捏造だらけの内戦の真実
部屋の真ん中まで靴音を鳴らして幼女の校長は移動してきた。
本当に、本当にこのあどけない少女がこの学院の長なのだろうか?
ファネリ以外は完全に信じ切ることは出来ていなかった。
「そうだな。これだけじゃない。もっと面白い話をしてやるよ」
彼女はにんまりと笑うと一瞬で指揮棒をどこかに消した。
「結局、頼国と羅国が2国間でノットラントの土地争いをしたなんて大嘘だ。あれは楽土創世のグリモアを巡る争奪戦だったんだよ。それに実際は国同士の代理戦争なんてほど甘っちょろいもんじゃなくて、ノットラントをステージにした世界戦争だった。もっとも戦をする連中も全くのバカではない。戦いはすべてノットラント島で完結するというルールがあったのさ。さながら蟲毒のようだな」
少女はものすごい真実をさらりと言いながら腕を組んだ。
誰も、何も信じられなくなった。
「いやぁ、そりゃカオスだったよ。ライネンテ、ラマダンザは当然として各組織が楽土創世のグリモアを求めておびただしい量の血を流したんだ。今は猫かぶってるあのルーンティア教会だって全勢力を挙げて参加したし、それこそ不死者の連中や世界の滅亡を希望する”ザフィアル”なんていうカルト教団まで参加する始末だ。本当にメチャクチャだった」
まるで昨日のことを振り返るように彼女は遠い目をした。
識らない者たちはそれが本当かどうか疑ったが、生々しい表現はそれが本当であることを肉付けしていく。
「結局どうなったかって話だが、各陣営とも譲らないもんだから疲弊が激しくてな。最終的にはそれぞれの権力の代表者による賢人会による秘密会合が設けられた。その妥協案として楽園を分配されるように成立したのが今の世の中ってわけだ。妙に一国の教会が力を持ってるのも、なんだかんだで不死者が滅びないのもそのせい。実は学院やミナレートがこんなに栄えているのも……ふふ……これ以上は野暮か」
見た目だけは可愛らしい少女がイスから立ち上がって背伸びをしつつ窓の外を見下ろして続けた。
「野心を抱く者にとって楽土創世のグリモアは危険な存在だ。そう結論づけた賢人会は妥協した世界を造るにあたって第三次ノットラント内戦に関する一切の情報を人々から消去した。ただ、完全に消してしまうと教訓も消えてしまう。だから、それぞれの陣営の選ばれた者たちは”ナレッジ”として記憶を残している。もっとも戦からかなり経っているから直接の継承者はかなり減っているが……」
校長はガラスにおでこをくっつけて下を歩く蟻ん子のように見える学生たちを観察していた。
「世界を創るマジックアイテムなんだから歴史捏造くらいは造作もない。内戦に関して書き記した書籍、果ては詩までもすべて改竄れているから驚きだ。でも人の口に戸は立てられないもんさ。その事実がごく一部のアングラで真実として流れてるんだよ。表向きでは御伽話に過ぎんが……」
彼女は口調に反して仕草はどこか子供らしい。少女の一面を残しているのだろうか。
「それでもルーンティア教会の敬虔な教徒が熱心にアレを信じるのは争奪戦に参加したっていう背景が根底にあるからさ。教会は多くの識る者を抱えているからな。最近は他の勢力の連中にもほんのわずかずつだが真実が広がりつつある。あまり状況が良いとは言えん。教会は着実に武力を増強してるし、お前らが仇にしてるルーブの豚も実のところ楽土創世のグリモアが目当てだ。今頃、血眼になって世界中探してるだろうさ。なにより、アレは人の願望が高まれば高まるほど顕現しやすくなるからな」
一同に衝撃が走った。
「おっと、あたしはROOTSの手伝いはせんぞ。学院の運営で手一杯だし、なにより面倒だ。それにあたしもそこのエルフと同じで正直、屋敷の争い”ごっこ”はくだらんと思ってる。勝手にやってろ。ルーブが動くようなら考えなくもないが。ま、こんなところか。どうだファネリ? あたしの言っていることは大ボラか? あたしは空想好きのただのガキんちょか?」
ファネリは首を大きく左右に振った。
「いえ……。わたしの親しい方にも100歳を一回り越える”ナレッジ”が何人か居られるのですが、皆、揃って校長と同じ事をおっしゃいます。現状確認をする話し合いに参加させていただいたこともありましたが、やはり彼らがウソを言っているようには思えませんでした……」
校長は振り向くと凍えるような冷たい視線を送った。
「アホが。こんなくだらんウソをついてどうするんだ」
特に魔術は発動していないが、教授室は一気に寒くなった。
「あぁ、そうだったな。あたしがノットラントの武家のいざこざに興味が無いのはハッキリとした理由がある。そこのお嬢様、聞いて泡吹いて倒れるなよ?」
校長は意地悪げに笑みを浮かべた。
「一応、現状では西が親ラマダンザ派で、東が親ライネンテ派……という事になっているが、よ~く考えてみろ。なぜ西部にはラマダンザ人やそのハーフが居ないんだ? 異国のそれが混じった独特な文化圏といっても東部と西部にそう差異があるか?」
ノットラントで暮らしてきたレイシェルハウトやサユキ、パルフィー、リクなどはその点について考えを巡らせた。
「お前らだってノットラント西部に行ったことがあるだろう? どうした? 戦争とは言え、国の出入りがあるのだから人や文化はミックスされるはずだが……」
それが彼女らには全く思い当たらないのである。
西部で稽古をしたバウンズ家の面々も自分たちとなんらかの違いがあったとは思えない。
思い返してみれば合同武力演習も異文化の要素はほぼ無かったように思える。
文化、品物、食品、服装、マジックアイテムまで……差などあっただろうか?
