr

アシェリィとイクセントのあまりにも激しい衝突にクラスメイト達は尻込しりごみしてしまった。


しかし、流石にそこはナッガンである。生徒たちに鞭打むちうつようにプレッシャーをかけた。


「お前ら、いいか? 中途半端な姿勢で戦いに臨むとあれよりひどいことになりかねんのだぞ? しっかりしろ。もし戦ともなればこんなことではすまん。たるんでるぞ。気合を入れ直せ」


キッツい一言である。クラスの皆は覚悟を決めた。


この日から同じ班のメンバー同士での本格的な模擬戦もぎせんが始まった。


対人チーム戦をするにあたって相手チームの能力が知れてしまうと訓練の効果が薄い。


だからあえて他のチームとは当たらないようにスケジュールが組まれていた。


もちろん個人的な付き合いなどで相手の魔術を熟知じゅくちしているパターンもあったが、多数ではなかったので考慮こうりょされなかった。


生徒たちは時にアシェリィのように重症を負っては医務室に頻繁ひんぱんに運びこまれていた。


保険医のニルムはそれはもうご立腹で、保健室のイスをっ飛ばしたりしていた。


彼は物には当たるが、基本的に医学生には当たらない。


ケガ人以外の一般人には容赦なく暴力をふるうのだが。


だが、これはもう助からない。致命傷になったと思われる状況からも不思議とその保険医は治してみせた。


ちょうど急患が止んだその時だった。


「チッ!! ナッガンの野郎!! ひっきりなしに大怪我人おおけがにんを送ってきやがって。程度を考えろつってんだよ!! しかもチーム対人戦だぁ!? ナメてんじゃねぇぞ!!」


彼は裏拳をかまして壁に穴を空けた。


「ちょっとちょっとぉ!! ニルム先生、困りますって!!」


破壊行動が目に余った医学生が声をかけた。


すると彼は声をかけた学生のえりをグッっと握った。


この構えは思いっきりほほをブン殴る勢いだ。


「うるせっ!! てめ…………」


殴りかけたメガネのヒゲヅラの医師は相手が医学生だと気づくと殴らずにえりから手を離した。


「ボサッっと油売ってんじゃねぇ!! いけ!!」


ニルムは苛立いらだちを抑えきれず、回しりで点滴台を一本へし折った。


だが、その甲斐かいもあって模擬戦中に重症を負う人数は明らかに減っていった。


この調子なら対人戦を本気でやっても致命傷ちめいしょうが続出ということにはならないだろう。


「うし」


ニルムはタバコをくわえるとスパスパふかしだした。


「せっ、先生!! 医務室でタバコは―――」


「うるせぇ!! けが人に集中しろウスノロ!!」


乱暴極まりない保険医は重い灰皿を床に叩きつけてぶち割った。


そのままラフな服装の上に羽織はおった白衣のポケットに手を突っ込む。


「ニルム先生!! どちらへいかれるんですか!?」


「重傷者いねぇだろ。今のうちにちょっと一発くれてくる」


彼がこういう時は決まって誰かのところへ殴り込みにいく時である。


殴り込みに行く相手は選ばず、校長室に殴り込みをかけたこともある。


「先生!! やめっ、やめてください!!」


何人かがかりで医学生達は彼を押さえつけたが、振り払われてしまった。


「うっせぇ!! ガキどもはすっこんでろ!!」


呼び止める医学生たちを無視してニルムはある部屋へ向かった。


「ダンダンダン!!!」


ドアを激しくノックすると医者はタバコをふかした。


「ナッガンだ。部屋に居る。入ってきてかまわんぞ」


ニルムがドアを乱暴に開けるとナッガンが書類に目を通していた。こちらに目をやる。


「これはこれは。ニルム教授ではないですか。最近はお世話になっております」


彼が深々とお辞儀じぎをするのを無視して保険医は彼に歩み寄った。


次の瞬間、ニムルは全力でナッガンの顔面を殴りつけた。


「ぐっ!!」


ナッガンはチェアから投げ出されて床に転がった。


戸惑うこと無くヒゲヅラの男は追撃をかける。転がった教授の脇腹わきばらみつけるようにった。


「生徒が痛い思いしてんのにテメェは高みの見物か? 胸糞むなくそわるいぜ……。おい。オメェの肉体強化フィジカル・エンチャントなら俺の殴り程度、痛くもかゆくもねぇんだろ? 立てよ!!」


激昂げきこうしたニルムはファイティングポーズをとった。


ナッガンはダメージを全く受けていないようですくっと立ち上がった。


「ずいぶん手荒な来客だ……。今ここで大怪我おおけがける訓練をしておけばいざという時に命を護ることにつながる。それではダメですかな?」


医務室の主は相手のみずおちを的確に突いてストレートパンチをお見舞いした。


「馬鹿野郎!! だからって限度ってもんがあんだろうが!! それに、俺の鍛えたクソガキども疲労困憊ひろうこんぱいだ。おめぇらのガキどももな!! これからまたマジでチーム戦やるんだろ? ふざけんじゃねぇってんだよ!!」


