識る者と識らない者
百虎丸と楓、そしてリクの3人は炎焔のファネリの教授室を訪ねた。
3人ともこの部屋は初めてだが、広くてゆとりがあってある程度の人数を収容できそうだった。
脇に立っていたカエデが駆け出す。
その先にはソファーに座っていたウェーブがかった茶髪でメガネをかけた女性が居た。
走る女性に答えるように彼女もまた声を上げながら駆け出した。
「カエデ姉さん!! カエデ姉さん!!」
「サユキ!! サユキ!!」
2人は部屋の真ん中でギュッっと熱い抱擁を交わした。
互いに泣きじゃくっている。生死不明だった姉妹が出会えたのである。無理もなかった。
「サユキ……見た目が変わってもすぐにわかったわ。私、あなたはもう死んでしまったとてっきり思っていたの。だから、こうしてまた生きてるあなたに会えて本当に幸せよ……」
「ううっ、姉さん……姉さん……」
この再会は事情を知っているものにとっては感動モノでおもわず涙ぐまずにはいられなかった。
しばらく抱き合ってから彼女らは離れた。
武家の娘だからだろうか、いつまでもメソメソしておらずに引き締まった顔つきになった。
そして肝心の用件をカエデはファネリに伝えた。
「我が流派、西華西刀としては先代のウルラディールご当主の頃より良くしていただいています。それだけにルーブに私物化された屋敷を快く思えません。よって、我が家からも腕利きの武士を数名、そちらに送るように父であり、現当主の康一郎から伝えるように言われております」
それを聞いたファネリは満足げに白いヒゲを手で撫ぜた。
百虎丸は部屋を見渡すうちにある存在に気づいた。
感動の再会で霞んでいたが、教授室のソファーには見慣れた顔が並んでいたのだ。
「い、イクセント殿に、シャルノワーレ殿!? なぜこんなところに?」
「それはこっちの話だ」
納得行かない様子でイクセント、もといレイシェルハウトは足を組み直した。
猫耳にたぬき尻尾を持つ女性の亜人もいる。亜人としては親しみが湧いた。
しかし、どうやらここに集まっている人物のほとんどが顔見知りのようである。
部外者としてそこはかとなく集まる視線をあえて無視して彼は聞いた。
「こ、これはなんの集まりなのでござるか? 話がよく読めないのでござるが……」
ファネリは悪役のような悪い顔でニタッっと笑った。
「秘密結社ROOTSじゃよ。詳しい説明はあとでカエデから聞くとええ。簡単に言うとノットラント東部の武家、ウルラディール家を贋物の後継者から奪還しようという組織なんじゃ。で、そこで足組んで座っとるのが次期当主、レイシェルハウト・ディン・ウルラディール様じゃ。親しい仲ではレイシーなどと呼ばれることもある」
理解が追いつかない。百虎丸は出来る限り頭を働かせて質問した。
「た、確かに……イクセント殿はレイシェルハウトに似ているでござる……。しかし、あなたは男子でござろう? レイシェルハウトは令嬢であったはず それに、指名手配されているということは……」
レイシェルハウトはまた足を組み替えてイラ立つようにコツコツと足で床を叩き出した。
「私はれっきとしたレディよ? なんなら確かめてみる? それに、指名手配は完全に濡れ衣。ルーブに謀られたのよ」
根性が座っている。一本取られたとウサミミ亜人は思った。
「いや、貴女は仮初めであったとしても同じ釜の飯を食った仲。そんなことをせずとも今更、疑いようがないでござるよ」
彼がニッコリと笑って返すとレイシーはバツが悪そうに視線をそらした。
大人の余裕で押し返した形になった。
「しかし……ノワレ殿までいるとは。後々で良いので詳しい経緯を聞きたいものでござるな」
エルフの少女は気乗りしない様子だ。
「正直、私はあまり家同士のイザコザには興味が無いのですわ。それ以外の交換条件で行動しているにすぎないのです。まぁそこは……プライベートかしらね」
2人と軽く会話をかわすとカエデが声をかけてきた。
「クラスメイトが揃うなんて皮肉なものね……。それはそうと聞いたでしょう? 秘密結社ROOTSに我家は協力するわ。屋敷の奪還は困難を極める。当然、命を懸けた戦いになるでしょう。トラちゃん、あなたはもともと誠心流。編入組だし拒否権もある。無理に参加しなくてもいいのよ?」
そう言われてネコ顔の亜人は少し瞳を閉じた。
(もし、もし誠心流の菜翁様ならなんて言うでござろうか……。護るものを護るために刀を振るえおっしゃるでござろうな……)
一時置いて彼は目を開けるとカエデに向き直って答えた。
「新参者の拙者がどこまでやれるかはわからんでござるが、助力させていただきたいでござる」
カエデは艶のある黒髪を軽くかきあげて笑った。
「トラちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。なにせ、私の見込んだ剣士だからね」
