共有したい? したくない? 2人のイヤ~な秘密
酷く細身なサバイバル学科のシュルム教授はナッガンクラスの生徒達に拍手を送った。
「聞きましたよ。パルーナ・ジャングルでの遠足において毒物の摂取によって救助された人数が0人とは!! 他のクラスではなかなかそうは行きません。流石はナッガン先生のクラスと言うべきですね」
彼はニッコリと微笑み、クラスの面々を見た。
何しろ半年をかけて実践の毒味をやらされたのだ。
食べられそうなものは食べつつ、怪しいものは口にすべきでない事と動植物の知識は彼らの体に叩き込まれていた。
「では、新たな領域の開拓と行きましょうか。今回はスライムを食用できるかどうか判別してみましょう」
教授は顔色一つ変えなかったがいきなりの無茶ぶりである。
いくらなんでもスライムは無いだろとナッガンクラスの面々は思った。
確かに食材としては割とメジャーであるが、それは目利きが仕入れてくる安全なものや、人工培養されたものだ。
素人が野生のスライムを食べるのは毒ありのライネン・フグを食べてみようとするのと同じような行為である。
下手をすると毒キノコや野草より悪質で、死に至る確率は高い。
「おやおや、皆さん、乗り気でないようですね。まぁ聞いてください。野生のスライムなどと何を酔狂なと思われるかもしれませんが、意外とメリットはあるのです。まず、スライムはどんな環境でもだいたい存在しているということ。今までやってきたサバイバル術は森や高山などです。そちらはいいのですが、どうしても洞窟などでは自生する植物類などの食物が少なくなる傾向にあります」
教授がパチンと指を鳴らすと教室は洞窟へと姿を変えた。
ところどころに名も知らぬ原石がキラキラと輝いていた。
「う~ん。なかなかロマンチックな風景ですね。ですが、よ~く目を凝らしてみてください」
キラキラと光る物体のいくつかはモニョミョニョ動いている。
思わずクラスメイト達は悲鳴を上げた。
シェルム教授は声をひそめつつ注意を促した。
「シーッ!! 静かに!! 大きな声を出してはいけません!! スライムは音や光に敏感です。逆に言えば音と光を発さなければ無闇矢鱈に襲ってくるということはないということです。まぁ、例外はありますが……」
生徒たちは慌てて口に手を当てた。
地面や壁、天井をムニュムニュと色とりどりのスライムが這い回っている。
教授がまた指を鳴らすと洞窟から教室へど空間が戻った。
「このままいきなり実習に入ると医務室行行きがでかねませんからね。事前に知識を学んでからやりましょう。命にかかわるので集中して聞くように。それではおさらいといきましょうか」
全員がかじりつくようにスライム学Ⅰ-Ⅲの教科書を開いた。
シュルム教授の実習は毎回、容赦がない。気を抜いて挑むと本当にエラいことになりかねない。
「えーっ、スライムとは洞窟などに住み、一般的なものでは冒険者などに覆いかぶさるようにして襲いかかります。そして体の組織で人体を溶かし、養分にしてしまうという恐ろしいモンスターです。格が上がってくると形態が変化したり、特性も変わったりする意外と奥深い生態も持ち合わせる魔法生物です」
教授はクラスを見渡しながらポイントを述べた。
「ここですココ。スライムは魔物ではありますが、魔法生物にもカテゴライズされるのです。つまり、うまい具合に体に取り込むことが出来ればマナの回復が可能ということです。幸い、補給が困難になりがちな場所にはスライムが多く生息しています。食べられるスライムを見極めることが出来るとサバイバル能力は飛躍的に向上します。また、戦場などで運良くスライム見かければそれが勝負を分けることもありうるのです。それでは解説といきましょうか」
教授は指揮棒を取り出して教卓をコンコンと叩いた。
天井からベットリとした緑色のスライムが落ちてきた。