パンチは確かに急所にヒットしたがナッガンは涼しい顔をしている。


「そうやって私を殴って満足するのならいくらでも殴るといい。それでも私は生徒から死人を出したくない。生徒の死体を見たくはないのです。方向性は違えど、あなたと私は同じなのでは?」


ニルムは手を引っ込めると煙草の吸殻すいがらを床に吐き出した。


「バカ言うんじゃねぇ!! 俺は壊すんじゃなくて治すほうなんだよ!! てめぇみたいなやつと一緒にするんじゃねぇ!! いいか。また大量に負傷者を送ってきてみろ。今度は本気でぶっ殺す気でくるからな!!」


ニルムはドアを蹴破けやぶると教授室を退室していった。


「殴られても全く痛くはないが……心は痛む……か」


無傷のナッガンは散らばった書類をまとめ始めた。


肩を張って保険医が廊下を歩いているとアナウンスが聞こえた。


「ニルム先生、ニルム先生。闘技場コロシアム急患きゅうかんです。5秒後にコロシアム医務室にテレポートします」


それを聞いた彼は思いっきり顔をしかめた。


「あぁん!? ふざけんじゃねぇよ!! これから昼飯だっつーのによ!! これもあのナッガンのせいだぜ。どいつもこいつもバカにしやがって!!」


闘技場コロシアムの医務室に転送されると医学生たちに囲まれた。


「先生!! 来てくださったんですね!!」


こんな性格でもどういうわけだか医学生たちからは尊敬され、好かれているのだ。


もっとも本人はそれをけむたく思っており、嫌われている方が性に合っていると思っているのだが。


「どれ……見せてみろ」


ベッドのカーテンを開けるとこっぴどくやられた学生が横たわっていた。


「ふ~ん。こりゃまたハデに焼けてんな。ウェルダンってとこか?」


全身まっ黒焦くろこげの生徒にそう冗談をかました。


「おめぇら落ち着け。あと3分くらいは余裕がある。クランケをリアクターにけろ。火傷やけどの深度が深い場所もちょいちょいある。持ち上げるやつは治癒術ヒーリングをかけること。じゃねぇと傷が残る。慎重かつ、迅速じんそくにだ。やれ!!」


医学生達は揃ってうなづき、絶妙なチームワークで虫の息の患者を魔術修復炉まじゅつしゅうふくろけた。


なんとか山場を越えてその場の人々は安堵あんどした。


「まだだな。リアクター内のチェック、こまめにやれ。急激な悪化は無いだろうがもしもということが有りうる。そしたらリアクターの外部から呪文をかけて回復力を増強しろ。……ところで、こんなバカなヤケドを負わせたのはどこのどいつだ?」


それを聞いて医学生達は顔を真っ青にした。


「おい、おめぇら。どうして黙ってる。さっさと吐け。俺がボコボコにしてやる」


もう誰も彼を止めることができない。そうさとった学生一人が重い口を開いた。


「…………ちゃぶ台返しで……炎焔えんえんのファネリ先生が……」


ニルムは思いっきり拳を胸の前で打ち付けた。


「ここまでやるとはやっぱあのクソジジイか!! ブン殴りに行ってくる!!」


すぐに周りの生徒が彼を押さえつけたが、けられてしまった。


ナッガンに効かなかったからとはいえ、それなりにちからはあるのだ。


彼は医務室を飛び出すと駆け足で闘技場コロシアムの観覧席に向かった。


まだファネリは自室に戻っていないと思ったので、居るとすればここだ。


ドアを蹴破けやぶるとそこに居た運営の教授たちは身構えた。


だが、ニルムが来たのだとわかると戦闘態勢を解いた。


不幸にもファネリが最初に彼に声をかけてしまった。


「やぁやぁニルム先生。いつもお世話に―――」


医師は勢いをつけてファネリの顔面に全力で右パンチを食らわせた。


確かに手応えはあった。しかし、ファネリはびくともしない。


「ほっほっほ。わしが手厳しくちゃぶ台返ししたのを怒っているのですな?」


今度は左手でパンチを繰り出す。


しかし、やはり全く効いていないようで老人はニコニコしている。


「くっそ~。てめぇらバケモノどもめが……チッ!! 今日はこれくらいで勘弁しといてやる!!」


勝ち目がないとわかるとニルムは負け犬のように去っていった。


「決してわしらは彼をバカにしているわけじゃないんじゃよ……。むしろわしらが異常なんじゃて……」


フラフラしながらヒゲヅラの医師は学院の医務室へ帰ってきた。


「先生!! どこ行ってたんですか!! 遅いから心配してたんですよ!!」


彼は野良犬を追っ払うように手を振った。


「あ~、うるせぇうるせぇ。飯食うぞ俺は。お前らジャマすんじゃねーぞ」


女学生が和やかな表情でたずねた。


「ニルム先生、今日も愛妻あいさい弁当ですか?」


そう聞かれた医師はメガネをクイッと上げた。


ほんの一瞬だが、彼の表情は優しさに満ちていた。


「なんだてめぇら。弁当のたびにニヤニヤしやがって!! ヨメさんが居ちゃわりぃかよ!! 散れ散れクソガキども!!」


医務室はしばしの休息で笑いに包まれるのだった。


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