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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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目指せ!! カーニバラー・バトレーエ

ナッガンクラスの朝のHRホームルームが始まった。


心なしかナッガン教授がハキハキしているように思える。これはマズイ兆候ちょうこうだ。


「2学期もなかば。そろそろお前らもちからの使い方を覚えてきたことだろう。よって、対人チーム戦の訓練を始める」


教室は沈黙に包まれた。やはりスパルタカリキュラムがやってきてしまった。


しかも実戦形式に近い本格的なチーム戦である。痛い思いをしないわけがない。


「訓練後、クラス内で優勝したチームは2学期末の学年別対抗戦、カーニバラー・バトレーエへの参加権を手にすることが出来る。予選は総当たりで行うが、戦闘の完成度や芸術点が高いチーム同士の対戦を俺が評価する。MVPを決める戦いだと思えばいい。出来の良かったチーム対戦は参考に視聴する。その後、結果発表の予定だ。対人で激しいぶつかり合いをするのはここからとも言える。有事の際、あっさり命を落としたくなかったら本気で取り組むことだ」


痛い思いをするとわかりつつも燃える展開に教室は湧き上がった。


しかしそんな中、イクセント、シャルノワーレ、ジュリス、百虎丸びゃっこまるはやるせない気持ちになっていた。


ここでナッガンが言う”有事”というのはラマダンザが侵攻を始めてきて、ノットラントが再び内戦になった場合の話をしている。


だが、そもそも仮想敵かそうてきは既に無力化されていて、攻めてくるわけがないのである。


そっちはともかくとして別方向から危険が迫ってくる可能性は高い。


ファネリ教授によれば”ナレッジ”である教授は上層部のほんのごく一部だけと聞いた。


おそらくナッガンは何も知らず、捏造ねつぞうされた世界の上を歩いているのだ。


戦に備えて真面目に腕をみがいている生徒も、有事の際にはかけつけてくれるリジャスターも、皆、らないのである。


もし、ここで楽土創世らくどそうせいのグリモアの話をしてもおかしな目で見られ、鼻で笑われるだけだろう。


もっとも、アルクランツの”押し付けられた意志”でそのことは他言できなくなっていたが。


特に、アシェリィの班はひどくてアシェリィとフォリオ以外は”ナレッジ”になってしまった。


残り2人がどういうスタンスで学院生活を送っているかはわからない。


あくまで予想だが、アシェリィはいざとなればしっかり敵国と戦うつもりだろう。


フォリオは逃げ出す可能性はあるが、以前のようにフライトクラブさえあれば良いという姿勢から脱却だっきゃくしてきている。


こんな2人だけにイクセントも、ノワレも、ジュリスも心を痛めた。


ただ、ROOTSルーツに加わることは自ら戦場におもむく行為に等しい。


一方、学院で団体行動する分には仲間も多いし、校長も悪いようにはしないはずだ。


秘密にする後ろめたさと、仲間外れのような感じは決して愉快ゆかいではなかったが2人のためにはそれがベストとも思えた。


「―――ス!! おいジュリス!!」


赤髪の青年は自分が名前を呼ばれているのに気づかなかった。


「!! はい!! な、なんでしょう?」


「ボサッっとしてるな。ハンデの話をしてたんだ。お前は全力で参加しても構わんが、ビーム、レーザーの類は一切禁止だ。武器やマジックアイテムなどの持ち込みも禁止。基礎格闘術だけで戦え。魔法強化マジック・エンチャントされている紅蓮ぐれんの制服も不可だ。指定のジャージに着替えてもらう」


指定のジャージ……そう聞いてアシェリィとノワレ、そしてカークスは『あぁ……あの真っ赤なダサいジャージだなぁ』などとしみじみと思った。


「そ、そりゃないっすよ~。こいつらだって結構、火力上がってきてんだしかなり痛いの間違いないですよ」


弱音を吐く教師志望に先輩教師は厳しかった。


「なよなよした声を出すな!! その時の装備でベストを尽くせ」


ナッガンは腕組みしてリラックスの姿勢をとった。


「本題だ。本番の前の実戦訓練だが、基本的には急所を避ける特訓を重点的に行う。いくら攻撃力が高かったり小手先が効くからとはいって、致命傷ちめいしょうを喰らっては話にならん。予告しておくと魔術修復炉まじゅつしゅうふくろをフルに活用した訓練内容にする。スレスレやギリギリを防いだり、避けられないと対人戦は危険すぎる。これだけ聞くと大怪我続出おおけがぞくしゅつの理不尽なしごきに思えるかも知れないが、教員としての俺の経験からくるものだ。別にお前らをいじめたいわけではない」


