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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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現代にそこまで絶望なんかしちゃいない

アルクランツは可愛らしい足取りでさきほど座っていた豪華ごうかなチェアに腰掛こしかけた。


「ん~、そうだな~。もう”ナレッジ”に関しての基本的な知識は語っただろう。そうするとそこで生じるのが秘密結社ROOTSルーツの存在意義の矛盾だな。それについてはファネリの坊主ぼうずが説明するだろう」


83歳の学院の重鎮じゅうちん坊主ぼうず呼ばわりである。


これだけで2人の関係性がわかるエピソードだ。


教授は浮かない顔をしていたが、意を決したかのように顔を上げた。


「まず、ROOTSルーツ内には”ナレッジ”の方もいらっしゃいますじゃ。だから、第三次ノットラント内戦の記録をもとに行動するのは歴史捏造れきしねつぞうを受け入れることになります。それは彼らも重々承知じゅうじゅうしょうちではあるのですじゃ。それでも、つくり物とわかりつつも精力的に活動しているのは100年という現代が幼いながらも歩んでいることにありますのじゃ。たとえそれが捏造ねつぞうであったとしても……」


それを聞いていた少女校長は腕を組んで足も組んだ。


「なんだ。まどろっこしい言い訳だな? 家の争いは二の次でルーブをツブしたい。そうだろ? お前らのグループは案外タカ派だからな。なんにもらない”ナレッジ”で無いヤツらも巻き込んでな。そうやって捏造ねつぞうされた歴史はつくられていくんだよ。おい、さっきからだんまりだが、肝心のお嬢様はどう思ってるんだ?」


指名されたウルラディール家の当主はぼんやりとしていた。


東西の戦いが嘘だった。しかも下手をするとウルラディールという家があったのかさえ怪しい。


すぐにその点についてファネリがフォローに入った。


「お嬢様じょうさま、第三次ノットラント内戦は捏造ねつぞうの戦でした。しかし、ノットラントが武家単位で代々、内乱を繰り広げていたというのは事実なのですじゃ。ですから、各家の存在は決して虚構きょこうではありませぬ!! 歴史あるウルラディールの武家屋敷に誇りを持っても良い。校長先生はああ言いますが、わしは本気でウルラディールの繁栄を願っております。アルクランツ様からすればまがい物の歴史なのかもしれない。しかし、それ以降に生まれたわしらにとってこれが正史せいしではないのですか!? 直接の”ナレッジ”ではないわしはそう思っています。もちろん、ROOTSルーツに在籍している方々もですじゃ!!」


それを聞いてレイシェルハウトは即答することが出来なかった。


彼女は頭の回転は早い方だったが、あまりにも予想外の情報の連続をさばききれずにいた。


「なに、難しく考える必要はありませんですじゃ。お嬢様は屋敷の奪還を、同時に楽土創世のグリモアを狙うルーブを倒すこと。そして、ROOTSルーツの願いは両方ですじゃ。たとえルーブを倒せてもウルラディール家が再びお嬢様によって表舞台に立たなければ意味がないのです。もし、貴女あなたがリーダーになって東部と西部のいざこざを治めればノットラントは平和になるでしょう。私はご当主の望んだ……貴女が治める島を見てみたい」


