賢人達の”命”を吸った幼女
ミートソースを口の周りにくっつけて校長、アルクランツは語りだした。
「ん~、お前ら死霊使については授業でやったな? 生前の姿を保とうとするのがライト・ネクロマンシー、死後の怨念を強めて凶悪な人外へと変化させるのがダーク・ネクロマンシーだ。これだけ聞くとあたしはライトなんじゃないかって思うだろ? ところがちょっと事情が違ってな。ライトは死体である以上、相当に上手くやらないと徐々に体が朽ちていく。それに対してあたしは肉体の劣化がないんだ。つまり偶発的な事故で発生した個体なわけだ。観察した限りでは生身の人間と変わらん」
授業で軽く取り上げる程度で普通の生徒はそこまで深くネクロマンシーについて学ばない。
そのため、それを聞いてもあまりパッとしない様子だった。
「そういう反応するだろうと思ったよ。わかりやすく言うとだな、病弱でよく命の危機にあってたあたしを母さまは常に気の毒に思っていた。ここらへんからだんだんズレてきていたんだ。学院で不死者のリッチー……というか輪廻転生の研究をしていた母さまは私が死んでしまう前にと最先端の研究中の実験を私に施した」
重い話だが校長は特に気にするでもなく続けた。
「大型のホムンクルス用の容器に入れられてな。たとえ母さまと言えど、その時は怖くて仕方がなかった。また、その実験は学内でかなり期待されていてな。結構の数の教授が地下のラボに集まって秘密裏に行われたんだ。さすがに誰も暴発するとは思わなかったしな。結果として生き残って生命力を注ぎ込まれたのはあたしだけ。他の教授は母さまも含めてあたしに命を吸われて全滅。当時の校長もな……」
思わず聞いていた面々はフォークとナイフを動かす手を止めた。
「そりゃあその後はもう大騒ぎだ。教授は重役も含めて30人くらい死んでるし、校長までもが死んでいたんだからな。だが、校長の記憶はしっかり私に継承されていた。”校長”と呼ばれた時は思わず返事をしていたくらいだ。まぁあくまで先代の1世代分の記憶だがな。当然、信じてもらえずに封印されそうにもなったが、校長の知ってる秘密をいくつも明かしてようやく信用された。それ以来、飽きもせずここでこうやって校長をやってるわけだ……」
炎焔のファネリは目を細めた。
「ふ~む。30人程度の教授の命と知恵を受け取ることになったわけですからかなり負荷は高かったと聞いておりますじゃ」
校長はフォークの先を老人にむけた。
「そう。それ。30人分の命、知識、、武芸を受け取るのに頭が焼ききれるかと思ったぞ。だが、長年生きるというのは案外と退屈しないものだ。事故当時は人並みに思い悩んだりもしたが、今はなんだかんだで母さまに感謝しているよ。強いて欠点を上げるなら親しくしていたヤツらはほぼ確実にあたしより先に死んでいったことくらいか。これがあと何年続くかは全くわからん。まぁ今のところ、命に限界を感じることはなかったからな。殺されでもしない限り、明日明後日に死ぬと言うことはないだろうな。それにしても時がすぎるのは早いものだ。ファネリが学院に入学したのが昨日のように感じる」
炎の教授は後頭部を恥ずかしげにカサカサと掻いた。
「お恥ずかしい限りです。入学当初はまさかこんな事になるとは思っても見ませんでしたじゃ」
お世辞か本音か、アルクランツは彼に声をかけた。
「そうか? あたしは昔からなかなかやりそうなヤツだと思っていたがな。実際、ここまで上がってきているしな。慧眼があると言うと手前味噌がすぎるが。ここに集まってる連中は差こそあれ、それなりにいい線いってると思うぞ。第一、取るに足らない者ならこの場には呼ばん。まぁ慢心してサボることがなければな」
この場に居合わせた者の中には自分が場違いなのではないかと思っている人物も居た。
「なんだ? 未だに釈然としない者もいるようだな。ちょっと考えて見ればすぐわかることだが、お前らは既に秘密結社ROOTSの一員なのだからな。あぁ、そうだ」
いつの間にか校長のフォークは指揮棒に変形していた。
「お前らはこれで”ナレッジ”になってしまったわけだが、それを望まなかったヤツもいるだろう。今のうちなら押し付けた”意識”ごと部分的な記憶は消してやる。手間はかかるが、こちらとしても勝手な事情を押し付けるほど良心やデリカシーに欠ける輩では無いのでな。どうだお前ら、ある程度の”覚悟”は決まったのか? 退くのもまた勇気だ。逃げても誰が咎めるでもない」
秘密結社ROOTSの指導者の1人であるファネリは言うまでも無かった。
レイシェルハウトもウルラディールを奪還するために譲れなかった。
それにルーブの事についても他人事には思えない。もし次に争いを起こすとしたら彼がきっかけになるだろう。
結局、アルクランツやファネリに関しては全部を全部信じ切る事は出来なかったが少なくとも今は利害が一致していた。
