ウィザーズ・ヘヴン・フォーエヴァー
「えっへへ……それじゃあせ・ん・ぱ・い。ま~たね~~~♥」
そう言ってラーシェは恋人であるジュリスと別れた。
2人は相性バツグンで仲良く交際を続けていた。
夕暮れ時がやってきていた。自分の寮の部屋に戻ろうとしていると何かが飛んできた。
「ヒュッ!!」
思わずジュリスはバックステップを取って飛来物を回避する。
彼は目を細めながら対象に集中した。
「なんだ? 敵意が無ぇ。ありゃあ……使い魔か何かか?」
戦いの構えを解くとコウモリのような魔法生物が降りてきた。大きなコウモリの羽をはやした少女の姿の妖精だ。
「バットリアル・ピクシーか……んで、何の用事だ?」
魔物は首をすばやく左、右と傾けながら伝言をしてきた。
「炎焔のファネリ教授よりジュリスに告ぐ。ファネリ教授より告ぐ。直ちに教授室にこられたし。繰り返し告ぐ……」
学院の重鎮、しかも面識の薄い人物である。それがわざわざ自分に何の用だろうとジュリスは思った。
しばらくは思い当たるフシがなかったのだが、やがて思いあたりがあることに気づいた。
もしそういう機会があるとすればガリッツとして大怪我を負って魔術修復炉に入っていたときだろう。
おそらくイクセントの正体とウルラディールディール家のゴタゴタの絡みの話である。
妙にカンの良いジュリスはファネリとレイシェルハウトとの関係を勘ぐり始めた。
しかし、流石に情報が足りなさすぎる。
空いたピースを埋めるべく、彼はファネリの教授室へ入った。
「失礼します。研究生のジュリスです。ってなんじゃこれりゃ? ……何かのパーティーですか? 部屋を間違えましたかね?」
紅蓮の髪の青年は半身、退出して扉の名札を二度見した。
「あ~、これこれジュリス君。君は間違っておらんよ。君はここに招かれたんじゃ」
そう声をかけられた上級生は部屋中をちらりちらりとうかがった。
「やっぱりイクセント……いや、レイシェルハウトお嬢様に……サユキさん……だったか。なんだ。あんたらてっきり俺のことは無視してるかと思ったんだが、そうでもねぇみたいだな。お察しの通り、リアクター内であんたらの話は聞かせてもらってたよ。その身分もな。おっと、別に誰かにバラそうって気があるわけでもねぇ。あまり警戒しないでほしいもんだぜ。ただな、ずいぶんご挨拶が遅いと思ってな」
見たことのない幼女がファネリ教授に目線を送った。
「おい。あたしは説明するのに疲れた。お前が適任だろ。教えてやれよ。”真実”を」
ファネリは難しい解説をうまく落とし込みつつ、楽土創世のグリモアとそれを争う争奪戦の話、歴史捏造について語った。
改めて聞いても誰も反論することが出来なかった。
そもそも記憶の捏造や、すべての書物への改竄が可能なのだろうか?
考えれば考えるほど本当にも思えるし、作り話にも思えた。
「で、ジュリス君はどう思ったのかな?」
沈黙を幼女が破った。
だが、ジュリスと本当の姿の校長は初対面だった。
「んん? あんた、誰だ?」
パッっとアルクランツはニセの皮をかぶった。
薄汚れた白いモップのようで髪と毛がくっついた見た目だ。
「ん? こっちが校長だろ。サーテンブルカン」
その場の面々は首を左右に振った。
「サーテンブルカンは偽名。本当の名前はアルクランツ。そして真のお姿は……」
一瞬で彼女は美しいブロンドで白いドレスに赤い靴の幼女に姿を変えた。
「あぁ、どうりでガキんちょのくせしてエラそうなわけだぜ。見た目に関しては言いたいことが無くもない。だがそれはこの際、置いておくとする。しかし……だとしてもなぁ……ウーム……」
ジュリスは難しげな表情をして唸っている。
悪い笑みを浮かべてアルクランツ校長は問いかけた。
「なんだ? 納得行かなげな反応だな。なにが不満なんだ?」
青年は率直に答えた。
「それがあんたらの言う真実だったとして、確かにそういう事はありうる。記憶や歴史の捏造、改竄もありえるだろうよ。だがな、気になるのはお前らが良いように丸め込まれてるんじゃねーかって話だ。ファネリ教授と校長は何か腹に飼ってるかわかったもんじゃねぇぜ? お前らもういっぺん考え直してみろ。それからでも遅くはねぇ。俺に関してはあわよくば戦力として、ダメなら口封じって予定だったんだろうが……」
一気に部屋の気温が下がった。きっとこれはアルクランツのプレッシャーだ。
「おいおい。さすがにこんな不死身の魔女とやりあうほどアホじゃねーよ。それに、こんんなおもしれぇ事に首突っ込まねぇって手はねぇよなぁ? ノワレと同じく、ウルラディール家の部外者として協力してやってもいいぜ。内容と報酬にもよるがな」
長寿の魔女は指をパチンと鳴らした。
「買った。その座った度胸に腕前、こういうヤツが居てもいい。なぁファネリ?」
教授はコクリと首を縦に振った。
「一応、ROOTSにもちゃんとした部門がありまして、特定の思想に傾きすぎず、自浄作用をもたせる仕組みにはなっておりますじゃ。そこの一員として腕を奮ってみれば納得してもらえるかと思いますじゃ。もっとも、気が向いたらで結構じゃが……」
ジュリスは意外そうな顔をした。
