ドラゴン大辞典P132
次は稀少生物学の授業だ。珍しい生物が見られるとあってか、この科目は人気が高い。
希少生物保護官で教授も兼任しているボルカの人が良く、わかりやすいというのもある。
今日も教室の前の扉を開けて彼女は入ってきた。
肩から彼女に不釣り合いな大きめなクーラーボックスを下げてなんだかいつもよりご機嫌そうだ。
「みんな、こんにちは!! 今日はとっても良いことがあってね!!」
丸い銀縁メガネをかけた知的そうな女性は荷物を教卓に置いた。
生徒たちは箱の中になにが入っているのだろうとあれこれと話し合った。
ボルカがボックスに手を突っ込んで優しく取り出したのは人の頭部と同じくらいの大きさの白くデカいヒヨコだった。
「ピー!! ピー!!」
可愛らしい声で雛は鳴いた。クラスメイトの殆どが胸にキュンときた。
しかし、こんな白いヒヨコを持ち出してきてどういうつもりだろうか?
保護官の教授は解説を始めた。
「見てみてコレー!! カッワイーでしょ~~~!? なんとこの子、見た目に反してアイスヴァーニアンの幼体なんだよ~~~。成長前はヒヨコと体型がそっくりなの!!」
アイスヴァーニアンとは寒冷な地域に生息する龍族である。
氷結窟の深部に棲んでいて、赤い瞳とフサフサした白い毛が特徴的な龍だ。
言われてみれば目は赤いし、体の作りや体毛もそれそのものである。
「この子は密漁されそうなところを保護されてね。でも、一度人間の手に渡ったらドラゴンは育児放棄してしまうんだ。だから、やむなく学院で育てることにしたんだよ。今まで外部からレンタルしてたんだけど、この子が育てば役に立ってくれるはずさ。ただ、この子らは暑さにめっぽう弱くてね。ありとあらゆるドラゴンが見られるミナレートだけど、この子らは緊急時にしか来ないんだよ。でもこの年齢からミナレートで慣らせば大丈夫だと思うよ」
そう言いながらボルカは優しく教卓に作った簡易ケージに雛を置いた。
「本当は触って学んでほしいんだけど、まだちっちゃいから人の体温で衰弱しちゃうんだ。マギ・モニターにアップで移すから見てよ。ココが頭部、そして胴、よ~く見るともう尻尾と羽が突き出し始めているね。名前はまだ未定だけど多分、公募で決めるんじゃないかな」
ボルカは優しく可愛いドラゴンをなでた。
「そしたら今日はレアなドラゴンについて勉強していこうか。まずはドラゴン大辞典のP96。リンゲージ・ドラゴン。これは固有種というか概念だね。人の言葉をしゃべるドラゴンの事を言います」
珍しいものでもたいてい揃っている学院でもリンゲージ・ドラゴンは居ない。
「彼らはかなり頭がいい上にプライドが高いからね。人間族を卑下してコミュニケーションを取る気が全くないのさ。時々、柔軟な発想でノリノリな個体も見つかるらしいけどほんの一部と言われてるよ。もし彼らに出会えたなら非常にラッキーと言えるね。私も数例しか知らないよ」
手元の白いドラゴンは愛らしくひょこひょことあるき出した。
「えっと。みんなドレークは知ってるよね? 手と足が退化してヘビに羽がついたようなドラゴンだよ。ワイバーンみたいにがっしりしてないからヒョロヒョロだけど、すっごく飛ぶのが速いんだ。でも手懐けるのは無理だから暴れドレークって呼ばれるね。縦長のライネンテを縦断するのに1日と半で駆け抜けるスプリンターさ」
マギ・スクリーンにドレークが表示された。ドラゴンと言うよりは空飛ぶヘビといったところだ。
「フライトクラブなんかからは競争相手としてよく名があがるね。で、大辞典のP112。ここに載ってるのがワーミィ・ドレークだよ。こいつは目撃情報が極めて少ないからUMA扱いされがちなんだけど、私の持論からすると実在する。見た目はミミズみたいなんだけど、地上を超高速でのたうち回りながら進むんだ。これもドラゴンに分類されるね」
「キュ~……キュ~……」
アイスヴァーニアンが切なげに鳴いた。
「あぁ、ゴメンゴメン。暑かったね。クーラーボックスにお入り」
ボルカはデリケートに雛を包んで箱に戻した。
「今の設定室温は……24℃。肌寒いと感じている人もいるかもしれないけど、これでもこの子らにとっては熱いんだよ。40℃近くなるミナレートの屋外になんて居たら死んじゃうよ。だって、生まれ育つ氷結窟って-90℃以下になることがあるんだから」
それを聞いてアシェリィは心湧き踊った。
卵を持ち帰ってこれたということはそこへ冒険して生還してきた証である。
トレジャーも興味があったが、彼女は独特な風景を目に焼き付けるのも好きだ。
そのため、さぞかしその洞窟は美しいのだろうなとぼんやりと考えていた。
「あとは~。水の中でも棲めるドラゴンもいるよ。P132の海龍だね。水の中でも呼吸が出来て、深海深くに居るとされているよ。なんといっても”アクアマリーネ”っていう海龍のウロコが有名でね。時々、海龍の涙っていう現象を起こすんだ。ドラゴンから剥がれたウロコが地上に降るのさ。大きさと質にもよるけど1枚最低300万シエールで取引されてるよ」
