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楽土創世のグリモア  作者: しらたぬき
Chapter6:魔術謳歌
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飲酒ラーニング

頼国ライネンテには3大学府だいがくふというものが存在する。


知のアイロネア、わざのバンダガ、そして武のリジャントブイルである。


そのうちのアイロネアにファイセルの妹、ミルミテール・サプレは通っていた。


兄妹ともに名門に入学していることから近所では評判の一家だが、母親はそこまで大げさにとらえていなかった。


ちなみに父は冒険者イクスプローラーでたまにしか家に帰ってこない。名をグルッジと言う。


しかし、定期的に仕送りをしてくれるためにサプレ家は割と裕福な生活を送っていた。


夫の放浪癖ほうろうへきに関しても妻はおおらかに接している。


なんだかつかみどころのない感じの家族だったが、中でも一番常識人というかクソマジメなのがミルミテールである。


アイロネアは学問中心の学校で知恵や知識を重んずる。


戦闘や戦場、マジックアイテムなどの知識に関してはリジャントブイルに遠く及ばない。


だが歴史学や、文化学、言語学、古文書の解読、果ては進化理論まで網羅もうらしている。


さらに現代の地理学、政治学までとカバーする範囲は幅広はばひろい。


学者を目指すと慣れば間違いなくこの学院が最高学府さいこうがくふとなるだろう。


ミルミテールはアイロニアの政治学科に在籍ざいせきしている。


故郷に居る時はぶっちぎりの神童しんどうと評されていたが、かわず、大海を知らずとはよく言ったもので、こちらに出てきてからはメンタルが折れるほど周囲の頭がいい。


休み時間なのに彼女は頭をかかえてうんうんとうなっていた。


「あれ? ミルミまた予習? そこ予習するポイントじゃなくない? やるなら次の章からだけど?」


ファイセルと同じつやのある黒髪をミルミと呼ばれた少女はガサガサとした。


「あ~も~!! パルルと私じゃ進む速度が違うんだって!! っていうかおかしいでしょ!! こんな難解な制度や仕組みがスッと頭に入ってくるわけないって!! なんなのさこの複雑な選挙方式は!!」


私の街なんて多数決だよ……と言いそうになったがいつまでもおのぼりさんでは恥をかく。


1歳年下のアシェリィよりはるかに堅苦かたくるしい生活を送っていた。


学んでいるジャンルがジャンルだけにしょうがなくはあるのだが。


周りにいる地方出の友だち達はある程度の融通ゆうずうが聞くが、中には頭がガッチガチに固い人もいる。


たとえばただ恋愛しただけで不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうだとかさわぎ立てる連中だ。