クラスメイト達は心の中でナッガン教授はどう考えてもドSだと思っていた。


彼は彼なりにこれ以上、教え子から死人は出さないと心に決めているのでこういったスパルタな態度になってしまっている。


しかし、彼は昔のことを口にしないのでその大切な部分がクラスメイト達に伝わっていなかったのだ。


もし伝わったとしたらそれはそれで不満が減るのかも知れないが、キツい訓練に変わりはない。


元M.D.T.F(魔術局タスクフォース)の地獄教官に妥協や手加減などという言葉はないのだ。


「ちょうど一限目から俺の授業だから早速、実戦を行うぞ。気を抜くと大怪我するからな。歯を食いしばれ」


もう生徒たちは何も言えなかった。


「まずは能力を知っている同じ班の者2人で行う。アシェリィとイクセントを仮想空間に飛ばす」


2人はふっと教室からテレポートして消えた。


教室前部の大きいマギ・スクリーンに2人の姿が映し出された。


プレーンで特になにもない部屋に居る。


「ここで互いに本気でぶつかりあってみろ。そして練度を上げて重症になる回数や頻度ひんどを減らして鍛えていく。基本的に禁止事項はない。ただ相手を殺す気で倒すことだけを考えろ」


クラスメイトはごくりとつばをのんで2人を見守った。


(この2人だと圧倒的にイクセントが有利。アシェリィには悪いが、重症を負う役をかぶってもらう)


