ただのバカンスではなくってよ
百虎丸は夏休みに西華西刀という流派、そしてカエデやリクと出会いを経て血の滲むような鍛錬を積んでいた。
自分が誠心流で周囲から遅れを取っていたということもあり、必死で食らいついていっていた。
「はぁぁ!! 疾空残影雷刃突!!」
修行人形と刺し違えるように奥義を繰り出す。
ターゲットに激しい電撃が走り、的はまっ黒焦げになった。
斬撃に属性を混ぜて戦うのがこの流派の特徴なのである。
高齢の師範は満足気にその様子を見守っていた。
「ふんむ。百虎丸や。太刀筋はよう出来とる。他の流派の乗り換えにしては早いほうじゃ。ただ、焦りのようなものが刀から感じられるのじゃ。流れに身を委ねよ。焦りや迷いは剣の鋭さを鈍らせてしまう。そうじゃな、一度、実際に手合わせしてみい。オルル、こちらへ」
百虎丸と少女は互いに木刀を握った。
「木刀とは言えど、西華西刀で打てばただではすまん。両者ともに集中するように」
相手の少女は年齢は自分より低くともは格上である。
それに、流派を身につけている期間もかなり長い。
これは油断したらすぐさま一本取られてしまう。
ウサミミの亜人はじわり、じわりとわらじを道場の床に擦った。
周りの門下生は外側の魔術障壁へと避難した。
「先手必勝!! 黒幽仙!!」
亜人侍の足元から黒い手のようなものが吹き出して引きずり込もうとする。
彼は反射神経でこれをバク転してかろやかにかわした。
後ろに着地すると同時にまるで風車のように猛回転して彼は反撃に出た。
ネコのハーフ亜人である彼だから出来る芸当である。
「煌風輪廻!!」
「ちぃ!!」
オルルは床をえぐる縦の回転斬りを避けて再び相手に向き直った。
互いに技の応酬のみによるスキの無い戦いが続く。
「おい、あの百虎丸ってまだ新入りだろ?」
「ああ、それでいてオルル先輩とやりあってんだからすげぇよ」
「あれだけ死ぬ気で練習しねぇとダメってこったな」
少女が攻撃の構えを取る。
「はぁっ!! 紫闇紫闇!!」
次の瞬間、毒属性の霧が道場に発生した。
「うわっ、また先輩のアレだよ。みんな~、姿勢を低くして口鼻をふさげ~」
彼女は闇属性の付与が非常に得意でこういったイヤらしい攻撃を多用することで知られていた。
百虎丸は着物の袖で口を覆ったがこのままではすぐに相手に斬り込まれる。
毒霧攻撃は効けば御の字、効かなくても相手のスキを作る大きなチャンスとなる。
だが、百虎丸の決断は早かった。
(闇と毒属性のミックス……ならばここは風で吹き飛ばすより!!)
ネコ顔の亜人は頭上に木刀を構えるとクルクルと両手で回し始めた。
「聖邪・天晴・日本晴!!」
すると彼の剣はキラキラと光だし、充満した毒素をかき消していった。
「まだまだ!! ここから攻防一体の!! 光輝破陣円!!」
今度は百虎丸自身が木刀を突き出したままスピンし始めた。円形に光属性の衝撃波が広がる。
オルルはサイドステップでこの斬撃と言うか打撃をかわそうとしたが、攻撃範囲が広くてステップでは間に合わない。
粘ったが反撃する手段がなく、体中アザだらけになって彼女は倒れ込んだ。
「この試合、百虎丸の勝ち!!」
師範はその戦いをみてニタッっと笑っていた。
かなり見学者に少々危険が及んだものの、道場中から拍手が送られた。
だが、なぜだろうか。勝者は勝ったのにフラフラしている。
「こ、この技は長時間放つと目が回ってしまうでござる……」
そういってウサミミ亜人はへたれこんだ。
おもわず門下生たちは笑いに包まれた。
そうこうしていると手をたたきながら女性が百虎丸に歩み寄った。
門下生たちが思わず声を上げる。
「あっ、あの方は!!」
「まさか!! なんでこんなところに?」
「じ、次期御当主のか、楓様じゃないか!!」
目を回してしゃがみこむネコ顔の亜人に屈んで話しかける。
「素晴らしい試合だったわ。ちょっとザンネンなとこもあるけど。でも、トラちゃん腕を上げたのね!! もう立派な西華西刀の武士よ。 肉球ぷにぷに~♥」
彼が抵抗をできないのをいいことにしばらくカエデは肉球をいじりたおしていた。
そう経たないうちに百虎丸の平衡感覚が戻ってきた。
(う~。気持ち悪かったでござる。フォリオ殿のGを断ち切るGきゃんせらぁとやらの魔術があれば目を回さずにすむのかもしれぬが……。今までにないレベルの高速回転技であるからして……)
そんなことをぼんやりと考えていると向こうからガシャンガシャンと重厚な音がした。
そちらに目をやると青銅色のタワーシールドと白いバックラーを装備した好青年がやってきた。
「あっ、挨拶が遅れ申した。カエデ殿、それにリク殿まで!! お久しぶりでござる」
彼が頭をペコリと下げると2人は微笑んだ。
リクは顔や背丈はクラスメイトのガンとそっくりだが、完全な別人である。