「まず、一番に見るのは骨片の有無です。スライムと遭遇したら動きを止めて相手をじっくり観察してください。もし、そいつの体内に白いかけら……あるいはあきらかに骨とわかるものが見えた場合、それは食べられません。他の生物を取り込んで溶かして養分にしているオーソドックスなタイプですからね。もし食用すると人間の内臓は徐々(じょじょ)に溶けてしまいますので早めに葬ること。あとは……」
細身の先生がしばらく待機していると突如としてスライムの中の頭蓋骨が笑いだした。
これにはクラスの生徒が面食らって度肝をぬかれた。
スライムは一気に人型へと姿を変えた。その軸には人の骨が使われている。
そして骨の剣と盾で武装していた。
「これはスケルトンの亜種、スケルトン・ゲルナージェです。スライムだからと油断しているとグッサリ刺されかねません。こういう変形タイプはかなり居ますし、いきなり膨張して大きくなるヤツもいます。ですから安全そうなスライムだけ食用にするのが無難といえば……無難ですッ!!」
指揮棒使いがタクトを振り抜くとゲルをまとった骸骨兵は粉々(こなごな)に吹っ飛んだ。
あまりの鮮やかな一撃にその場の面々は見惚れた。
彼の体格から繰り出されたとは思えないスマッシュヒットである。
「さて、ではどうやって食べられるスライムを判断するか……ですが、まず、臭いを気にしてみてください。甘い匂いやいい香りのするスライムはいけません。それによって獲物を引き寄せて養分にしているのです。かといって極端に臭いものも不死者などをおびき寄せている可能性があるのでNGです」
またもやシュルムはタクトを振った。
今度はピンク色のスライムが教卓に落ちてきた。
「色は……経験則上、あんまり関係ありません。スライムは物体を熔かす性質を持つものが多いのですが、短時間触れる分には問題ありません。ですから、極端な臭いでなければ指を突っ込んでみるといいでしょう。そして指を抜いて、指同士をすり合わせてみます。その結果、指の皮がヌルヌルしなければそれは溶けないスライムです。解毒剤などをかけてからならば口にしても問題ありません」
そう言うとなんと教授は実際にピンクのスライムに手を突っ込んだ。
「ぶちゅぅぅぅッッッ!!!! ぐちょっ!!!!」
そして片手で取り出した塊を戸惑うこと無く食べた。
口元を手で抑えながら咀嚼する。
「う~ん……クラーナ高山のコーヒーみたいな味かな?」
シュルムは細いシルエットに対してかなり肝っ玉が座っていた。
「あとは……わかりますね? 今度は洞窟でスライムが食べられるようになるまで実習を繰り返してもらいます。なお、味の方は料理屋さんで出てくるようなものを期待してはいけません。美味しいものもありますが、8割5分方マズいと思ってください。いきなり実戦というわけにはいきませんから、今日は私が適当に選んだスライムを味見してもらって終わりにしましょうか」
そう言えばどこかで聞いたことがあった。彼は学内屈指の”スライムマニア”だと。
「じゃあ、まず誰から食べますか?」
ナッガンクラスの皆は真っ先に長い紫髪の悪魔憑きのスララを指さした。
「え~? でモ、わタし、あジ、わカんナいヨ?」
彼女は首を傾げたがクラスメイトはひたすら彼女を推した。
するとシュルムは呆れたように答えた。
「ハァ……。君たちとの付き合いも長いんですから。知ってますよ。スララさんに味覚がないことくらい。それどころか毒や溶かすスライムだってへっちゃらでしょうに……」
誰かが手を上げると同時にシュルムはその人物をタクトで指した。
「アーシェリィーさん。好奇心旺盛なのは大いに結構ですが、この手の実習では真っ先にあなたがトライしてるじゃありませんか。それじゃアンフェアだと私は思います。不平不満が出ないように話し合って男女1名ずつ選出してください」
男子連中はすぐにガンを持ち上げ始めた。
タコ人間のニュルはいつもどおりに煽り立てる。
(おいガン、レーネに男気見せるときだぜ!!)
キーモもそれに同調した。
(そうでござるよ!! 拙者もガン殿のいいとこ、見てみたいでござる!!)