そりゃ年頃なんだから恋愛の1つや2つしてもいいのではとミルミテールは思うのだが。


とはいっても自分にはとても彼氏は全くできそうにないという現実のギャップに少しへこんでいた。


「んも~。ミルミはマジメすぎるんだよ~。休み時間くらいやすみなって。ほら、サリエなんて机に突っ伏してねてるじゃ~ん」


パルルが指さした先には女子が机に突っ伏していびきをかいて寝ている。


女子力のカケラもないなと思うのだが、なぜかサリエにはラブラブな彼氏がいる。


おまけに成績も常にトップクラスだ。


こんなバケモノ級の生徒たちがゴロゴロしている。それがアイロネアなのである。


正直、ミルミテールはくじけそうだった。


一晩で分厚い学問書を暗記するようなヤツラである。やはり周りの出来がおかしいくらいに良すぎるのである。


ミルミテールは赤点をなんとか回避しているレベルで、彼らにくらべれば彼女は凡人以下レベルだった。


いざ胸を張って故郷を出てきたものの、これでは皆に合わせる顔がない。


真面目な少女は日々、頭と胃を悩ませていた。


円形脱毛症えんけいだつもうしょうが出来るのではないかというくらいだった。


今日も教科書だらけのずっしりと重いカバンを背負って彼女は寮に帰った。


窓の外を見ると教会本部、カルティ・ランツァ・ローレンが夕暮れで美しく染まっていた。


この島に続く砂浜はしおの満ち引きで夜は海に没する。まさに天然の要塞となるわけだ。


やされるのは自室から見えるこのオーシャンビューくらいである。


その時、誰かがドアをノックした。


「は~い。今、いきま~す」


彼女がドアを開けるとそこには大きな荷物を背負った髭面ひげづらの男が立っていた。


「やほ。元気でやってたか?」


「お、お父さん!!」


思わず娘は黙り込んでしまった。


「寮は男子禁制だったかな。ちょっと街に出て話そうよ」


ミルミテールは気乗りしなかったが、久しぶりに合う父だからと誘いに付き合った。


2人、無言のまま王都をふらふらとする。


「なんだ~。怒ってるんだろ~? まぁこんな生活してたら軽蔑けいべつされても仕方ないよ。ミルミは真面目っ子だからな。昔から俺のこと嫌いだもんな」


仕送りはしてくれるし、こうやって子供のこともわかっていてくれる。


毛嫌いはしていたが、さすがに軽蔑けいべつとまではいかなかった。


「お父さん……別に、私、そんなイヤじゃないよ。でもさ、なんでいきなりたずねてきたの? 何か用事でもあったの?」


大荷物を背負い直した父親の背中を見つめる。


「ん~、あ~、そうだな~。虫の知らせってヤツかなぁ。なんとなくミルミがピンチな気がしてやってきたんだ。あ、ちなみになんだかんだでファイセルのやつには会いに行ってないよ。多少、危ない感じはしたが助け船を出すほどじゃなかったからね」


それを聞いた少女は切ない声でつぶやいた。


「そんな……お兄ちゃんにも、会いに行ってあげてよ……」


父親は振り返るとニカッっと笑った。


「なぁに。別にファイセルの事が嫌いになったわけじゃねぇよ。ただ、アイツは強えかんな。俺がいくだけ野暮ってもんなんさ。さて、じゃあミルミ、うめぇ飯屋を紹介してくれ。当然、父ちゃんのオゴりだぞ。あと、お前はたまにはハメを外す必要がある。もう酒も飲める歳なんだから新酒にいざけでなく、古酒こしゅを飲め」


彼女は戸惑った表情を見せた。


「え……私、お酒なんて飲んだこと無いよ?」


グルッジはあきれたように言った。


「そういうとこがダメなんだ~。人間、気張ってばかりいるといざというときに本来の力を発揮はっきできん。たまには酒でもんだくれるくらいの余裕は必要なんだ。嫌なことあったらヤケ酒だぁ」