魔導盾を駆使する珍しいタイプのタンクだ。
「やあ。百虎丸君。僕もカエデさんと同じ意見だよ。ずいぶん短期間で腕を上げたね。大したもんだよ」
肉球をもみながらカエデはリクに突っ込んだ。
「キミだってかなり早いペースだったじゃない。早いうちからホープって言われてたし」
金髪の青年はそれを聞いておどおどした。
「か、勘弁して下さいよ。交換の武士として単身で他の家に来たんですから。そりゃ死ぬ気にもなりますって。足手まといになるわけにもいかないですし」
きっとサユキも同じ気持ちでウルラディールでの日々を送っていたのだろう。
そんなことを姉、カエデは考えていた。
「ところで、カエデ殿とリク殿はどうしてミナレートに? なにか用事があるんでござるか?」
流派の次期当主は首を縦に振った。
「ええ。人に会いに来たの」
「俺はその付添と言うか、護衛です。万一何かあったら困りますからね」
隣りにいた女性は盾をコンと叩いた。
「まるで私におもりが必要みたいな言い方じゃない。私一人でも大丈夫よ」
リクは何か言い返そうとしたが、めんどくさい言い合いになりそうなのでぼやきで止めた。
「そうですね……。まぁ念の為、念の為ですから……」
百虎丸は耳をパタパタさせて尋ねた。
「ところで、差し支えなければでよろしいのですが、人に会いに行くとは近場ですか? ミナレートにお知り合いでも?」
わざわざ会いに来るということはそれなりに重要なのかとも思ったが、逆にただ単に寄っただけかもしれない。
余計な詮索だったなと亜人が思ったとき、カエデから予想外の返事が帰ってきた。
「リジャントブイル魔術学院の教授に会いたくて来たの。でも私達、学院には疎いでしょう? だから、トラちゃんが案内してくれるととても助かるかなってこの道場にやってきたのよ」
まさかのまさか。カエデ達は自分を目的に訪ねてきたのだった。
特に断る理由もなかったので彼は快諾した。
「いいでござるよ。教授棟までいけばいいでござるな?」
おしとやかに座っていたカエデが立ち上がった。
「それじゃあ、お願いするわね。リク君、行くわよ」
「あ、はい!!」
こうして3人は少し細道を抜けてメインストリートのルーネス通りに出た。
そこから更に街の中心を経由してミナレートの北端へ向かう。
するとウォルナッツ大橋という橋が見えてくる。ここを越えるとそこからが学院である。
百虎丸が先導しつつ敷地内にはいった。
ガシャガシャと盾の音をたてるリクが目立つかと思われたが、学院生にも似たような装備の者は多く特に悪目立ちはしなかった。
入ってから正面に講堂、右手に大図書館、その裏に広いグラウンドがある。
左手には闘技場、その奥に教授棟、講堂の裏には学生寮がある。
周囲は砂浜に囲まれていて、特に寮の正面の海岸はプライベートビーチとなっている。
一行は左手に曲がって島の中央に進み、教授棟にたどり着いた。
ロビーにはいくつかのテレポートの魔法円がある。
ここから用事のある教授室のあるフロアへとテレポートするのである。
技術的には直接に教授室にもアクセス出来るが、セキュリティ上の問題でそういう仕様にはなっていない。
「して、カエデ殿たちは誰に会いに来たのでござる?」
カエデとリクは首をかしげた。
「う~ん、これ、なんて読むのかしら? シパではこんな読み、無いのよねぇ。炎焔のファネリってあるんだけど。ほのおほむら? えんほむら?」
それに同意するように学院生は頷いた。
「ああ、それはアテ字らしいでござる。焔とは炎のことを現しているから炎と焔で炎焔。炎焔のファネリと読むでござる。2つ名の中でも極めて読みにくい部類……というか読めないでござるな……」
そのアテ字がわかっても釈然とはせず3人は深く考えないことにした。
百虎丸はヒゲを手でなぞりながら疑問を浮かべた。
「しかし……ファネリ教授といえば学院の中でもかなりお偉いさんとの事でござる。そのお偉いさんとお2人になんの繋がりが? あ、いや、これは余計な詮索でござったな。失敬失敬……」
ついこの人達を見ると謎を多く感じてあれこれ考えてしまう。
彼はそんな自分を少し反省した。
「いえ……そう思うのも自然なことよ。だけど、貴方はもう我が武家の立派な武士。この件とは大いに関係があるの。それに、実はこれは私とリク君、そしてファネリさんだけの話だけじゃないわ」
これを聞いただけでは彼女が何を言わんとするかを亜人の青年は理解することが出来なかった。
「さぁ、ここがファネリ教授の部屋の扉でござる」
ニコニコと案内する彼とは対象的に来客は真剣な顔つきだ。
カエデとリクは視線を合わせると両開きの扉を押して開け、部屋へと入っていった。
このとき、百虎丸は自分が大きな渦に飲まれようとしていることとは思いもしなかった。




