ありえない、ありえないありえないありえなーーーーい!!!!
対人戦模擬訓練の中、なかなか折れないアシェリィに対してイクセントはイラだちはじめていた。
(くっ!! いくらなんでもアシェリィに押される!? このわたくしの腕がなまったとでも言うの!? ありえない!! 認められない!! ありえない!!)
イクセント……もといレイシェルハウトは怒る事によって飛躍的に魔術の威力が上昇する。
「ありえない……ありえないありえないありえないありえなーーーーーいッ!!!!!」
最近まともにキレたことのなかった彼女は噴火した。
いきなり信じられない真実を聞かされて、自分のアイデンティティーは崩れ気味。
そんな彼女が誰彼構わず憤怒するのも無理からぬところだった。
しばらくは大人しくしていたがそもそもレイシェルハウトの根っからの性格はこんなものである。
ふだんおとなしい彼女であるのでクラスメイト達はこれにとても驚いた。
跳ね上がった魔力のプレッシャーにアシェリィは激しく押されたが、海龍がそれを守った。
彼女も尻込みせずに戦闘態勢を取る。
「吹き飛べェッ!! ミックス・ジュース!! 刻渦の流牢!! ケージ・ケージ・トーネーダー・ストロム!!」
仮想空間全体を凄まじい水の渦が包んだ。
みるみる砂のゴーレムのサンドリスは分解されてしまい、跡形も無くなってしまった。
その後も執拗に呪文の効果は続く。
アシェリィは水牢のような渦の中でぐるぐるとかき回された。
ただの渦巻きではない。風の切断属性も混ざっていた。
「サモン!! コバルトリアル・ブルー!! ヒスピス!!」
彼女はライネン・タカほどの大きさの鳥の幻魔、ヒスピスを召喚した。
「水の方は見切った!! 風から護ってヒスピス!!」
幻魔はアシェリィの腕を掴んで渦に乗って旋回し始めた。
実体ではないので腕に痛みは走らない。
そのまま、ヒスピスの風属性の特性で切り裂く風の渦をやり過ごした。
必殺クラスの呪文を回避されてイクセントはますます頭に血が上った。
彼女の呪文は高威力、広範囲だがいざ回避されてしまうと消耗が激しい。
もっともめったに避けられることはないのだが、今回はケースが異なった。
「ハァ……ハァ……ゼェ……ゼェ……こんなの……ありえない……ありえない……」
息を切らしながらレイシェルハウトは肩で息をした。
「いっけぇ!! ヒスピス追撃!!」
蒼い鳥はアシェリィの腕から飛び立ってターゲットに襲いかかった。
「くっ、うわっ!!」
ひっかいたり、ツメで魔法少女をつっつく。
「コケにしてぇ……コケにして、コケにして、コケにしてぇ……!!」
レイシェルハウトは怒ると同じ言葉を呪いのように繰り返すクセがあった。
第二波が来ると召喚術師は予測した。
(ハァ……ハァ……しまった……。悔しいけど、マナを使い切ってしまった。かといってこのまま敗北するのは絶対に避けたい。それなら最後の力を使うアレしか!!)
杖を持った少女は華麗にクルクルとそれを回せて見せた。
そして天高くかざすと呪文が発動した。
「魔贄の爆華!! イクスローディオ・サクリフィス!!」
次の瞬間、仮想空間全体が大爆発を起こした。ピンチにならないと使えない自爆呪文である。
爆発と言っても炎属性ではない。マナ……魔力そのものによる激しい衝撃波である。
これは属性防御で防げる類のものではなく、素の防御力が試される。
「きゃああああああああああああーーーーーーーー!!!!!! ぐほっ……」
アシェリィは爆発に巻き込まれて壁に強烈に叩きつけられた。ゴキッっと骨の折れる鈍い音がする。
「ぐ……ぐぐぐ……ごほっ……。ま、まだまだだよ……」
致命傷に近い傷を負いつつもなんとアシェリィは立ち上がろうとした。
この呪文は使い手の体力がギリギリ残るという厳密に言えば自爆ではない魔法だ。
我に返ったイクセントはギリギリで動く自分の体を引きずりながらアシェリィの元へ近づいた。
「わ、私は……私は我を忘れてなんてことを……む、無茶をするな……。へ、下手に動くとし、死んでしまう。わ、私がどうかしていた……。ほ、本当にすま……ゲェフ!!」
イクセントもかなりの量の吐血があった。
「へへ……知ってる? 諦めない限り戦いは終わらないんだよ……ガフッ!!」
召喚術師は壁に寄りかかった姿勢から四つん這いの姿勢になった。
「や、やめろ……。やめろ!! 私は……私はこんなこと……こんなこと望んでいな……ゴォッホ!!」
その時、レイシェルハウトはアレンダが死んだときの走馬灯を見た。
「アレンダ……死ぬな……死ぬんじゃないアレンダ……。死ぬんじゃないアシェリィ……」
彼女はそう、うわ言をつぶやいている。
アシェリィはというとまだ笑っていた。
「ふふ……やっぱ……イクセントくんは……強いよ……ゴッホ!! 痛っ!! ……でもいいとこまでは行った気がするんだけど。次は負けないよ……」
イクセントは頭を抱えて左右に振った。
「もういい!! もういいからしゃべるなああぁぁ!!!!」
アシェリィは気を失い、仮想空間の床に伏した。
すぐに医務室へテレポートさせられた。イクセントは意識があったが、追うように転送された。
あまりの激闘にクラスメイト達は黙り込んでしまった。