浪漫あるお宝話にクラスは沸き立った。
まぁこれについて知っているものは多く、新鮮な驚きは少なかったが。
実はなにげにファイセルがこの”アクアマリーネ”をちゃっかり手に入れて大金を得たりしている。
その話を聞いているとアシェリィは頭がボーッっとしてきた。
気づくと彼女は湖の底に居た。肩に手を置かれて振り向くと白い衣の美しい銀髪の女性が佇んでいる。
(ここは……ポカプエル湖……? この女の人は……見たことがないけど多分、守護精霊だ……)
視点を目の前にやるといつの間にか巨大な蒼いドラゴンが座っていた。
「突然、喚び出してしまってすいません」
ヒゲの長く、羽の代わりに尾っぽの生えたドラゴンは女性の声でそう語った。
「あ、あなたは……り、リンゲージ・ドラゴン……。海龍様……?」
物怖じしない態度に相手は感心したようだった。
「素晴らしい勇気です。アーシェリィー・クレメンツ。今日は連絡があったのです。あなたがた”ポカプエルズ・クラン”を正式に我々”アクアマリーネ””の盟友として加えたく、許可を取りにまいりました」
オルバから聞いていたことが会った。水属性トップクラスの血盟が存在すると。
リーネも自分たちの評価が上がったとしばしば喜んでいることがあった。
しかし、アシェリィは疑問だった。なぜクランのやりとりに自分を介さねばならないのかと。
「あ、あのぉ……私は人間ですし、そういうのは幻魔さん同士でやってくだされば……。それにポカプエルの管理者は私ではありませんし……」
困ったように彼女が言うと海龍は優しい眼差しで声をかけてきた。
「どの血盟にも人間と幻魔をつなぐ生身のパイプ役が必要なのですよ。あなたはその役割としてポカプエルから推薦されました。怖がることはありません。何らかの責任や義務を負うことはありませんし、今までと何一つ変わること無く生活していても問題ありません」
気づくと隣にアルルケンが現れていた。
「海龍様の言うことは本当だぜ。こんな大物が小娘をだまくらかす意味があるかよ。海龍様に認められたんだ。素直に喜べよ」
海のドラゴンは首を左右に振った。
「いいのですアルルケン。急に信用しろというのは無茶な話。今日は貴女に信じてもらうため、お試し期間ということで少し魔力のツボ……魔田を開放しておきましょう。いつでもそちらからノック出来るようにしておきます。楽しみに待っていますよ。アシェリィ……」
母が子を見るような寛大さを見せて彼女は消えた。
彼女が目を覚ますと講義は終わってみんな休み時間に入っていた。
誰もアシェリィが寝ていることに気づかなかったらしい。
夢の内容も結局なんだったのかよくわからずじまいだった。
やっぱり夢だったんだろうと思い、水道でジャブジャブと顔を洗っているといきなりリーネが現れた。
「おまっ!! バッカ!! 何、海龍様のお誘い断ってんだよ!! 失礼だろ!! 村八分モンだぞ!! ちっぽけなクランにわざわざ勧誘にきてくだすったのに!!」
姿も隠さず出現した彼女に驚いたアシェリィはこえをひそめた。
(そうは言ってもさ~。いきなりパイプ役になれって言われても……。それにそれってオルバ師匠の役目じゃないの?)
コギャル妖精はジタバタした。
「だーっ!! 違うんだってオヤジはオヤジなの!! フクザツな事情があってアイツは推薦できないの!! アイツはあくまで管理人!! もはや実質的にはアシェリィがポカプエル・サモナーの主なんだよ!! 自覚が足りないってもんじゃないぞ!!」
あまりのマジっぷりにアシェリィはたじろいだ。
(でっ、でも本当になにもないの? 取り憑かれたり、取り込まれたりしない? 私、悪魔憑きになるのはイヤだよ?)
それを聞いたリーネは顔を真っ赤にして激怒した。
「あっ、悪魔憑きーーーーーーッ!? オマエエェ!! 海龍様を一体なんだと思ってるんだ!! 格式ある水属性のトップだぞ!? それを悪魔とは!!」
少女は妖精をなだめようとした。
(ちょ、ちょっと……ここでこれ以上、さわがれるとまずいよ……)
そんなやりとりをしていると誰かがこちらに近づいてきた。
チェスの書かれたネクタイに黒スーツ、両目に泣きぼくろ……フラリアーノ教授である。
「学内で強い反応があると思えばアシェリィ君でしたか。悪意のない幻魔でしたので焦ってはいませんが、学内の水道管のセキュリティ・ウォールを突破するのは校則違反です。厳罰ですね」
アシェリィはがっくりうなだれた。
「そ、そんなぁ~」
だが、続きがあるらしい。
「……と、いいたいところですが、事情が事情だけに今回は特例で目をつむります。貴女の身に起こったことはだいたい把握済みです。とりあえず私の教授室に行きましょう。そこで今回の問題を解決するとしましょうか。なに、そんなに警戒することはありませんよ。取って食いやしませんから」
フラリアーノ教授はニッコリ笑うとアシェリィを連れて自分の教授室へ向かった。




