叩いても叩いても出てくるホコリ
ジュリスはなんだかんだでちゃっかり夕食のバイキングに舌鼓をうつと空いているイスに腰掛けた。
「待った。もう頭も腹もいっぱいだ。特に頭が。一気に詰め込みすぎだってんだよ。話をまとめようぜ」
平静を取り戻しつつある彼は上級生らしい立ち振舞をしだした。
さっきまで話に参加していた校長は小さめのソファーでいつのまにか寝息をたてていら。
ファネリがブランケットを彼女に優しくかけた。
「まず、楽土創世のグリモアってのは特定の願いを叶えるというよりはその者の望んだ楽園を形成するマジックアイテムってことだったな。ちなみにご丁寧に権利分与機能もついているらしい。俺らの歴史がどこまで正しいかはわからんが、今の世界を見るとどうもその大抵は賢人会に近い会合で造られた”妥協の末の楽園”であるように思える。一応、世界の均衡は保たれてるしな」
レイシェルハウトは目線を落とした。
「でも……死者や病死した人の蘇生が出来ないというのは予想外だったわ。まぁ御伽噺では本当に何でも叶えると伝わっているけど、所詮は御伽噺ですしね」
赤髪の青年は頷いた。そして深刻な表情を浮かべた。
「おそらく生きている生物と、死んだ生物。ここらへんの線引きが恐ろしくシビアなんだ。当たり前だが一度、死んじまえばもうこちらには還ってこれない。不死者への片道切符さ。そりゃ厳密には復活出来るんだろうけど、グリモアの判断的にはそいつは既に不死者だ。だから、そいつの楽園を創るとなるとそりゃ死人だらけの世界になっちまうわな」
教授室の主ははゆったりと高そうなチェアに寄りかかって顔をしかめた。
「フーム……それは頭の重い問題ですじゃ。何も敵はルーブのような権力者だけではないですじゃ。不死者達達もまた、楽土創世のグリモアを欲していますじゃ。全体的な知能はかなり低いのですが、やはりリッチーが強敵となります。彼らは非常に賢く、その知能は軽く生者を上回りますじゃ。しかもそれぞれのラボに隠された3つの遺品を破壊しない限り不滅ですし、テレポートなども自力で可能ですじゃ。少数精鋭ではありますが、不死の軍団を率いて何度か争奪戦で優位に立ったこともありますじゃ」
それを聞いていたレイシェルハウトは露骨に嫌悪感を示した。
「わたくしの屋敷の裏山に悦殺のクレイントスというリッチーが住み着いておりましたわ。当時は腐れ縁的な存在でしたが、今は魂を弄ぶ輩として撃滅すべきと思っています。どうやらリッチー同士でレセプションなどを開いているらしいですし、警戒すべき存在ではあると思いますわ……ん?」
言い終えた後、レイシェルハウトは首をかしげた。
「クレイントスは事細かに捏造された内戦の話をしていましたわ……。あいつが経験してきた……妙にリアルな体験も全て捏造されたものという事でして?」
赤いとんがり帽子の教授はそれを肯定した。
「そのとおりですじゃ……。リッチーは密に情報交流をします。故にリッチーは全員が識る者……”ナレッジ”であると見ていいでしょう。ですからお嬢様が聞いたそやつの過去の体験や出来事はすべて作り話だったと思われます。真実を知らない一般人を相手にわざわざ真実を伝える必要はありませんから……」
クレイントスの語ることはすべてが緻密に計画されつくしていたのだ。
その事実を知ったレイシーは怒りを抑えることが出来ず、思わず拳を握りしめて立ち上がった。
「人を小馬鹿にして!! それじゃあ”悦殺”なんて悪趣味な二つ名、自分でつけたってことじゃない。ありえないわ!!」
それを聞いたエルフの少女は耳をピクピクさせて苦虫を噛み潰したような顔をした。
「わたくしも……腸が煮えくり返りそうですわ……。クレイントスには同胞の敵討ちをせねばなりません。これを成し遂げるまでは死んでも死にきれませんわ」