険しい顔でナッガンがマギ・スクリーンを指した。
「いいか。あれが生死をかけて死ぬ気でぶつかるということだ。あそこまで激しい衝突にはならんかもしれないが、今のお前らが互いに本気でやりあえばあれくらいは有りうるということを肝に命じておけ。対人戦とはそれくらい危険なものだ。私はこれからアシェリィとイクセントの様子を見に行く。授業は切り上げだ。お前らは他のクラスの迷惑にならないように過ごせ。以上だ」
教卓から降りて教室を出ようとしているナッガンにアシェリィの班員が声をかけた。
「ナッガン先生!! わたくしもお見舞いにいきますわ!!」
「ぼぼっ、ぼくもい、いきます!!」
「俺も着いてくぜ」
ナッガンはコクリと頷いた。
アシェリィのイクセントは医務室で処置を受けていた。
イクセントのほうは外傷は殆どなかったが、急激にマナを失ったことによる急性出マナショックで痙攣を起こしていた。
釣られたチューブから液体状の高濃度マナが注入されていて、ヒーラーが両手を握って急速チャージを行っていた。
ビクンビクンと機械的に波打つ彼女は悲惨なものでとても正視出来るものではなかった。
「普通、自然とリミッターがかかるもんだが、それこそ命がけで魔法を打ち込まねぇとこんなことにはならねぇ。バカなガキだぜ」
窓枠に腰掛けた保険医はタバコを思いっきり吹かした。
「あぁ、緑のほうは体中に細かいマナ波動による裂傷、あと激しくぶつけたってんで全身ボッキボキに骨が折れてやがる。リアクター漬けにしてあるぜ。おっと。そこのホウキのチビと赤頭は覗くんじゃねぇ。メスガキとは言え女だからな。見舞いはエルフの娘だけにしろ」
すぐにシャルノワーレはカーテンを開けて中を覗いた。
黄緑色のほのかに輝く不思議な液体に全裸のアシェリィが浮いたり沈んだりしている。
全身、切り傷だらけでなんとも痛々しい。関節も壊れた人形のようにおかしな方向へ曲がっている。
「アシェリィ!! アシェリィ!! ううううう…………」
思わずノワレはその場に崩れ落ちてしまった。
保険医の怒号が聞こえる。
「おい、うるせーぞエルフ!! 黙れ!! 処置が早かったんだから完治するんだよ。ギャーギャー喚くんじゃねぇ!! 耳障りだ!!」
とても医療従事者とは思えない態度にノワレは唖然とした。
「あっ、おめぇ、俺をクソ医者だと思ったろ!? うるせぇな、治しゃいいんだよ治しゃ!! なんせ腕”だけ”は確かなんだからな。それに、オメェらが悪いんだ。いくら死ぬ気で模擬戦やれつったってここまでやるこたねぇだろ。殺すくらい憎み合ってたんじゃねぇかってレベルだぞ? それをわざわざ俺が治してやってるつってんだから感謝してほしいもんだね。対人訓練もアホ、教授もアホ、闘技場の連中もアホ。もうちょっとまともなヤツぁいないんかね?」
ジュリスは目線を泳がせていたが思いついたように話した。
「あ!! どっかで見たことあると思ったら凄腕治癒師のニルム先生じゃないですか!! どんな大怪我でもたちまち治しちまうって評判の。コロシアム専属じゃなかったんですか?」
ニルムは突然、ジュリスの首の襟をギリギリと掴んだ。
「だから急患だっつってんで来てやったんじゃねぇかよ!! 専属と言うより、あそこは無茶ばっかりやるバカばかりだから離れられねーんだ!! 休暇もろくすぽとれやしねぇ!! それに、傷を治してるのは俺じゃねぇ。魔術修復炉サマサマだよ!! そんなに有難がるならリアクターでも崇めてろクソッタレが!!」
そういうと乱暴な保険医は赤髪の青年を思いっきり突き飛ばした。
「ぐっ……。いって~。ガンコな人とは聞いていたがここまでとは……。っていうかガンコっていうかもはや偏屈だな」
ヒゲヅラの中年医師は不機嫌な顔をした。
「聞こえてんだよボケが!!」
彼は容赦なくジュリスの脇腹に蹴りをくれた。
「うあ……マジか……医者なのにこの性格は冗談キッツいぜ……」
手の空いている医学生が蹴られた青年に駆け寄った。
「これでもニルム先生は名医なんです!! ただ、ちょっとその……荒っぽいと言うか……」
荒っぽいとかいうレベルではないだろうとジュリスは言おうとしたがまた蹴られるので黙っていた。
「フン。おだてても何も出ねぇぞ。おめーはメスガキのほう見てこい」
「はっ、はい!!」
女子の医学生はアシェリィの方へ走っていった。
ニルムはイクセントのベッドの方へ歩きだして様子を見た。
「ふん。痙攣は止まったか。ヤマは抜けたな。引き続きマナ供給を急げ。あと10分……ああ、いや、5分でリカバリーできなかったらお前ら全員単位無しな」
数名の医学生達は無茶ぶりに大汗をかいてあたふたしながら処置に当たっていた。
一方、アシェリィのほうでは治癒の具合を女子医学生がチェックしていた。
「そんなに泣かないでエルフさん。大丈夫よ。収容が早かったから綺麗に元通りに戻るわ。聞いたわよ。ナッガン先生のクラスなんですって? 酷く無茶をするのね……。でもなんだかんだでいざというときはニルム先生、来てくれるから大怪我しても安心していいわ。いえ、安心ってのもおかしな話だけどね」
大きな透明な容器の中では不思議な液体に浸された裸の少女が浮いたり沈んだりしていた。