彼女はまるでぬいぐるみを抱くように百虎丸をハグした。
「や~、や~める~でござる!! 拙者、こう見えて成人済男子でござるぞ!! いい歳の女子がはしたないからやめるでござる!!」
一同がにこやかな雰囲気になっているといつのまにかサーテンブルカン校長が現れた。
扉から入ってきたのではない。突如として出現したのだ。
長くのびた白髪とヒゲで白いモップのおばけのような見た目をした変わった風貌だ。
「ファネリくん。もう彼らには話したの?」
焔の使い手は首を左右に振った。
「いえ、ちょうど今、話そうかと思っていたところです」
モップ校長は体をブルブルと震わせた。
「でも、チミ、厳密には”ナレッジ”じゃないっしょ? それじゃ説得力に欠けると思うんだよね。第三次ノットラント内戦のときにまだ生まれてないしさ。チミ、83歳くらいじゃなかったっけ」
ファネリは黙り込んでしまった。というかプレッシャーに押されているようだ。
「あーもー。めんどくさ。この変装はアッツいんだよ」
校長が小さな指揮棒を振るとモップ老人は消えて小さな少女が現れた。
極上のブロンドに純白のドレス、そして赤い靴を履いていた。
天使のようだというか、天使そのものと形容していい容姿をしていた。
これには教授室が混乱に包まれた。校長はどこにいったのだろうか。
「バーカ!! これがあたしの素の姿だよ。年寄りの老人の姿をしてないとナメられてやってらんないんだよ!!」
部屋の主は他の面々に向けて軽く説明した。
「これがリジャントブイル校長先生の真の姿なんじゃ。サーテンブルカンってのも偽名での。教授でもほんの一握りしか知らないトップシークレットなんじゃよ」
幼女は空いている豪華なチェアに腰掛けた。
「あ~、お前らこの件については黙っとけよ。っていうかしゃべれないようにしてやるよ」
彼女はゲス顔を浮かべるとそう宣言した。
「お前らにあたしの”意志”を押し付けてやる。原則としてこの意志に反することは出来ない。あたしより実力が上でないとまず破れないね。そんな奴が居ればの話だが……」
校長以外の全員が脅迫じみたプレッシャーを強く感じた。
もう今後、彼女の真の正体についての話は一切口にできないことは確定的だった。
「アッハハハ!! いいぞ、その怯えるような目!! イジめたくなってくる……」
見た目は非常に可愛らしいが、性格はかなりエグい。
「話を戻すか。ん~、お前ら相手だとどっから説明が必要だろうか。まずは”ナレッジ”からか。 実はこの世界には今から約100ウン年か前の第三次ノットラント内戦についての記憶があるヤツと無いヤツがいる。記憶のあるヤツのことを”ナレッジ”と呼んでる。識る者とかも言われるな。まぁ一般人が知る由もない単語だ。そりゃ記憶がないんだから知らないに決まってる」
サーテンブルカンの皮をかぶっていた少女はタクトを振り回しながら続けた。
「ならば、なぜみんな戦の記憶がないんだ? 学院だとライネンテVSラマダンザの領地をめぐる代理戦争って事になってるし、世界的にもそう認知されてる。でも実はそれは”都合のいい捏造”だ」
彼女とファネリを除くその場の全員が話についていけなくなった。
世界単位の歴史改竄、そんな事が果たして可能なのだろうか?
「賢いヤツはここらへんでわかってくると思うが……。人の記憶を勝手に書き換える……そんな事が出来るの、楽土創世のグリモアくらいしかないだろう」
話を聞いている者たちに衝撃が走った。
「な……なにをバカな……。 楽土創世のグリモアなんて御伽話……」
全員の声を代弁するようにレイシーが立ち上がってつぶやいた。
「これだから固定概念で頭カッチカチなヤツは救えん。ザンネンながらこれが実在するんだよ。そのヨタ話を信じる人の心がある限り、一定周期で楽土創世のグリモアは顕現するのさ。そして名前の通り、それを発動させた者にとっての楽土……つまり楽園が形成される。極端な話、不死者が争奪戦に勝利すれば不死者だらけの世界が出来るということになるわけだ」
あまりにもインパクトのあるたとえ話にに皆が黙り込んでしまった。
そしてその光景を想像して強い絶望感を感じた。
金髪でミドルヘアの可愛らしい少女は小悪魔のような笑みを浮かべてニタァっとした。
「おっと、まだ話は終わりじゃないぞ。大事なところを説明していない。100ウン年前のノットラント内戦についてだ。その大戦が捏造だと言っても大戦自体は捏造ではない。確かにノットラントで大規模な武力衝突があったのは事実だ。では、なぜ戦が起こったのか? 理由もないのに戦は起こらん。激しく燃える……いや、爆発するような強烈な火種の存在……」
話を聞いている一同は思わずゴクリとつばをのんだ。
少女はコツコツと足音を鳴らして部屋の中央に立つと内戦の原因と真相について語りだした。