ノワレから執念の気がにじみ出てきてその場に圧を放った。
なぜ彼女がこのグループに所属しているのか、ここで百虎丸はそれが復讐だと初めて知ることになった。
「ノワレ殿……そうでござったか。貴女が復讐とは余程のことが……。何があったかを聞くのは野暮でござろうが、さぞかし辛い思いをしたのでござろうな。拙者、今まで気づけなかったでござるよ」
暗い顔をするウサミミ亜人に笑ってシャルノワーレは返した。
「そりゃあ……隠して空元気して生きてきましたから。それにせっかくの学園生活ですし、ある程度割り切って楽しめる時は楽しもうと思っていましたの。ですから、常に張り詰めていたわけでもなくってよ。今は貴方達と過ごせて心から楽しいと思えていますわ」
内心、悲しいやら嬉しいやらで思わず百虎丸をハグしそうになったが、本人が抵抗しそうなのでやめておくことにした。
そんな中、百虎丸がつぶやいた。
「しかし……リジャントブイルの真の目的が危なげな勢力をつぶしつつ、魔術師の楽園を創ることだったとは驚きでござった。恥ずかしながらアルクランツ校長先生は人の命を蚊ほどにしか思わず、世界征服を目論んでいる悪い魔女なのではないかと思ったでござるよ。世界中が魔術師に染まっているわけではない。蓋を開けてみればずいぶんこじんまりとした楽園でござったな」
その場の全員が思わず笑ってしまった。
ファネリ教授も満足げに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ。よからぬ輩を討ち、無理のない範囲で楽園を維持しておられる。これだからわしはアルクランツ校長にお供しているのじゃ。決して弱みを握られているとかではないんじゃよ。多分……。なんだかんだで面倒見もいいし、人格者でもあるんじゃ。ただ、たま~に幼女の姿が顔を現すこともあるんじゃが、そこもまた愛嬌じゃて」
校長は小さなソファーでうずくまるように寝返りをうった。
「ん、ん……す~す~」
ジュリスはその様子を見ながらワシャワシャ頭を掻いた。
「しっかし、ほんとにソイツが700年も生きてるのか? ホムンクルスじゃなくて生身の人間、しかも老化しないときた。学院の実験とやらがどういうもんだったか今はもうわからねぇが、こんなのを生み出すとか大概なもんだぜ。こいつも捏造の産物だったりしてな」
さっきの話の後だ。さっぱり笑えない冗談だった。
「かーっ!! 冗談だよジョーダン!! 本気でそんなふうに思ってねぇよ!! 現に目の前にこうしているんだから認めるしかねぇだろ」
ジュリスは下手に口を出すよりは引いたほうがいいだろうとあえて聞きに回った。
その直後、サユキが鋭い視線をファネリに送った。
「ファネリ教授、確かルーブの勢力とROOTSの勢力が釣り合うのは3~4年かかるとおっしゃってましたよね? もし……もしもですよ? その前に楽土創世のグリモアが発現してしまったら……」
老教授は白くて長いマユゲをヒクヒクさせた。
「それは懸念されていますが、本当にいざという時はアルクランツ校長が手を打ってくれるかと。ただ、魔書が現れたからと言ってすぐにルーブ勢が一強になることはまずありえませんじゃ。というのも、アレはあまりに強大なマナを放つため、ひとたび現れたら隠すことはできませんのじゃ。じゃから必ず間をおかずして他の陣営との取り合いになるのですじゃ。いくらラ羅国が封じられたからとは言え、変わりはどこに潜んでいるかわかりませんじゃ。時に混乱に乗じて横からかっさらおうという者もおるのです。そのまま全体的に世界は疲弊し、荒廃していく……。ここ数度はそんなかんじなんですじゃ。ライネンテの国内格差もその影響がありまして、中央部と東部が荒れているのは争奪戦の名残なんですじゃ……」
また聞いたことのない話が来る!!