「なんだ。それなりにしっかりした組織じゃねぇか。お嬢様を担ぎ上げるための名ばかりの集まりかと思ったぜ。もっとも、その話が本当ならな」
それを聞いて今度はファネリ教授が唸った。
「フーム。こればっかりは実際に参加してみて判断、信用してもらうしか無いですのぉ……。まぁいきなりの話じゃからわしらが疑われるのは当然なんですがの……」
老人が幼女に目をやると彼女は知らぬとばかりにそっぽをむいた。
「それよりアルクランツ校長、問題はこっちだ。アンタ、話を聞くに限りなく関係者に近い。さては賢人会に参加してたろ? どの勢力の代表として参加したんだ? そしてどんな楽土を欲したんだ?」
ジュリスは鋭く指で彼女を指した。
魔女は肩で笑いだした。
「クックック……。いいねェ……ガキ浮世があたしの楽土まで嗅ぎ回ってくるとは思わなんだ。お前みたいなヤツは嫌いじゃない。前回の第三次ノットラントで私が望んだのは―――」
部屋中が緊張感で溢れた。
「終わらない魔術師の楽園”ウィザーズ・ヘヴン”」……つまり、リジャントブイルとミナレートだ。陣営は……そうだな。魔術学園都市とでも名乗っておくか。いいか? 歴史の捏造と言っても前々回、前回、今回とターニングポイントがあるわけだ。学院そのものは太古からあるが、装備や設備なんかは楽土創世の争奪戦の結果次第で大規模に拡張されたりする。あたしが校長になった時はポツンと学院だけがこのなにもない砂浜にあった。つまり……」
さすがのザティスもたじろいだ。
「おいおい……。ウソだろ? マジかよ? ミナレートは楽土創世のグリモアで、あんたがパパッと作ったってのかよ!? ミナレートの発展、繁栄に関する歴史書なんて腐るほどあるし、書籍数や関連資料の数まで、しかも世界的にも数えると、とんでもねぇことになるぞ!!」
アルクランツは髪をサラリと撫ぜた。
「アホ。それが本物の歴史捏造、資料改竄ってヤツだ。あと、あたしが作ったってのとパパッとってのは間違いだ。少なくとも1人で作れるもんじゃあなかったし、何代かに分けて戦を乗り切ってきたんだ。捏造に塗れながら成長した常夏の楽園……それがミナレートだ。6回もの争奪戦の結果、お前らの先輩が守り、勝ち取ったおかげでもあるんだぞ」
校長はイラだちはじめたようで、足をパタパタさせた。クセなのだろうか?
「失った教授や生徒を返してほしいと願ったこともあった。だがな、命を落とした彼らは既に不死者だ。過去に死者の楽園を望んだものがアンデッドに取り込まれて本当に死の世界になりかけたことがあるらしい。楽土創世のグリモアでも死者の蘇生は難しいんだ。ましてや楽園分割方式ではな。これはどの陣営も痛みを感じていることだ。不死者の連中以外は……」
この話はジュリス以外には既にされていたので周りはそこまでは驚かなかった。
しかし、全くフォークとナイフは動かなかった。
誰もが石になったようにぎこちなく固まってしまったのだ。
せわしなく動いているのは金髪の幼女だけである。
「ほら、こうなる。ソーシキかよ。だからお前ら面白くないんだよ。こっちだって好きでこんな事を話してるんじゃないやーい!!」
不満が爆発したからか、彼女の本来の年齢が出てきた。
ジュリスはあれこれ考えていたが、締めとして質問を終えた。
「わかった。問答はこれで終わりな。最後に聞く。もし、明日、楽土創世のグリモアが見つかったらあんたはどう指示するんだ?」
ぐずっていたアルクランツは真面目な顔で向き直った。
「ん~、そうだなぁ……。この魔術師の楽園「ウィザース・ヘヴン」の維持と死んでったおまえらの先輩の弔い合戦用に部隊を組むかな。でも、世界征服や家の争いとかは非常にくだらないと思ってる。どーせ、賢人会議開かれるだろうし。そこまで粘れれば上等かな」
赤髪の青年はツッコミを入れた。
「命を懸けてるのにスケール小さくねぇか? 日和ってんな。今の学院で全力出せばかなりの分前、もらえると思うんだが」
遊びの戦闘の毎日でそこらへんがマヒした男に対し、校長は何度か拳を頭上に突き上げて抗議した。
「無茶言え!! モノはぶっ壊れてもいいけど、人命の喪失は可能な限り控えたいんだよ!! それにスポーツじゃないんだからさァ!! 私利私欲のために力使うことなかれって学生証にあるだろうが!! 争奪戦に参加しつつ、世界秩序を護る役割……つまり武力化を進める豚とか、不死者やカルト教団みたいな厄介な連中を始末して社会秩序を維持する。それが武の学院であるここの真の使命なんだよ!!」
青年は指摘を受けて反省したようだった。
「冗談だよ冗談!! いや……こりゃ俺が軽率だったな。すまない。しかし……いきなり楽土創世のグリモア争奪戦なんて聞いて、いまどき信じるやついるのか?」
アルクランツは真剣な顔をした。
「いや、これがなぜだかどの争奪戦も自然と勃発して自然と消えていくんだ。魔書ゆえに人を引きつけるんだろうな。きっと戦が始まる頃になったら”ナレッジ”と現代の常識が溶け合うように入り混じっていくんだろう。だから、その日が来たらあっという間だよ。みんな覚悟しておくんだよ」
すっかり日の暮れた窓の外の流れ星を少女は見ていた。