最初はおどらされているだけだと思っていたが、だんだん自分が当事者であるという実感が湧いてきた。


「お父様……が?」


今まで良くしてくれたファネリの人柄から、あまり自分に対して何かたくらんでいるとは思えなかった。


そして、今回の決意表明で彼が現代世界に強い希望を持っていることもわかった。


考えていることは別なのかも知れないが、少なくとも目指す場所は一緒なのではないか。


少しずつだがそう思えるようになってきていた。


「まぁそう簡単に信じられる事実でもないし、くだくのも時間がかかる。お前ら今までだんまりだったろ? 少し話し合ってみたらどうだ?」


アルクランツがそう提案したのでその場にいる関係者はじっくり語り合って情報の共有とやりとりをした。


その間、校長は岩石がんせき板チョコをバリバリ食べていた。


なんて無邪気むじゃきで、呑気のんきなのだろう。


「あ、校長先生、お夕飯の前に甘いものを食べてはいけませんよ」


ファネリの注意に反応する。こういうところは子供そのものだ。


「ちっ、うっせーなぁ」


だからこそウソをついているようでいて、実際は本当のことを言っているという天の邪鬼じゃく的な態度が目立つ。


実年齢から逸脱いつだつした頭脳によって、余計に恐ろしい魔女のように見えるのだ。


教授も加わってああだこうだと熱心に会議は続いた。


「ファネリ、お前なんでこんな大事なことを黙ってたんだ?」


そう問われた教授はしっかりとした態度で答えた。


「決して隠しとおすつもりではなかったのです!! ただ、今のお嬢様にとってこの情報はつるぎや決意を鈍らせる可能性もある。それに、そもそもこんな話を信じてもらえるとも思えませんでしたじゃ。ならば関係者が集うこの機会にとあえて内密ないみつにしておいた次第なのですじゃ!! なんだかんだでアルクランツ様は我々に協力してくれているのですじゃ!!」


気づくと寝息を立てて校長は眠っていた。


「す~……す~……」


すると何かの勢いで彼女はビクンとふるえて目覚めた。


「んあ?」


彼女が窓の外を見るともう夕暮れ時だった。昼過ぎから集まっていたのにだ。


まだ新米”ナレッジ”達は会話に没頭ぼっとうしていた。


「ふぁ~あ、お前らよくやるよ。で、結論は出たのか?」


伸びをしながらアルクランツが問うと迷いが抜けないなりにレイシェルハウトは答えた。


秘密結社ROOTSルーツじくにしてルーブをちます。その暁には私がウルラディール家の当主となりましょう。ただ、優先すべきはルーブの撃破です。あんな武力強化のやり方をしたり、なりふり構わず権力をほっするやからに”魔書”を渡すわけにはいきません」


話を聞いた直後は不安で爆発しそうな顔をしていたが、今のレイシーは立派な武士の顔つきとなっていた。


「ほぉ~。ふ~ん。やるじゃん。お嬢様のクセにたくましいこと。まぁ本当にまずいってところまで行ったら助けてやるから出来るだけ自力らでやることだな。ウルラディールのお・嬢・様。にしてもお前のその顔、マユゲのあたりがオヤジそっくりだな……」


それを聞いて思わず少女は校長にめ寄った。


「お父様を……お父様をご存知ぞんじで!?」


アルクランツは両手を突き出した。なぜかこれ以上近寄ることができない。


「ええい、うっとおしい!! よるな!! ああ、お前のオヤジは成績優秀だったからな。まぁカタブツ過ぎてめんどくさいヤツではあったが……。あんな形で殺されちまったなるとしいもんだがな。だが、さいわい、娘のお前は生きてるんだ。オヤジの分までも命を大切にしろよ。まぁ切り込みにいこうってヤツにかける言葉ではないか……」


話が一段落したので一同が解散しようとしたその時だった。


「待て、お前らそのまま帰りに居酒屋いざかや一杯いっぱいやろうとか考えてるだろう? 私が”意志”を押し付けたから余計なことは一切、しゃべれんとは思うが、リスクは減らしておくに限る。おごってやるから夕飯を食っていけ」


まさか一緒に食事、しかもオゴリとは思わなかったのでファネリ以外は驚いた。


「ほっほ。こう見えて校長先生はさみしがりやでしての。機会があるとこうやって食事に誘ってくれるんじゃよ」


幼女は老人をにらみつけた。


「ファネリ、あんまり余計なことを言うとだな……」


すぐに教授は深く頭を下げた。思わず一同は笑ってしまった。


「学生食堂からバイキング一式だけテレポートさせる。ソファーなどをけて部屋の中心をけろ」


アルクランツは指示しているだけだったが、他の面々はイスや家具を動かした。


「ん? ああ。ああ。準備完了だ。ファネリの教授室に送ってくれ」


彼女が誰かに呼びかけたかと思うと次の瞬間、10人分くらいのバイキングセットが部屋の中央に出現した。


「あ、しまった。ロンテールの娘がいるんだったな。まぁいい。量が足らなくなったら言え」


サユキはあたふたして答えた。


「校長先生、ダメです!! この娘がどれだけ食べるかって、もうありえないくらいです!! 食堂がすっからかんになってしまいます!! それでは流石に学生さんたちが……」