「理由はシンプルだ。羅国は先の内戦で非人道的手段を多用して戦争に参加した。それを見逃す訳にはいかなくてな。だから賢人会に拒絶されたんだよ。その結果、一方的にマナを奪う吸魔瘴気で国ごと封印された。住民は生きてはいるが、マナの使えないエンプと同じだ。そして現在はラマダンザへの出入りは一切出来ん。世界中のラマダンザ人はノットラント北西の大陸に閉じ込められたわけだ。探索しようにも瘴気で近づけん」
そう言った直後、魔女はひどく愉快げに笑った。
「傑作なのはここからだ。100ウン年も東西に分かれて殺し合い、いがみ合いをしていた第三次ノットラント内戦は全部、作り話だったわけだ。同じ人種、民族、文化にも関わらず捏造された歴史をバカ正直に信じてな。自分たちの記憶が弄られている事さえ知らずにだ。だから、東西の武家なんてほど滑稽なものはない。そもそも実際には東西に別れてなどいないのに家の誇りだの矜持だの良く言ったものだ。だからあたしはくだらんと言っている」
今まで東部一の武家の次期当主を生きる目的としていたレイシェルハウトはこれを聞いて心臓にポッカリ穴が空いたようになってしまった。
彼女だけではない。それを聞いてその場の全員がやるせなくなった。
にわかに信じがたい話ではあるが辻褄は合っている。
もしかして今このときも誰かに寄る捏造なのではないか? そう思わずにはいられなかった。
「まぁいい。これを聞いてお前らがどうするかは自由だ。だが言っておくぞ。くれぐれも楽土創世のグリモアを欲するのはやめておけ。あれは人を狂わせ、あらゆる命を吸う”魔書”だ。あまりの魔力に精神をやられたヤツが発動して世界が崩壊しかけた事も何度かある。何をどう間違っても御伽話のように夢に満ちてきらびやかなものではない。確かに忠告はしたぞ」
こうしてこの場に居たものは全員が若くして”ナレッジ”……識る者になってしまった。
あまりにも驚愕の事実にしばらく誰も口をきけないでいた。
すると一通り真実を語りきった彼女が一息ついて名乗りを上げた。
「ああ、名乗るのが遅れたな。あたしがリジャントブイル魔術学院校長。アルクランツ。アルクランツ・フェイルアだ。当然、真名ではない。年齢は……数え飽きて適当だ。生まれたのは創歴700年代以降といったところだから……だが700~800歳ほどは生きていることになるな。」
本人を除く面々は耳を疑った。
それを気にもせずにアルクランツは続ける。
「稀にだがこのくらい生きている長寿な魔術師や魔女も居なくはないぞ。ただ、本人は明かさないだろうがな。メリットもないし、面倒事も増える。私もヘンな連中に付け回されてばかりだ。まぁジャマになったら消せばいいだけの話だが……」
ますます部屋は寒くなった。おもわずファネリは暖房を入れた。
「私ばかりしゃべっていると信憑性というか面白みに欠けると思わんか? なぁファネリ坊や」
ファネリ教授は冷や汗を拭いながら答えた。
「確かに長生きの者はおりますが、校長先生ほどお長いのは珍しいのではないでしょうか。なんでも学院での過去の事故のせいでそうなられたとか伝え聞いております。700年ほど前の事ですじゃ。わしもそれを聞いた時は半信半疑でしたが学内にも校長の正体を知っているグループがありますじゃ」
彼は目を細めて不安げにヒゲを触った。
「それに……何度か校長のお知り合いの数百年前から生きる方々と話す機会もありました。歴史的に照らし合わせても彼らの証言に一切の矛盾がないのです。もっとも過去にもそのような歴史捏造があったのですが、校長達はそれらも乗り越えてご存知でありますじゃ。わしは70歳になった頃、学院の要職についたために初めて会合へ連れて行ってもらいましたじゃ。しかし、その場ではわしなど赤子にも満たないような年齢じゃったのです……」
幼女はファネリの発言に指摘した。
「おい。楽土創世のグリモアの発動回数くらい覚えておけ。ウソっぱちの歴史学としては1400年前に1度発動して以来、姿を消している。だが実際はその間に6回ほど発動している。いずれも世界崩壊的には陥らなかったが、正直言って危ないケースもあった。”ナレッジ”としての自覚があるならしっかりしろ」
ファネリはトンガリ帽子を脱ぐと深々と頭を下げた。
どうもこの2人のパワーバランスは明らかに校長に傾いている。
それにしてもこの少女はなんとまぁ悪い笑みを浮かべるのだろうか。
明らかに本来の年齢に見合わない笑い方である。
だが、不思議とそれはカリスマ性に満ちていた。
これはまた最凶クラスの魔女と出会ってしまったと面々は戦慄したのだった。