サユキとパルフィーは屋敷時代から引き続いてレイシーを護ることを心に誓っている。
今は家への奉公というよりレイシェルハウトのために動いていた。
シャルノワーレは家同士の争いにはあまり興味がなかった。
だが、エルフの里の仇である悦殺のクレイントスがウルラディール家にちょっかいをだして続けているらしい。
スキをついてそのリッチーを撃滅するのが彼女の目的である。
カエデはサユキの力になろうと決心固く、西華西刀の腕利きを紹介するという。
リクはそのカエデを護るために来ていた。
ただ、1人だけ動機づけが薄い者が居た。百虎丸である。
「……わかっているぞ。小柄なウサ耳でネコ顔の亜人よ。確かにお前は西華西刀に属しているが日が浅いと聞いている。カエデからの推薦はあったが、無理にこの騒動に顔を突っ込むことはない。おそらく、おまえにとって失うものは多く、得るものは少ない戦いになるのだからな」
確かに図星ではあったが、武家に所属している以上はそこに奉公する以外の選択肢は考えられなかった。
「ここで逢ったのも何かの縁でござる。乗りかけた船から降りるというのも性に合わんでござるしな。こんな未熟者でいいなら武家に仕えるでござる。粉骨砕身、致す所存でござるよ。それに、話を聞くに、このまま現体制のウルラディール家を放置しておくわけにはいかんでござるからな。きなくさく感じるでござる」
彼は悟ったようににっこりと笑った。
「トラちゃん……」
切なげな顔でカエデは百虎丸を見下ろした。
「ふん。酔狂……と言いたいところだが、ブシドーは嫌いではない。その刃、たちまち折らぬよう鍛えるんだぞ」
アルクランツはまた悪い微笑みを浮かべるとイスに腰掛けて足をパタパタと揺らした。
そのやり取りを見ていたレイシェルハウトは声をかけた。
「百虎丸さん。わかっているとは思いますが、くれぐれもクラスで馴れ馴れしく、くっつくんじゃなくってよ? いきなり急接近したように見えますからね。ナッガンクラスの連中はわたくしとシャルノワーレ、そしてあなたの関係性は薄いと認識されているのだから。そもそもあなただってわたくしとノワレの距離感には違和感がわいているでしょう?」
確かに言われてみたらそうだ。
イクセント……つまりレイシェルハウトとノワレが親しげにしているのはなんとも言えない感じがする。
「ほら、そうなるじゃない。わたくしと貴方が仲がいいってのもかなりぎこちなくってよ? これだけならまだしも、3人集まってクラスで話していようものなら……」
ノワレと百虎丸はそのシチュエーションを頭に思い浮かべた。
一体、なんの集まりなのだろうか。当事者以外には全くわからないだろう。
「た、確かに……なんの繋がりで集結しだしたのかサッパリわからん組み合わせでござるな……。しかも、孤立しがちなイクセント殿がパーティーを組んでいる事が謎でござる」
その発言の直後、思わずレイシェルハウトはフォークの先を百虎丸に向けられた。
「これこれ……お嬢様、フォークは人を差すものではありませんぞ……」
呆れたように指摘されて思わずレイシーはフォークを下げた。
「ご、ごほん!! それですわ。間違っても”レイシェルハウト”なんて呼ばないこと!! まだクセがついてないから大丈夫でしょうけど、絶対にイクセントっておよびなさい!! そんなマヌケな身元バレなんてたまらないわ」
そう念を押されたが、シャルノワーレは目線をそむけた。
「実のところ……わたくしは結構、うっかりで”レイシェルハウト”って呼びそうになってしまうことがありますわ……。まぁ”レイシー”って言ってしまう分にはいくらでも言い訳はできるでしょうけれど、まぁ、入学した直後と同じような態度を取っていれば問題はないのです。ほとんど毎日、このメンバーはここに集まるので急いで連絡する必要もありませんからね」
レイシェルハウトは額に手を当てて首を左右に振った。
「ハァ……」
ネコ顔の亜人は了解したようで頷いた。
「あいわかったでござる。拙者はイクセント殿を同性としての立場としてサポートする側に回るでござる。どうせその調子だと近いうちにイクセント女子疑惑とか出てきそうですからな。何かあればそこらへんは拙者がうまくフォローしておくでござる」
シャルノワーレも百虎丸も頭がキレるほうだったのでなんだかんだでレイシーは安堵していた。
特に、性別関係の溝をカバーしてくれるネコ顔亜人の助力は大きかった。
「よ~し、なんだかんだで話はまとまったようだし、ファネリ坊、古酒を用意しろ」
傲慢げに足を投げ出した校長はそう命令した。
「い、いけません校長先生!! お酒はお体に触りますぞ!! というかまだ飲酒可能な年齢に達しておりませぬじゃ!! 何度言えばおわかりになるのか……」
本気なのか冗談なのかわからなくて皆が笑ってしまった。
酒宴で場は暖まったが、室内の空気はまたもやぐっと寒くなるのだった。