父は豪快ごうかいに笑った。


いきなりおしかけて酒をすすめる。


やはりミルミテールはそんな父親がいまいち好きにはなれなかったが、半ばヤケクソで挑発に乗った。


「いいよ!! じゃあ王都で一番お酒が美味しいってお店に連れてってあげるよ!! 高くついても知らないんだからね!!」


グルッジはさすが親だけあって娘のうまい扱い方を知っていた。


BAR「夜のみつ」に2人はたどり着いた。


「ここはすごいらしいかんね!! 学生同士の飲み会じゃまず使われないほど高いお酒が一杯なんだ!!」


父親は満足げにうなづいた。


「確かに良い雰囲気の店だ。ちょうど俺もゼニが入ったところだからな。どんだけ使えるか勝負してみるか!!」


ミルミテールはそれを聞いてたじろいだ。


「えぇ!? それはさすがにちょっと……」


グルッジは意地悪げに笑った。


「なんだぁ? ビビったのか?」


少女は顔を真っ赤にした。


「な、なんのぉ!! お父さんだけには負けないんだから!!」


ドン、ドンと大きな手で父親は娘の肩を叩いた。


「言ったなァ? すぐにつぶれんじゃねぇぞぉ?」


この父と子どもたちの性格は全く似ていない。


もっとも、物心つく前にはグルッジが家を空ける事がおおかったというのも理由の一つではある。


兄のファイセルなんかは母の影響をモロに受けていて、温厚でおっとりとしている。


ミルミテールは父を毛嫌いして母と兄に少しあきれて育ったので家族一の生真面目きまじめ娘に育ってしまった。


2人はテーブル席に座ると向かい合って闘志とうしを燃やした。


「この俺がおめぇみたいな娘っ子に負けるわけがねぇだろ。帰りは送ってやるから安心してつぶれろや」


一方の娘は服のそでをまくって気合を入れた。


「あ~、もう!! お酒なんてろくすぽ飲んだこと無いけど、ここで負けるのはしゃくだよ!! 勝つ気で行く!!」


その顔つきは本気を出したときのファイセルとよく似ていた。


その表情は冒険家を連想させるもので、父はますます燃え上がった。


「う~し、飲むのは古酒限定こしゅげんてい、度数は自由、一気飲みはなしのルールで多くジョッキを空けたほうが勝ちだ。いくど!! レディー……ファイッ!!」


早速、親子が注文するとウェイターがやってきた。


「はい。南海オレンジノのサワーとアルカトレム20年モノです」


ミルミテールの頼んだ酒を見てグルッジは笑い声をあげた。


「ガハハ!!! そんなお子様ジュースみてぇなもんじゃ酒とは言えねぇな!!」


くちびるをとんがらせて娘は反論した。


古酒こしゅだからいいでしょ!! あ~、も~、いいのかな古酒こしゅこんなに飲んで!! 知らないよ私は!!」


2人は届いた一杯目をゆっくり味わいながら飲み干した。


「どうだ? 酒の味は?」


ミルミテールは首をかしげた。


「う~ん……普通のジュースとあんまり変わらないかなぁ。メニューにアルコール度数? みたいなのは14度ってあるんだけど」


グルッジは思わず突っ込んだ。


「お前そりゃ結構キツいやつだぞ。ボディブローのように効いてくるに違いねぇ」


彼らは揃って2杯目を注文した。


「ライネンロバの乳を使ったドンキー・ミルキィとオクトラムの25年モノです」


またもやぐびぐびと父と娘は酒をあおった。


「う~ん……美味しい。美味しいけど果たしてお酒だから美味しく感じてるかは微妙だなぁ。シュガーミルクみたいな味がするよ」


25年モノの古酒をちびちびやりながら父はメニューを見た。


「お前、これ度数22度だど!? 本当になにもないんか!?」


驚きながらグルッジがたずねると少しミルミテールに変化が現れ始めていた。


「う~ん。美味しいし、楽しい? うん。楽しいかも知れない!! 3杯目いってみよ~!!」


「ライネン・マグロの目玉サワーとセンテュムの40年モノです」


感覚がマヒしてきたからか、かなり娘はかなりエグいメニューを頼み始めた。


シラフだったらこんなもの絶対に飲まないだろう。


彼女よりも強烈な古酒こしゅを飲んでいた父は早くも自身の酔いをひしひし感じていた。


(ミルミに比べて全体的に度数の高い酒を飲んでるとは言え、アイツのアルコール耐性は異常だ。それなりに強い酒を飲んでいるにもかかわらず、参っている様子がまったくない。むしろ、ご機嫌になる一方だ。これは不利な戦いを申し込んじまったんじゃねぇか? ここで俺がつぶれるのはまずい。ほどほどでギブアップしてミルミを寮に送らにゃ……)


そんなことをグルッジが考えていると娘がオーダーをした。


「あははっ!! 店員さ~ん。キュルラームの20年モノでお願いしま~す」


彼女はサワーなどのライトなたぐいでは満足できなかったらしく、コテコテの高い度数の酒を頼み始めたのだ。


思わず父はギブアップ宣言した。


「おい、ミルミ。そりゃいくらなんでも飲みすぎだ。俺はギブアップするからお前も程々にして寮に帰るんだ」


普通なら素直に話を聞く彼女だが完全に悪酔いしていた。


「あ~、はぁ? こんな小娘に酒の飲み合いで負けるっての? ギブアップなんてみとめませ~ん。つぶれるまで飲んでもらいま~ス。きゃはははは!!!!!! ほらほら!! そんなチビチビ飲んでないで!! まだ夜は始まったばかりなんだよ? あははは!!!!」


父は額に手を当てて首を左右に振った。


ずいぶん無謀むぼうでまずい勝負をしかけてしまったと後悔するには遅すぎた。


もっとも、ミルミテールがここまで酒に強いとは予想のしようがなかったのだが。


結局、彼女は一晩中飲み続けて普段の生活の愚痴ぐちをぶちまけ続けた。


俗に言うからみ酒というやつである。


さいわい、グルッジは酒には強かったので彼女がつぶれるまで適当にやりすごそうとした。


しかし、一向に酔いつぶれる気配がない。


(こいつぁとんだうわばみだぁ……滅茶苦茶酒に強ぇ……)


翌朝、ミルミテールは夜のみつで飲み始めた以降の記憶がなかった。


だが、朝日を浴びてとても気分が晴れてスカッっとした気分になっていた。全く二日酔いしている様子はない。


「それにしてもお父さん、お酒ってすごいんだね。楽しいし、気分も晴れるし。私、今度は行き詰まったらお酒を飲むよ」


全く酒に酔った様子がない。もしかしてそういう体質なのかも知れない。


それを聞いた父はぶるんぶるんと首を横に振った。


「飲んでもいいけど、ほどほどにせぇ!! 父ちゃんとの約束だ!!」


娘はなんだかあせる父にポカーンとしていた。


(お前、昨晩だけでかかった飲酒代、24万シエールだぞ!! 破産してまうわ!!)


これ以降、ミルミテールは息抜きで酒を飲むようになるのだが、それはいい方向に働いて真面目すぎる彼女をリラックスさせた。


父との約束を守って自室だけで酒をむようにした。


勉強しながら強烈なのをあおったりしていたのだが、成績は目に見えて上がった。


ウソのような本当の話だった。


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