幼女はあっけらかんと答えた。


「知ってる知ってる。フィーファンの撒糧祭さんりょうさいを見てた。大食い全速力であれくらいならなんとかなる。それに、コイツに必要な食材はボルカがあちこちからかき集めて学院内にストックしてるからな。そっちに連絡を入れれば食堂を経由して料理がこっちにくるだろう」


最初の緊張感がどこへやら、一行はにこやかな表情を浮かべていた。


「お前ら図太ずぶといなぁ。あんなヘビィな現実を聞いたのに和気わきあいあいとしてるじゃんか。もっと驚いてショックを受けて3日3ばん、食事がのどを通らないかと思ったぞ。つまらんなぁ……」


たとえ、今が捏造ねつぞうの上にあるとしても、今自体は捏造ねつぞうではない。


ファネリが発したそのメッセージもあってか、ほとんどの人が真実に対して向き合っていた。


もっとも、なかばヤケクソで開き直っている感もあったが。


現在はどうにかできても、過去はどうにも出来ないわけであるし。


「ふむ。どうしてもこう一人っきりの夜がさみしくなってしまうのは素体そたいの影響なのだろうな。まだ、母親から離すには早すぎる幼女だ。深層心理の中では家族を求めているのだろう」


バイキングでその場が和んでいると突然とつぜん、アルクランツがつぶやいた。


「こればかりはなんとも。仕方がないとしかいいようがありませんじゃ。貴女の体の年齢は6~7歳でストップしているのですじゃから。長生きすることによってつけられたマナや技術、知恵や知識は本来の年齢を上回りましたが、本来の人格までは無視することができないようですの」


幼女は首を横に降って肩をすくめた。


「ああ、まるでいい歳して親離れが出来ていないようで情けなくなってくる。瞳を閉じると今でも母様かあさまの顔が目に浮かぶ。仕方なかったとは言え娘を実験台にするような親ではあったがな……。それでも母親は母親だ……」


穏やかではない証言が聞こえた。校長は何かの実験台だった。そういうことなのだろうか?


「ふん。お前ら、気になってるようだな。700~800年も生きられるわけがない。

そう思うのは当たり前のことだ。じゃあなぜ私はまだ生きているのか? さっき言った”実験”のせいだよ。どうせお前らまだ信じ切ってないところがあるだろ? どんな実験をしてどうなったか。それを聞けば少しは私の存在に関して信憑性しんぴょうせいが増すだろう。ファネリしか事実を裏付ける証拠がなくて、私自身がただの嘘吐うそはき扱いされてもしゃくだからな。まぁ食いながら聞いていけ」


そういうと700年以上生きる魔女はうつむいた。


「それにお前らには”意識”を押し付けたからな。何らかの情報なりなんなり出さないと契約としてはアンフェアだと思ってな」


ただひたすらに傍若無人ぼうじゃくぶじんだとおもわれた人物からほんのりとした思いやりが感じられる。


もしかして根は優しいのかも知れないと周りは思い始めた。


もっとも、ファネリは早いうちからそのことを知っていたようだが。


そうでもないような冷酷れいこくな魔女に仕えるなど命取りでしか無いわけであるし。


「ふふ……意外だなとでも言わんばかりだな。あたしの人格は実験の結果、母さまに似通っている。が、ときどき気まぐれなのは性根しょうねなのか、それとも他人の意識なのははっきり言ってわからん。かといって別に人格が安定していないというわけではない。運良く実験が絶妙な落とし所になったからだろうな。お前ら、あたしが極端な破壊欲求とか、邪悪な心を抱かなくて本当によかったな」


またもや恐怖感を与える笑いを彼女は浮かべた。


暖房をかけたはずの部屋がぐっと寒くなる。


「昔話ってのは正直あんまりガラに合わないと思うが……」


美しいミドル丈の金髪をかきあげてアルクランツは自分がなぜこんなに長生きなのかを語り始めた。


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