一同は身構えた。
「その前にちょっと煙草を失敬。わしも疲れてきました……でもあと一息……」
薄く赤い色のけむをもこもこまきながらファネリは気合を入れ直した。
グランジの葉を乾燥させた葉巻で、こう見えて割と健康には優しい部類に入る嗜好品だ。
吸っている本人以外には害が無いし、臭いもない。ただ、色はついている。
「陣営はなにも国単位ではないんですじゃ。さきほどから名前が出ている我が国のルーンティア教会。ここはかなり強くグリモアを欲しておりますじゃ。かつての開拓時代に強い権力を持っていた頃の栄光にすがっております。実のところ後少しのところで争奪戦の末、羅国引き分けになってしまったのです。そして、近年は厄介なことに世界レベルで悪い意味での布教をすすめようとしていますじゃ。ある意味、ルーブと同じくらい危険であり、武力もかなりついておりますじゃ」
この場に敬虔なルーンティア教徒はいなかった。
しかし果たして武力での布教を純粋な教徒達はどう考えるだろうか?
「まぁ勝てば官軍。気づいたときには歴史は捏造され戦の記憶は洗われ、人類が皆、愛に満ちたルーンティア教徒……ということで平和解決ですじゃ。ちなみに実は国軍は教会の下部組織なんですじゃ。国の保護、維持に必要な最低限の治安維持能力を任せているのですじゃ。もっともこのままではいずれすべて教会がやるようになるでしょうが……」
ところどころで教会に関してきなくさい話題を聞いてきた面々だったが、ここにきて不信感が頂点に達し始めた。
「いや、誤解してはいけませぬ。ルーンティア様やルーンティア教の教えに罪はないんですじゃ。世界を手にしようとしている革新派がすべての元凶。わしは熱心な教徒ではありませぬがどうかそこは理解していただきたい」
ファネリはかしこまって頭を深く下げた。
ルーンティアの教えは大なり小なりライネンテに根付いている。
それは皆も理解していたし、彼が思わず頭を下げるのも自然なことだった。
教授はふたたびタバコをふかしだした。
「国内はこんな程度ですかな。あとは非常にやばいのが少なくとも2団体。1つはさきほどのリッチー率いる不死者軍団、もう1つが”ザフィアル”と呼ばれる滅亡思想主義のカルト教団ですじゃ」
聞きに回っていたジュリスが反応した。
「ザフィアルだと!? 一時期、信者を集めまくった”世界は滅びによって救われる”ってイカれた思想のヤバいヤツらかよ!? 徹底的にツブされたって聞いてるぞ!?」
ファネリは濃い色の煙をモクモクと吹き出した。
「フーーーーーーーッ。それが、最近、カリスマ的な教祖が誕生したそうですじゃ。教徒もうなぎのぼり。平和な世の中だからこそ破滅、滅亡は必要だと主張しておりますじゃ。あまりのカリスマ性に裏では強力な魔術使いなのではと言われております。こやつらはストレートに滅びこそ楽園と信じて動きますから非常に厄介。また、なりふり構いませんからどう動くかもわからない。キレたナイフのような連中ですじゃ。こんなところですかな」
老教授が話を切り上げると赤いモヤの中で”ナレッジ”達は頭を抱えてしまった。
なんといっても敵が多いのである。しかもこれで全陣営とは限らない。
校長の言っていた「無理のない範囲で」ということの大変さが浮き彫りとなった。
ジュリスの考えはめちゃくちゃ甘かったというわけである。
「わしらは校長に”意志”を押し付けられてしまったからこれらの話を一切人に話すことはできんのじゃ。じゃから孤独感を感じることもあるじゃろう。じゃが、少なくともここに集まる者らなら気兼ねなくやり取り出来る。部屋も広いし好きに使ってかまわんよ。一蓮托生で乗り切っていくぞい!! 校長もおるしの!!」
不安感に押しつぶされそうな”ナレッジ”を炎焔のファネリは鼓舞した。
到底、出来るとは思えない。でも挑むことはできるはずだ。
そんな心情を抱く面々だった。