ナッガンはそういう意図で2人を選んだ。


生徒たちもアシェリィの実力は認めつつも、どう考えてもイクセント相手では分が悪いと思っていた。


「容赦せんからな。安心しろ。同じ班のよしみで即、リアクターけにしてやる」


イクセントは華奢きゃしゃで紅い宝石のついた小ぶりなワンドを取り出してバトンのように回した。


本当はウルラディール流剣技を試してみたいところだったが、さすがに秘伝の剣技をこんな目立つ場所で振るうわけにはいかない。


かといってワンドが不得意かといえばそんなことはなく、むしろこっちのほうが使い慣れていた。


一方のアシェリィ自身もすぐさまボコボコにされると思っていたが不思議と恐怖感が無かった。


美しい水のように心がみ渡っていくのを感じる。そして徐々に力がみなぎってきた。


「………………………………」


何か言おうとしたが、それは静かな心に溶けていった。


次の瞬間、アシェリィがカッっと目を見開いた。


すばやく背中側の腰に張り付いたサモナーズブックをすばやく3回ノックした。


「先手必勝!! サモン・アクア・クリティカル・スプラッシャー・ウォルフレイド!!」


相手は少し驚いた。


「思ったより詠唱えいしょうが速い!!」


ガルガンドゥのプロミネンス・ウォルフを水属性にカスタマイズして強化したアレンジ幻魔げんまだ。


水流のオオカミたちは物凄い勢いと数で床から現れては消え、現れては消え、イクセントに猛攻をかけた。


しかも、彼女のステップ回避を考慮して全方向から囲むように襲撃をかけた。


「なら打ち上げるまで!! 天散のスカイエンザ・スキャッタライザー!!!」


少女剣士がワンドを振ると周りにに強烈な上昇する旋風せんぷうが発生して、まとわりついてきた狼を一掃して水滴にまでバラした。


「からのッ!! 溶躯ようくのトローンド・アシッダー!!」


イクセントは弾き飛ばした水滴をすべて溶解液に変化させてきた。


するとアシェリィはまたもやブックをコンコンコンとさっきより少しだけ早くノックした。


「サモン!! クリアランスブルー!! キュアコンディション・ランフィーネ!!」


瞬時に飛んできた溶解液を打ち消してただの水に浄化した。


「まだまだここから!! くらえ~!! チェイン・ヘッド・ルアー!!」


アシェリィは腰から竿ロッドをすばやく抜き取ると同時に鉄球のルアーで攻撃に転じた。


対空していて無防備に思えたイクセントはアシェリィが腰に手を伸ばした時点で次の呪文を唱えていた。


「ミックス・ジュース!! エレキショッキン・エン・レイジングブレイズ!! 喰らえ!! エキュセキュショナーズ・ハンズ!!」


雷と炎を混ぜた混合魔法だ。イクセントの呪文の中でもトップクラスの威力を誇る。


まともに受ければ十中八九じゅっちゅうはっく、全身まっ黒焦くろこげげである。


召喚術師サモナーは左手に釣り竿のエヴォルブ・スコルピオを持ち替えて、空いた方の手でサモナーズブックを何度かこすった。


「サモン・カーキ・サンドイエロー!! サンドリス!!」


炎の稲妻いなずまはギリギリで砂の板にガードされた。


(ちっ!! コイツ、休み中にずいぶんきたえてきたな!!)


イクセントは少しずつイラつきだして顔をゆがめた。


アシェリィはジャングルでの活躍はいまいちだったが、オルバとの修行で対人戦を徹底的に叩き込まれていたため、ここで光った。


さらにそれに加わって海龍との契約で潜在能力が開花しつつあったというのもある。


滞空している魔法剣士を鉄球が襲う。


「こんなちっぽけな鉄球で!!」


アシェリィはニヤリと笑った。


瞬時に球体は巨大化して加速し、ターゲットを襲った。


トゲトゲまで生えているし、イクセントの身長くらいはある。


「ちっさい弾はフェイクだよ!! それがそのルアーの正体!! スパイク・ルアー!!」


決して油断していたわけではないが、速度、大きさから考えてこれを避けるのは困難だ。


「避けられないなら……弾き返すまでだ!! 返衝へんしょうのリターヌ・プレッシャア!!」


バチバチと激しい音を立てながらイクセントはガラスのような薄いバリアを張って飛んできた巨大鉄球のパワーをたくわえているようだった。


「破壊力250%返しだぁぁ!!!! くらえええええぇぇぇ!!!!!」


ものすごい勢いでトゲトゲ鉄球がアシェリィを襲う。これは冗談ではなく即死レベルだ。


さすがレイシェルハウトだけあって攻撃以外の魔術も使える。


攻撃や攻撃補助が得意だが、治癒ちゆや回復系は苦手だ。


受けるアシェリィは避ける気がないようだった。


それどころか瞳を閉じたまま直立不動の状態だ。


誰もが諦めて、緊急退場を待っているように見えた。


しかし、彼女の頭上の砂の板が急速に変形して人型のゴーレムに変化した。


長いこと頼りにして愛用してきた結果、サンドリス側がそれに答えたのである。


なんとパワーアップしたサンドリスは飛んできた鉄球をライネン・バレーの要領でレシーブしだしたのだ。


人の形をした3mほどの大きな巨人はうなった。


「ウウ……ウウウウウウ!!!!!」


もしレシーブが失敗すれば殺人サーブが襲ってくる。


「サンドリス!! いけるよ!!」


それでもアシェリィは動じなかった。


アシェリィは普段、無鉄砲むてっぽうをさんざん欠点として指摘されている。


だが、こういう真剣勝負や命をかけた勝負では恐ろしいほど本領を発揮はっきするのだった。


「オオ、オオ……ウアアアアアア!!!!」


なんと、鉄球を砂の巨人が跳ね返した。


弾き返すまでの時間はあっという間でイクセントは対策に迫られた。


「ぐっ!!  リターヌ・プレッシャア・トゥワイス!!」


また少女剣士はバリアを張ってアシェリィめがけて球体を打ち返した。


そのまま激しいラリーが始まった。


クラスメイト達は予想外の激しいバトルで逆に声援を送るムードではなくなっていた。


アシェリィもイクセントも汗だくで意識が少しずつ薄れていた。


先にマナが尽きそうなのはイクセントだ。


負けそうな自分に激しいストレスを感じた彼女は久しぶりにブチギレそうになっていた。


彼女は激怒すると飛躍的ひやくてきに魔法の威力が上がるが、同時に見境みさかいもつかなくなり暴れ始める。


忘れかけていた激情。幼いレイシェルハウトに戻った彼女は感情を爆発させた。


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