またここで簡単に乗せられてしまうのがガンの残念なところだった。
「うーっし!! 先生!! 男子は俺がやるッス!!」
クラス中から声援があがった。
女子連中はと言うとまともに話し合うと不毛な展開になりかねないので姉御肌のクラティスが名乗り出た。
「……気乗りしないけど、女子はあたしが食う!!」
男らしい乙女に称賛の拍手がおくられた。
この勇気ある立候補でもともと高かったクラティスの高感度が男女ともに上がった。
「いいでしょう。2人とも、前へ」
ゴクリとつばを飲みながら教団の脇に2人は立った。
「せっかくだし、無害なものを二種類試食してみますか。片方はハズレ味です。うまく判定できれば最悪なケースでもこのくらいでなんとかなるという例になるとは思います。ガン君、クラティスさん……尊い犠牲です。覚悟を決めてください」
話が違う。無害なスライムを試食するだけのはずが、ハズレ有りの罰ゲームみたいになってしまった。
学年きっての美少女であるクラティスがひどい有様になるのは見たくない。
いや、ちょっと見てみたい気もする。
そんな矛盾した感情を皆が抱く中、スライム試食が始まった。
2人は茶色と水色の魔法生物にそれぞれ拳を突っ込んだ。
取り出して指をこすってもネトネトしない。溶解成分は入っていないはずだ。
そして解毒剤を突っ込んで軟体の中で拡散させた。
これで、解毒も完了したはずだ。あとは食べるだけ。
恋のパワーは強い。ガンはレーネにいいとこをみせようと全く躊躇しなかった。
拳で鷲掴みにした茶色スライムを口に放り込む。
切り込み隊長のクラティスも負けていない。
ガッっと水色スライムを握って引きちぎり、大きく頬張った。
「あぁっ!! 2人とも、一気にそんなに口にしたらいけないよ!!」
2人が咀嚼する間、まるでクラスの時間が止まったように感じられた。
先に反応があったのはガンだった。魔物を体に取り込む。
「あれ? ん? ん~ん……何すかこれ。コーンの絞りカス? みたいな味がほのかにするッス……。なんだか体中にマナが満ちるッスよ!!」
シュルム教授は冷や汗を拭った。
「うん。アタリだね。味がしないってのもアリなんだよ。むしろ味がしない、薄いのはマシだと思う。さて、クラティ……おっと!!」
先生はすぐに用意してあったバケツを取ってクラティスの顎の下で構えた。
「おぐっ……ぐっ……ごえっ……おえええっ……おえっ……ごぱぁっ……」
クラティスは体を震わせて嘔吐きはじめた。
「よりにもよってこんな授業を昼食の後にやるな」と誰しもが思った。
「ゔぉ、うおえええええぇぇぇぇっっっ!!!!!!!」
最悪の事態が起こってしまった。クラティスは胃の中が空っぽになるまで吐き続けた。
落ち着いてしばらく経つと教室の隅でいじけて縮こまってしまった。
こんな彼女をいまだかつて見たことはない。
折れない刃などないのだなと思える瞬間だった。
シュルム教授はためしに彼女の食べた水色のスライムを口にした。
「うぅっぷ!! これは、たまに上がってくる胃酸みたいな味だ!! 味はともかく害はないから少しずつ口にすればこれだって貴重なマナの源になるんだ。張り切って一気に食べすぎたね……。でも先生、クラティス君の根性は買うよ。大幅に加点しとくから強く生きるんだよ……」
この時からクラティスはスライムを見るのさえ嫌になってしまった。食べるのなんてもってのほかである。
この後、コッソリとアシェリィは彼女にカミングアウトした。
「実は……私も不死者学科のクラスメイトの前で派手に吐いちゃったことがあるんだよね……。死ぬほど恥ずかしかったよ。今も恥ずかしい。うん」
それを聞いたクラティスは救われた気分になり、惨劇からの立ち直りが早かった。
いつしか休んでいたスライム学にも出るようになっていった。
また、それによってアシェリィと秘密を共有するような気のおけない仲となった。
良いこともあったが、出来ればこんなイヤ~な秘密なんて出来れば共有したくもなかった。




